I wanna be where you are









好きだ、って気持ち全部集めたら、
きっと君の形になるんだ






「涼ちゃん」
「うん?なんスか?」
「涼ちゃん」
「どうしたんスかー?カズ君」
「りょーうーちゃん」
にへーっと笑って涼ちゃんの細い腰に抱き付くと、涼ちゃんはとてもとてもやわらかい笑顔をくれて、それと一緒に俺の頭を撫でてくれた。
「今日のカズ君はとびきり甘えん坊さんっスね」
白くてキレイな手が俺を甘やかそうと優しく触れてくる。その手に自分から頭を擦りつけた俺は、涼ちゃんに抱き付く腕をいっそう強くした。

「……何をしているのだよ」

もっと甘えちゃおうって思っていたら、涼ちゃんの部屋の入り口近くでそんな声が聞こえてきた。顔を上げると、そこには俺の相棒の真ちゃんが眼鏡のフレームを押さえながら立っている。
「真ちゃん、遅かったね」
「ああ、すまん。本屋から電話があったのだよ」
「本屋?」
「頼んでいた本が届いたと連絡があってな。……いやだからそうではなくて、高尾」
「なにー?」
「何じゃない。何だお前のその格好は」
「え?何か変?」
「……何故黄瀬に抱きついているのだよ」
「あー、だってさー」
ちらりと涼ちゃんに顔を向けると、涼ちゃんは俺たち二人のやり取りをなんだか楽しそうに聞いている。下から見上げる顔はいつも通りとてもキレイだ。
「そこに涼ちゃんの腰があったから?」
「何故そこで疑問系なのだよ……」
どこか脱力した様な真ちゃんの姿に首を傾げつつ、俺は涼ちゃんに抱き付いたままでいた。
「ね、緑間っち、本屋さんにはもう行ったんスか?」
「いや、まずはお前たちに顔を見せてからにしようと思ったので、まだなのだよ」
「ありゃ、そうなの?」
今日は目前に控えた試験勉強の為、恒例の勉強会を涼ちゃんの家でやることにしていたのだ。いつもなら俺より先に来ているはずの真ちゃんがまだ来ていなくて、それで俺と涼ちゃんの二人だけ、っていうシチュエーションができてしまったもんだから、いつでも自分に素直で正直な俺はつい涼ちゃんに手を伸ばしてしまった。
可愛くてかっこよくて、キレイで優しい涼ちゃんと俺は、実はお付き合いしているのである。
恋人と二人っきりってなったらさ、そりゃー甘えたくなるよねえ。
「ひゃ、」
少しだけ伸び上がって、涼ちゃんの首筋に顔を埋める。そこをぺろりと舐めたら、涼ちゃんが小さな声を出した。
「こら、カズ君」
少しだけ頬を膨らました涼ちゃんが俺の顔を剥そうとするから、俺はそんな抵抗を物ともしないで益々顔を近付ける。
あとちょっとでキスできそうって距離になって、涼ちゃんの口に射程を合わせようとしたら、涼ちゃんの口をテーピングされた手が覆ってきた。
「……ちょっと、真ちゃん」
「何なのだよ」
「それ俺の科白なんだけど」
邪魔しないでくんない?と見上げれば、眉間に皺を寄せた真ちゃんは深々と息を吐き出した。
「俺の目の前でイチャつくな」
「真ちゃんが遅れてきたのが悪いんですー」
「俺の所為にするな」
真ちゃんはそう言うと、涼ちゃんを俺から引き剥がした。
ちょっと、酷くない?
「真ちゃん、何で涼ちゃん持っていくのよ。返してよー」
「これ以上お前と黄瀬を一緒にしておくと、俺がいてもお構いなしにことを始める可能性があるから断固として断るのだよ」
「ことって、何よ?」
真ちゃんのエッチ、と笑えば、頭の上に拳骨が落ちてきた。
「いってええええ!」
「自業自得なのだよ」
ふん、と満足そうに鼻を鳴らした真ちゃんは、いつの間にか涼ちゃんが用意して淹れてくれたお茶を貰って飲んでいる。
「黄瀬、茶葉を変えたのか?」
「あ、分かるっスか?この前仕事のときに美味しいって評判のお茶分けて貰ったんスよ」
どう?と真ちゃんに尋ねている涼ちゃんは何となく期待を持った視線で真ちゃんを見ている。
「まあ、悪くは無いのだよ」
「へへ、良かったっス」
真ちゃんの悪くない、はつまり好きってことだ。案外その言葉を本人から引き出すのは難しくて、俺も結構苦労するんだけど、涼ちゃんは真ちゃんからのこういう言葉を直ぐに引き出せてしまうからすごい。
付き合いの長さってのもあるかもしれないけど、恋人としては、ちょっと面白くないんだよね。
「涼ちゃん、俺にもおかわりください」
「はいっス」
嬉しそうに笑って俺にお茶を淹れてくれる涼ちゃんの姿は、なんていうか、うん、目の保養です。
「ね、カズ君、緑間っち」
涼ちゃんからカップを渡して貰ってゆっくり飲みながら、さて何から勉強しようか、と考えていると、涼ちゃんが俺と真ちゃんを呼んだ。
「先に本屋さん行かないっスか?俺見たい参考書があるんスよ」
「俺の用があるのは駅前の本屋だが」
「うん、そこでいいっス」
「高尾はいいか?」
「うん、いいよ」
問題無し、と頷けば、じゃあ行こう、と三人揃って腰を上げた。





今はまだお昼をちょっと過ぎた時間で、駅前はそこそこに人通りが多い。そんな中で目当ての本屋を目指して歩いていると、ふと周りからの視線が集まっているのに気がついた。
まあ、そりゃそうか。
俺の隣にいるのは今人気絶頂のモデルだし、その隣の真ちゃんはモデルじゃないけど顔立ちは整っていて十分に見栄えする。そんな二人が並んでいたら、そりゃ視線も集まるってものだ。一応帽子と眼鏡をかけている涼ちゃんだけど、それだけじゃ隠しきれない涼ちゃん本人の魅力ってやつは相当厄介なもので、本人の意思を軽く無視してあっという間に周りを惹きつけてしまうのだから、手に負えない。
それでも、涼ちゃんを守るのは俺の役目だから。
油断なく周りに視線を投げながら俺は涼ちゃんの傍にくっ付いていた。そしたらさ。
「カズ君」
涼ちゃんの声に呼ばれてなに?と顔を上げると、そこには何だか照れた風な顔があって、あれ?って思っている間にいつの間にか俺の手は涼ちゃんの手の中にあった。
驚いて顔を上げれば、涼ちゃんは悪戯っ子の様な顔をして俺を掴んでいるのは反対の手の指を一本立てて、口元に当てている。
隣の真ちゃんは気付いている様子は無い。
つまり、そういうことだ。
俺は涼ちゃんの手をしっかりと掴むと、涼ちゃんは途端に嬉しそうに顔を綻ばせた。
ああほら、この顔だよ。
見てるこっちが幸せになれる顔。涼ちゃんのこの顔を見たとき、俺本当にそう思ったんだ。

そんでさ、好きだって思ったんだ。



本屋に着いたら真ちゃんと別れた。取り敢えず本を受け取ってくる、という真ちゃんに手を振って、俺と涼ちゃんは参考書が置いてあるコーナーに足を運んだ。
「どれ?涼ちゃん」
「んーと、赤い背表紙のやつっス。森山先輩がそれが一番おススメだって教えてくれたんスよ」
「へえ、笠松先輩じゃなくて?」
「笠松先輩真面目だから勿論勉強もできる方なんスけどね、俺のとこの三年の先輩の中では森山先輩が一番勉強できるんス。全国模試の順位、一ケタって聞いた」
「……すげーな」
「うん、勉強もできて、顔も良いのになー。なんで森山先輩はモテないんスかねえ?」
なんてことを呟いている涼ちゃんは、残念なイケメンは勿体ないっス、とクスクスと笑っている。
「あ、これじゃない?涼ちゃん」
「それっス!ありがと、カズ君」
俺が見付けた参考書は、ちゃんと涼ちゃんが探していたものだった。キラキラした笑顔で喜ばれると、なんか勲章を貰ったくらいに嬉しい。
今度はどの教科にしようか、と二人して悩んでいたら、背後から聞いた覚えのある声で涼ちゃんが呼ばれた。
「黄瀬君」
揃って振り返ると、そこにいたのは誠凛の黒子だった。後ろに真ちゃんもいる。
「黒子っち、お久しぶりっス」
「先週一緒にストバスしましたよ」
「じゃあ、先週ぶりっス」
ほわほわと笑った涼ちゃんに、黒子はよく見ないと分からない程度に笑ったみたいだった。
「そこで緑間君に会ったので、聞いたら君たちもいると言うから」
「これから三人で勉強会なんスよ」
「そうなんですか」
「黒子っちは?」
「僕も勉強をしようと思っていたんですが、今日発売の本があったのを思い出したら居ても立ってもいられずについ」
「黒子っちは本が大好きっスもんねえ」
そんな二人の会話に真ちゃんが入ってきた。
「黄瀬、見つかったのか?」
「うん、あったっス!カズ君のおかげで早く見つかって良かったっス」
ね、カズ君、と涼ちゃんが俺を見て笑ってくれた。
そんときの涼ちゃんの顔がさ、もうなんかすげー可愛い顔でさ。ヤバイって思ったときには俺の顔は赤くなっていた。
咄嗟に顔を下げたから涼ちゃんに気付かれていないことを祈る。あんまりかっこ悪い顔、やっぱ見せたくないんで!
「じゃ、俺買ってくるっスね」
手に持った参考書を掲げながら涼ちゃんがレジに向かうのを眺めていると、真ちゃんと黒子も同じように涼ちゃんの背中を眺めていた。
なんか、自分の子どもがちゃんとお使いできるかどうか、心配で見ている親みたいだ。
内心で思ったことは結構的を得ていると思ったけど、口には出さずに留めておく。
危機回避能力は高くてなんぼよ?



「カズ君、緑間っち、黒子っち!お待たせしましたっス!」
キレイに笑った涼ちゃんが俺たちのところに駆けてくる。涼ちゃんの視線が俺に当たって、そこでまたふんわりと涼ちゃんは笑った。
あーあ、なんでここ、外なんだろうなあ。
二人っきりだったら、さっきみたいに手繋いでさ、もっと傍にいられるのに。
「では行くぞ」
「はいっス。黒子っちは帰っちゃう?」
「いえ、さっき緑間君と話していて、僕も勉強会に参加させて貰うことにしました」
え、何それ、俺聞いて無いんだけど。
っていうかそれってひょっとして、さっき俺が涼ちゃんがお会計してるのぼーっと見てたときに決まったんじゃねーの?
そんなことを思いながら涼ちゃんを見れば、傍目にも分かるくらいに嬉しそうな顔してるのが見えて、しょうがないか、と俺は隠れて苦笑した。
涼ちゃんが中学時代のキセキの皆をどれだけ大切に思っているか、俺は知ってる。本人から聞いたことだから、確かなことだ。
灰色だった涼ちゃんの世界に鮮やかな色をくれた奴らだもん。涼ちゃんがトクベツに大事にしてる気持ちも分かる。
分かるんだけど、やっぱりさ、少しだけ、本当に少し、……あ、いや今の無し。やっぱ結構、っていうかすごく、面白くないって思っちゃうのは許して欲しいなー。
そんなことを黒子と楽しそうに会話してる涼ちゃんの背中を眺めながら考えていると、いつの間にか隣にいた真ちゃんが買ったばかりの紙袋に入ったままの本で俺の頭を叩いてきた。
……ねえ、それ地味に痛い。

「いきなり何よ、真ちゃん」
「辛気臭い顔をしているお前が悪い」
「辛気臭いって!」
「言葉の通りなのだよ」
そう言われてしまうと、俺も反論できない。まあ、自覚があるからってのもあるんだけどさ。
「だってさ、まあ分かってるんだけどさ」
でも、思ってしまうのだ。
考えてしまうのだ。
「悔しいってさ、」

もっと早くに涼ちゃんと出会っていたら。
それこそキセキの前に。
……でもそうしたら、今の様に俺の隣で涼ちゃんが笑ってくれたかどうか、分からないんだ。

「お前でもそんなことを考えるのだな」
意外だ、と言外に聞こえてきて、俺は少しだけむくれた。
「ナニソレ。真ちゃんの中で俺ってどれだけお気楽キャラなのよ」
「そういう意味ではない」
「じゃ、なに?」
「無自覚、というのは黄瀬の専売特許だと思っていたのだがな」
ふん、と鼻を鳴らした真ちゃんは真っ直ぐに前を見ながら口を開いた。
「黄瀬の優先順位に、俺たちキセキはそれは高い順位に置かれている」
「知ってるよ」
改めて言われるまでもないことだ。少しだけ視線を逸らせながら言えば、真ちゃんは気にせずに淡々と言葉を続ける。
「だが、それはあくまでキセキ、という一括りの枠で囲ってあって、俺たち個人個人に対しては黄瀬は順位分けしていないのだよ」

それが、どういう意味?と俺が首を傾げていると、真ちゃんは、ふ、と軽く笑った。
あ、珍しい笑い方だ。

「その順位分けされてない俺たちよりも先に、アイツに名を呼ばれる人間を、俺はお前の他に知らないのだよ」

言われて思い出す。
さっきの本屋で、涼ちゃんが買い物終わって戻って来たとき。
その口が開いて最初に呼ばれたのは、


「真ちゃん」
「なんなのだよ」
「俺ってさ、愛されてるね」
馬鹿か、と真ちゃんは言った。
俺はもうにやける口元を隠すのもできずにいたのだが、やはりというかなんというか、最後にしっかりと釘も刺してくるのがこの緑間という俺の相棒であり。

「だが、そうして胡坐をかいていると、うっかり蹴落とされるかもしれないのだよ」

十分に注意しろよ、と言われて俺は背筋を伸ばす。
それはもう、充分に。
誰にだってもう、この場所は渡してやらないと、決めているのだ。

「ご高説、痛み入ります」

それだけ言って俺は駆け出した。いつの間にか開いていた二人の背中、ひいては涼ちゃんの元に向かって脇目もふらずに足を動かす。

「涼ちゃん!」

だって俺は、この声が、

「カズ君!?」

俺の名前をこんなに優しく、甘く呼んでくれる声を、目の前の恋人以外に知らないのだから。

「大好きだよ!」

唐突に叫んだ俺の告白に、涼ちゃんはポッと頬を赤く染める。その鮮やかさに目を細めて、隣の黒子に冷ややかな眼差しを貰いながら、俺は遠慮なく涼ちゃんの手を掴んだのだ。






20121202
玖珠様、リクエスト有り難うございました!