こぼれゆく春







「飽きませんね」
「ああ、飽きない」
「仕事は?」
「今日の分は終わっているぞ」
「それは良かったです」
「ケンジ」
ラブマシーンが振り返ると、そこには両手に何か大きな荷物を大事そうに抱えたケンジが立っていた。
「……その荷物は?」
「何だと思いますか?」
質問に質問で返されて、ラブマシーンは小さく笑む。
「それではワタシの答えが合っていたら、正解に何を貰えるんだ?」
ラブマシーンの言葉にケンジは一度ぱちりと瞬きをして、それからおどけた様に唇に弧を描いた。
「その言葉は、これが何かもう分かっているってことですか?」
ケンジが両手で持ち上げた包みをラブマシーンは片手で受け取ると、それを軽々と持ち上げて自分の座っている横に置き、その後にケンジに向かって手を伸ばした。

「ケンジ」

自分に向けられたラブマシーンの手に、声に、そっと手を伸ばしたケンジはそのまま大人しく身体を預ける。
それから上を見上げた。

「毎年、見事ですね」

「ああ、そうだな」

二人の頭上には大きな桜が、その枝の先までを花で埋めて静かに咲き乱れていた。





毎年この時期になると、二人は揃ってここに向かう。
それはもうずっと前に、誰かの手を離れてしまったプログラムの一つだった。
一本の桜の木を模していたそれをラブマシーンが偶然に見付け、二人でこっそりと修復させたのだ。
夏は青々と繁り、
秋は枯れ葉を舞わせ、
冬は静謐な空気を纏い、
そして春は、爛漫と咲くように。
春の短い一時に惜しむことなく咲いては散って行くその木のことを、桜、と呼ぶのだとラブマシーンはケンジに教えられた。



「お花見、と言ったら、やっぱりお弁当が無いと始まりませんからね」
水筒からお茶を注いでラブマシーンに手渡しながらケンジは小さく息を吐く。
「本当に、見事ですね」
ふわふわと漂う花びらをケンジは指先でそっと触れた。
「寝ていただけだからな」
起こす手伝いをしただけだ、とラブマシーンは首を傾ける。
「誰だか知らないが、この桜を造ったヒトに一度会ってみたいと思う」
「そうですね」
「反対しないのか?」
「何故です?」
手に持った水筒を地面に置いてケンジはラブマシーンを見て笑った。

「アナタのすることで、ボクが反対する理由なんてありませんからね」

――それは、何と言うか。
「ワタシに対して、甘すぎではないか?」
「そんなこと、今更ですよ」
くすくすと笑ったケンジは、目を開いたラブマシーンの頬に小さく口付ける。

「付いていましたから」

ご飯粒をぺろりと舐めたケンジに、ラブマシーンは頭を抱えたくなった。

「……ケンジ」

怨めしそうな声を出すラブマシーンに、ケンジは目を細める。

「駄目ですからね」
ここを何処だと思っているんですか?と指一つで制したケンジに、ラブマシーンは溜息を吐いた。
「ずるいぞ」
「お返しです」
何時のことだ、と尋ねようものなら、倍以上に返ってきそうだと気配で察してしまった。
「……ずるいぞ」
「語彙が足りませんね?」
「む、」
これ以上はどうやら本当に無理らしい。恨みがましい視線を向けても、ケンジはどこ吹く風と澄ました顔で桜を見上げるばかりだ。
この返しは必ずするぞ、と心に決めたラブマシーンは、綺麗に並べられたおにぎりをひとつ掴み、その大きな口で一息に飲み込んだのだった。








………………
130330

…春ですから、ね。

 









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