決意表明 甘えるってこと、頼るってこと。それらはそう難しいことじゃなくって、俺にとっては結構簡単にできるものであった。 構ってくれる人は周りに沢山いる。モデルの仕事をしているときにお世話になっている人たちや事務所の社長にマネージャー、先輩方に、クラスメート、俺のファンだって言ってくれる女の子たち。 でも一番はバスケを通して出会ったチームメイトやライバルたちだ。彼らは俺が頼まなくてもそちらから俺をうんと甘やかして、構ってくれる。時には厳しい言葉も貰うけれど、それでも最後には俺を見て笑ってくれる。その笑顔が嬉しいから俺も作り笑いじゃない本当の顔で笑うことができる。 でも、それも勿論嬉しいけれど、どちらかと言えば、俺は甘えて欲しい、頼って欲しいって思う気持ちの方が強い。 受け身でいるんじゃなくて、相手に俺の気持ちを伝えたい、分かって欲しいって思うんだ。それで幸せになって欲しいって思う。 ……なんだけど、どうにもそれが上手くいかないって最近頓に感じる。相手は同じ高校の部活仲間なんだけど。 どうしてそう思うかって言うと、 「黄瀬!さっきの良かった。今みたいなパターンだと相手のフェイントにも上手く対応できる。忘れんなよ!もう一度行くぞ!」 そう言って俺の背中をバシッて叩いてくれるのは笠松先輩。 「黄瀬―、これやる。ん?この前お前が言ってた雑誌だよ。見たかったんだろ?俺もう見たから後はお前の好きにしろよ」 着替えの手を止めてそんなことを言った後、俺の肩を拳でとんとん、と軽く叩いて笑うのは森山先輩。 「黄瀬、ちょっと来れる?これ食べてご覧。……美味しいか?昨日見付けたんだ。お前好きそうだなあって思ったから買ってきた。まだあるから後で皆でも食べような」 優しい笑顔を滲ませながら俺の頭を撫でてくれるのは小堀先輩。 「黄瀬!こ(れ)使え!……いや、オ(レ)この前お前にタオ(ル)借(り)たままだったか(ら)な!ここの使いやすいか(ら)オススメだ!遠慮すんな!」 ちょっとだけ顔を赤くして頭を掻きながらそう言って俺の頭に真新しいタオルをかけてくれたのは早川先輩。 「黄瀬、お前今日はちょっとオーバーワークだ。気持ちも分からんでも無いが、もう少し抑える努力もしような。俺たちも付き合うからさ」 眼鏡の奥の瞳を気遣わし気に細めながら俺の背中を撫でてくれるのは中村先輩。 「涼太、これ今日の午前中の分のノートだから。後で確認しておけよ!返すのはいつでも良いから。取り敢えずメシ!食うぞ!」 弁当箱を思いっきり揺らしながら俺を置いて先に駆けていくのはキチロー。 「涼太。今ちょっとぶつかっただろ。分かってるとは思うけど、それでも気をつけろよ。着地のときに捻ったりしなかったか?……ああ、大丈夫そうだな」 休憩中に座りこんだ俺の脚を取って、慎重に怪我が無いか見極めてから安心したように笑うヘータ。 そして、それ以外にも、監督や、チームメイトの皆。何かもうこうやって言うのも恥ずかしくなってくるくらいに、俺は周りからとっても愛されているんだと思う。 ……思うっていうか、それが事実なんだって最近になってやっと気付いたんだけど。 「……それはそれは、君にしては早くに、しかし随分と時間がかかりましたね」 「黒子っちいいいいい〜!」 「何でそこで僕に泣き付いてくるのか理解しかねるんですが」 「ううう、だって、だってね、黒子っち!」 「いいじゃないですか。愛されて。何が不満なんですか」 「だって、俺はね黒子っち!皆を愛したいんです!」 胸を張ってそう言ってのければ、黒子っちは目を丸く開いた後、呆れたように溜息を落とした。 ちょ、ひどい。 「だってだって、俺は愛されるのが嫌っていうんじゃなくて、その、俺から皆を愛したい派なんスよ!」 「そうすればいいじゃないですか」 「だって!そう思って実行すれば倍以上になってまた俺に返ってくるんだもん!」 「黄瀬君、前から言おうと思っていましたが、語尾に『もん』って付けるの止めたほうがいいですよ」 「え、なんで?」 「その口調が君に似合いすぎて、悶える人が多発している様なので」 「?」 黒子っちは何故か遠い目をしながらそう言った。黒子っちが言うんならそうなんだろうけど、どういう意味かな?今の。黒子っちは難しいことを言うからなあ。 「意味、分かってないですね」 「へ?」 焦って目を泳がせてしまった。あ、ヤバイ。 「……まあ、でもそれが黄瀬君のイイトコロでもありますから」 「う、うん!」 良かった。何か取り敢えず許してくれるみたい。 「しかし、それならそうと言ってみればいいんじゃないですか?」 「言ったんスよ。言ったんスけど……」 「けど?」 小首を傾げた黒子っちが可愛いなあ、と癒されながら、俺はこの前先輩たちから言われた科白をそのまま言ってみた。 「『黙って俺らに愛されてろよ』……って」 「……それはそれは」 手強いですね、と小さく笑う黒子っちに、俺も苦笑しかできない。 「本当、手強過ぎて、俺もお手上げっスよ」 大げさに両手を上に持ち上げてから、俺はその場に項垂れた。 「まあ、君が愛され体質なのは多分生まれつきでしょうけれど、僕らに出会ってからよりいっそうそれが高まってしまったかもしれませんね」 「え、そうなんスか?」 「そうですよ?知りませんでしたか?」 どこか思わせぶりにそう言うと、黒子っちはつと手を伸ばした。俺の唇に人差し指だけで軽く触れた黒子っちは、内緒話をする様に声を潜める。 「それなら黄瀬君」 「黒子っち?」 「態度で駄目なら、言葉はどうですか?」 「言葉?」 「そうですよ。言葉なら目に見えないですが、相手に直接届く分効果的じゃないですか。だから君がどれだけ海常の皆さんを好いているのか、言葉にして伝えたらいいんじゃないでしょうか」 言葉なら、君は得意でしょう? そう言って指を離した黒子っちは、俺の頭を撫でてくれる。 「……ねえ、黒子っち」 「はい、何ですか」 「俺ね、黒子っち大好きだよ」 俺にできる一番の笑顔を黒子っちに向ければ、黒子っちは優しく目を細めてくれた。 「本当に、大好き。俺、黒子っちと親友になれて本当に良かった。すっごく幸せっス」 「それは、光栄です」 そうと決まれば、俺は椅子を引いて立ち上がった。視線を下ろして、椅子に座ったまま俺を見上げてくる黒子っちにありがとう、とお礼もちゃんと忘れずに伝える。 「これで先輩たちに目に物みせてくるっス!」 「はい、頑張ってください」 後で結果を教えてくださいね、と手を振ってくれる黒子っちに、このお礼はやっぱりバニラシェイクかな、と財布を取り出そうとすると、それは丁重に断られてしまった。 「ええ、でも俺、黒子っちにお礼したいんスけど」 「お礼なら貰いましたよ」 「え?」 「君の『大好き』をあんなに貰えたんです。これ以上を貰ってしまったら、それでは割に合いませんからね」 悪戯っぽく笑った黒子っちに、俺は真っ赤になってしまう。 しまった、これから先輩たちに告白しに行く、というのに、黒子っちを相手にこれでは先が思いやられる! 首を左右に振って熱を逃がして、俺は両頬をパチンと叩いた。 「それじゃ、行ってくるね!黒子っち!」 「いってらっしゃい、黄瀬君」 頑張ってくださいね、と背中に応援を貰って、俺は急いで駆け出した。今日は日曜だけど午前中にモデルの仕事があって、その後ちょっと時間があったから思い切って黒子っちに会いに来たんだ。ここ最近の俺の悩みを聞いて貰いに。そしてやっぱり黒子っちは俺にちゃんと解決策を教えてくれる。 (午後の練習時間には、余裕で間に合う!) 黒子っちの練習も午後からで良かった、と自分の運に感謝して、俺は急いで電車に飛び乗ったのだった。 「笠松―、黄瀬って午後から来るんだろ?」 「ああ、その予定だ」 「遅くないかな?」 「この前もこんな時間じゃなかったっすか?!」 「あのときはちょっとだけ時間が押しちゃって遅れるって連絡があったんだよな」 「先輩、俺連絡しましょうか?」 「いや、大丈夫だろ。何かあったら直ぐに連絡が――」 「おはようございまーっす!遅れてスマセンっ!」 どばーん、と盛大な音を立てて開いた部室のドアに、皆の目が集まる。肩で息をしながらキラキラと笑顔を向けてくるのは、我が校のエースだ。 「黄瀬ェ!てめえ何度言ったら分かる!ドアは丁寧に扱えって「笠松先輩!」 笠松の声を途中で遮った黄瀬は、部室の中をするりと通り抜けて笠松に飛び付いた。ギョッとする周りに気付かずに、黄瀬は笠松に回した腕の力を強くする。 そして、 「先輩、大好きっス!」 とびきりの笑顔と共にそうやって叫んだ黄瀬に笠松の全身が固まるが、それには気付かない黄瀬はあっさりと笠松を解放すると直ぐ隣で目を丸くしている森山にも同じ様に飛び付いた。 「森山先輩、大好きっス!」 くぐもった声が聞こえたが、黄瀬はやはり直ぐに森山から離れると、今度は小堀に手を伸ばした。 「小堀先輩、大好きっス!」 「ありがとう、黄瀬」 飛び付いてきた黄瀬の頭を優しく撫でてやりながら笑う小堀は、さすがに前二人の状況から次に来るパターンを読んで最善の行動をしてのけた。 「早川先輩!中村先輩!大好きっス!」 小堀の腕から離れた黄瀬は、次に二年生の二人に突撃した。二人の首に腕を回してめいっぱい抱き締める。お互いの顔を見合わせた早川と中村は、揃って黄瀬の背中を応える様に叩く。 「キチロー、へーた!」 「涼太、お前な!」 「よし、来い、涼太」 「立花!?お前のノリの良さは何なの!?」 「行くっスよーっ!」 助走をつけてから思い切り飛び付いた黄瀬を、加藤と立花はしっかりと受け止める。そして、間近で向けてくる笑顔と共に、黄瀬は大好きだ、と笑った。 「……っていうか、お前なんだよ、いきなり。どうしたんだよ」 ぶっきらぼうに加藤が言えば、黄瀬はふふ、と唇を緩めた。 「決意表明って感じっスかね?」 「なんだそりゃ」 「俺が皆をだーい好きだってこと、ちゃんと伝えておかないとって思ったんス!」 二人から離れて黄瀬は部室の真ん中に立つ。こちらを見つめる沢山の視線を一個ずつ受け止めて、黄瀬は微笑んだ。 「皆、みーんな、俺ここが、海常が大好きっス!」 黄瀬の告白が終わったと同時に、皆一斉に動いた。次々に自分に向かって伸ばされる手と、抱き締めてくる温度に、黄瀬は締まりのない顔で笑う。 「あー、もうマジなんなのお前は!この馬鹿!」 「笠松先輩!ひどいっス!」 「しょうがないって、黄瀬。笠松は今これでも精一杯デレてるんだ」 「本当っスか!森山先輩」 ぎゅうぎゅうとおしくら饅頭状態の黄瀬が何とか首を回して笠松の顔を見ようとするが、笠松の手が伸びて黄瀬の顔を覆ってしまう。 「ああっ!先輩のデレを見るチャンスが!」 「見んでいいっ!」 「大丈夫だよ、黄瀬。また見せてくれるから」 「適当なこと言うな!小堀!」 「期待してるっス!先輩!」 「せんでいいっ!」 はてさて依然笠松に目を覆われてしまっている今の状況では、周りの確認もできないのだが、黄瀬は満足していた。 目を覆われる寸前、自分に向かってきた皆の顔が、揃って耳まで赤くなっているのがちゃんと見えたから。 (黒子っちに、ちゃんと報告しなくっちゃ!) 作戦は成功だ、と黄瀬は胸の内で歓声を上げた。 「黒子?お前何見てんの」 「いえ、微笑ましいというか、何と言うか」 「何がだよ?」 「ちょっと、良い報告が聞けたんですよ」 見ていた携帯をパチンと閉じて、黒子は立ち上がった。 ―――――――― to黒子っち 作戦大成功っス! ―――――――― 黄瀬からのメールに添付されていたのは、満面の笑顔の黄瀬を中心に全員で同じ様に笑っている、海常メンバーが勢ぞろいした写真だった。 20130121 怜様、リクエスト有り難うございました! |