ホシノスナ



掌に星の欠片を。
君の目に消えない光を。







「そろそろか」
「……へ?何が?」
唐突に、それまでの会話を断ち切って(そもそも会話が成り立っていたかと言えば、それは一方的なものであったとも言えなくもない)呟くように唇を動かした緑間に、机を挟んで正面に座っていた高尾は目を開いた。
「真ちゃん、何の話よ?」
そう尋ねてみるも聞いているのかいないのか、緑間は手元にある小瓶をテーピングされた指で確かめるように触っているだけだった。
「ちょっと真ちゃん、コミュニケーションとろうよ。俺の質問に答えてよー」
「こちらの話だ」
――にべもない。唇を尖らせながらも、これ以上緑間から言葉は引き出せないと踏んで、高尾はそう言えば、と別の話題を提供した(この辺りの流れは慣れたものだった)。
「今日の練習、体育館の整備が入るとかで無いけどさ、真ちゃんどうすんの?どっか別のコートでも行く?」
「いや、今日は所用がある」
「あっそ。……てかさ、それ今日のラッキーアイテム?」
「そうだが」
やっと顔を上げた緑間に、高尾は小さく笑いながら懐かしいなあ、と頬に手を当てた。
「星の砂でしょ?」
小さい頃、どっかの水族館に家族で行ったときに妹が欲しがってたな、と思い出しながら緑間の手元の小瓶に視線を向ける。
「そういうの、どっかにやっちゃっただろうな、もう」
「人事が足りていない証拠なのだよ」
「それ、関係無くねえ?」
ふは、と気の抜けた笑い声を上げて高尾はさも可笑しい、とくつくつ笑い続けている。
それを横目に入れながら、緑間はポケットから携帯を取り出した。新着メールを知らせるランプが光っている。
「あれ、メール?」
「ああ」
文面に目を向けている緑間を正面から眺めていた高尾は、身体の向きをさり気無く横に変えた。
――今の顔を写真にでも撮ってやりたい。
そんな欲求が頭に直ぐに浮かんで、けれどそれは実行されることは無かった。
「……」
何故なら、一心に画面を見つめて返信のメールを打っている緑間の目は、そのメールの送り主のものであるだろうと思うからだ。







『海に行きたい』

簡潔に、ただそれだけが打たれたメールに対して緑間がした返信は、
『何時に行けばいい』
と、それだけだった。僅かの間にまたメールが返ってきて、正しい待ち合わせの時間と駅名が表示される。その簡潔な内容に緑間は目を細めた。
校門を出て高尾と別れてから、連絡のあった駅に向かう。時間帯の所為か人も疎らなその駅は、確かに待ち合わせには良かったかもしれない。
何より、彼は目立つ。
改札前の柱の一つに隠れるように立っていた金色の髪を見付けて、緑間はそちらに近付いていった。後二メートル、という距離で金髪がふらりと動く。預けていた柱から身体を離したその男は、緑間の方を見向きもしないでさっさと改札を通り抜けて行った。
それに何も言わず、緑間もその後に続く。カードを読み取る小さな音が人通りの少ない改札に落ちた。
駅のホームに立つと、先程から変わらない二メートルの間を空けて男は隣に立っている。付かず離れずの二人の間にさわさわと風が流れていった。
金髪の男――黄瀬は、真っ直ぐに前を向いたままこちらに視線を寄こそうとはしない。緑間は黄瀬の横顔を見て、それからホームに流れたアナウンスに耳をすませた。
間もなくやってきた車両に乗り込む。空いている椅子はあったが、黄瀬はそちらに見向きもしないで反対側のドアの前の手摺りを掴んだ。
緑間はそれを確認してから、二メートルの距離を維持しつつ空いている椅子に座った。ガタン、と車両が揺れる。動き出した窓の外の景色を視界の端に留めながら、緑間は黄瀬の横顔を静かに眺めていた。



幾つもの駅を過ぎていった。車両の中にいるのはもう僅かな人しかいない。そこまで来てやっと黄瀬は動いた。無言のまま、椅子に座っている緑間の横に腰掛ける。
二メートルの距離がゼロになった。緑間の肩にもたれるように黄瀬の小さな頭が寄りかかってくる。それを安定させる為に緑間が伸ばした手を黄瀬は拒まない。さらり、と前髪を軽く撫ぜた緑間の指は、テーピングはされていなかった。





「……着いた」
小さな黄瀬の声に、緑間は黄瀬の手を握ってから立ち上がる。振り払われることの無いそれを緑間はもう一度握り直した。
終着駅に降り立って、二人は並んで改札を抜ける。正面には細い車道と、防波堤。その向こうに夕陽に照らされた海が見えた。
砂浜にいくつか足跡が見える。犬の散歩をしている老人の姿もあった。階段を下りて砂浜に下りると、黄瀬は細く息を吐き出した。
夕陽がその端正な顔を優しく染めている。赤い色に、今までの白かった顔が少し人に近付いたように見えた。
「……」
繋いだままの手はそのままに、黄瀬はゆっくりと歩き出した。さく、と一歩踏み出す度に音が鳴る。
二年前の夏に皆で海に来たときは、隣の男は周りを巻き込んで大層騒いで大変だったことを思い出した。
あれから暫く時間が経ったが、また今年の夏にでも皆を集めていいかもしれない。
そんなことを考えながら、緑間は黄瀬を見た。波打ち際までまだ距離がある。黄瀬はその場に腰を下ろしたので、緑間もそれに倣った。
波が寄せては引いていく。白い泡の隙間から砂が流れていくのが見える。無言のまま二人は海を眺めていた。



「この前、」

ぽつん、と落ちた声は、普段の黄瀬の声とはかけ離れた声だった。

「ちょっと、色々あって」

聞き慣れた声が、ゆっくりと砂浜に落ちていく。それを全部拾ってみたら、どんな形になるだろう、と緑間は考えていた。

「それで、なんか急に海が、見たくなって」

黄瀬の目は海を見つめている。だが本当に見ているものが何なのか、それは黄瀬本人しか分からないことだろう。

「一人じゃ、多分来れないって、そう思ったから」

だから、と続こうとした言葉を、緑間は遮った。
繋がれたままの手を持ち上げる。その手の上にポケットから取り出した星の砂が入った小瓶を載せた。
「……これ、」
「今日のお前のラッキーアイテムなのだよ」
「星の砂?」
「そうだ」
繋がれていない手で小瓶を持ち上げた黄瀬は、それを顔の前にまで運んで眺めている。
「ちっちゃいっスね」
「そうだな」
「白くて、きれいで、かわいい」
「お前にやる」
小瓶から目を離した黄瀬が、緑間の顔を見詰めた。
今日、黄瀬と会ってから、正面から互いの顔を見たのは今が初めてだった。
「いいんスか?」
「その為に持ってきたのだよ」
黄瀬は小瓶をそっと握り締めた。視線を緑間から外さないまま、黄瀬はゆっくりと口を開く。

「……返せって言われても、返さないっスからね」

そんなことを言いながら、黄瀬は笑った。ほんのりと染まった頬が、夕陽の所為では無いことは明らかだった。
黄瀬の頬に手を伸ばす。滑らかな肌を指先でゆっくりと辿ってから頭を引き寄せた。肩口に触れる黄瀬の呼吸に小さく笑い声が混じっている。
「緑間っち」
「何だ」
「ありがと」

それが小瓶のことか、それとも別のことかは分からない。
だがそれから僅かの時間で顔を上げた黄瀬が、ゆっくりと触れて攫っていった自分の熱が彼の中で何時までも消えないで留まっていてくれることの方が、緑間には何よりも大切なことだった。










20130313
緑間君は黄瀬君のトランキライザーだと思う。






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