無声の世界



ただ、

ずっと手を握っていた






「夢?」
「……ええ、夢、なんですよ」

いつもなら自分よりも早く起きているはずのケンジがその日ばかりは珍しく寝坊をして、ぼんやりとしたままの顔でラブマシーンの元にふらふらと歩いてきたのがついさっきの事。今日は休みであったことも幸いしたな、とラブマシーンがケンジを腕の中に迎え入れてその小さな背中を撫でつつ考えていると、胸元に当たっていたケンジの顔がすっと離れていくのを感じて視線を下ろした。
そうして呟かれたのが、

「夢を、みたんです」

の一言。

どんな夢なんだ、と尋ねても、まだ覚醒が遠いのかケンジの目は半分以上開かれていないままで、生返事のような声しか返ってこない。背中を撫でる手は止めないままで、ラブマシーンはケンジをもう一度寝かせたほうがいいか、と思い始めていると、それまでぴくりとも動かなかったケンジの手がゆっくりと伸ばされた。

「ケンジ?」

自分の背に回っていない方のラブマシーンの手を取ったケンジは、その手をじっと見詰めてから両手でぎゅうと掴む。
まるでこれを離すと世界に一人になってしまう、とでもいうかの様な、それは必死な力だった。

「……ボクは、ひとりで、」
「一人で、どこか知らない塔の中を歩いているんです」
「誰も、いない」
「どこかで鳥が鳴いてた声が聞こえました」
「日差しが塔の壁に反射して、少し目に眩しかった」
「……その塔の奥まった所で、見つけたんです」

ゆっくりと紡がれるケンジの声がその時ぴたりと止まって、ラブマシーンの顔を見た。

「アナタを」
「……ワタシを?」
「アナタは囚われていた」
「牢にでも繋がれていたのか?」
「いいえ、繋がれてはいなかった。でも、どうだったかな、高いところにアナタはいて、よく見えなかったから。そこで、アナタはボクを見た。檻の中からボクのことを」
「そうか」
「ボクはどうにかアナタをそこから出してあげようとして、」
「檻の中から?」
「そうです。高いところにあったけれど、でもなんとか成功して、アナタは解放された」
「ケンジが出してくれたのか」
「それで、今度はそこから逃げようと思って、アナタの手を握ったんです」
ラブマシーンの手を掴んでいるケンジの手は、ここにいることを確かめるように何度も何度も握り返す動作を繰り返している。
「大きくて、あたたかでした」
「それからどうしたんだ?」
「塔の中を歩いている最中、影みたいな何かがアナタを連れ去ろうとして、その都度ボクはアナタを守ろうとしました。敵わなくて逃げることもあった。アナタは言葉が使えなくて、でもボクが呼べばボクのところに来てくれた。ずっと、二人だけで」

「二人だけで、逃げていた」

ケンジの声は、まるで独白するような声だった。
「どうして、そこから出ようと思ったんだ?」
「アナタを閉じ込めていた場所になんて、いたくなかったから」
「ケンジだけで、逃げても良かったんだぞ」 
その声に、ケンジの手がぴたりと止まった。
信じられないものを見る様な顔でこちらを見たケンジに、ラブマシーンはただ頷いて見せた。
「アナタを置いて?」
「そうだ」
「そんなこと、考えるわけないでしょう」

ケンジの手がラブマシーンから離される。離れていくその手をラブマシーンは見ていた。

「アナタは言葉が無かったから、……本当はアナタが望んであそこにいたのだとしたら、ボクのしたことは間違っていたのかもしれないけれど、」
「ケンジ」
名を呼んでも、顔はこちらに向けられない。俯いている為に視線は何処に当てられているのか分からない。いや、目は開いていないのかもしれないし、どのどれとも違うかもしれない。
今は離れているその手を、掴む事は簡単に出来た。
「ワタシの手を取らないことも、」
だが、伸ばさない。
いや、伸ばせなかった。

「ケンジには選択出来た」

「夢ですよ」
「そうだ、夢だからだ」
それ以外に何があるだろう。夢の話だ。そう、だから問いたかった。
「ケンジにも選べるんだ」
「アナタのいない世界を?」
「いや、ワタシにとって、ケンジのいない世界だな」
「同じですよ」
「同じだろうか」
「同じです」

そう言いきってケンジは立ち上がる。
その場で直ぐにくるりと背中を向けて一言、「着替えてきます」、と声が落とされた。

ぱたぱたとケンジの歩く音が部屋を出て行ったあとで、ラブマシーンはさっきまでケンジが握っていた自分の手を見詰める。
なんの変哲もない手だ。この手を、あの日ケンジは選んだ。

「……夢の中でも、ワタシはお前を離せないのだな」

それが夢だからこそ、自由な選択の一つを。





「それでも、お前は望まないか?」









………………
111109

…某ゲームの設定まんまですみません。普通逆じゃない?ってところですけど、
どっこいこれで通常です(あら?)
薄い布の服をひらひらさせるラブマは大変危険な存在ですね(視覚的に)。
そんなラブマを一生懸命身体はって守ろうとするケンジ君が大変男前でステキだと思ったんです。
ええ、ラブケンですが何か?

 









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -