夏休みの宿題





『七月二十七日。晴れ。
―今日、侘助からアサガオのカンサツヨウにこのニッキチョウをもらった。なにをカンサツするのか、ときいたらじぶんのすきなものでかまわないと侘助にいわれたので、このあいだ彼とふたりでうえたアサガオにしようとおもう。これからまいにちこれにアサガオのようすをカンサツしてきづいたコトをかきこんでいくことにする。タネは3日まえにまいたばかりだ。メがでてくるのがたのしみだ。ナニイロのアサガオがさくのか、いまからドキドキしている。』




「ラブマシーンさんなら毎日熱心に観察日記を付けていますよ」
そうケンジが伝えると画面の中の男は、ふんと軽く鼻を鳴らした。そのまま機嫌良さそうに口元を歪ませながら、そうか、と言うと右手を顎に乗せてニヤリと笑った。
『気にいったのなら何より』
極力何でも無い風を装っているが、周りから見ると割と分かりやすい反応を返していることに本人は気付いていないのだろう。ケンジは侘助に気付かれない様にこっそり笑いながら口を開いた。
「先日、いきなりあの日記を持って帰ってきたと思ったら、あんなことを嬉しそうに話してくれるものですから」
『アイツの身体は今、チャイルドタイプのカスタマイズだろう?見た目のまんま中身も子どもと同じだからな。皆と同じことがしてみたくてしょうがないんだろう』
「ええ、そうですね」


二人の会話の原点は先日のラブマシーンの科白に戻る。その日、ラブマシーンは栗鼠のケンジと二人で遊ぶ約束をしていたのだ。待ち合わせの時間まで、後数分という時に、ラブマシーンの元にケンジからメールが届いた。何かあったのか、と開いて見ると、ケンジから申し訳なさそうな内容の文面で、『マスターからの緊急の用が入ってしまったので、また今度』という様な事が書いてあった。緊急の用とは、よっぽど忙しいのだろうな、とラブマシーンは納得して、気にするな、というメールを直ぐに送ったのだが、その後ケンジとの連絡が中々取れない日々が続いた。一週間くらい経った後、ケンジの方から直接家まで挨拶に来たのだが、ラブマシーンはその時にケンジが妙に疲れている事に気付き、尋ねたのだ。

(…ケンジ、大丈夫か?何だか疲れている様に見えるけど)
「あ、はは、いいえ、大丈夫ですよ」
(本当か? )
「はい、先日はすみませんでした」
(それはもういいんだ)
「いえ、でもちゃんと謝りたかったので」
(急な用だったんだろう?)
「ええ、ボクもすっかり忘れていたのがいけなかったんですけど」
(忘れていた?)
「はい」
(何を?)
首を傾げながら聞いたラブマシーンに、ケンジは笑って言った。
「マスターが夏休みに入ったんです」
聞き慣れない言葉にラブマシーンの首が逆に傾けられた。
(『ナツヤスミ』…って何だ?)
知らない事は、ちゃんと分かりたい。自分と近い目線の高さにあるラブマシーンの瞳からそれが良く分かったケンジはこほん、と小さく咳払いをしてからラブマシーンに向かい合った。見た目のまま中身もまだ幼いラブマシーンに自分で教えてあげることがあるのなら、とケンジは姿勢を正した。
「夏休み、と言うのは、マスター達、人間の皆さんが夏の暑い期間に長期で取る休暇の事を言います」
(休暇)
「そうです。それで、この間ボクがラブマシーンさんとお会いする約束をしたあの日が、マスターの学校の終業式で、」
(『シュウギョウシキ』?)
「長期のお休み、この場合で言うと夏休みですね。そのお休みの前に行われる学校の行事です。これが終わると、マスター達は晴れて夏休みに入れるんです」
(そうなのか)
「そうなんです。それで、この夏休みには、必ずしなくちゃいけない事があって、」
(しなくちゃいけないこと?)
「ええ、それでボクもお手伝いにマスターに呼ばれたものですからラブマシーンさんのお約束を破る事になってしまったのですけど」
(その、『しなくちゃいけないこと』って、何だ?)
「それは、『夏休みの宿題』です」
(『シュクダイ』?)
「夏休みの間に先生から出される課題の事です。これをお休みの間に終わらせないと、新学期が始まってから大変な事になるんですよ」
(大変な事って、何だ?)
「さあ?それはボクにも分かりません。マスターがそう言ってました」
(それで、そのシュクダイをしてたのか?)
「はい、健二さん、夏休みが入ると直ぐに宿題を終わらせちゃうんです。『忘れたら大変だから』て。数学とか、物理とか、理系は直ぐに終わっちゃうんですけど、健二さん文系は苦手だから、その課題の為の資料集めをボクがお手伝いしたんです」
(大変なんだな)
「でももう終わったので、これからはいつでも遊べますよ」
(終わったのか?)
「はい、ばっちり。今年はまた夏希さんと一緒に上田にお邪魔するからって、凄い勢いで課題を終わらせてましたね」
(そう言えば侘助も行くって言ってた)
「本当ですか?」
(多分。侘助、嘘はつかないから)
「それはきっと、お二人も喜ぶでしょうね」
(そうだな。………なあ、ケンジ)
「なんですか?」
(その、『夏休みの宿題』って、どんなものなんだ?)
「え?」



「…それで宿題をしてみたいからって、ボクの所に来て、なら一番の適任がいるからって侘助さんにお願いしたんですよね。でもまさかその宿題の内容が、『朝顔の観察日記』だとは思いませんでした」
『観察日記を渡したのは俺だが、内容を決めるのはアイツだからな』
「なんで宿題を『観察日記』にしたんですか?」
『あ?だって一番最初の学年の宿題って、アレだろ?』
「基本に則った訳ですか」
『何事も基本が大事だ』
真面目ぶって話してはいるが、どう見ても面白がっている侘助の様子にケンジが肩を竦めて言った。
「まあ、それを仰るのならば、当然、アナタも課題を終わらせてから行かれるんですよね?」
横に重なった書類の束を暗に指摘して言ってやると、侘助の動きが止まった。
『……帰ってから、じゃ、』
「駄目です」









………………
100905

…夏コミ配布のペーパーから。
子ラブマと仮ケンジ君でした。
侘助とケンジ君の会話が夫婦仕様なのはすみません、趣味です。
 








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