ある日の怠惰な利己主義者 〜堀鍔編〜 

だから、
言った所でどうしようもないのだ。



「ねー、ユゥイー、ユゥイー」
「何?ファイ」
「今日は皆でお泊りだからいいとしてー、正式に赴任するまで、ユゥイは何処で寝泊まりするつもりなのー?」
「うん、まだ決まってないんだけど、職員宿舎の方で空いてる部屋があるって理事長から言われているから、そこにー…」
「じゃあさ!」
「ファイ?」
「それならちゃんと部屋が決まるまで、ユゥイはオレの部屋でお泊りね!いいですかぁー?ゆーこせんせいー!!」
「アタシは別に構わないわよ」
「やったぁー!じゃ決定ね!ベットは一つだけど、昔みたいにくっついて寝れば大丈夫だよねー」
「いいの?ファイ」
「もちろん!誰に聞いてるのさーユゥイ?久しぶりに兄弟水入らずといこうよー」
「うん。実は最初からそのつもりだった」
「ふふふん。お兄ちゃんを嘗めてはいけないぞぉー」
「有難う、ファイ。宜しくね」
「うん!お兄ちゃんに任せなさい!」

「……あらあらー、いいのかしら?黒鋼先生?」
「…………何がだよ」
「可愛がってる猫ちゃんが浮気してるわよー?」
「誰が猫だ。大体浮気ってのはなんだ。あいつと俺はそんなんじゃ」
「別に誰が『猫ちゃん』かなんて言ってないわよ?」
「…………………」


いかにも面白いという顔を隠そうともしないこの理事長は、本当に気にくわない。大体からして、別に本当に自分とあの化学教師とは何でもないのだ。いや、何にもないが正しい。正確に言えばこちらにはあるが、あちらには一切ない。完全な一方通行というやつである。我ながら呆れて溜息も出てこない。

「湿気た顔ねえ」
「誰のせいだ」
「少なくともアタシの所為では無いことは確かね」
「お前な…」
「あら、違うのかしら?自分の腑抜けを人の所為にするのは男の沽券に係わるわね」
「…その口閉じやがれ」
「誰に対してそんなことを言ってるのかしらねー?」

ああ、本当になんだってんだ。いきなり呼び出されて訳の分からないゲームに付き合わされて、挙句がこれかよ。
完全に不貞腐れた状態で顔を上げた黒鋼の目の前に、あの化学教師の弟と名乗る奴が、こちらを見上げて立っていた。

「…なんだ」
はっきり言って心臓に悪い。化学教師とは明らかに纏う雰囲気の違うこの片割れは、姿だけなら鏡で写したかのように彼と瓜二つなのだ。だが、どうも慣れない。今日初めてあった人間なのだから、当たり前なのだが、それも暫くすれば慣れるのだろうかと漠然と思う。
「いえ、ちゃんと挨拶していなかったな、と思いまして。改めまして、よろしくお願い致します。ユゥイといいます。ファイがお世話になっています」
ニコリと笑顔を見せながら手をのばして握手を求めてくる。その顔を見て、それからその白い手を見る。
こうして間近で見ていても化学教師とは違うと分かる。はっきりとその違いの根拠を言えと言われたら答えに窮するが。
あの暗闇の体育館で、目の前の人間を一目見て違うと気付いた自分には、化学教師が言うところの野性の勘が本当にあるのかもしれない。
「・・・ああ、体育教諭の黒鋼だ。まああんまり接点は無いかもしれないがよろしくな」
握手を交わそうと伸ばした手に触れる瞬間、目の前の片割れの瞳の色が変わった。例えて言うならば、まるで獲物を狙う獣の色。
触れようとした指先から電流が走ったかのようにその先を掴もうとは思えなくなった。
「どうしました?」
何事もなかったかのように、僅かに首を傾げながらこちらを窺う片割れに先ほどの殺気は微塵も感じない。兄が兄なら、弟も弟だ。明らかに一筋縄ではいかない。寧ろ兄よりも性質が悪い。
「噂はファイから聞いています。貴方があの黒鋼先生なんですね」
紛れもなく笑顔なのだが、その眼が裏切る。全然笑っていない。背筋を走り抜けた悪寒に黒鋼は固まった。本能的な何かが目の前の片割れが危険だと警鐘をならす。
交錯する視線に火花が散ったように見えたのは決して気のせいではないと思う。黒鋼は固まった身体を動かすきっかけとなることを祈って、唾を飲み込んだ。




「見事な修羅場ねー」
明らかに暗雲が立ち込め、龍だか虎だかが二人の背後に見える気がするそんな状況を心底から楽しむ風で、理事長は悦にいった表情を隠しもせず、当事者二人を眺めやった。
「これからが愉しみだわー」
「何かあったんですかー?」
そんな事態にまったく気付いていないファイに侑子は何でもないと向き直った。
「あら、ファイ先生。そうね、やっぱり、平和も適度に乱れてこその日常よね」
「は?」
蒼い目をぱちりと開いてファイは首を傾げた。

「こっちの話よ。堀鍔学園、今日も一部は平和みたいね」





120328(初出090419)
……………………
…番外編的に。CDの後日談。


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