Lucky Strike






もうこれ以上、待てないよ








あれ、と思った。
っていうか、なんだろうこれ。
熱いって思ったんだ。今の季節は夏だから、暑いのは当たり前なんだけど、自覚したら、熱が、すごい両隣りからきて、うわ、あっつ!
耐えきれなくなって起き上がると、俺の身体の上に置かれていたらしい腕が二本、ずるりと落ちていった。
は?と思ったよ。何で腕が。つか誰の腕だよこれ、って思って起き上がった体勢から下を見下ろして俺は固まった。多分、ピシって音が出たんじゃないかってくらいに。
いや、だってさ。
いたんだもん、そこに。
青峰っちと、火神っちが。
えええええええええなにこれなんて展開?つかなんで二人がここに、ってあれここ俺の部屋じゃないって、





……ねえ、俺今さ、気付きたくないことに気付いちゃったんだけど。
……何で俺、素っ裸なんだろう。
シーツを少しだけ剥がして下半身も確認したんだけどさ、完璧に全裸だよ。
……そんでさ、本気で見たく無かったんだけどさ、ちょろっとだけ見たら、隣の男二人も全裸だったよ。



いやいやいやいやいや!?無い!これは無い!何か知らないけど無いだろ!
もう頭の中が真っ白になった。さっきまで俺が熱いって思っていたのは隣の男らの体温の所為だったんだなあって頭の一方ではそんなことを考えている。あれ、結構余裕あんじゃないの?って思ってみたりして、いやいや、でも無い。これ本当にドッキリか何か?どっかに黒子っちが隠れていたりして、俺を驚かせようとしてたりしない?
……いや、黒子っちはそんなことはしません。すみません、そんなこと考えたりして。逃避だったんです、許してください。
俺は極力音を立てずにゆっくりと慎重にベッドから抜け出した。フローリングの床にペタリ、と足をつけると、クーラーで冷えていた床の冷たさにホッとする。振り返ると、ベッドの上には平均身長を優に超えた高校生男子が二人、全裸で寝そべっている。
……それは、今はとりあえず気にしない方向でいこう。
兎に角頭を冷やしたい、と思った俺は、そっと部屋から抜け出した。その際、ベッドの下に落ちていた誰かのシャツを拝借して肩にかける。さすがに全裸で他人の部屋を歩く趣味は無い。
一歩歩き出して、俺は少しだけ息を詰めた。
……下半身に違和感がある、なんて知らない。知ったこっちゃない。違う、違う。何が違うのかなんて分からないけど!とにかく違うんだ!
急いで部屋のドアを開けてリビングに出た。
やっぱり、というかここは火神の家だ。見覚えのあるキッチンを横目に俺は真っ直ぐにバスルームに向かう。何度か貸して貰ったことがあるから勝手知ったる、とかなんとかってヤツで、シャワーの温度設定を完了させたら、さっさとバスルームに飛び込んだ。
シャワーのノズルを回す。途端に掛かってくるのはまだ水で、ひんやりしたそれが少しだけ俺を落ち着かせてくれた。頭から被って暫くしていると、段々をお湯に変わっていく。じんわりと熱が顔に当たって、そこで俺はやっと昨日の出来事を思い出してきた。



高校二年に上がっても相変わらずにバスケに精を出している俺たちは、昨日珍しく休みが重なったので、火神っち、黒子っち、青峰っち、桃っちと俺とでストバスに出掛けたのだ。
近場にできたっていう新しいコートで馬鹿みたいに騒いでバスケして、各々充実した時間を過ごしていたと思う。
で、途中で桃っちが用事があった、と抜けることになって、黒子っちも借りてた本を図書館まで返しに行くとかで桃っちと一緒に先に上がったんだ。
俺と青峰っちと火神っちの三人はその後も残ってバスケをしてたんだけど、途中から雲行きが怪しくなってきた。
あ、と思ったときにはもう大粒の雨が身体中に叩きつけてきた。夏の天気は変わりやすいけど、あんな豪雨は初めてで、俺たちはすっかりずぶ濡れになりながらも何か面白くてゲラゲラ笑ってたんだ。
でもさすがにこのままじゃ不味いだろってんで、一番近い火神っちの家にお邪魔することになった。その頃には雨脚も少しは納まってきて、傘買おうか、とか思ったんだけど、ここまで濡れたら意味がねえってんで傘もささずに火神っちの家に歩いていった。
玄関を開けて貰って、ちょっとタオル持ってくるから、お前らそこを動くなよって火神っちに言われて、俺と青峰っちはその場で大人しく待っていたんだけど、身体に張りつくシャツが思いの外気持ち悪くて、俺は先にそれだけ脱いでしまおうとシャツの裾に手をかけたんだ。ぐい、と無理に引っ張って身体から引き抜く。身体を伝っていく水がなんかくすぐったいなあ、と思っていたら、隣から視線を感じて俺は顔をそっちに向けた。
……そしたらさ、なんか見たことない顔をした青峰っちがそこにいたんだ。
ジリジリと焦げ付く様な視線。そんな目をした青峰っちが俺をじっと見ている。
何で?と思いながらも俺は青峰っちを呼ぼうとした。シャツは足元に置いた鞄の上に無造作に放って、俺は青峰っちに向かい合ったんだけど、そしたら青峰っちが俺の肩を掴んだかと思ったら、俺の腰を思い切り自分に向けて引き寄せたんだ。
吃驚して声もあげられないまま、気付いたら青峰っちに抱き締められていた俺は、ドクドクと聞こえてくるのが青峰っちの心臓の音だって分かって、それでも動けなかった。シャツを脱いだ所為で遮るものが無い俺は、ダイレクトに青峰っちの熱を感じてしまってうろたえた。
何だよこれ、こんなの変だって思った。
思ったんだけど、青峰っちが俺の名前をすごく掠れた声で呼んで、そしたら俺は自然と目を瞑ってて。
気付いたら青峰っちとキス、してた。
最初触れるだけ、だと思っていたのに、気付いたらお互いの舌が触れて、絡まって、息も荒くなって、何だこれ、何だこれって混乱してた俺は、背後から火神っちが近付いてきていたのに気付かなかったんだ。
おい、って低い声で呼ばれた。反射的に青峰っちを突き飛ばそうとしたんだけど、両手がいつの間にか青峰っちに掴まれていてそんなことはできなかった。それでも口だけは離すことに成功して、互いの口の間を繋いだものに俺は目を逸らした。
それで、振り返った先にいたのは、さっきの青峰っちと全く同じ目をした火神っちで。
あ、と思ったときには、もう火神っちに口を覆われていたんだ。手は青峰っちに掴まれたままだったから、顔だけ火神っちに向いた不安定な体勢で、俺は火神っちのキスを受けることになって、火神っちの熱い手が俺の首筋を触れたら、背筋がぞくりってして。ヤバイって思って離れようとしたんだけど、青峰っちが俺の腰掴んだままで逃げられなくて。そのまま青峰っちは俺の背中を背骨に沿ってじっとりと舐め上げたりするもんだから、俺は膝に力が入らなくなってその場にへたりこむところだったんだけど。その瞬間、気付く間もなくあっという間に靴を脱がされていた俺は二人に抱え上げられて、気付いたらベッドの上に運ばれていて。
濡れたままの身体でベッドに転がされて咄嗟に起き上がろうとした俺を二人が上から押さえこんできて。
そのまま二人がかりで身体中舐められて、触られて、少しだけ噛まれて、信じられないところを探られて、濡れた音と、荒い息遣いと、掠れた呼び声と、信じられないくらいの熱に翻弄されて。
気付いたら二人に縋って俺はひたすら喘いでいたんだ。
思ったよりも優しい手で触れてきた青峰っち。
思ったよりも余裕の無い声だった火神っち。
滅多に見れない、っていうか見ることすら初めてな二人の姿に、俺は熱に浮かされたまま、ただ驚いていた。



そこまでを思い出して、俺はシャワーを止めた。髪からぽたぽたと流れていく滴をぼんやりと眺めている。下半身に違和感はあったけど、しっかりと後始末はしてくれていたらしい。こんなとこ、自分でも触ったことなんて無いのに、あの二人は何度も俺のここに触れてきた。
途端に顔に熱が集まる。ヤバイ、なんかヤバイ。
ふう、と深呼吸をして、俺は顔を上げた。
まあ、しちゃったものは仕方ない。そうだ。まさか俺が受け身に回るセックスをすることになるなんて夢にも思ったことはなかったけれど。まああの二人ならいいか、とも思ってしまった俺は多分、まだ冷静とは程遠かったんだと思う。
さっさと出よう、とバスルームのドアに手を触れた瞬間、リビングの方ですごい音がした。
ガタン、っていうかバタン、っていうか兎に角何か重いものが落ちたんだか倒れたんだかって音が。
まさか泥棒?と思った俺は、バスルームを飛び出た。さすがに素っ裸で行くのもどうよ、と思ってその場にあったバスタオルを急いで腰に巻いてリビングに駆け付けると、そこにいたのは折り重なるように倒れ込んだままお互いを罵りあっている青峰っちと火神っちの姿だった。
「どうすんだよっ!青峰っこの野郎!」
「俺の所為だけじゃねえだろっ!お前も同罪だ!」
「うるせえ!元はと言えばお前が先に!」
「我慢できなかったのはお互い様じゃねえか!」
「何だとっ!」

……なんかほっといたらいつまでも続きそうなそれに、俺は溜息を吐いた。
何だって早朝からいい体格した男が二人、全裸でケンカしている場面に出くわさなけりゃならないんだか。

「お取り込み中のところ、悪いんスけどね、アンタらいつまでその格好でいるの」

俺の声が聞こえた二人はその場でカッと顔を上げてこちらを見た。
……正直その顔は怖い。やばい、逃げたい。
でも零れそうに開いた目に少しだけ可笑しくなって、俺は二人に近付いた。
「火神っち、勝手にシャワー借りたっス」
「……あ、ああ」
「気持ち良かったから、二人もさっぱりしてきたら?」
濡れたままの髪を撫でつけながら俺がそう言ったら、青峰っちが動いた。その場で膝をついて俺を真剣な目で見てくる。……うん、全裸のままで。
「黄瀬」
「なに?青峰っち」
とりあえず服着てくれないかなーと思いながらも、俺も腰にタオル巻いたままの姿で青峰っちに向かい合う。そしたらさ、青峰っちが俺の前で頭を下げたんだ。
「ちょ、青峰っち!?」
俺の知っている青峰っちはそんな人に頭を下げるようなことをする人じゃない。止めさせようと青峰っちに手を伸ばしたら、青峰っちは下げていた顔を上げて俺より先に俺の肩を掴んだ。
「昨日、お前に無理したことは謝る。だけど俺がお前にしたことについては俺は後悔してない」
「え、」
「黄瀬、俺はお前が好きだ」

……え?

「ちょ、青峰っち、寝惚けて、」
「寝惚けてねえよ」
「冗談、」
「冗談でもねえよ」
「じゃあ、」
「本気だ」
「……」
それは、目を見れば分かる。分かってしまった。
本当に本気で、青峰っちが俺を?
至近距離で青峰っちをマジマジと見つめていると、隣にいた火神が俺の身体を強引に引き寄せた。
「っと、か、火神っち?」
「黄瀬、聞けよ」
「へ、」
「俺もだ」
「は」
「俺も、青峰と同じで、お前のことを好きだ」
首筋まで真っ赤に染めて告白してきた火神は、俺を抱き込んだまま動かない。
俺の耳元で震える息がどれだけ本気が教えてくれた。
……つまり、昨夜のアレは、二人にとってただの性欲処理とかそんなんじゃなくて、本当の、本気で、俺を、



「ふわああああああっ!」
奇声を上げて火神の腕から抜け出した俺は、二人から距離を取ろうとしたんだけど。
二人はしっかりと俺の腕をそれぞれが掴んでいて、俺がそれ以上二人から離れることは叶わなかった。
「ちょ、離せよ!」
「離すか!」
「お前が逃げなきゃ離してやるよ」
「その言い方はずるいっス!」
「いーんだよ」
「何が!?」
「もう、形振り構ってなれねーんだよ、俺らは」
そう言うなり、青峰っちは俺の腰に巻いてるタオルをあっという間に剥ぎとってしまった。
「ちょ、返して、タオル!」
慌てて伸ばそうとした手は二人に掴まれたままだったから何にもできず。生まれたままの姿になった俺の身体を熱の籠った目で見つめてくる二人に俺は泣きたくなった。
「ちょ、やだ、見ないで!」
「「断る」」
「ハモんな!」
暴れようにも体勢が悪い。泣きそうな思いで二人を見れば、同時にごくり、と唾が飲み込まれた音が聞こえて顔が引き攣る。
「いやいや、待て待て待て待て待て!昨日の今日でとか!勘弁して!」
「いいだろ、手加減してやったんだし」
「アレで!?」
「本気出して欲しいのか?」
「冗談!」
何だよ、と残念そうな二人に堪忍袋の緒が切れそうになる。掴まれたのは腕だ。足は自由。このまま二人の股間を蹴り上げて逃げてやろうか、と思ってそこに目を向けたら、

「何で勃ってんの!?」

凶器だ。本当に。明るいところで見なかったからよく分からなかったけど、俺、よくあんなの入れられたな。

逃げようと思った。本気で。でも目の前の二人はそんな俺を逃がしてくれるような甘い男じゃない。
「逃がして欲しいか?」
青峰っちの言葉に必死で頷くと、青峰っちはそれはそれは悪い顔をして俺を覗き込んだ。
「じゃあ、俺か、火神か。どっちか選んだら逃がしてやるよ」

って、それって、結局どっちかには捕まるってことじゃないっスか!?

心の叫びは音にならず。
俺の抵抗は物ともしない狼二匹は、それは嬉しそうに笑って俺に手を伸ばしてきたのだった。






20121209
きーちゃん様、リクエスト有り難うございました!