キミヲスキ、キミガスキ




ベッドの中で寝返りを打つ。もぞり、と動いて剥き出しになった肩を竦めながらふとんの中に潜り込もうとして、ふと、隣に視線を向けた。
長い睫毛が縁取る瞳はしっかりと閉じられている。普段は眼鏡越しに見ることになるそれが、思いの外近い位置にいたことに、黄瀬は僅かに目を開いた。
こんな至近距離で緑間の顔を見るチャンスは、ありそうで実は無い。照れが勝るのか何なのか、キス以外で黄瀬が顔を寄せようとすると、緑間は問答無用で顔に手を押しつけて自分から黄瀬を遠ざけようとするのだ。それに対して拗ねた顔を見せれば、何故か緑間の方から顔を寄せてきて覗き込まれる。
――どうも緑間は、相手に対して受動的な態度というものが苦手らしい。だからといって、直ぐにやり返されてしまうのもどうなのか、と黄瀬は思っているのだが、何だかんだと満足そうな緑間の顔に、まあいいか、とそのままにしている。

(キレーな顔……)

彼の顔は十分に観賞用に適している。自分のそれもその枠に十二文に当て嵌まることは把握しているが、それはこの際横に置いておく。
改めてまじまじと見つめて、睫毛の一本一本を数えられそうな距離に、黄瀬は目を細める。忍び笑いも込み上げてきそうになるが、それは根性で止めた。彼が起きてしまったら、この距離はあっという間に離されてしまうだろう。そうなったら、次にこの距離で彼の顔を見ることが叶うのがいつになることやら定かではないのだから。
夜を共にした次の日の朝、黄瀬の方が先に目を覚ますのは珍しいことだ。大抵は緑間の方が先に起きてしまうから、このチャンスを自ら失くしてしまうのは勿体ないというもので。

(今までの分を挽回するチャンスっス!)

こんな機会、逃すには惜し過ぎる。
黄瀬は緑間を起こさないように慎重に慎重を重ねて距離を詰めた。鼻先が触れあうくらいの距離で、相手の顔をじっくりと覗き込む。近過ぎて顔の焦点が合わなくなってしまうのが、何だか無性に可笑しかった。緩んだ口元をそのままに、黄瀬は目を閉じる。

「……緑間っち」

自分に出せる、一番の愛しさを込めた声で、黄瀬は囁いた。

「だいすきだよ」

形の良い緑間の鼻の頭にバードキスをひとつ贈ると、黄瀬は起き上がろうとした。
今の時間は朝、というには少し早すぎる時間であるけれども、こんなにむずむずした気持ちのままベッドの中にいるのはちょっと無理だ。
シャワーでも浴びてさっぱりしてこよう、とベッドに手をついたとき、急にその手を掴まれて黄瀬は目を開いた。
掴まれた手を握り締めているのは、さっきまで寝ていると思っていた緑間だった。閉じられていた瞳はしっかりと開かれて、黄瀬を見つめている。
咄嗟に声を出そうとして、でも失敗した黄瀬は、ゆっくりと身体の力を抜いてベッドの中に戻ることにした。
そうして戻ったふとんの中で、さっきよりは幾分離れた距離で黄瀬が緑間を見つめていると、緑間はぱちりと瞬きをした。その瞬きの音が聞こえるんじゃないかと思うような静寂の中で、緑間の手が黄瀬に伸びる。テーピングされていない剥き出しの緑間の指が、黄瀬の顔に触れた。
瞼、頬、耳、鼻、唇、顎、と、ゆっくりと辿られていく。その指がもう一度唇に触れたとき、緑間は口を開いた。

「黄瀬」

起きぬけとは思えないくらいに明瞭な声で、緑間は黄瀬を呼ぶ。黄瀬が視線で返事を返すと、緑間は黄瀬の背中にいつの間にかまわしていた手で、黄瀬を思い切り引き寄せた。
隙間なく身体がぴたりと触れあう。くっついた胸から互いの鼓動が伝わって、それがまるで同じ速さなものだから、黄瀬は堪らなくなった。
言葉より何より、雄弁なそれに、黄瀬も緑間の背中に手をまわす。そうしていっそうゼロになった距離に、胸に込み上げたのは愛おしさだけだった。

「だいすき」

溢れた気持ちをそのままに音にして返せば、緑間が小さく笑ったのが分かった。黄瀬が顔を向ければ、同じ様にこちらに顔を向けている緑間がいる。自然と目を閉じれば、唇にあたたかい感触が下りてきた。何度も啄みながらお互いの唇の熱を受け止めて、黄瀬は息を吐く。
それは幸せを純化した、透明な呼吸だった。





20121114





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