会者定離







唐突に、
それは唐突に自覚した





「涼太?何やってんだ」
今は部活の時間で、そして練習の最中であり、こんなコートのど真ん中でいきなり立ち止まられると邪魔というより危ないというほかない。それなのにそんなことにも気付けないのか、我ら海常高校のエースである黄瀬涼太はボールを持ったまま、茫然とした顔でそこに立ち尽くしていた。
「……キチロー」
「なんだよ」
いつもの明るい声ではない、どこか不安や戸惑いが聞こえる声に加藤が眉を顰めると、黄瀬は持ったままのボールをどうしたらいいのか分からない、とでもいうように力を込めて抱き込んだ。
「おい、涼太?」
「ね、どうしよう、キチロー」
「何が」
「センパイがさ、」
「先輩がどうしたよ」
「三年のセンパイ達は、皆、来年には卒業しちゃうんだ」
「当たり前だろ」
何を言っているんだ、と加藤が目を開けば、黄瀬はいっそうボールを抱き込む手に力を込めた。
「どうしよう、キチロー」
黄瀬は加藤に振り向いた。その目は酷く揺れている。
さびしい、と音の無い声が聞こえた。

「俺、来年もここで笑ってバスケできるかな」

黄瀬のその言葉が加藤に届いた瞬間、加藤は黄瀬の頭を容赦なく叩いた。

「っいったあ!いきなりなにす「いきなり何アホなこと言ってんだお前は!?」

黄瀬の悲鳴よりも加藤の怒鳴り声の方が大きく響いた。
「だって、」
「だってじゃねえ!お前はあれか!誰とバスケやってるって言うんだ!」
黄瀬が息を飲む音が聞こえた。加藤は黄瀬を睨みつけたままただ叫ぶ。
「お前は俺たちと!海常の全員とバスケしてるんだよ!センパイがいなくなるのはそりゃ寂しいだろうし、不安にもなるだろうけどな、それでもお前は一人じゃない。皆いるんだ!その皆を引っ張って先頭に立っていくのがエースで!そのエースは、うちのエースはお前なんだよ、涼太!」
黄瀬の目が大きく開いていく。加藤はその目から視線を外さないようにしながら黄瀬の腕を掴んだ。
「お前のこの手は、シュートを決めるためのものであって、そうやってお前が点を取ってくれることで俺たち全員を引っ張っていくんだ」
「キチロ、」
「お前の足は、コートを自由に走るためのものであって、走って行く先のお前にパスを繋ぐために俺たちがいるんだ」

「それでもお前は!まだ不安だって思うのか!!」

加藤の声に黄瀬は俯いた。
俯いて、そして首を振る。左右に、何度も。

「……思わない」
「声が小せえ!」
「思わない!!」

そうして叫んで顔を上げれば、そこにいるのは自分たちのエースだ。
誇らしい、俺たちの、
海常のエースだ。

「ならよし!」

加藤は腰に手を当てて叫ぶと、黄瀬は今まで見てきた中で一番不細工で、不器用で、でも一番キレイに笑ってみせた。

「じゃあさっさとパス練に戻るぞ。お前最初からやれよ。つき合わせた俺の分も含めて」
「えええなにそれ!ズルイっス!」
「ズルくねえ!」
「キチローのいけず!」
「うるせえ!涼太のアホ!」
「アホっていう方がアホなんスよ!」
「安心しろ、お前の方が絶対にアホだ」
「キチローのバカーっ」
「なんだと涼太この野郎!!」

黄瀬の叫びに加藤が目を吊り上げてその背中に向かってボールを投げれば、軽やかに避けて逃げていく黄瀬を間髪入れずに加藤は追いかけていく。
そんな一年の二人を見ていた海常高校バスケ部のメンバー一同は、そろって安堵の溜息を吐いた。
「……黄瀬のメンタルの部分はさ、俺たちがいなくなった後でも、お前がそこまで心配しなくて大丈夫そうだな、笠松」
「どこがだよ。まだまだだよ、あんな甘ったれ」
「俺は、あんな風に寂しいって思ってもらえるの、照れくさいけど嬉しいって思うな」
「小堀はできた先輩だよ」
「森山だって、笠松だってそうだろう?」
「ま、ちょっとはな」
「……俺にふるな」

「……な、もっとバスケしたいな。俺たちで」

小堀の独り言のような願いは、その場にいた全員の思いをそのまま言葉に表していた。

「こら待て涼太ぁ!大人しくボール当てられろ!」
「嫌っス!キチロー絶対痛くするもん!」
「もん、じゃねえよ!可愛いこぶるな!お前がそんなんだと他校に示しがつかねえだろうが!」
「大丈夫っスよ、俺外面いいから!」
「アホかーっ!!!」

じゃれ合うように叫びながら体育館を走り回る二人は、もういつものお騒がせな一年の顔をしている。
そんな二人を眺めながら、森山も、小堀も、今この場にいる全員が、あの追いかけっこが終わったらとりあえず二人まとめて思いっきり構いつくしてやろう、と心に決めていると、誰より先に笠松が声をはり上げた。

「黄瀬ぇ!加藤!お前らいつまでじゃれてんだ!ちょっとこっち来い!」
笠松の声に二人の肩が同時に跳ねる。
恐る恐る振り返った二人は、笠松の顔を確認した後、直ぐに笠松の元へ駆けていくと、揃って頭を下げた。

「「スンマセンでしたっ!」」

笠松の前に並んで立つと、二人は勢いよく謝罪する。と、腰を折った状態の二人を前に、笠松はおもむろに両手を伸ばした。
右手を黄瀬に、左手を加藤の頭の上に載せると、わしわしと力強く頭を撫でる。
ぽかん、とした顔をした二人の顔を見て、笠松は両方の頭から手を離しながら笑った。

「おら、お前らのキャプテンに何か言いたいことは?」

そう言って手を広げてみせた笠松に、黄瀬と加藤は揃って飛び付く。

「「センパイっ!抱いて(ください)っ!!」」
「だが断る!」

即行で否定した笠松だったが、その顔は言葉を裏切っている。

「おっ前、笠松こらぁ!抜け駆けだぞ!」
「こういうところが笠松だよなあ」
森山の小堀の二人がそう言いながら、笠松に抱き付いたままの一年二人に手を伸ばす。そうこうしている内に、いつの間にかその場にいる全員でおしくら饅頭状態になってしまい、誰も彼もが笑いながらひたすら今という時を愛おしんでいた。





「……何やってんだ、お前ら」
「監督!」
「監督もほら一緒に!」
「だから何だこれは!?」

「えーっと、愛情確認っス!」




20121222
海常大好きです。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -