それはまだ、遠い後悔


雪は、俺の大事な友だちだ。





「なあ、草平、頼むよ」
「嫌だ」
「何でだよ」
「何でもだよ」
さっきから何度繰り返したか分からない。草平はクラスメイトの声にうんざりした顔を隠さずに、同じ言葉を繰り返した。
「雪をさ、アイツに紹介してくれって、それだけなんだってば」
「嫌だ」
アイツ、とは今自分と話しているクラスメイトの隣で顔を赤くして立っている少年の事だ。別のクラスのヤツで、名前は聞いた気がするが、もう忘れた。
「同じ小学で、雪と仲が良い男子ってお前くらいしか知らないんだよ、俺たち。こいつが雪のこと好きになってさ、だからせめて紹介くらいさ」
「自分ですればいいだろ」
「それが出来ないから言ってるんじゃんか」
大げさに肩を落として言うクラスメイトの姿に、呆れる様に溜息を吐く。
「何で出来ないんだよ」
「コイツが、恥ずかしいって言うんでさ」
なら最初から告白なんて出来ないじゃないか、とは喉元まで出かかったが、草平は口にしなかった。代わりに二人に向かって背を向けて歩き出す。
「ちょ、草平ってば!」
人の話は最後まで聞いてくれよ、というクラスメイトの嘆きの声が廊下に響いているが、生憎草平にはもう話す事は無かったので、それ以上後ろを振り向くことはしなかった。





雪は、俺の大切な友だちだ。

草平は廊下を睨みつけながらひたすら足を動かしていた。
最近増えたのだ。自分の周りで雪に対してああ言った告白をしたい、と思う男が。
するならすればいい、と草平は思う。雪にちゃんと正面から向かって、好きだとでも何でも言えばいいと。自分からするなら草平は文句は言わない。なのに何でそれを自分に言ってきて、あまつさえ草平から雪に対して、相手の告白の手まわしするような事をしなくてはならないのかが分からない。
雪は友だちだ。あの小学に転校してから、色々あって、痛いことも、苦しいこともあったけれど、それでも自分は雪と友だちを止めようだなんて考えたことは無い。
雪は、草平の、





「草平君」
呼びかけられた名前に視線を上げると、目の前に雪が立っていた。数か月前はまだ真新しい制服に着せられている、という感じだったのに、もうそれは彼女に馴染んでいるように見える。同じ中学に上がって、寮生活をしているから、頻繁に顔を合わせているはずなのに、何故か不意にそんなことを草平は考えた。
「雪」
雪は、小学の時に自分を『草ちゃん』と呼んでいた。だけど、中学に上がると同時に、自分を『草平君』と呼ぶようになった。それがどうしてなのか聞きたいと思って、でも何となく聞けないでいる。
「どうしたの、怖い顔して」
「……別に」
「まあ、いいけど。あんまり怖い顔してると、女の子が近付いてくれなくなっちゃうわよ?」
からかうような柔らかい笑顔で、雪はそう言って草平の額に白い人差し指を軽い力で当てた。
「別にいいよ」
「どうして」
「雪がいる」
さらりと口から出た言葉に、草平は一瞬だけ固まった。別に深い意味は無い。意味なんて無い、こんないつも通りの会話に、意味なんて、

「草ちゃん」

だから、雪が久しぶりにそうやって自分を呼んでくれた事にも草平はその時は気付かなかった。
「ばかだね、草ちゃん」
はにかむように少しだけ頬を染めて笑う雪の顔に、自分の顔が熱を持ったように熱く、赤くなってしまったことも、きっと何でもないことで、明日になればいつもの日常に紛れてしまうと、草平はその時そう、考えていたのだ。




2012/07/22
……この二人がとんでもなく好きです。


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