風が、吹き抜けていく
二人の間を
木々の隙間を
向日葵の群れを抜けて
どこまでも
どこまでも





『ふたりごと』







「何の話を、していたの?」
少しの好奇心から尋ねてみた。普段の自分なら別に気にしなかったかもしれない。
……いや、そうでもないかもしれない。
彼の事で自分が知らない事があるのは、それは少しだけ、ほんの少しだけだけど悔しいから。
なるべく何でもない様に装って、何となく空を見ながら、視線を合わせずに聞いてみる。
すると返ってきたのは、ただ一言。
「自分と、それと皆の事を」
じんわりと、聞いているだけで解けていく様な温かい声。大きな声ではなく、どちらかと言えば小さな声だが、直ぐ隣にいた自分にはよく聞こえた。
「なんて?」
「色々と、とりとめのないことを」
「そっか」
「夏希さんは?」
逆に聞かれて、少しだけ心臓が跳ねた。
「私も、同じ、かな」
「同じですか」
「同じよ」
別にむきになった訳でもないが、何となく決まりが悪くて視線を落とす。
嘘は言っていないのだ。全部は言ってないだけで。
(本人の前では、言えないわよ……)
ちら、と隣を見る。
健二はじっと栄の墓を見詰めていた。
その真摯な眼差しに夏希は落ち着かなくなる。
(……視線の位置、高くなったなあ)
去年、ここに来た時は、まだこんなに差は無かった筈なのに、もうこれだけ差が開いてしまった。
もう見上げないと、彼の視線には届かない。
夏希は無意識に右手を健二に伸ばしていた。
「夏希さん?」
健二の着ているシャツを、皺にならない程度に掴んだ。指先だけで、いつでも離れられる様な小さな力で。
「……こっち、見ないでね」
「どうしました?」
「何でもないよ。……何でもないから」
蝉の鳴き声が遠い。
もう少しで日が沈む時間になる。
「遅くなる前に、帰ろうか」
なるべく明るく聞こえる様に、大きな声でそう言った。
健二のシャツから手を離す。
「あれ?」
だが離れた、と思った手は、健二の手に捕まえられていた。
「健二君?」
「夏希さん」
「どうしたの?」
「いえ、その、なんとなく」
「なんとなく?」
「……離したくないと、思って」
掴まれたままの手を見る。そして繋いでいる健二の手も。直に触れている所為か、余計に相手が近くに感じて、夏希は視線を彷徨わせた。
「夏希さん」
彼の声で名を呼ばれる。
心臓が、掴まれた様な気がした。
「さっきの話ですが、」
「さっき?」
「おばあちゃんに何を話したのかって話」
「うん」
「本当は、こう言ったんです」
そう言って、健二が動いた。そっと夏希の耳元で囁いた言葉を聞いて、夏希は頬を赤く染める。
「……本当に?」
「本当です」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃありません」
真っ直ぐに自分を見て言う健二に、夏希は俯いて、そしてそのまま歩き出した。
「夏希さん?」
健二が自分を呼ぶ。夏希は口を開いた。
「健二君が、私を呼ぶ時に!」
「夏希さ、」
「先輩って言わなくなった!」
「は、」
「自然に、名前を呼んでくれるようになったのよって、おばあちゃんに……言ったの」
足を止めて振り返る。直ぐ後にいた健二の顔を見て、夏希は目を開く。
「……健二君、真っ赤よ」
「……夏希さんも、ですよ」
「そうね」
「そうですよ」
健二が笑って、つられる様に夏希も笑った。
「帰りましょうか」
一度離した手が、もう一度差し出される。夏希はその手を取った。
「……うん」
しっかりと握り返されて、緩む頬が押さえられない。何より雄弁に、手のひらから健二の気持ちが伝わってくる様で、夏希は繋いだ手をじっと見る。それから少し上を見上げると、健二の耳が赤いのがよく見えた。
(そういう所は、変わらないのね)
蜩の声が風に乗って聞こえる。夏希は目を伏せた。
(それとね、もう一つあるの)
そっと後を振り返って、さっき栄に伝えたばかりの言葉を思い出す。
(陣内家に、皆の家に、『帰ろう』って、言ってくれる様になったのよ)
陽が落ちて、辺りには夜の帳が下りてきている。
二人は手は繋いだまま、普段より少しだけ速度を落として歩き続けた。
二人が帰る場所に向かって。
家族が、待つ場所に向かって。



……
20110801
栄おばあちゃん、お誕生日おめでとうございます。













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