Close the window, open the Door.





あの日、掴んだこの手を、






「おはようございます、朝ですよ」

目を開けて直ぐに飛び込んできたのは、自分を起こしに来てくれた彼の顔だった。瞳の瞬きの音が聞こえるような距離で、彼が笑う。

「今日がお休みだからですか?随分気持ちよさそうな顔で寝てましたよ」

ふふ、と笑う声が耳をくすぐる。まだ夢の中にいるような心地で、ラブマシーンは持ち上げた右手で目の前のケンジの頬に触れた。

「…夢を、見ていたようだ」

「夢?どんな夢でした?」

「それが、思い出せない。良い夢であったように思うのだが、それだけだ。他には何も」

夢の最後に掴んだもの、それの感触さえまるで現実であったかのようなのに、

「それはそのままでいいんですよ」

「…いいのか?」

「思い出せなくても、アナタのココには残っているはずですから。きっと」

そう言ってケンジが指差したのは、ラブマシーンの胸の上。円やかな指先に光を弾く小さく揺れた瞳の色。何かが思い出せそうで、でもそれは次に聞こえたケンジの声で一瞬で消えてしまった。

「今日もいい天気ですよ」

パッと自分から離れたケンジは、窓に近寄ってカーテンを思い切り開けた。
途端、広がるのは黄色の海。

「向日葵がキレイでしょう?」

去年、二人で植えた向日葵の種が今年は見事に花を咲かせた。風に揺れ、サワサワと音が聞こえる。
ベッドから立ち上がり、ケンジの隣に並んだ。視界に映る景色に言葉が出て来ない。

「…こういう時には、何と言えばいいのだろう」

ケンジを見てそう尋ねると、ケンジは向日葵に目を向けたままただ一言答えた。

「何も」

「…何も?」

その言葉に鸚鵡返しで意味を聞こうとするのとケンジの手が伸びて窓枠の鍵を開けたのは丁度同じタイミングだった。

「言葉に表すことが出来ないことって、世界にはたくさんあるんですよ」

カチリと音がして窓が開く。風が部屋に流れてカーテンを揺らした。光と、影の境目が見える。

「いつか当て嵌まる言葉が見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない」

風の音に紛れてケンジの声が流れる。

「言葉は、便利でも、不便でもあるんです」

「…そうだな」

いつかこの光景に当て嵌まる相応しい言葉が見つかるといい。ラブマシーンはそう言いながらケンジに笑った。

そのまま暫く二人で向日葵を眺めていたが、ふとケンジがぽつりと呟いた言葉をラブマシーンの耳は拾った。

「………今度は、」

「ケンジ?」

呼んだ名前にケンジは顔を上げてラブマシーンを見た。そうして改めて口を開いたのだ。

「今度は、何の花の種を植えてみましょうか。…来年に、また二人でこうして見る時に、」


「次にこの窓から見える景色は、何色がいいでしょうか」


ケンジのその言葉にラブマシーンは両の掌をきつく握りしめた。
以前のケンジであったなら、そんな言葉はきっと出てくる事は無かった。過去に囚われて前を向く事を恐れていた。自分が消える事を諦めと共に受け入れていた。繋いだ筈のこの手は何時離されてしまうのだろう、とラブマシーンはいつも危惧していた。
そのケンジが、先の話をしているのだ。
また、来年。
その約束が、どれだけ自分にとって嬉しいことだったか、ケンジには分からないだろう。ゆっくりと力を抜いた手をラブマシーンはケンジに差し出した。

「そうだな、ケンジは何色がいい?」

目の前のラブマシーンの手に、ケンジの手がそっと置かれた。指の感触が手のひらから伝わる。包み込むようにケンジの手を握ると、静かに握り返される。

「…ボクは、」





小さく開いた口から零れた言葉は、ラブマシーンの記憶にいつまでも残った。








なあ、ケンジ。
この約束がワタシにとってどんな誓約よりも大切なものである事を、
いつかお前も気付いて欲しい。

そうして来年も、再来年も、その先もずっと、ずっと、
この窓から眺める景色を、二人で見守っていきたいと、

ワタシが思っている事を、知ってほしいのだ。










………………

…去年、彼らが出会って、一年経ちました。
私は今でもこれからも彼らが大好きです。

 









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