沈魚落雁





「……あのさ、黄瀬?どうかしたのか?」

二つ下の後輩である黄瀬が、さっきから隣に座ったままじっと自分の顔を見たままで何も言わないことに、最初のうちこそ黙っていた森山だったが、どうにも居た堪れない空気に耐えきれなくなって正面から向き合うことにしたのは、部活の合間の短い休憩時間のときのことだっだ。
「……」
「おい、黄瀬?」
なのに、当の本人はどうも心ここに在らず、という風貌で森山は首を傾げた。
「黄瀬―、大丈夫か?」
「……森山先輩」
「おう、どうした」
何度かの呼びかけに対してやっと反応が返ってきたことに内心で森山が安堵していると、黄瀬は本当にそれが当然の事実であるような声でぽつりと言葉を落とした。

「先輩はイケメンっスねえ」

正真正銘のイケメンが何をぬかす。

その場で二人の会話を聞いていた者がいたら揃って口にしそうな科白を間違うことなく森山も喉元まで言いかけたが、なんとかそれを飲み込むことに成功した。
「なんだ?俺の魅力にやっと気付いたのか、お前は」
だがその後、軽く茶化すつもりで言った言葉に対して、まさか正直に頷かれることになるとは、森山は予想すらしていなかった。

「はい、そうっス」

おいおいおいおいおいおい、ちょっと待て。

森山は額を手で押さえた。軽く眩暈の様なものがしている気がするのだが、気の所為にしておきたい。
だって、何だって今この目の前の後輩が。

「ねえ、先輩」
「……なんだよ?」

座っている分、普段よりも視線が近い。座高が低い、ということで、つまり足が長いイケメン爆発しろ、と普段から思っている思考がこの時ばかりは浮かばなかった。
少しだけ斜め下から見上げるような仕草。
さらりと流れた前髪が頬にかかって影を作る。
その下、瞬きの度に音が聞こえるんじゃないかと思うくらいに長い睫毛が縁取るのは煌めく琥珀色。
うっすらと桃色に見える柔らかそうな唇が艶めいて見える。

だから、待てよ、俺。
いくら目の前のこれがキレイで可愛いと思ってもこれは男だ!

うっかり色々なものに流されそうになった森山をあっさりとすくい上げたのは、目の前でキラキラした顔を惜しげもなく晒している後輩だった。

「どうすれば女の子からカッコイイって言われるんスか?」


……は?


黄瀬に言われた言葉が理解できない。
俺の耳、おかしくなったのか?と何度も耳の辺りを叩いてみるが、おかしいところはなさそうだ。それが証拠に、黄瀬を挟んで反対側にいた立花も似たような顔をしていたからだ。
「立花、俺おかしいのか?」
「いえ、先輩はおかしくないです」
「じゃあ、あれか。俺耳が変な翻訳するようになったのか?」
「それも違うと思います」
俺もそう聞こえましたから、と立花は言って頷いてみせたものだから、森山はだよなあ、と取り敢えず自分の耳が壊れていないことに安堵していた。
「とりあえず、黄瀬」
「はいっス」
「お前がそう思った理由を今直ぐここ言え」
「何があったんだ?涼太」
森山と立花に真剣な顔を向けられた黄瀬は、ぷくりと頬を膨らませた。
そんな子ども染みたことも、黄瀬がやるとどうにも様になる、というか、妙に似合ってしまうのはどういったことだろう。
黄瀬は少しだけ視線を逸らしたまま、口を開いた。
「最近、クラスの女の子によく言われるんス」
「なんて」
「……」
そこで黙ってしまった黄瀬に、森山が眉間に皺を寄せると、隣の立花が、あ、と声を出した。
「涼太。お前もしかしてあれか」
「……」
「何だよ、立花、アレって」
「はあ、あの今日に限ったことじゃないんですが、最近黄瀬が女子から良く言われる言葉があって」
「女子から?」
「はい」
「で、なんて」
「それが、」
と、立花が言おうと口を開くと同時に、黄瀬がぽつりと呟いた。

「『可愛い』、とか『キレイ』だって」

……へ?

「それがどうしたって言うんだよ」
「どうしたって!だって先輩!」

俺、男っスよ!

黄瀬の言葉が体育館に響いた。

「そりゃ、見た目が整ってるってことは自覚してるつもりっスよ!それで仕事も貰ってるわけだし、顔も母さんに似てるって小さい頃は近所の人にしょっちゅう言われてたし、女の子に間違われて変態に襲われそうになったことも一度や二度じゃ済まないくらいにはあるし、痴漢にあうのも割と頻繁にあるけど!」
「おい、ちょっと待て、何だいまの変態とか痴漢とか」
「中学くらいまでの話っスよ。最近は結構減ってきたから」
「ってことはまだあるんじゃねえか!」
「涼太、どこであったんだ、そんな目に」
「大丈夫っス。どれももれなくきっちりやり返しておいたから。っていうかそこじゃなくて」
「いやそこだろおい!」
「そこじゃないっス!俺の言いたいのはね!」

バン!と大きく床を叩いた黄瀬は堂々とのたまった。

「もう高校生になってガタイも良くなってきたと思うのに、どうして俺はカッコイイよりも可愛いとか言われちゃうことの方が多いんだろうってことで!」
「だって、そりゃ、お前、」

それはしょうがないだろう、といつの間にか三人の話しを聞いていた周りの人間もつい呟いてしまった。

「何でっスか!?どうしてっスか!?俺こんなに男らしくなったのに!」

今のお前を男らしいって言うなら、そこらにいる女の子の大半がもれなく男らしいになっちまうよ、とは誰も言えなかった。
なんせ、ボールを抱えたまま顔を真っ赤にさせて憤慨している黄瀬は、誰の目から見ても、

「「「「「……可愛いよなあ」」」」」

当人達には聞こえない位置で共通の認識に至った部員たちは、三人からさり気無く距離を取りつつ練習に戻っていった。


「だから先輩!どうしたら誰からもカッコイイって言われるようになるんスか!」

教えて下さいっス!と叫ぶ黄瀬を両手で宥めながら脱力していく身体を止められない森山は、隣で黄瀬の頭を取り敢えず撫でつつ、微妙な顔をしている立花と視線を合わせた後、揃って盛大な溜息を吐いたのだった。






20121128





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