たまにはこんな日も



「ケンジさん!聞いて下さいっ!!!」
どばあああんと盛大な音を立てて開いた扉の先に、普段からもふもふの尻尾を更に膨らませて明らかに興奮している状態の友人がぽしぽしと足音を立てながらケンジの傍に近寄ってきた。
頭から湯気のエフェクトが出ている。これは相当お冠だなあ、と内心でのんびり考えながらケンジは友人を迎え入れつつ見下ろした。
「どうしたの?ケンジ君。あ、ちょうど今クッキーが焼けたところなんだけど食べる?」
「わーい!いただきます!……じゃなくて!聞いて下さいケンジさん!」
「うん、聞くよ?はい」
そういって口元にクッキーを優しく宛がえば、目を細めて嬉しそうにクッキーを齧りだす友人にそれとなく席に誘導してケンジは向かいの椅子をひいて座った。
「えへへ、ケンジさんのクッキー久しぶりです、おいしいです」
「喜んでもらって嬉しいよ」
「これ、くるみが入っているんですねー」
「うん、この前ラブマシーンさんがたくさん貰ってきたとかで、試しに使ってみたんだけど、どうかな?」
「おいしいですよ!」
「いっぱいあるから食べていってね。なんだったらカズマさんにもお土産にして持っていって……」
そこまで言ってケンジは気付いた。目の前の友人の周囲の空気が急にひんやりと感じて、どうにも冷たいことに。原因は何だ、と考えるまでも無かった。
「……ケンジ君、カズマさんが何かやったの?」
また、とは言わないでおいた。
「っ聞いて下さい!」
小さな手に握りこぶしを作って机の上をばん!と叩くと、ケンジは憤慨遣る瀬無いという感じに話し始めた。







「……休暇中にどこへ行くか?」
「そうなんです!」
「それは、また、」
しょーもない、とは言わないでおく。
「いっつも忙しいカズマさんが久しぶりに取れたまとまった休暇なんです。だからせっかくだしどこかへ出掛けようって誘ってくれたのは嬉しいんですけど、さっき話した通り、場所が問題なんです」
「でも、そこってつい最近出来たアミューズメントエリアでしょう?本場ラスベガスのカジノ張りに豪華な内装を全部再現させたって、サクマがこの前話してたの聞いたよ。楽しそうじゃない、何が駄目なの?」
「泊まるホテルです」
「ホテル?」
「VIPしか入れないっていう超が付く豪華ホテルを予約したって言うんですよ!」
「……ああ、なるほど」
「ボクには場違いだってボク自身が分かっているんです!そんな所にいったところで浮いてしょうがないのに、もっと、……もっと普通のところでいいのに」
視線を下に落として俯いてしまった友人に、ケンジは小さく笑った。
「カズマさんは、誰にも邪魔されたく無くってそこを選んだんだろうね」
「……え?」
「これはラブマシーンさんから聞いた話なんだけど、カズマさんが予約したっていうホテル。すごくセキュリティが堅固で外部からの干渉を受けにくい作りになっていて、一度部屋に入ってしまえば誰からも邪魔されない空間を提供出来ますって売り文句もあるんだよ。……ケンジ君は知ってた?」
「……」
沈黙が何よりも雄弁だった。
「カズマさんがそこに君と行きたかった理由、分かったでしょう?」
「ケンジさん」
「はい、クッキー。包んでおいたから、お土産に持っていってね。二人で、食べて?」
紙袋に包んだクッキーをケンジに渡すと、受け取った紙袋を暫く見詰めていたケンジは紙袋を大事そうに抱きしめた後、大きく頭を下げて席を立った。
「ありがとうございました、ケンジさん」
入り口の前でもう一度頭を下げて礼を言ったケンジは視線を上げた。
「今度、お土産持って遊びにきますね」
「うん、楽しみに待ってるよ。ぜひ二人で来てね」
「はい!」
そうして座標を呼び出したケンジは開いた空間の穴に急いで飛び込んで帰っていった。







「……なんてことがあったんですよ」
夕暮れ時に帰ってきたラブマシーンにケンジはいつもの様に、今日一日の出来事を話していた。二人でソファーに座ってお茶を飲む静かな時間。開いたままの窓から時折吹く風がカーテンを静かに揺らしている。
「だからか」
「何がだからなんです?」
「今日、カズマに会ったんだ」
「カズマさんに?」
「OMCの余興のためだ、とかでいつもとは違う新しいタイプのコース設定でのチャレンジ的なタイムアタックに挑んでいたんだ。そのコースの製作に侘助も一枚噛んでいるらしくて、起動状況やら動作確認やらが上手くいっているかどうか検証のためにワタシもその場にいたんだが、見ている方にも伝わってくるくらいのすごい気迫でな。投げ飛ばされる障害物がかわいそうになるくらい気持ちよくかっ飛ばしていたんだが、そうか、あれは八つ当たりだったんだな」
しみじみと話すラブマシーンにその時の状況が鮮明に思い浮かんだケンジは乾いた笑いをするしか出来なかった。
「それは、また、なんとも、」
「まあ、でも今のケンジの話を聞いていれば大丈夫そうだな」
ラブマシーンが面白そうに言って、ケンジを見る。
「大丈夫ですよ。きっと今頃仲直りしていると思います」
「そうだな」
テーブルの上のカップが空なのに気付いて、ケンジは席を立とうとした。
「ケンジ」
そのケンジの動きを名を呼ぶ事で止めて、ラブマシーンは視線をケンジに向ける。
「何です?」
「お前は、明日の予定は?」
「仕事ですね」
「明後日は?」
「仕事ですよ」
「明々後日は?」
「……仕事に決まってるじゃないですか。というか、ボクにわざわざ聞かなくてもご存じでしょう?アナタも同じスケジュールなんですから」
「そうだな」
「……何かあったんですか?」
「うん、まあな」
珍しく歯切れの悪い物言いに、何かあるのか?とケンジが訝しんでいると、ラブマシーンが懐から何かを取り出してケンジに見せた。
「……何です?」
「チケット」
短くそう言って手渡された小さな紙を見てみると、ついこの前だかに封切られたばかりの映画のチケットだった。
「どうしたんです?これ」
「ケンジがこの前見てみたいと言っただろう」
言われて思い出してみれば、確かに二人でこの映画の番宣を偶々見た時にそんな事を言った様な気がする。
「覚えていてくれたんですか」
「お前の事でワタシが忘れる事はもうないぞ」
胸を張って言うラブマシーンに、ケンジは笑う。
「それで、チケット手に入れてくれたんですね」
「ああ、だがそれは特別なチケットだ」
「特別?」
「時間が書いてあるだろう」
「時間……ええ、書いてありますね。あれ?でもこれって、」
「だから特別なんだ」
ケンジの手元にあるチケットには、上映時間が記載されていたが、そこには指定された時間が書いておらずに、0:00〜と書いてあるだけだった。
「いつでも、見に行ける。貸切だ」
「どんな魔法を使ったんです?」
「それは、秘密だ」
悪戯に笑って、さあ、どうする?とラブマシーンが視線でケンジを誘う。
もう答えは決まったものだ。ケンジは明日の予定から空いた時間を導き出す。
「それでは、決まったな」
返事を待たずにラブマシーンは立ち上がり、ケンジを軽い動作で抱き上げる。
「アナタの時間の都合は大丈夫ですよね?」
「勿論だ」
それなら、問題はないだろう。
二人で映画なんて久しぶりだ。皆が休みを満喫している中で、それが羨ましいと思わなくも無かったのだが、今回のこのお誘いでそんな気持ちも吹き飛んでしまった。
現金だな、とケンジが内心で苦笑していると、ラブマシーンが至近距離からケンジを見つめている。彼が何を求めているのか正しく理解して、ケンジはラブマシーンに軽いキスを贈った。
「それだけか?」
足りない、という彼に小声で囁く。
「……続きをしたければ、ボクを部屋までちゃんとエスコートして下さいね」
見る見る瞳に喜色が浮かぶ。鼻歌でも歌いそうな程に上機嫌なラブマシーンを見ながら、でも取り敢えず明日の映画の為にも手加減はさせないとだなあ、と案外冷静に考えていたケンジだった。








………………
120502

…休日なんて、なにソレ?なラブケンでした。

 









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