方寸



およそ、溢れた想いの中で、
こんなにも胸が詰まって、
息が止まって、
視界も滲むような、
そんな気持ちを恋と呼ぶなんて、

神様という存在はどんなにか酷いひとなのだろうと







俺の恋は、前途多難である。


「好きっスよ!黒子っち」
「はあ、そうですか」

これで何回目の告白になるのやら、今までの告白回数を思い出そうとして止めた。過去は振り返らないのだ。前を向いて、明日を目指すのだ。
そうして自分は生きてきたのだ。
――例え想い人に欠片も想いが伝わっていないという現実があったとしても。
伸ばした手はあっさりとかわされる。僅かにすら触れることは敵わない。それが苦しくて、切なくて、でも少しでも言葉を交わせたことに対する嬉しさもあって、頭の中はごちゃごちゃだ。
苦しいと嬉しいが一緒になると、こんなにも不安定になるのだと、客観的に見ても今の自分は可笑しい。それはきっと端から見ている人にはもっと顕著に映るのだろう。現に彼の相棒からは『お前もこりねえなあ』と呆れの交じった声を頂いている。

それでも、でもやっぱり、好きなのだ。
こんな気持ちになったのは彼が初めてなのだ。
だから、彼に伝えたい。
こんな俺にこんなにステキで、でも苦しくて、儘ならない気持ちを教えてくれた彼に、感謝を込めて伝えたいのだ。
そこに見返りは求めていない。
だってそもそも俺も彼も男であって、彼はどう間違っても男を好きになる可能性は無い。俺だってそうだ。でも彼は違う。彼だから好きになった。
膨れる想いはいつも胸の中で弾けていて、ぱちん、とひとつ弾ける度に、彼に言葉で伝えることにしている。
最近はそれが富に顕著になってきてしまっている。こんなに毎回毎回、会う度に好きだと言われ続けたら、彼にも迷惑だろうと思う。
思うのだけど、でも伝えないと弾けてしまった気持ちたちが死んでしまう。折角生まれたものを死なせてしまうのは忍びなくて、それでつい、少しでも生かしてあげようと思って言葉にするのだけれど。
彼の歩いていく背中を見つめる。俺の方に振り返りもしない背中。
そんな彼を好きになったことに後悔はしていないけれど、またひとつ弾けてしまった想いの為に、俺は小さく好き、と呟くのだ。





彼は、俺のことが嫌いなのだろう。
それぐらいは分かっている。
分かっていて、でもそれを認められなかった幼稚な俺の所為で、彼は俺から離れていった。
気付いたときにはもう遅くって、あの凛と立つ背中は何処にも見付からず、俺はひとりで立ち尽くすしかなかった。

誰もいない体育館で、ボールを持ったまま、俺は口を開く。
あれからも変わらずに溢れて弾ける想いの欠片たちは、胸の中でどんどん膨らんでいく。開いた口から言葉は出ない。魚が息をするように、開いた口から想いの欠片は零れていく。

すき

でも、それはもう言葉にしてはいけない想いだ。
伝えるべき彼はいない。
だけどせめて、こうして溢れたものを昇華させることだけは許して欲しいと思う。

すき
すき
……すき

何度も何度も呟いて、でもちっとも胸の中は軽くならない。呟くたびにどんどん増えていく想いに、俺はただ涙を零した。












……あれから時間が経って、諦めていたたくさんのものがまた目の前に広がるようになった。
その為に頑張ってくれたのは、他ならない彼と、彼の新しい相棒だった。
今日も彼らに誘われて、俺はストバスに参加している。腐りかけていた元相棒を時間をかけながらもしっかりと引き上げてくれた彼は、しきりにお互いに何かを言い合いながらシュート練習をしている。そんな黒子っちを見つめて、俺は小さく笑った。

「何笑ってんだ?お前」

真横からかけられた声に、俺は隣を向いた。

「火神っち、休憩っスか?」
「まあな、今はあいつらだけにしておいた方がいいだろうと思って」

さり気無い気遣いをそうと見せない火神のこういうところが凄いと思う。俺の隣に腰を下ろしてスポーツドリンクを探している火神に鞄から取り出したそれを渡してやった。
サンキュ、と無駄に発音の良いお礼が聞こえてきて、俺はどういたしまして、と笑う。

「んで?」
「え?」
「何で笑ってたんだ?」

喉を潤した後で、火神が俺に聞いてきた言葉は、さっきの笑っていることについての質問なのだろう。
何故、と言われても、なんて答えたらいいのだろう。ぼんやりとコートの中の二人を見つめながら、俺はゆっくりと考えて、それから言葉に並べようと努力した。

「……なんて言ったらいいのか、よく分かんねーんスけどね」

さわ、と風が頬を撫でていく。

「良かったなあ、って思って」

それだけなんだ、と俺は気付いて目を開いた。
自分で言ってて気付くなんて俺はなんて鈍いんだろう、と思いながら、視線を足元に落とす。

「あいつらが?」
「それもあるけど、多分、もっと色々。全部ひっくるめて、良かったって」

そう、よかった。
また皆でこうしてバスケができるようになって、笑って、また話せるようになって、それ以上を望むことなんて無いはずなのだ。

「……よかった」

そう、あとは俺の中で溢れながら死んでいく、この想いたちをどうにかできれば、どうにか失くしてしまえば、それで全ては納まるのだ。
泣きそうだ、なんて思っちゃいけない。
もうこれ以上彼の負担になるようなことはしちゃいけない。
彼がこれまでに俺たちの為にどれだけ心を砕いてきてくれたのか理解した今、彼の重荷にだけはなっちゃいけない。
それならこうして会いに来なければいいのだろうけれど。
駄目だなあ、と手を握りしめた。

「火神君」

不意に頭の上で響いた声に顔を上げる。

ぱちん、と胸の中で音が響いた。

「青峰君が呼んでます。1on1するらしいですよ」
「よっしゃ、今度は俺が勝つ!」
「頑張れっス!火神っち!青峰っちにひと泡吹かせてやれっス!」
「任せろ!」

勢い立ち上がる火神の背中にエールを送れば、子どもみたいなくしゃくしゃの笑顔でこちらを振り返った火神に頭を乱暴に撫でられた。
そのままコートに向かっていく火神に、気遣われたのかなあ、と思って俺は苦笑するしかできない。
誰も彼もこんなに優しい。
幸せだなあ、と思った。

「黄瀬君」
「はいっス。なんスか?黒子っち」
「そっち、あんまり端に寄ると日なたになります。日焼けしたら駄目でしょう。モデルさんが」
「あ、うん。ありがと」

そんなに横に長くもないベンチの端にさり気無く寄った俺だったのだけれど、黒子っちに逆に気遣われてしまうなんて、俺はどれだけ駄目なんだろう。日なたと日陰の境界線ギリギリで、俺は腰を落ち着ける。
コートの中では青峰っちと火神っちが闘志を剥き出しにしてボールを追っている。
カッコイイなあ、と思う。
俺にもあのかっこよさが欠片でもあったら、黒子っちとも、もっと違った関係になれたんじゃないだろうか、と思って、思って、……それはないな、と否定した。
どう頑張ったって、俺は俺で変わることはできない。だからどうしたって、何度別の形で出会ったとしたって、きっと俺は黒子っちを好きになっただろう。
遣る瀬無い、なんて思うだけ迷惑だ。
彼にもう迷惑をかけない。
彼に嫌われたくない。

……彼に、幸せになってほしい。

その為なら、俺の気持ちなんていくらでも殺せる。

ぱちん
ぱちん
ぱちん

こうして隣で座っているだけで、胸の中で弾ける想いが、こんなにも溢れていることに泣きたくなる。

ちょっと頭冷やしてこよう。水でも被れば、少しはマシになるかもしれない。

「黒子っち、俺ちょっと顔洗ってくるっスね」
「黄瀬君」
「なあに?黒子っち」
「君は、」

風に吹かれた木々がざわめいた。
汗をかいた身体に吹き抜けていく風が心地良いはずなのに、何故か息ができない。
黒子の口がゆっくりと動くのを何かの映像の様に眺めていた。


「君は、もう僕に、好きとは言わないんですか」


言われた言葉を頭が理解するのを放棄していた。
今、黒子っちが言った言葉が、何を示しているのか、分からない。
分からない。
分からないんだよ、黒子っち。

呆然とした顔で黒子っちを見つめていると、黒子っちは身体ごと俺に向き直った。
真っ直ぐな視線が俺の中に入り込んでくる。

あ、だめだ。


パチン


一際大きな音を立てて、想いが弾けてしまった。
多分、俺の気持ちを丸ごと全部風船みたいに覆ってくれていた、その一番外側が破れてしまったのだ。
破れたところから、溜まりに溜まっていた気持ちの欠片たちが一斉に外に溢れだしていく。

ああ、だめだ。

押さえなきゃ、今押さえなきゃ、俺が押さえないと今までの伝えたかったものぜんぶ、ぜんぶが、


「いいですよ」


黒子っちの言葉の意味が分からない。
いいですよ、ともう一度言って笑った黒子っちは、俺の手を握ってくれた。

「今までの分も、全部。今ここで受け止めますから」

確かめるように握り込むと、同じ様に黒子っちの手が俺を握ってくれた。
確かな熱がここにある。
確かに君がここにいる。

ぶわ、と溢れたものが、涙だったのか、想いだったのか分からない。
ただ、彼に縋りつくようにひたすら拙い言葉だけを繰り返す俺を、黒子っちは黙って受け止めてくれた。

――きっとこれが最後なのだろう。
俺のこの情けない告白が終わったら、ちゃんときっぱりと黒子っちに振られるんだ。
最後に、こうしてちゃんと受け止めてくれたんだから、それだけで俺は報われた。
今までのいくつもの想いたちも、きっとこれで昇華できるはずだ。


「……すき」


君が好きだよ。
誰でもない、君が好きなんだ。

泣き過ぎて目が開かない。瞼に触れてくれた彼の指がひんやりと冷たくて、それだけで俺はまた泣いてしまった。









「あーあー、あんなに泣かせてまー」
「おい、いいのか。あのままで」
「あん?何が」
「黄瀬。泣いてんぞ」
「おー、泣いてんな。モデルのくせにぐっちゃぐちゃの顔で」
情けねーと笑う青峰に、火神は怪訝な顔をする。
「怒んねーの?」
「誰にだよ」
「黒子に」
「俺がテツを怒ってどうすんだ」
「黄瀬泣かせてんの、アイツだろ?」
「ありゃ黄瀬が勝手に泣いてるだけだ」
随分な言い様に火神の眉間に皺が寄るのに、青峰は肩を竦めてみせる。
「当事者でなけりゃ解決しない問題もあんだろ」
「部外者は黙ってろって?」
「まあ、あいつらの関係を拗らせた一番の原因は黄瀬の鈍さとテツの頑固さにあるからな」
「は?」
「まあ、あれだ。緑間風に言えばこうだな」
眼鏡のフレームを押し上げる真似をした青峰は、ニヤリと口元を歪ませた。

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまえばいいのだよ」

それだけ言って呵呵、と笑った青峰は、青空に向けてボールを高々と投げつけた。

「めんどくせーから、さっさとくっついて幸せになれってんだ!」







20121121





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