ジュ・トゥ・ヴー





いつもの夜に。
何でもない夜に。
ふたりだけの夜に。
小さな石が投げられて、ぱしゃんと湖面が揺れたのだ。





隣で眠っている人を黄瀬は飽きずに眺めていた。
なめらかな頬を撫でる。
起きてしまうかと心配したが、目を瞑ったままの彼は動かない。
薄い唇から零れる吐息を微かに聞いて、黄瀬は目を閉じた。

――このまま、このままでいられたら、どんなにか

夢を見たのだ。
それがどんな夢だったのか思い出せないが、思わず跳ね起きてしまうくらいには、あまり良くない夢であったのだと思う。焦燥が鼓動を速め、深く息を吐いたところで黄瀬は緑間に手を伸ばした。
こうして二人で、もう随分と長い時間を共にいることの意味を考える。こんなこと普段なら考えない。二人の間に心配事なんてなんにも無いはずなのに、今日はどうにも駄目だった。
願ったところで朝は必ず訪れる。

いつまでも夜でいられたらいい。
そうしたら、きっと。

らしくもない考えが浮かんで声に出さずに笑う。自嘲して、そして静かに視線を伏せたそのときだった。



「黄瀬」



はっきりとした声で呼ばれたことに素直に驚いた。
起きていたのか、と声に出そうとして、その前に緑間に手を引かれる。
気付いたら彼の腕の中だった。

「みどりまっち」

たどたどしく呼ぶ自分の声が擦れていて聞きとり辛いことに眉を顰める。弱い声を彼に聞かせてしまった。にも関わらず、彼はちゃんと自分の声を聞いて拾ってくれるのだから、敵わない。

「俺は、」

緑間は黄瀬に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「今お前に向かって何を考えているのかを言え、と言ったとして。それでお前が素直に口にする様なヤツでは無いことは知っている」

全くもってその通りだ。
黄瀬は苦笑しながら緑間の腕の中で小さく頷く。

「知ってるなら、気付かなかったことにして欲しいっス」
「断る」
「……意地が悪いっスよ」
「ふん」

なんとでも言え、と言いながら後髪を撫でる彼の手はどこまでも優しい。このまま寝てしまえたらどんなに幸せだろう、と黄瀬は思う。
鼻を肩口に擦りつけて彼の匂いを胸いっぱいに吸い込めば、緑間は無言で黄瀬の背中を辿った。

「……ん」

ゆっくりと少しずつ熱を引きだす様な所作に黄瀬の息が少しだけ乱れる。

「……もういっかい、するの?」
「いや」

しないならそれ以上は止めて欲しい、と黄瀬は思う。快楽を引きだす訳ではないのなら、その手の意味は何だろう。

「真っ直ぐだな」

お前の背骨、と緑間が言う。
背骨?と黄瀬が目を開くと、緑間の顔が真正面にあった。
近い距離に黄瀬が何か言う前に、緑間は黄瀬の唇に軽く啄むように触れた。下唇を吸われて肩が震える。
僅かに離れた距離を、今度は自分から詰めた。緑間の唇をお返しの様に啄んで、そして触れるだけのキスを何度も繰り返す。
その頃には互いに小さく笑い声が出てきていた。緑間の首に腕を回して引き寄せようとすると、その前に緑間の手が黄瀬の腰を引き寄せる。
優しい触れあいに自然と瞼が閉じようとするのを、黄瀬は大人しく受け入れた。

「……しんたろう」

彼の名前を口にする。
愛しくて、苦しくて、普段であれば絶対に頼まれても言えない彼の名前。こうして音にするだけでどれだけ自分の胸が跳ねるのだか、緑間は知る筈もない。

「しんたろう」
「何だ」
「しんたろう」
「どうした」
「しんたろう……」

ぎゅうぎゅうと心臓がわし掴まれるような心地で、黄瀬はただ名前を呼んだ。



「涼太」



緑間の口から零れた自分の名前に、黄瀬は微笑む。
彼で無いと意味が無い。
彼が呼ぶから意味がある。
自分の名を、何よりも大切だ、と。そんな風に呼んでくれる彼でないなら、何も意味なんて無いのだ。


「よんで」


もっと、呼んで。
しんたろう。

身体が触れている場所から、互いの熱に溶けてしまいそうだと、緑間の腕の中で黄瀬は目を細める。さっきまでの言い様のない不安なんて、もう何処に行ったのかさえ分からない。
現金だなあ、と思う。だけど、それでいいのだ。きっと二人でいる理由なんて、これだけで。

涼太、と彼が呼ぶ。
一心に自分を見詰める大切なひとに、黄瀬は自分にできるとびきり甘い声で彼の名前を呼ぶことにした。






20130414





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