カップリングが色々です(青黒青、青黄、黒黄など)。地雷の無い方向けになります。



















Sweetest Goodbye



夜目にも分かる白い手と、ともすれば薄闇に紛れてしまいそうな黒い手がお互いの前に伸ばされる。
言葉は無く、向かい合った二人はただ相手の目を見つめ、そしてその手を取った。
ゆっくりと握られた手は、決して強い力では無かったが、でもそれはもう解かれることはないだろう、と分かるくらいの真摯さで繋がれているのが傍目にも分かる。
そのまま二人は手を繋いだまま、歩き出した。お互いの歩調に合わせるように、ゆっくりと、確かめるように。
空から落ちてきた白い雪が、二人が進む道を少しずつ白く染めていった。






そんな風に公園から去っていく黒子と青峰の後姿を最後まで見届けてから、黄瀬はその場で思い切り泣きだした。
「うわあああああん、よかった、ほんとうによかったっスううううう!」
ぼろぼろと止まらない涙を見て、隣にいた高尾が黄瀬の背を撫ぜながらハンカチを差し出した。
「あーあー、ほら涼ちゃんハンカチ。キレイだから、これ使って涙拭いて」
「ううううう〜カズくん〜」
「泣き過ぎなのだよ、黄瀬」
高尾の隣にいる緑間が呆れたように言うのに、黄瀬は潤んだ瞳のままで鼻を啜った。
「だ、だって、だってぇ、みどりまっちいいい」
「取りあえず、このままここにいても寒いし、どっか近くでいいから店に入ろうぜ。このままだと風邪ひく。座れるところで、そこで少し落ち着け。な、黄瀬」
火神が黄瀬の頭をガシガシと撫でて言うと、黄瀬は大きく息を吸い込んでから、なんとか笑顔を作ろうとした。
「う、うん、かがみっち……」
グスグスと真っ赤な顔で涙を一生懸命拭いながら黄瀬が頷いたのに、火神は苦笑しながらそのまま頭を撫でてやった。
「あ、あそこでいいんじゃない?」
高尾が指差した先に、ファミリーレストランが見える。この際どこでもいい、というのが四人の一致した意見だったので、迷うことなく中に入る。夕食の時間には多少早い時刻だった為に、待たされることなく席に座ることができた。
改めて息をついて、四人は肩の力を抜く。
「はー、まあ、最初はどうなることかと思ったけどな」
「終わりよければ、ってヤツじゃない?」
「人事を尽くした結果なのだよ」
「本当に、本っ当に、良かったっス!」
ようやっと泣きやんだ黄瀬が、鼻の頭を少し赤く染めながら満開の笑顔でそう言って笑うので、他の三人も釣られて笑う。
今日、彼らの共通の友人であり、ライバルでもある黒子と青峰の二人が晴れて付き合いを始めることになったのだ。互いが互いを憎からず想い合っているのは一部の人間には周知の事実であったのだが、中学時代の擦れ違いから始まった二人の関係は、袂を別れた高校での確執から半年以上の紆余曲折を経て和解に至り、さらにそれからもう一年をかけてやっと結ばれることになった。
性格は正反対の癖に、変なところで頑固で意固地なところは似たもの同士な二人をどうにか一緒にさせてあげたい、幸せになってもらいたい、と傍らで二人をずっと見ていた黄瀬は常に考えていて、それに賛同してくれた緑間、高尾、そして火神の協力を得て、あの手この手を使って二人の仲を取り持つために、正に文字通り汗と涙の努力を今日まで続けてきたのだ。
その苦労の日々がやっと今日報われることになった。不器用ながらもようやく二人で歩き出すことを受け入れた二人の姿に、感動の余り泣き出してしまった黄瀬を慰めながら、三人も肩の荷が下りた、と安堵の息を吐いたところだ。
「もうさー、本当に何でそんなに頑固なの?って何度思っただろー俺」
「分かるわ、それ。本当黒子ってこういうときに譲らねえんだよ」
「青峰もな。素直になるということをもっと初めにしていればここまでややこしくならなかったというのに。あいつの純粋さは中学三年の途中で消滅してしまったからな」
「あはは、でも、こうして二人が一緒になることができたのも、緑間っちにカズ君、火神っちが協力してくれたおかげっスよ」
本当にありがとう、と自分のことの様に頭を下げる黄瀬に、隣に座っていた火神が手を伸ばした。
「わわ、火神っち?」
なるべく優しい力で、黄瀬の頭を何度も撫でる。火神たちが力を貸したのは僅かなものだ。黒子と青峰の二人の間に立って、あれこれと一番心を砕いていたのは黄瀬に他ならない。これまでの苦労を労わるように、火神は目元を細めて黄瀬を見る。
「お前のおかげだよ」
黄瀬の目がぱちりと開く。そのまま視線を高尾と緑間に向けると、同じ様に笑っている二人がいて、黄瀬はまた目尻に涙が溜まりそうになって慌てて俯いた。
その頭を少しだけ強引に自分の肩口に引き寄せた火神は黄瀬の背中を何度も撫でる。
「〜〜っ火神っち!あんまり俺を甘やかさないでよ」
また泣いてしまう、と暗に言って、黄瀬は火神から離れようとするのだが、火神は離すつもりは無かった。
「いーんだよ、今日くらい。甘えとけ」
甘やかしてやるから、と火神が言えば、黄瀬はガバッと火神の首に腕を回して抱き付いた。
「うわーん!火神っちが男前でツライ!」
「おー、もっと褒めていいぞ」
「カッコイイ!優しい!でも馬鹿!」
「最後のは褒めてねえな!」
「ふっはは!」
クスクスと黄瀬が笑う。久しぶりに見た心からの笑顔に、緑間が口を開いた。
「お前はそうやって笑っている方がいいのだよ」
「げ、真ちゃんがデレた!?」
「五月蠅い、高尾」
「ひでえ!」
そうこうしている間にさっき頼んだ料理が運ばれてきた。質より量とは良く言ったもので、火神の前に出された料理の量に皆若干ひきつつも慣れたものだ。
いただきます、と声を揃えて手を伸ばす。暫く無心に料理を片付けていたのだが、もぐもぐとたらこのパスタを口に咥えながらそう言えば、と高尾が黄瀬に視線を向けた。
「涼ちゃんはさ、良かったの?」
「へ?何がっスか?」
こちらはサラダをちまちまと食べていた黄瀬が、ことりと首を傾げた。
「青峰と黒子。二人が付き合うようになったら、今までみたいに三人で遊び辛くなるんじゃないかなーって」
二人が付き合うようになるまでは、間に黄瀬が入ることで何とか場が持っていた様な時期もあった。人の機敏に聡い黄瀬は、黒子と青峰の双方の気持ちを上手く汲んで、二人の気持ちを何度もすくい上げてきたのを高尾も見ていたのだ。
黄瀬を挟んで手を繋いでいたような二人が、黄瀬抜きで一緒になった。
だからこそ、高尾は黄瀬が心配になったのだ。だけれど、聞かれた黄瀬はふわりと笑うだけだ。
「ほんと、優しいっスね、カズ君は」
「……涼ちゃんは、いいの」
「俺はね、青峰っちも、黒子っちも、二人ともが大好きなんスよ。だから、大好きな二人が一緒になってくれるんだから、俺はこれ以上望むことなんて、他には何にもないんス」
それが黄瀬の本心であることくらいは、顔を見れば分かる。
そんな黄瀬が間にいてくれたからこそ、黒子も、そして青峰も、最後には素直になることができたのだろう。
「それに、」
そこで一端言葉を切った黄瀬は、柔らかい笑みをその顔に乗せたまま口を開いた。
「それに、俺にはカズ君、緑間っち、火神っちに、他にもたくさん大事な人がいてくれるから」
だから、ちっとも寂しくなんて無いんだ、と少し照れくさそうに笑う黄瀬を正面から見ていた高尾は、何度か自分の頭をガシガシと掻いてから、あーもう!とわざとらしく声を出した。
「俺今無性にあいつらになんかでっかい悪戯してやりたい気分なんだけど!」
「右に同じなのだよ」
「協力すんぜ」
「ちょ、ちょっと三人とも!?」
高尾の意見に次々に賛同している緑間と火神の姿に、慌てた黄瀬が三人を宥めようとしていたとき、黄瀬のスマートフォンが着信を知らせた。
「って、あれ?誰からだろ……」
慌ててポケットから取り出して画面を見た黄瀬は、その場で目を大きく開いた。
「涼ちゃん?」
「どうした、黄瀬」
その驚き様を正面から見ていた二人に声をかけられながら、黄瀬は視線を上げた。
「……黒子っちから、電話っス」
何で今黒子から?と三人も怪訝な顔をした。兎に角出よう、と黄瀬が通話に切り替える。耳に当てて黒子っち?と黄瀬が呼ぶと、ちゃんと本人からだったのだろう、電話先の黒子と黄瀬は会話を続けた。
「もしもし、……うん、そうっスよ。皆一緒に。……え?ああ、うん、それは全然構わないんスけど、でも、……直ぐに?うん、うん、分かった。ちょっとだけ待っててくれる?……うん、それじゃ」
「黒子、何だって?」
黄瀬の隣にいた火神が黄瀬を見つめる。黄瀬は通話の表示が消えた画面を眺めながら、口を開いた。
「……黒子っち。今から直ぐに黒子っちの家に来てほしいって」
「何で黒子の家に?」
「何かあったのか?」
「うーん、俺にもよく分からないんだけど、直ぐに来てほしいって言われたっス」
形のよい眉を寄せて、黄瀬は不安げな表情だ。呼ばれた理由が分からないが、直ぐに来いというのだから、何かのっぴきならない事情でも起きたのだろうか。
「まあ、食事は粗方終わったからな」
「仕方ねえなあ」
「行くんだろ、黄瀬」
「え、皆も行ってくれるんスか?」
驚いた顔をする黄瀬に、高尾はニヤリと笑ってみせた。
「そんな水臭いこと言わないでよ、涼ちゃん。ここまできたんだから、ちゃんと最後まで付き合うよ、俺たちは」
「黒子はお前一人で来いと言ったのか?」
緑間の問いに黄瀬は首を横に振る。
「じゃあ、善は急げだ。行こうぜ」
火神が黄瀬の肩を叩く。それに励まされて、黄瀬は急いで立ち上がった。





そうして四人は揃って黒子の自宅に向かうことになり、黒子との電話が終わってから三十分もしない間に黒子、と表札が書かれた家の前に立っていた。
インターホンを押そうと指を伸ばした黄瀬がボタンに触れようとしたとき、玄関が開いた音がしたので四人は揃って開いた扉に視線を向けたのだが、そこにあった光景に全員が唖然と口を開くことになった。
開いた扉の内側には黒子と青峰が並んで立っていた。だが、その出で立ちがまるでたった今一戦交えてきました、という感じにボロボロだったのだ。両者とも服はよれて、黒子のほうはボタンが何個か引き千切れ、青峰のシャツは縦に引き裂かれた状態になっている。お互いに髪はぼさぼさで、おまけにそれぞれの顔には殴られたような跡も見られた。うっすら血が滲んでいる口元を見て、黄瀬は慌てて二人に駆け寄った。
「だ、大丈夫っスか?!二人とも!なんでこんな、ああ、血が……!」
真っ先に黒子の元に近付いた黄瀬は、痛々しい口元を見て泣きそうに顔を歪める。鞄から取り出したタオルで黒子の顔に触れようとしたとき、黒子と青峰が揃って声を出した。
「「黄瀬(君)」」
「は、はい?」
並んだ二人の顔を見比べて黄瀬が返事を返すと、青峰は黄瀬の左手を、黒子は右手を掴むと、黄瀬を家の中に引き入れた。
「わわっ!」
乱暴では無いが強引な所作に、黄瀬の身体が前につんのめって転びそうになったとき、黄瀬の身体を背後から支えた存在がいた。
「無理に引っ張ろうとすんなよ、お前ら」
「とりあえずその手を離せ」
火神が黄瀬の肩を掴み、緑間が黒子と青峰に釘をさす。と、ばつが悪い顔をして、二人が黄瀬の手を離した。
「玄関先でも何だから?家ん中に入れてくんない?」
高尾が威嚇するようにそれだけ言って、六人は家の中に入り込んだ。





「で、黄瀬を呼んだ理由はなんだ」
リビングの中央に集まって、規格外の体型をした四人と二人の、合わせて六人が膝を突き合わせている中、最初に口火を切ったのは緑間だった。
「お前たちと俺たちが公園で別れてから、まだそこまで時間は経っていない。その間に何があった」
淡々と冷静に話を進めてくれる緑間がいて良かった、と黄瀬が感謝しながら黒子と青峰に視線を向ける。
すると二人は途端に顔を険しくした。さっきから妙に二人の間に距離ができているとは思ったのだが、緑間の言葉に更にお互いを視界に入れたくない、とばかりに揃って反対方向を向いている二人に、黄瀬はこれは根が深そうだ、とこっそり溜息を吐く。
「……僕は悪くありません」
「俺だって悪くねえよ」
「どの口が言いますか」
「テツだってそうだろうが!」
「君と一緒にしないでください」
「なんだと!?」
「ちょ、ストップ!ストップ!落ち着いて、二人とも!」
ヒートアップしそうな二人の口論に慌てて待ったをかけた黄瀬は二人の前に近寄って、青峰の手と黒子の手を左右の手で取ると、落ち着かせるように柔らかく握った。
「黒子っち、青峰っち」
黄瀬が二人の名前をゆっくりと呼ぶ。黄瀬の声に二人が纏う険悪な空気が少しだけ緩んだ。
「黄瀬君」
黒子が黄瀬を呼ぶ。と、そのまま黒子は黄瀬の首に腕を回して抱き付いた。
「黒子っち?」
黄瀬は抱き付かれたままの体勢で、黒子の背中をぽんぽん、と軽く叩いていると、隣の青峰ががなり声を上げた。
「テツ……てめえ」
「五月蠅いです、バカ峰君。僕は今黄瀬君に癒してもらっているので黙っていてください」
「ずりいぞ、お前ばっかり!」
「あ、青峰っち」
黒子に抱き付かれている為に身体を動かせない黄瀬は、困ったように青峰を呼ぶ。
「黒子っち、何があったんスか?」
静かな声で黄瀬が黒子に尋ねると、黄瀬の肩口に顔を埋めたままだった黒子がゆっくりと顔を上げた。その顔を間近で見つめていると、黒子の視線が落とされる。
そうしてから、ゆっくりとことの次第が二人から説明されることになった。

「……あの後、僕らは何処にも寄らずにここまで真っ直ぐに帰ってきました」
「今日はテツんとこの親が二人とも仕事で遅いってんでな」
「まあ、折角お付き合いを始めることになったわけですし、相手が青峰君ですから別に何を改まることもないと思ったんですが、自然と二人きりになろうとお互いに思って、僕の家に帰ってきたんですが」
「テツの部屋に上がって、まあ、なんとなくそんな雰囲気になって俺からキスしたんだよ」
「いきなり手を引かれて驚いたんです、僕は。まあ、でも嫌という訳でも無かったので受け入れました。そのときは」
「問題はその後でよ」
「そのままお互いに盛り上がってしまって、そのままベッドに倒れ込んだんですが、そこで一つ問題が発生しまして」
「……え、ええと、問題って?」
ここまでの二人の赤裸々な話を、若干顔を赤らめながら聞いていた黄瀬は、それこそが今回の騒動の原因だと当たりをつけて勇気を出して尋ねると、二人が揃って声を出した。
「「どちらが上か、で(です)」」
「「「「……は?」」」」
黒子と青峰の科白に、四人の声がキレイにハモった。
「だって、おかしいじゃないですか、確かに僕の方が背は低いし、体格的にも少し、ええ少しですよ、劣っているとは思います。思いますが、だからといって、ベッドの上での役割ですら、体格で決めることなんてないでしょう?それに横になってしまえば、身長差なんてあってない様なもんですし、関係無いんですから、僕が上になったって全然問題ないじゃないですか。なのに青峰君がものすごい抵抗して」
「すんだろうが!そりゃ!こっちはお前を上手くリードしてやろうと思って極力強過ぎないように加減してやってたっつーのに、それが裏目に出るなんて考えても無かったっつーの!いきなりお前が天井バックに俺を見下ろしてきたときは夢かと思ったわ!しかもそのままことを進めようとするからあんなことになったんだ!」
……そのあんなこと、が二人の状態から察せられた。つまり、青峰はそれこそ本気の抵抗を示して、黒子もそれに対して渾身の対抗をしたのだろう。場所は色気のあるベッドの上でも、そこで行われたのは双方真剣な陣取り合戦である。これが今後の立場を決める重要な場面になることは事実。その為にお互い一歩も引けない状況を作りだした。
「……まあ、原因は分かったけどよ、それでなんで黄瀬を呼んだんだ、お前らは?」
理由は分かった。分かりたくないが分かってしまった。だが、だからと言って何故黄瀬は呼ばれたのか。火神の疑問に黒子はさらりと答えた。
「ええ、殴り合いをしても体力的に僕が負けるのは目に見えていましたので、それでは公正とは言えません。だから経験値の差で決めようということになりまして」
「経験値の差って……」
高尾が頬を引き攣らせながら聞くと、青峰が何でもないように答える。
「今までにどれだけベッドの上で女を満足させてきたか」

最低だ。
青峰の言葉に四人の心の中での言葉は見事なシンクロをみせた。
「人数では負けますが、僕だってそれなりの経験はあります。手当たりしだいに食い散らかしていた青峰君と違って、僕はちゃんと相手を満足させてあげていた自信があります」
「人聞きの悪いこと言うな!あいつらが勝手に寄ってきて俺の上で好きに腰振ってただけだ!」
踏ん反り返って言う科白じゃない。
取り敢えず話を聞くことに徹しているが、緑間の眉間にこれ以上ない皺が寄っているのが見えてしまった高尾は、触らぬ神に祟りなし、と見なかったことにした。
「双方で主張していたのですが、互いの相手は当然誰一人同じ人はいませんから、そもそも比較にならないことに気付きまして」
「俺ら本当にバスケ以外の趣味合わねえからなあ」
それはつまり、女の趣味か。
四人にはもう言葉も無い。
「そこで思い出したのが、たった一人、一度きりですが僕と青峰君が同時に同じ人を相手にしたときのことです」
「だから、そいつに聞いてどっちが良かったかで判断してもらおうってことになって呼んだんだよ」
なあ、黄瀬。
青峰が呼ぶ。火神と緑間と高尾が揃って視線を向けた先にいた黄瀬は、これ以上ないくらいに青褪めた顔をしていた。
「……黄瀬、お前、まさか」
緑間が震える声で黄瀬を呼ぶのに、黄瀬は目に涙を溜めた状態で必死に首を左右に振った。
「ち、違うっスよ!緑間っち!無理矢理とかじゃなくて、その、なんていうか、さ、最後まではいってないっていうか、なんていうか」
支離滅裂な言葉の羅列を続ける黄瀬を軽く抱き寄せた黒子が答えを言った。
「お互いにマスをかきあっただけです」
黒子の言葉の破壊力に、緑間の眼鏡がずり落ちた。
「そー。コイツがAV見たことねえってんで、中学のときにテツも一緒に俺の部屋で俺厳選のAV見せてやってたときにさ、黄瀬がそれ見て起ったもんだから、からかい半分にどうせならその場でやってみせろってことになって」
「そのときの黄瀬君が余りにも可愛かったものですから、つい僕も青峰君も悪乗りしてしまいまして」
「二人がかりで黄瀬をイかせてやったんだよな」
「ふ、二人とも、もうやめてくださいっス〜〜あれはもう忘れようって言ったじゃないっスかあ!」
黄瀬が半分以上泣きながら止めようとするのだが、二人は全く悪びれなく言い切った。
「「可愛かった(ですよ)」」
遂に撃沈された黄瀬が、リビングの絨毯の上に項垂れたまま動かない。
高尾も何と声をかけたものか悩んで黄瀬の背中を優しく撫でてやっていると、それまで黙っていた火神が低い声を出した。
「それで?お前らは黄瀬に聞いて優劣をつけようと思ったのか」
「ええ、ですが、あのときと今とでは僕も青峰君もスキルが全然違うでしょうから」
「お互いが納得して、黄瀬が相手なら問題ねえなってことになったから黄瀬にあん時と同じことして俺か、テツか決めてもらうことにした」
「ちょ、勝手なこと決めないでくださいっス!俺の意見は!?」
それまで俯いていた姿勢からがばりと顔を上げて黄瀬が叫ぶと、黒子が黄瀬の頬に手を添えて言った。
「大丈夫です、黄瀬君。安心して僕に任せてくれませんか?」
「く、黒子っち……!」
おい、待て。何故そこで頬を染める。
高尾が突っ込む前に、緑間の手が早かった。本日のおは朝のラッキーアイテムである根性ハリセン(高尾作)で黄瀬の頭を小気味よく叩いて叫ぶ。
「黄瀬!気をしっかり持つのだよ!簡単に流されるな!」
「っは!俺今何を……」
正気に戻った黄瀬に安心したのもつかの間、今度は青峰が黄瀬の肩に腕を回して引き寄せる。
「黄瀬ぇ、大人しく俺に任せてみな?」
「あ、青峰っち……!」
あれ、これなんてデジャヴ?
黒子のときと全く同じ反応を返す黄瀬に、緑間のハリセンがまた飛んだ。
「何度言わすのだよ!」
「っは!お、俺……」
「涼ちゃん、マジ気をしっかり持って!?そんな簡単に流されないでよ!」
「す、すません!でも俺、青峰っちと黒子っちに言われるとなんか断りきれないっていうか……!」
「だからそれが流されているというのだよ!」
ギャイギャイとお互いの主張が叩きつけられるだけの混迷を極めてきたリビングに。突如として轟音が響いた。
何かを叩き落した様な音に、黒子、青峰、黄瀬に高尾と緑間が音の発信源を振り返ると、俯いたままの火神がリビングに一つだけ置いてあるテーブルの上にその拳を叩きつけていた。
「……ふざけんなよ」
その口から零れた低い声に背筋が凍りつくような心地になる。皆がそれ以上言葉を発せない状況で、火神が動いた。
「黄瀬、こい」
黄瀬の身体を片手で引き寄せた火神は、黄瀬が何かを言う前に、その口を自らの口で塞いでしまった。

「――っ!?」

驚き、目を開く四人の前で、火神と黄瀬はキスをしている。その事実にいち早く気付いたのはキスをされている側の黄瀬で、火神から離れようと手を伸ばしたが、火神は黄瀬の手を簡単に一纏めにして掴んでしまうと、僅かに隙間を開けた唇の間で黄瀬に囁いた。
「ちゃんと息しろよ?」
その言葉の真意を聞く前に、火神はまた黄瀬の唇を奪う。しかも今度は黄瀬の口のほんの少しの隙間から舌を潜り込ませたようで、誰一人言葉を発しない部屋の中に、黄瀬のくぐもった声と、濡れた音が僅かに響いていく。
永遠とも言えるような時間が過ぎて、二人の口はゆっくりと離された。繋がった糸を舌で舐めとった火神は顔を赤く染めて瞳を潤ませている黄瀬の額にもキスを落とした。軽いリップ音が響いて、それでやっと正気に戻った四人が火神に非難を浴びせようとしたのだが、その前に火神が黄瀬を連れて立ち上がった。

「お前らに、黄瀬はやらねえ」

青峰と黒子を睨めつけてそれだけ言うと、火神は黄瀬を伴って黒子の家から飛び出していった。
止める間もなく行われた一連の流れに、いち早く立ち直ったのはやはりというか緑間だった。
「……全く、あの男は、どうしようもないのだよ」
隣で呆然自失の高尾をどう運ぼうか悩んでいる緑間の横で、黒子と青峰が立ち上がった。
「どこへ行く」
「決まってんだろうが」
「黄瀬君を取り戻しに」
ギラついた視線でそれだけを吐き捨てるように言う二人に、緑間はハリセンでまた頭を叩いてやった。
揃って目を丸くした二人に、緑間は眼鏡のブリッジを押し上げながら口を開く。
「お前らが不安になる気持ちも分からんでもないがな」
そこで一端区切った緑間は仕方がない、とでも言うように二人を見下ろした。
「黄瀬は変わらん。それはお前らが付き合おうが、別れようが、同じことだ」
緑間の言葉に黒子はくしゃりと顔を歪める。その黒子の頭を乱暴に撫でながら、青峰は小さく謝罪した。
「わりぃ」
「……それは黄瀬本人にちゃんと伝えるのだな」
緑間の言葉に、今度こそ二人は頷いた。
「それでは俺たちも帰るぞ。おい、高尾。……高尾、どうし「だあああああああ!」
高尾の唐突の雄叫びに緑間の目が点になった。
「火神の野郎!よりによって涼ちゃんに!可愛いうちの子に!あんの野郎なんてことしてくれちゃってんだあああ!断固阻止!絶対に認めん!俺は認めないからなあああああ!」
一通り叫んだ高尾は、呆然としている緑間の手を掴むと玄関から飛び出して行った。

「……」
あっという間に四人が消えて、二人だけになったリビングで、黒子と青峰は黙りこんでいた。
「青峰君」
沈黙に耐えかねたのは黒子の方で、青峰の方に向き直る。
「分かってるよ」
黒子の声にそれだけ答えて、青峰は皆が出ていったまま僅かに開いた扉を眺めていた。





家を出てからずっと、火神は黄瀬の手を離そうとしない。そこまで力を込められているわけでもないから、案外簡単に離せそうなそれを、黄瀬はそのままにしておいた。黙々と歩いていく火神の背中を見ていて、黄瀬は青峰のことを思い出す。そして、その隣にいる黒子のことも。

ああ、だめだなあ。

あの二人が自分の心の中にどれだけの存在を締めているのか、黄瀬は自分でちゃんと知っている。彼らの幸せが自分にとっての幸せであって、あの二人の間に入り込もうなんてことは思わないし、これからもそれは無い。
なのに、あの二人はそれが嫌だと言う。二人だけじゃ足りなくて、黄瀬も欲しいなんて言うのだ。それが嬉しくないなんて思わない。だけど、でも、そろそろ手を離さないといけないなんてことは分かっているはずだ。黒子も、青峰も。
……それを分かっていて、ちゃんと離すことができない自分もダメだということを、知っているから。
黄瀬は前を歩く火神を思う。どこまで行くのか分からないが、そろそろ目的地を聞くべきだろうか。呑気にそんなことを考えていたら、唐突に火神の足が止まった。つられて黄瀬の足も止まる。火神が振り返る。黄瀬の顔を見て、そしてその口が開こうとしたとき、黄瀬は火神の口に指を軽く当ててそれ以上を止めた。
「謝らないで」
火神の目が驚きに開く。その瞳の色を見つめながら、黄瀬は小さく笑った。
「謝んなくて、いいんスよ、火神っち」
火神が戸惑う様な顔をする。さっきまでの剣幕とのギャップが面白くて、黄瀬は一歩火神との距離を詰めた。
お互いの顔が近い。身長が近いと、こういうときに便利なんだな、と新鮮な思いで黄瀬がいることなんて火神は知らないだろう。それと同じように、さっきの火神が何を思って自分にあんなことをしたのか、自分には分からない。だけれど、それでもいいと思った。
「黄瀬」
うろうろとさ迷っていた視線がひたりと黄瀬に向けられた。熱を持った瞳と声に、黄瀬は息を飲む。
「お前が、謝るな、と言うんなら、これだけは言わせてくれないか」
無言でその先を促すと、火神は黄瀬の目を見てはっきりと言った。

「お前が好きだ」

……うん、そうか。

「ねえ、火神っち」
「何だ」
「もう一回、キスしてくれるっスか?」
下から見上げるように火神を見ると、火神は途端に今までに見たことの無い様な男くさい顔で笑って、黄瀬の後ろ頭に手をかけて黄瀬を優しく引き寄せた。







20121007





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