ボクは君の魔法使い







どんなくらやみでも、
だいじょうぶだよ






ポーンと明るい電子音がして、アナウンスが入る前に軽いノイズ音が響く。
『本日のOZは、セキュリティの点検のために一時間ほど停電になります』
もう何日も前から決まって流れているそのアナウンスは、アバターたちにも前々から通達が入っていたことだ。
そのことをケンジもあらかじめラブマシーンに伝えたのだが、初めてこの話を彼にふったとき、
(停電ってすごく楽しいものなのか?)
と、とてつもなく大きなふきだしを頭の上に呼び出したラブマシーンが、キラキラと眩し過ぎる瞳で見つめてきた。どうやらケンジが正しく伝える前に、停電とはとても面白いものであると彼には湾曲されて伝わってしまっていたらしい。間違って理解していることにそのときになってケンジは気が付き、その主な原因が恐らく、というか十中八九侘助にあるのは聞かなくても理解した。後で気付かれない様に侘助にはきっちりかっちりお返しをしておこう、とラブマシーンを宥めながら固く心に決めたケンジだった。
――話は戻る。そうして本日がアナウンスの通り、停電実施の当日にあたるのだ。ラブマシーンが部屋の真ん中で楽しそうに、お気に入りのブランケットに包まりながらくるくると回っているのを微笑ましく思いつつ、ケンジはロウソクを籠から取り出して並べ始めた。
(何してるんだ?)
ぴょこんと飛び出た吹き出しに浮かんだ言葉に、ケンジは手の中の色とりどりのロウソクを見せてやりながら教えてやる。
「準備ですよ、いつ停電してもいいように」
(これはナニ?)
「ロウソクです」
(ロウソク?)
「そうですよ、ラブマシーンさんは初めて見ますか?」
(うん、キレイだな)
小さい指でロウソクを突きながら笑うラブマシーンにケンジは屈んで籠を下ろした。
ケンジの用意したロウソクは赤、緑、青に黄色、とカラフルで、その形も星やハートの型、というようにバラエティに富んでいる。友人のケンジと二人で今日の停電のために、と買い物に出かけた際に見つけた代物で、これならきっとラブマシーンさんも喜んでくれますよ、とお墨付きの一品だ。信頼に足る友人の言は正にその通りだった。小さな手でロウソクに触れながらにこにこと笑っているラブマシーンに、ケンジもつられて笑顔になる。
「これを部屋の中に並べるんです」
(手伝う!)
両手にロウソクを持って意気揚々と持ち上げて見せるラブマシーンに、お願いします、と笑顔を向けてケンジはいくつかラブマシーンにロウソクを渡してやった。
(どこでもいい?)
「そうですね、ラブマシーンさんが灯りがあったらいいな、と思うところに置いてくれますか?」
(わかった!)
被っていたタオルケットにケンジから渡されたロウソクを包んで、ラブマシーンは部屋の中を飛び跳ねて周った。
(こことー、こことー、ここにも!)
言葉が出なくても賑やかなラブマシーンの気配に、ケンジは棚からポットを出しながらこっそりと笑った。

(できた!)
ポットに火をかけて暫くしてから、ラブマシーンがケンジの隣に駆けてきた。大きな瞳がキラキラと輝いてケンジを見つめている。
「お疲れ様でした。ラブマシーンさんが手伝ってくれたおかげでとても助かりました」
礼を言いながら小さな頭を撫でてやると、ラブマシーンは嬉しそうに目を細めて笑っている。
(あとはテイデンがくるのを待てばいい?)
「そうですね、でもそうかからずに――」
ケンジがそう言葉にする先に、ポーンと高い音が部屋の中に響いた。

『停電まで、あと一分です』

聞こえてきたアナウンスにラブマシーンの肩が跳ねる。ケンジはポットの火を止めると、棚からカップを取り出してポットの中身をカップに注いだ。
ふんわりと湯気が顔に当たって目を細める。カップの傍にあらかじめ置いておいた小瓶を手に取ると、コルクの蓋を開けてスプーンで一匙分掬い取り、カップの中にスプーンごととぷんと入れる。もう一つのカップにも同じようにスプーンを入れてゆっくりとかき回してからオレンジ色のカップをラブマシーンに渡した。
「落とさないように、気を付けてくださいね?」
(うん)
そっと両手で掴んだカップの中身がなんだろう、とそろそろと覗き込むラブマシーンの背中を軽く押してリビングに促す。ゆっくりゆっくり歩く小さな足先に視線を当てつつ、ケンジがそろそろかな、と顔を上げると、パチン、と何かが弾けるような音が響いて辺りが一瞬で暗くなった。
(えっ?)
驚き、浮かんだのだろうラブマシーンの吹き出しも見えないくらいの暗闇の中、手に触れているラブマシーンの背中の感触だけがケンジに彼がここにいることを教えてくれる。
カップを渡すの、少し早かったかな、と思いながら、ケンジはエプロンのポケットに手探りで手を入れた。
指に触れたものを慎重に取り出すと、ケンジはそれを握り軽く一振りする。
すると、

(わっ!?)

ラブマシーンんの驚いた声が吹き出しに浮かぶ。ケンジは普段よりも小さなそれに目を細めながら、くるりと手首を返した。
ケンジの手に在るのは、細い棒の先に小さな星が付いているステッキだ。そのステッキを指揮者の様に軽やかに振ると、先の星がキラキラと光り、辺りに光りの線を作った。
「見ててくださいね」
自分を見上げているラブマシーンにそう言うと、ケンジはステッキを軽く前に振り下ろした。
パチン、と軽い音がして、窓の傍に置いておいたロウソクにポッと火が点る。
(わあっ)
驚き目を開くラブマシーンは、ロウソクを見たあと、直ぐにケンジを見上げる。
「次はここかな?」
サッと右にステッキを振れば、リビングのテーブルの上に並べられていたロウソクに次々と火が移っていく。くるん、とステッキを回して、ケンジはラブマシーンを見下ろすと、ラブマシーンはケンジのエプロンにしがみ付いていた。持たせていたカップを零さない様に片手はちゃんとカップを持ったままでいるのに、ケンジは頭を優しく撫でてやる。
言葉にならないラブマシーンが、視線でケンジに質問を投げかけてくる。ケンジはそれを心地良く受け止めながら、ラブマシーンの傍に屈みこんだ。
「実はですね、ラブマシーンさん。今まで黙っていたのですが」
ひっそりと秘密を打ち明けるようにケンジが口を開くのを、ラブマシーンは何度も頷きながら聞いている。
「ボクは、魔法使いなんです」
(まほう、つかい?)
「そうですよ、魔法使いです。でも、僕は年に一度しか魔法が使えない魔法使いです」
(どうして今日だけなの?)
「それは、今日が特別な日だからですよ」
(今日?……テイデンだから)
「いいえ、違いますよ。今日はハロウィンですから」
(ハロ?)
「ハロウィンです。年に一度のお祭りの日です」
(おまつり!?)
「どんなお祭りかは、また今度教えてあげますね」
そういうと、ケンジはステッキを視線の高さまで持ち上げた。キラキラと輝く星にキスをひとつ落とすと、ケンジはステッキを高々と持ち上げる。
「さあ、これで全部です」
ケンジの言葉が終わると同時にステッキの先の星が眩く光ったかと思うと、部屋の中に置かれたロウソクに一斉に火が点った。
部屋の中はロウソクの火に照らされて、幻想的な雰囲気を作り出す。ゆらゆらとロウソクの火に照らされて映る自分の影が大きくなったり、小さくなったりするのをラブマシーンが興味津々に眺めている。
(うわあ……)
ポットのカップを握り締めて部屋の中を見渡すラブマシーンに、ケンジはそっと近付いた。
「さあ、これが今年最後の魔法ですよ」
そういうと、ケンジはポケットの中から何かを取り出してみせた。
(?しろい、これなに?)
「マシュマロです」
手のひらでころりと転がったマシュマロを、ケンジはラブマシーンのカップの中にひとつ落とす。そしてステッキをマシュマロに向けて小さく振った。
(わっ)
ポッと青い火がマシュマロに点ると、とろとろとマシュマロは溶けていく。ふわりと甘い匂いが漂って、ラブマシーンは真剣にカップを見つめていた。
「さあ、あったまりますよ」
ケンジに促されてラブマシーンが恐る恐るカップを煽る。熱いから、と言われてふうふうと息を吹きかけながら一口口に含む。すると途端に口の中に広がった優しい甘さに、ラブマシーンは目を輝かせた。
(おいしい!)
「良かった、特製ホットココアです」
(今日だけ?)
ちらりとカップの中身を覗き込みながらラブマシーンが言うのに、ケンジはふふ、と笑う。
「そうですね、年に一度、今日だけの特別ですから」
(おかわりは?)
「今日だけですから、まだありますよ」
(飲む!)
「はい、急がなくてもちゃんとありますから、これを飲んでゆっくりしたら、直ぐにまた明るくなります」
(……終わっちゃうのか)
ロウソクを見つめながらラブマシーンがぽつりと落とした言葉を、ケンジはちゃんと拾い上げて、ラブマシーンがカップを掴んでいる手のひらごと、手を握り締める。
「また来年がありますよ」
来年、また時期が重なって停電になることは無いかもしれないけれど、そのときは今日と同じ様にロウソクをいっぱい用意して、夜になったら火を灯してあげよう。
年に一度だけ、今日だけは君だけの魔法使いになってあげるから。

(うん!)

おかわり!と持ち上げられたカップを受け取って、ケンジは優しく微笑んだ。







………………
121104

…Happy Halloween!
分かってます。過ぎているのは分かってます。
だけど書いちゃった心意気!
子ラブマとケンジ君が愛おしいです。












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