甘やかすこと、その意味




はぁ、と吐く
甘くも重い溜息に
乗せる想いは如何ほどか





「――案外、というか、なんというか。ボクも単純にできているんですよね」
さわさわと流れていく風が頬に心地良い。ケンジは目を細めて笑っていた。
折角のいい天気なのだから、今日はここでお茶にしよう、と提案したのはどちらが先だったか。思い立ったのだから、と直ぐに準備を始めて少しして、隣で鼻歌でも歌いそうなほどに機嫌の良かったケンジがいきなり呟いた言葉に、ラブマシーンは首を傾げた。
ここ最近は大掛かりなウイルス対策の為に、OZ全域でスコールの様な雨が降り続いていた。雨を模したウイルス対策ソフトを作成するためにずっと作業に追われていて、それらにやっと解放されたのが三日前。苦労してできたプログラムはその機能をしっかりと果たし、今日は昨日までの曇天が一転して久しぶりの青天が空に広がっている。
午前中に溜まっていた洗濯物をまとめて一気に片付けた。風に揺れてはためいているシーツの白さが目に眩しい。
一段落が着いた今、ケンジとラブマシーンの二人は庭に一つだけ置いてあるベンチの上に並んで座り、お茶を飲んでところだった。
「どうした?ケンジ」
突然のケンジの言葉に単純に疑問が勝ってそう尋ねると、ケンジはひたりとラブマシーンの目を見つめてくる。
お互いに何も言わず、近い距離で見つめあうこと数秒。それまでの沈黙をあっさりと破って、ケンジが言った。
「ラブマシーンさん」
「何だ?」
「手を貸してくれます?」
ケンジの小さな手がラブマシーンに向かって伸ばされた。あと数センチで触れる、という距離でその手は止まる。
「いいぞ。これから何かするのか?」
「ああ、いえ、そういうことではなくて。純粋にアナタのその手を今ボクに貸してくださいってことです」
「手、だけか?」
「はい」
「別に構わないが」
特に断る理由も無いので、ラブマシーンは自分の右手をケンジの前に差し出した。
「どうも」
ラブマシーンの右手を掴んでいるケンジの白い手は、その色と自分の肌の色との対比から妙に目に眩しく感じる。
「ケンジ、ワタシの手をどうするんだ?」
「ええ、そうですね」
生返事のような声で、ケンジはそう言うと、よいしょ、とラブマシーンの手をひっくり返して手のひらを上に向けた。かと思えば自分の手と大きさを比べてみようとしたり、指の一本一本を視線で辿り、手のひらの線に指を当ててなぞってみたかと思えば、水かきを爪で引っ掻くような真似ごとをする。
「???」
ケンジが何をしたいのか全く分からないラブマシーンは、頭の上に疑問符のエフェクトを大量に飛ばしながら大人しくされるがままになっていた。
それからまた暫くして、ケンジは唐突に口を開く。
「手、ですね」
「そうだな」
「手、なんですよねえ」
「……そうだな」
鸚鵡返しにしか返せない。
ケンジが求めるものが何なのか、はっきりと聞いた方がいいのだろうか、とラブマシーンが考え始めたとき、ケンジが顔を上げた。
「ラブマシーンさん、お願いがあるのですが」
「何だ?」
やっと理由を聞けるのか、とラブマシーンが内心でホッとしていると、ケンジは淡々と口を動かす。

「この手で、ちょっとボクのことを甘やかしてくれませんか?」
「……」
「……」
甘やかす、と聞こえた。
ケンジの示しているのは、ラブマシーンの右手のみ。この手だけで、ケンジを甘やかせ、と。
「甘やかせばいいのか?」
「はい、手だけで」
「……ふむ、分かった」
「あ、言葉も無しです」
「心得た」
結局核心は掴めずとも、ケンジが求めるものが何か分かった分、ラブマシーンは気が軽くなった。
目の前にはケンジが一人。こちらをじっと見上げている。
その顔に向けて右手を伸ばした。
まず最初に頬に触れる。殊更優しく撫ぜてから、頭の上の耳にも触れた。ふにふにと柔らかい感触が右手に伝わってきて、目元が自然と笑ってしまうのを止められない。
耳の次には髪を。さらさらと流れる前髪を指でかき上げて、現れた額も撫でる。それから目元に親指を当てた。目の縁にそってゆっくりとなぞった後、親指を離す。
そして最後に唇に触れる。薬指を使って、紅を唇にのせるように。触れただけでそこに色がつく訳ではない。けれど、それだけで十分だ。

「……ラブマシーンさん、有り難うございました」
ケンジが笑っている。
ラブマシーンは自分も今、同じ様な顔で笑っているのだろうと思った。
「満足できたか?」
「はい、これ以上になく、満足ですよ」
ほう、と小さくケンジが息を吐く。
「そうか。なあ、ケンジ」
「なんですか?」
ことり、と首を傾げたケンジの目を覗き込むように顔を近づけて、ラブマシーンはケンジにだけ聞こえるように囁いた。

「ワタシのことも甘やかしてくれないか?」
「手、だけで?」
ケンジの手がラブマシーンの顔の前に差し出される。ラブマシーンはその手を優しく掴むと、自分の頬に当てた。
「いや、ケンジ全部で、だ」
「全部?」
「全部、だ」
くすくす、とケンジの笑い声が耳を擽る。
「しょうがないですね」
言葉の割に、ケンジの顔に棘はない。
これはワガママではない、当然の権利である、とラブマシーンは胸の内で言い切った。
さっきとは逆に、自分に向かって伸ばされるケンジの手が、ゆっくりと額に触れるのを確認してラブマシーンは笑いながら目を閉じた。
閉じた視界の先には、さっきと同じように、密やかに笑っているケンジが変わらずにいることを、疑うでもなくラブマシーンは知っている。









………………
120927

…なんとまあ、サイトが三周年です。
ここまで続けてこられたのも、ラブケンの二人と、私の拙い話を読んで下さる皆様のおかげです。いつも本当に有り難うございます。
これからも懲りずに、よろしくお願いします。

 









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