blond and sweet





監督の都合で急遽部活が休みになった日曜に、さて何をしようか、と黄瀬は部屋の中で考えていた。急に決まった休みの所為でモデルの仕事も入れていない。それじゃあストバスでもしに行こうか、と思うも、生憎今日の天気は雨だ。
じゃあどこかの体育館にでも、と思うも、折角の休みなのだから明日は休養に使えよ、と昨日の帰り際にキャプテンに言われてしまったことを思い出す。普段のオーバーワークをさり気無く心配されてしまった手前、のこのこと身体を動かしに行くのも気が引けた。
さて、ではどうするか。
外は相変わらず雨が降り続けている。サアサアと雨が降る音が部屋の中にも聞こえてくる。その音に耳を澄ませながら黄瀬はベッドから立ち上がった。ポケットの中には財布とスマートフォン。伊達眼鏡と帽子をつけて、鏡の前で確認する。にこりと鏡の中の自分に笑って、黄瀬は部屋を出た。

「母さん、俺ちょっと出てくる」
「あら、雨なのに?」
「雨だからだよ」

そんなに遅くならないから、と言えば、気をつけていってらっしゃい、と笑いながら母が送り出してくれた。
行ってきます、と声を上げて扉を開ける。先日買ったばかりの傘を広げると、目の前には鮮やかな青が広がった。青色のこの傘を一目見て気に入った理由が、海常のユニフォームの青に似ている、と思ったから、と言うのは気恥かしくて誰にも内緒だ。
へへ、と内心で笑って黄瀬は一歩雨の中に足を踏み出した。





雨の日は好きだ。
傘をさして歩いていると、皆傘の中に視線が留まって外に余り向かないから、いつもなら自分だとばれてしまうこの距離も、傘のおかげで気付かれにくいからだ。
それでも念のため、雨の日でも眼鏡はかけておくのだよ、と言われたのは中学時代に一緒に帰ることが多かった緑間からだった。
その彼は今日も部活だろうか。黙々と練習に励む緑間の姿は、見ているだけでこちらの気も引き締まるのだ。可能なら、今度こっそり秀徳に見学にでも行こうかな、と考える。その際には高尾に協力してもらおう、と。
思わず浮かんだ考えに傘の中を見上げて笑う。いつ実行に移そうか、と考えていると、ポケットのスマートフォンが着信を知らせてくれた。
誰だろう、と思いながら画面を見ると、そこに出ている名前に黄瀬は目を開いた。

「火神っち?」

何故彼が?と思いながら通話に切り替える。耳に当ててもしもし?と声を出せば、耳元に火神の声が聞こえてきた。

『よお、黄瀬』
「火神っち、珍しいって言うかどうしたんスか?俺に電話なんて」
『あー、まあ、な』
「?」

妙な歯切れの悪さに首を傾げていると、横を歩く人にぶつかりそうになって慌てて歩道の脇に避けた。店の軒先に移動して通行の邪魔にならないようにしてから、黄瀬は火神に呼びかけた。

「それで?何か俺に用があった?」
『あー、用っていうか……』
「用っていうか?」
『なあ黄瀬、お前さ、今どこにいる?』
「今?今日は部活休みなんで、久しぶりに買い物にでも行こうかと思って外にいるっスよ?」
『赤い屋根のケーキ屋の軒先に青い傘さして立ってる?』
「……は?」

何でそんなに的確に言い当てているんだコイツは。
思わず周りを見回すと、視線の先に薄い黄色のビニール傘を指した火神が俺を見つめて立っていたのだ。

「火神っち!?」

思わず叫んだ俺の声は、携帯越しでなくても聞こえるくらいの距離だった。少し携帯から耳を離した火神が苦笑しながら傘を振っていた。



「しかし、偶然とはいえ、よくあそこにいるのが俺だって分かったっスね」
「ああ、なんとなくな」
「なんとなくで分かっちゃうなんて、どこかの野性児みたいっスねえ」
「野生児?」
「あはは、こっちの話っス」

脳裏に浮かんだ顔は首を振ることで無かったことにする。本人にこの発言がバレたときのことは考えないようにしたい。

「それにしても、火神っちはどうしたんスか?部活は?」
「こっちも休みだ。体育館の整備が入るとかで締め出された」
「それで外に?」
「あー、新しいバッシュでも見ようかと思ってな」
「いいのあったんスか?」
「いや、今日は収穫無し。だから帰ろうかと思ってたところだったんだよ」
「へえ、残念っスね」
「お前は?」
「俺は本屋行こうかと思って」
「本?お前が?」
「……さり気無く失礼っスね、火神っち。俺だって本読むんスけど?」
「悪い」
「まあ別にいいんスけどね」

少しだけ唇を尖らせていると、火神が少しだけ焦った様な声で黄瀬を呼んだ。

「な、なあ、黄瀬!お前この後どうするんだ?」
「え?だから本屋行こうって」
「じゃあさ、その後は?」
「特に予定は無いっスけど」
「なら俺の家来るか?」
「は?」

え?今何を言った?と振り返ると、火神はじっと自分を見ている。
つまり、冗談の類では無いのだろうな、と把握して、しかし何故?とも思った。
ライバルだとは思う。自分も彼のことは認めているわけだし。しかし、友人かと言われると、どうだろうか。まあ仲は悪いわけでもない、と思うけれども。

「いいんスか?」
「ああ」
「でも急にお邪魔してもご家族に悪くないっスか」
「俺一人暮らしだから平気だ」
「ええっ!?火神っち一人暮らしなの!?」
「変か?」
「いや、変とかじゃなくて、うわー、すげーっスね」
「そうか?」
「だって一人だと何でも自分でやらないといけないじゃないっスか。火神っちはそれができてるんだから、十分すごいっスよ」

自分なりに褒めたつもりなのだが、どうやら素直に受け取られたらしい。うっすらと顔が赤くなっている火神を見て、うっかり可愛いな、なんて思ってしまった。
そうなると、行こうと思っていた本屋よりも、火神の家の方が気になってしまう。
本屋はまた今度行けばいいか、と黄瀬は思考を切り替えた。

「ね、じゃあさ火神っち」
「な、なんだ?」
「俺、火神っちの家にお邪魔したいっス」

考えたことを素直に伝えることを苦にしない黄瀬だから、その通りに伝えたのだが、火神は黄瀬の顔を見て一瞬固まると、その後壊れたおもちゃの様に顔を上下に振って頷いた。
どうやら了承を頂けたらしい。というよりも火神が先に誘ってくれたのだから、断られることも無いわけだが。

「そんじゃ、エスコートお願いするっス」

冗談のつもりでそんなことを言ってみたのだが、火神は違ったらしい。

「ああ」

そこにいた火神は、今までに見たことない顔で笑っていた。
その笑顔につい見惚れていた黄瀬は、火神の行動に気付くのが遅れてしまう。
え、と思ったときには、黄瀬の手は火神の手に掴まれていたのだ。その掴まれた手を見たときには、火神はもう先に歩き出している。少し引っ張られるように歩くのに悔しく思って、歩幅を合わせようと足を踏み出す。直ぐに火神の隣に追いついて並び、少しだけ目線が上の火神を下から見上げてみると、さっき見せた優しい顔で笑っているのが見えてしまって、黄瀬は思わず視線を逸らしてしまった。
手は依然繋がれたままで、それを離す、という考えは頭から抜けおちてしまっていた。

(……まあ、いいか)

なんだか嬉しそうなのは傍目にも良く分かる。絆されたのだ、と気付いたのは、火神の家の玄関前に到着したときのことだった。



「お邪魔します」
「おう、いらっしゃい」

玄関を開けて貰って家に入ると、直ぐに靴を脱いだ。フローリングの床の上がまだ真新しい。新築なんだな、と思いながら黄瀬はリビングの真ん中に立っていた。

「黄瀬、お前何飲む?」
「うーん、何があるっスか?」
「コーヒーでいいか?」
「それでお願いするっス」

分かった、と火神が頷いてコーヒーを出す準備をしてくれている間に、黄瀬はリビングに置かれているテレビを見た。その足元に置かれていたDVDを手にとって思わず歓声を上げる。

「ああっ!」
「な、何だ?!」

火神の焦った声に黄瀬は手に持ったDVDを持ち上げて振り返った。

「火神っち!これ!」
「これって、DVDじゃねーか」
「これ、向こうのでしょ!NBAの!」
「ああ、ダチが送ってくれたんだ」
「うわあああいいなあ!これまだ日本じゃ手に入らないヤツじゃないっスか!」

パッケージを何度も眺めて溜息を吐いていると、火神がコーヒーを持ったまま首を傾げた。

「見るか?」
「見る!」

即答で返すと、火神が嬉しそうに笑った。コーヒーを受け取って直ぐにソファーに座りこむ。
火神が黄瀬の渡したDVDをセットしてくれている背中を眺めながら、黄瀬はコーヒーをゆっくりと啜った。渡して貰ったときに気付いたのだが、コーヒーにはミルクと砂糖がたっぷりと入っている。ホッとする甘さに黄瀬の目が細まった。

「すごいっスね、火神っち」
「あ?何が?」

リモコンを操作しているのでこちらに背を向けたままの火神に、黄瀬はふふ、と笑った。

「俺さ、コーヒー頼む時にカフェオレにしてって頼んだっけ?」
「あ、悪い、嫌だったか?」
「んーん、嫌じゃないよ、寧ろ正解」
「え?」
「俺さ、コーヒー飲むときって、そのときの気分で飲み方変えるんスよ。ブラックで飲みたいときもあれば、これみたいに甘くしてカフェオレにして飲みたいときもある。でさ、今火神っちが淹れてくれたカフェオレは、俺が今飲みたいやつだったから」

だからすごい、と黄瀬が笑うと、丁度振り返った火神と目が合った。
ふにゃ、と笑ってみせると、火神の顔が途端に火がついた様に赤くなった。
あれ?と思っていると、火神はその場で立ち上がり、リモコンを持ったまま黄瀬の座るソファーまで速足でやってきた。
ドスン、と黄瀬の隣に座りこんだ火神は、その勢いの所為で零れそうになったカフェオレを零さない様に慌ててカップを抱えた黄瀬にちらりと視線を向けた。

「ちょ、危ないっスよ!火神っち!零したら大変じゃないスか!」
「……」
「火神っち?」
「始めるぞ」
「うあ、はい!お願いします!」

再生ボタンを押そうとする火神に、姿勢を正した黄瀬が叫ぶ。
そうして始まったDVDに、黄瀬も火神も歓声を上げて大いに騒いだ。後で騒音の苦情が来るかもしれないと思うくらいには二人とも夢中になったのだ。早口で聞き取れなかった英語を火神がその場で訳してくれたりするのを黄瀬も喜んで聞いていたりしている内に、あっという間に時間は過ぎていった。





「うわあ!やばい!もうこんな時間とか!」

二枚目のDVDを見終わった後(二人して今のプレイはこうだ、ああだ、などと巻き戻したり早送りしたりしながら討論して見ていた所為で余り進まなかった)、黄瀬が壁の時計にふと目をやってから慌てて立ち上がる。

「ご、ごめん火神っち!こんな時間までお邪魔しちゃって。俺そろそろ帰るっス」
「え、もうそんな時間か」

火神も驚いた様に腰を上げた。
気付けば外はもう雨も止んでいる。そんなことにも気付かないくらいに熱中していたのか、と苦笑した。

「ああでもすっごく楽しかったっス!火神っちに誘ってもらえて良かった!」

ポケットのスマートフォンを確認しながら黄瀬が言うと、火神が立ち上がったままの姿勢で固まっている。

「火神っち?どうしたっスか?」
「……なんでも、ない」
「?  なら、いいんスけど」

忘れ物が無いことを確認して、伊達眼鏡をかけて帽子を被った黄瀬は、火神に向き直った。

「それじゃ、お邪魔しました!」
「っ黄瀬、待て」
「何スか?」

玄関で靴を履いているところに火神が隣に並んだ。

「送ってく」
「へ?」
「駅まで送る」
「いやいやいやいや!いいっスよ!そこまで暗くないし!第一俺、男だし!」
「いいから!行くぞ!」
「って、ちょっと!?」

ここに来たときと同じように、いつの間にか握られていた自分の手は、火神の手の中にあっさりと納まっている。
先を行く火神の顔が見れないが、後ろから見たときうっすらと後ろ耳が赤く染まっているのが街灯に照らされて見えて、黄瀬もうっかり顔を赤くしてしまった。

(しまった、うつった)

なんだこれ、と胸の中で叫びながら、黄瀬は兎に角足を動かし続けた。





そろそろ駅が見えてくる頃だ。
さすがにもう手を離さないと不味いよな、と黄瀬は火神を窺う。もう赤くはなっていない後ろ耳を眺めつつ、黄瀬はどう切り出そうか悩んでいた。
日中は傘があった。だから周りから顔を見られる心配が少なかったけれど、今は雨は止んでいる。だから傘もないわけで、とそこまで考えてから黄瀬は思わず叫んだ。

「あああっ!」
「っ黄瀬!?どうした?!」

立ち止って火神の顔を見る。驚いた様な火神の顔に向かって黄瀬は呟いた。

「火神っちの家に傘忘れてきちゃったっス……」

それも今日おろしたばかりのお気に入りの傘だ。今から取りに戻るには時間も余り無い。母にメールで連絡を入れたとは言え、今日は折角の休みだし、二人で食事にでも行こうと朝のうちに誘っていた手前、これ以上遅れる訳にはいかない。

「仕方ないっス。火神っち、暫く預かって貰えないっスか?今度取りに行くから」

黄瀬の声に火神はぼうっとした顔をする。
火神っち?と黄瀬が呼ぶと、ハッとして火神は首を横に振った。

「分かった。預かっておく」
「ごめん、忘れずに取りにいくから」
「いい、謝んな」

そう言って火神がまた歩き出そうとするのを、黄瀬は慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待って!火神っち!」
「何だ?」
「その、そろそろ手を!」
「手?」
「手を、離してくれないっスか?」

火神は自身の手が握っている黄瀬の手を見、そして黄瀬の顔を見、何度かそれを繰り返してから顔を真っ赤に染めた。

「わわわわわ悪い!」
「いや、別にいいんスけど」

勢いよく離された手を自分の手の中に取り戻した黄瀬は、ゆっくりと戻ってきた手を撫でた。

「黄瀬?」

そしてそのままぽつりと呟いた。

「火神っちの手はあったかいっスね」

思ったことをそのまま素直に伝えることは黄瀬の得意とするところだから、黄瀬はさっきまで火神が触れていた自分の手を指で辿りながら呟いた。だが、この場合火神に与えた衝撃は黄瀬の予想を遥かに超えるものであったらしい。

「〜〜っ!!!」

茹でダコの様に赤くなった火神の顔に、黄瀬は驚いて目を開くと、多分無意識だったのだろう火神は、黄瀬をその手で思い切り引き寄せた。

「……か、火神っち?」

気付けば火神の腕の中にいた黄瀬は、目の前の男を呼ぶが、火神は何も言わずに黄瀬を抱き締めたままでいる。
籠められる力が強くて多少痛くも感じるが、何となくこのままにしておいた方が良さそうに思って黙っていた。
それからどれくらい経っただろうか。火神がゆっくりと黄瀬を離した。
黄瀬がじっと火神を見つめると、火神は試合のときの様に真剣な瞳で黄瀬を見ている。
どきり、と跳ねた心臓をそのままに、黄瀬は火神の口が開くを待っていた。

「黄瀬、」


……こいつは、今自分がどんな顔で、どんな声で目の前の男のことを呼んでいるのか、分かっているんだろうか。
まるで恋い慕うような、そんな目で。


(……え?)


唐突に自分の頭に浮かんだ考えを吹き飛ばすように、黄瀬は声を上げた。
「かっ火神っち!」
「なんだ?」
「きょ、今日は楽しかったっスね!」
「そうだな」
「誘ってくれて嬉しかったっス!」
「そうか、良かった」
「こ、今度は黒子っちたちも誘って、ああじゃなくて!ほら、同じ部の一年とかとよく見たりするんでしょ?よかったら今度それに俺もまた誘って、いや勿論気が向いたときだけでいいから、」

「黄瀬」

兎に角口を動かさないと、とひたすら喋り続けようとした黄瀬を、火神は名前ひとつ呼ぶだけで止めた。

「……はいっス」
「俺があそこに人を呼んだのは、お前が初めてだ」
「……え」
「また来い」
「か、」

火神、と名を呼ぼうとした口はそのままの形で止まってしまった。
至近距離で笑った火神は、黄瀬の手を掴むと、その手首に見せつけるようにキスをひとつ落としたのだ。

「気をつけて帰れよ」

それだけ最後に言って、火神は黄瀬に背を向けた。
目の前には駅。背後には去っていく火神。
どちらを選ぶにしても、今の黄瀬では正常な判断なんてできるはずもない。

「ああもう!」

思わず叫んでしまったのは、許して欲しい。モデルにあるまじき歩き方で駅のホームを抜ける。

今度会ったら、絶対にやり返す。
絶対に、だ!

今はいない大きな背中に向けて黄瀬は宣戦布告をする。やられっぱなしは性に合わないのだ。自分が受けた分だけお返ししてやらないと気が済まない。
どんな仕返しをしてやろうか、と考え続けている黄瀬の頭の中からは、忘れてしまった傘のことはすっかり抜け落ちてしまっていたのだった。













20121125(20121202修正)





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