春風駘蕩




「なあ、立花。涼太知らないか?」
部活の練習の最中の短い休憩時間に、そういって立花に声をかけたのは加藤だった。身長差の所為で下から見上げてくる加藤に一つ頷いた立花は、くい、と顎を引いた。
「あそこにいるぞ」
「あそこって、どこ……って、おい」
立花が向けた視線の先に倣ってそちらを見た加藤は、途端に眉に皺を寄せた。
「加藤」
「おい、お前あれ止めなくて」
「皺、取れなくなるぞ」
「誰の所為だ!」
口元を引き攣らせながら叫ぶ加藤に、俺の所為か?と首を傾げながら立花は謝った。
「すまん」
「お前の所為じゃねえよ」
じゃあ、誰か、と考えて、ああ、と立花は頷く。加藤はさっきから視線を固定して動かない。その視線の先にいるのは、自分たちの同級生であり、同じ部活仲間であり、そして部の中心であるエースの黄瀬がいた。
ただし、一人ではない。
スタスタと歩いていく加藤を止めることもできたのだが、なんとなくそれも憚られて、立花は大人しく加藤の後をついていくことにした。
開け放されたままの扉の近くで、黄瀬は寝こけていた。その身体は部の先輩である小堀に凭れかかっている。肩口に頬を寄せて気持ち良さそうに眠っている黄瀬に、肩を貸してあげている小堀は時折その頭を優しく撫ぜてあげていた。
見ているものがほのぼのする様な光景に、さっきから部活のメンバーがちらちらと視線を向けているのは気付いていた立花だったが、特に止めるまでもないとそのまま放置していたのだ。が、加藤は違った。恐らく、先輩になんてことをしてやがんだ!と怒るのだろう。
「……小堀先輩」
「ん、加藤か、どうしたんだ?」
優しい笑顔を向けてくる小堀に、加藤は眉を顰めたまま頭を下げる。
「涼太、……黄瀬が、スンマセン。こいつ昨日遅くまでモデルの仕事だったんで、寝不足だったんです。回復するまで保険室にいろって言ったんですけど」
「ああ、だからか」
目元を笑みの形に深めた小堀は、ゆっくりと黄瀬の頭を撫でながら笑った。
「ふらふらしてるな、と思ったんだ。だから休憩時間の前に俺から声かけたんだよ」
「そう、だったんですか」
「こいつ、直ぐに無茶するから」
風が吹いた。
黄瀬の長めの前髪がふわふわと流れていく。金色のそれが目に眩しい。少しだけ目を細めて、小堀は口を開いた。
「少しだけでも寝ておけ、って俺が言ったんだ。その際に肩を貸したのも俺から。黄瀬が頼んだ訳じゃないぞ」
長い睫毛に縁取られた瞳は、今は閉じられている。その奥に煌めく色は、深い琥珀色だ。
「……先輩は、黄瀬に甘いっす」
加藤が眉を下げてそう言えば、小堀は目を開いて、くく、と声を立てて笑う。
「それ、加藤には言われたく無かったなあ」
小堀の科白に加藤の目が開く。そのままじわじわと頬が赤く染まっていく加藤の顔を隣で見ていた立花は、珍しいものを見たな、呑気に考えていた。
「加藤、赤いぞ」
親切にも(この場合、加藤にとっては間逆の意味だ)教えてやった立花に対して、加藤は思い切り口を開いて、そして噤んでしまった。
きっとこの距離で叫べば、黄瀬が目を覚ましてしまうと思ったのだろう。
全く、本当に小堀の言う通りだな、とそんな加藤の姿を微笑ましく思いつつ、自分と同じ様な顔で加藤を見ている小堀と視線を合わせて、立花は小さく笑う。
「……ん、ふぁ、あ、れ?」
そうこうしている間に、黄瀬が起きた。ぼんやりと目を開けて目元を擦っている姿は完全に寝惚けていて、普段の凛とした立ち振る舞いからは遠く離れた黄瀬の状態に、小堀は手を伸ばした。
「起きたか?黄瀬」
優しく頭を撫でられた黄瀬は、ほんわりと笑顔を作って、小堀の手に擦り寄った。
「こぼり、せんぱい……」
「そろそろ休憩時間も終わるぞ」
「んぅ、はぁい」
「顔洗ってこい、少しはすっきりするから」
名残惜しげに、最後にもう一度黄瀬の頭を撫でた小堀は、その場に黄瀬を立ち上がらせた。
ふらつくか、と思った黄瀬は、直ぐにしゃんと立って見せ、小堀を見上げて口を開く。
「ありがとうございました、先輩」
心の底から安心しきった笑顔に、小堀も笑みながら頷いて黄瀬を促す。そこで小堀の顔から視線を外した黄瀬は、多数の視線に自分たちが晒されていることに気付いて首を傾げた。
「あれ?どうしたの、キチロー」
もの凄く不機嫌そうな顔を隠しもしないで、加藤は黄瀬を見つめていた。その隣にいる立花にも視線を向けると、どこか不満気な顔でこちらも黄瀬を見ている。
「へーたも、何?俺何かした?」
頭の上にいくつも疑問符を飛ばしている黄瀬に、加藤は乱暴にタオルを押しつけるとその場から立ち去って行った。
無言で行われたそれらに、渡されたタオルを手に持ちながらいっそう首を傾げた黄瀬に、立花が近寄る。
「涼太」
「へーた、キチロー、どうかしたのかな」
「いや、どうもしないからだと思う」
「へ?」
立花は黄瀬の間近に立つと、黄瀬に顔を近付けた。
こつん、と額が当たる。
「……へーた」
黄瀬の額に自分の額を当てた立花は、暫くそのままにしていた。黄瀬は至近距離で見える友人の顔を何となく眺めている。どうにも周りが五月蠅いような気がするのだが、今は顔を動かせないので確認できない。
「……ん、もう大丈夫だな」
どれくらいそうしていたか、そんなことを言って黄瀬から離れた立花を、黄瀬は見上げた。
「へーた」
「ん?」
「ありがと」
「ああ」
短い礼の言葉に立花は笑う。つられて笑った黄瀬の笑顔に、立花が手を伸ばそうとしたとき、背後から笠松の声が掛かった。
「休憩終わりだ!いつまでもだらけてんじゃねえぞ!」
慌てて背筋を伸ばして体育館の中央に向かおうとした黄瀬と立花は、笠松の隣で爆笑している森山を見付けた。
「森山先輩、どうしたんです?」
立花が聞けば、息も絶え絶えの森山が笠松を指差した。
「だ、だって、こいつ、黄瀬がさっき小堀に寄りかかって寝てるの見てからずっと、すんげー羨ましそうな顔してんだもん」
「森山ぁっ!」
顔を真っ赤にさせて怒る笠松から逃げながら、森山は更に笑っている。
「残念だったなあ、笠松!お前の身長じゃあ、黄瀬が寄りかかったら潰れちゃうかもしれないもんなあ!」
「五月蠅え!そんなことない!」
「あれえ、否定しないんだ!」
「だ、っそれとこれとは違うだろ!」
「同じだろ〜黄瀬に頼られたいんだよなあ?」
「っこの、待て森山!逃げんな!」
「ははははは!先ずは背を伸ばすところからかな!?」
「っ絶対に許さないからなあ!森山ぁ!」
キャプテンと先輩の追いかけっこを目で追いつつ、ほんのりと顔を赤くしている黄瀬に立花は声をかけた。
「今度、笠松先輩にもお願いしてみれば?」
「だ、だめっ!俺それでなくても普段から笠松先輩には頼り過ぎてるところあるんだから!」
困ったように叫ぶ黄瀬の肩を引き寄せた立花は、黄瀬が何かを言う前に耳元で囁いた。

「俺たちにも、もっと頼れよ」

黄瀬が目を開く。口を開いては閉じて、を繰り返して、うろうろと視線をさ迷わせてから、黄瀬は視線を落として小さく頷いた。
その際に見せた笑顔が、とてもキレイだったものだから、立花は加藤にもあとで教えてやらないとなあ、と考えていた。
多分、もの凄く不機嫌な顔全開で、その場にいなかったことを後悔するだろうと思いながら。







20121014





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