幸福に至るまでの二、三の過程と障害について





真剣勝負の火蓋は切って落とされるのです。







疲れた。とても、もの凄く、大変に。
それ以外を考えることができないくらいに今の高尾は疲弊していた。
偶々重なった
休日に、黄瀬を誘うことに成功した高尾は、二人で映画でも見たあとにカラオケ行こうよ、と遊びの約束を取り付けた。そうして迎えた日曜日。待ち合わせの駅前に笑顔で駆け寄った高尾の目に映ったのは、キラキラした笑顔に伊達眼鏡をかけてこちらに手を振ってくれる黄瀬――だけじゃなく、黄瀬の隣でいつもの仏頂面で威圧的に立っている相棒の緑間と、何故か誠凛の光と影コンビだった。
なんでお前らが?と頬を引き攣らせながら聞けば、緑間は「人事を尽くした結果なのだよ」と訳の分からないことを言い、黒子は黒子で「偶然ここを歩いていたら、黄瀬君と緑間君がいたので」とのたまったかと思えば、隣の火神は黒子につられて頷いていた。
「……なんなの、真ちゃんの今日の人事って」
「今日のおは朝のラッキーアイテムが金髪のモデルだったのだよ」
「てかそれ、もうアイテムじゃねえよ」
「どんぴしゃっスねえ、緑間っち」
からからと笑いながら黄瀬が緑間を見上げた。
「良かったっスね、緑間っち。条件にぴったり合致する俺がいて」
「ふん」
不服そうに眼鏡に手をかけている割に、反対の手では黄瀬の頭を優しく撫ぜている緑間に心の底から突っ込みを入れたい。
「それじゃ、俺とカズ君はこれから映画に行くんスけど、緑間っちは当然一緒に来るとして、黒子っちと火神っちはどうするっスか?」
「ちなみに二人で何を観る予定なんですか?」
「この前公開したばかりのやつなんスけどー、」
黄瀬が黒子に映画の説明をしている間に、高尾は緑間に向き合った。
「……ちょっと、どーいうことよ、真ちゃん」
「さっき言った通りだ」
「嘘吐け。今日のかに座のラッキーアイテムはふりふりレースのハンカチだっての俺知ってんだけど?」
緑間のズボンのポケットから少しだけはみ出していたレースのそれを見て言ってやれば、緑間は溜息を吐いた。
「お前と黄瀬を二人だけにしたら、色々と面倒なことが起きると思っただけだ」
「何だよ、それ。俺と涼ちゃんが二人でいることで都合悪いことなんて」
「あるだろうが」
緑間が顎をしゃくってみせた先にいるのは、楽しそうに話している黄瀬、そして黒子に火神の二人で。高尾の視線に気付いた火神の目が高尾を視界に入れた途端に険しくなったのに高尾は肩を落とした。
「あ〜、ああ、そういうことね……」
何故かさっきから感じていたプレッシャーはこれだったのか、と高尾は頭を掻いた。
「男の嫉妬は見苦しいねえ」
「本人たちに言ってやれ」
「えー、やだ、めんどい」
大体にして、折角の休日に気の置けない友人である黄瀬と楽しく遊ぼうと思っていたというのに、それをあっさりと壊されてしまうとは。寧ろ怒っていいのは自分だと思うのだが、そんなことはあそこの二人には通じないだろう。
「あーあ、折角涼ちゃん独り占めしてやろうって思ってたのに」
「お前のそういうところが、あの二人にとっては地雷なのだよ」
「へーへー、そうですか」
むくれた顔をしている自覚はあるが、そう簡単には直せない。そう思いつつ高尾が視線を足元に落としていると、目の前に影ができた。顔を上げると、そこには黄瀬が立っていた。
「カズ君、大丈夫?具合でも悪い?」
心配そうな顔で自分の顔を見ている黄瀬に、高尾は苦笑した。
「大丈夫、なんでもないから」
「本当っスか?」
「本当、本当。てか、なんでそう思ったの?」
「え、だってカズ君、元気なさそうだったから」
あっさりと口にされたことに、高尾の顔がサッと赤くなる。黄瀬にばれないように急いで顔を俯けて、高尾は元気に見えるように殊更大きな声を出した。
「俺はいつでも元気です!さー、行こうよ、映画!時間に余裕はあるって行っても、ここから映画館まで歩いていかないといけないんだから、間に合わなくなっちゃうよ!」
黄瀬の手を掴んでさっさと歩き出す。急に手を引っ張られて慌てた黄瀬が、わわ、と声を上げながらも高尾についていく。
「ちょ、待てよお前ら!」
後ろから聞こえた火神の声に内心で舌を出しながら、高尾は黄瀬の手を握る手を強くした。





それから五人に増えたメンバーで映画を見て、終わった後は評論紛いのことを話しながらマジバ昼食を取り、そのままの足でカラオケに行くことになった。
ここでもやっぱり当然の様に付いてくる黒子と火神(緑間についてはもう最初から諦めている)に何か言ってやろうかとも思うのだが、「皆で遊ぶのも楽しいっスね!」と可愛い笑顔を向けてくる黄瀬が隣にいるものだから高尾も何も言えない。
平均身長を優に超えた男子高校生が三人もいるので、部屋の中は多少狭くも感じたが、黄瀬がこの前コピーした、という某アイドルの曲を完璧な振り付けで歌いながら踊ってくれるのを囃し立て、緑間が見事な小節をきかせた演歌を歌うのを思わず口を開けながら聞き、火神が完璧な発音でUKロックを歌えば、高尾も負けじと最新ヒットチャートを歌いあげたりして、あっという間に時間は過ぎていった。因みに黒子は最後の最後に黄瀬とデュエットしただけなのだが、それがまたこちらにも分かる程に嬉しそうな顔をしていたものだから、火神がどす黒いオーラを放っていた。



そんなこんなでカラオケは終わり、今は近くの公園に向かって歩いているところだ。まだ時間もあるし、このメンバーが集まっているのならバスケをしよう、と誰ともなく提案して皆が承諾した。
「……はーあああぁ」
高尾は大きく息を吐き出した。吐き出しただけなので、これは溜息とは違うと言いたい。でないと、今日の自分は何回幸せを逃したことになるのか考えたくもない。
黄瀬を挟んでいる間は良いが、黄瀬がいないときの黒子と火神の高尾に向けるプレッシャーは試合中もかくや、と言った激しさだったのだ。常にそんな状況に置かれていたら、いくら高尾でも限界がある。それでも黄瀬が気を効かせて高尾に頻繁に声をかけてくれるから、なんとか持ったようなものだ。
今黄瀬は黒子と火神に挟まれて三人で並んで歩いている。その後ろを緑間と並んで歩いているのだが、やっぱり何となく面白くない。
黄瀬とは学校が違う。だからこんな風に一日かけて遊ぶことなんて滅多にない機会なのだ。それは多分黒子と火神にとっても同じことなのだろうけれど、自分の方が先約だったのに。
こんな風に考える自分がらしくない、と分かっているのだが、どうにもやりきれない。あーあ、と三人の背中から顔を背けたとき、カズ君、と黄瀬が呼ぶ声が聞こえた。
「あれ、涼ちゃん?」
「はいっス」
いつの間にか緑間と自分の間に入っていた黄瀬は、優しい笑顔で高尾を見ていた。
「えーと、いいの?」
「何がっスか?」
「前の二人」
高尾の声に黄瀬は顔を上げて先に歩く二人と見たあと、うん、と頷いた。
「だって、今日は本当はカズ君と約束してたんスから。俺だってカズ君と遊べるのすっごく楽しみにしてたから。黒子っちと火神っちにはちょっとくらい我慢して貰うっス」
少しだけ頬を染めてそんなことを言って笑う黄瀬に、高尾の気分は一気に上昇した。現金だ、とは思うが、こればっかりはしょうがないと思う。
「あーもう!涼ちゃん可愛いな!」
「わあっ!?カズ君!」
堪らず黄瀬の身体に抱きつけば、目敏く振り返った黒子と火神に見せつけるように笑ってやる。それだけで一気に臨戦態勢になった二人を視線だけであしらって、高尾は黄瀬を見上げた。
「ねー、涼ちゃん」
「なんスか?カズ君」

「アイツらやめて、俺にしない?」

ぽかん、と口を開けた黄瀬に、緑間の手が伸びた。
「み、緑間っち?」
いつもの様に頭を撫でられながら、処理速度が追いつかない黄瀬がとりあえずその名を呼ぶと、緑間は淡々と口を開いた。

「高尾にするくらいなら、俺にしておけ」

そこに来てやっと頭に内容が伝達されたらしい黄瀬は一気に顔を赤く染め、慌てて何かを言おうとしては失敗して涙目になると、情けなく眉を下げた。

「……カズ君と緑間っちは、俺になんか勿体なさ過ぎるっスよぉ」

それだけ言って俯いた黄瀬の姿に、高尾と緑間の心は一つになった。
「真ちゃん」
「高尾」
「分かってるよな」
「勿論なのだよ」
高尾は黄瀬の手を掴む。緑間も反対の黄瀬の手を掴むと、声を張り上げた。
「黒子っ!火神っ!」
黄瀬に何か言われたのか、こちらを見たままその場から動かなかった二人が、射るような視線でこちらに視線を向けてくる。それを心地良く受け止めながら、高尾は宣戦布告した。
「2on2だ!俺と真ちゃんに勝てなかったら、今日のこの後の時間の涼ちゃんはもう俺たちのもんだからな!」
驚いたのは前の二人だけでなく黄瀬もであり。黄瀬が何か言う前に、高尾は高らかに宣言した。
「ちなみに勝者には涼ちゃんからのちゅーだ!」
「えええ!?」
「当然だな」
「ちょおおお!カズ君!それに緑間っちまで!俺からのちゅーなんてそれなんて罰ゲームだと思わないんスか!?」
「良いぜ、やってやるよ!」
だがそんな黄瀬の悲鳴は、続く火神の科白に掻き消された。
「か、火神っち」
「待っていてくださいね、黄瀬君」
「く、黒子っちまで」
「後で吠え面かくなよ!」
「こちらの科白なのだよ」
「黒子は俺に任せろ!」
「絶対に負けません」
あっさりと火がついた四人は口々に相手組を挑発しながらさっさとコートに向かう。
コートの傍のベンチに一人取り残された黄瀬は何か言わないと、と思いながら口を開いては閉じているのだが、何も言葉が浮かんでこない。そうこうしているうちに、四人がコートの中央で向かい合っている。そうして一斉に四人の視線が黄瀬に向けられた。

「「「「待って(てください)ろよ」」」」

オレンジのボールが宙に浮かぶ。
それを眺めながら、黄瀬は心の中で悲鳴を上げた。





20121003





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