あのひとわたしの *子ラブマとケンジ君のお話です。 におい、におい、いろいろな、におい これは、どんなにおい? わかるかな?わかるかな? うん、このにおいは、しっているよ これはね、 「美味しそうに焼けていますか?」 目の前でキラキラと瞳を輝かせて自分の持つフライパンの中を覗きこむ子どもに、ケンジは見えない角度で笑いながら言った。すると幾許もしない時間にぽこんと音を立ててふきだしが浮かんだ。 (おいしそう!) 手放しの賛辞にケンジは微笑んだ。 「有難うございます。それじゃあ、席について待っていて下さいね」 (わかった!) 直ぐに返ってくる返事はとてもよい子のもので、ケンジはさて、と手元を見詰めた。 「お皿の準備は出来ていますか?」 (だいじょうぶ!ほら!) テーブルの上にはちゃんと二枚の皿が並んでいる。 橙色と、翠色の二枚が早く早く、とラブマシーンと一緒になって自分を急かせているようだ、とケンジは思った。 「はい、今のせますからね、危ないですからテーブルの上に手をついて椅子の上に立ちあがっちゃ駄目ですよ」 そう言ってからケンジはゆっくりと、まずは橙色の皿の上にほかほかのホットケーキをのせた。 (…うわあっ) 感嘆の声をふきだしに浮かばせたラブマシーンは、嬉しそうに椅子の上で跳ねる。それを目の端で見たケンジは落ち着かせるように口を開いた。 「ほら、そんな事をしたら危ないですから。もう少しだけ待ってて下さい」 急いで翠色の皿にもホットケーキをのせて、ケンジは棚からホットケーキにかけるメープルシロップを取り出した。 「さて、シロップはどれくらいかけますか?」 (たくさん!) その言葉を受けてケンジは皿の上のホットケーキの上に飴色のシロップをかけていく。キラキラ光るシロップを真剣に見詰めるラブマシーンの瞳も負けじと輝いていて、シロップの光がラブマシーンの目に反射しているようだとケンジは思った。 「さ、完成です」 (うん!) 皿の上には美味しそうなホットケーキが早く食べて、と今か今かと待っている。ラブマシーンは皿の横に置いておいたフォークをしっかりと掴んでからケンジを見た。そして一言。 (いただきます!) 一際大きなふきだしに浮かんだ言葉にケンジは笑って言った。 「はい、どうぞ。召し上がれ」 ケンジの言葉を聞くが早いが、ラブマシーンはホットケーキを一枚フォークに刺すと、緊張した様子でそれをゆっくりと口に運び、次に一息にぺろりと口に含んだ。もぐもぐと口を動かしてごくんと飲み込む。目をぎゅっと瞑ったラブマシーンは顔を思い切り上げてケンジに言った。 (とっても、とってもおいしい!) 小さな手を自分の両頬にあてたラブマシーンは嬉しそうに笑った。その顔がケンジには何より嬉しい。笑い、ラブマシーンの口についた零れたシロップを拭ってやりながらケンジは言った。 「嬉しいです。まだたくさんありますから、いっぱい食べて下さいね」 (うん!) これ以上ない、と言うくらい顔を輝かせたラブマシーンは直ぐにホットケーキに向かった。 美味しそうに食べてくれるとそれだけで作ったかいもあると言うものだ。ケンジは自分用のホットケーキを小さく切り分けながら口に運び、それが食べ終わると後はラブマシーンの食べっぷりを眺めていた。 (ごちそうさまでした!) あんなにあったホットケーキは全てラブマシーンのお腹に収まった。少しだけ作りすぎたかな、と思っていたケンジだったが、それは杞憂に終わったらしい。まあ、いいか、と納得したケンジは、「御粗末さまでした」と言って、席を立った。ラブマシーンの皿を片付けようとテーブルの上に手を伸ばしたケンジの動きを目で追っていたラブマシーンは、その時にふと気付いた事を確かめようと席を立ち、ケンジの足元に近付いた。 「ラブマシーンさん?」 ラブマシーンのその動きに気付いたケンジがラブマシーンの名を呼ぶのと同時に、ラブマシーンは手を伸ばした。その手がケンジのシャツの裾を掴むと、自分の方へ引き寄せた。 「え?…っわ!」 小さいラブマシーンの見かけに寄らない力の強さに引き寄せられたケンジは、倒れこまない様に慌てて体勢を保とうとテーブルに手をついた。 「…ラブマシーンさん?」 呼びかけても反応がない。ケンジを引き寄せた当の本人は、と言うと、先程からケンジのシャツに顔を埋めたまま真剣に何かを考えている。その様子にこれは邪魔をしない方がいいか、とケンジが結論付けて待っていると、暫くしてラブマシーンが顔を上げてケンジを見た。 (おなじだ) 「?」 (おなじなんだ) 「何が、同じなんですか?」 ラブマシーンが言いたい事が分からす、ケンジが聞き返すと、ラブマシーンはもう一度ケンジのシャツに顔を埋めて、そのままふきだしを浮かべた。 (おなじ、アナタのにおいと、ホットケーキのにおい、がおなじなんだ) ああ、と頷いたケンジはそうですね、とラブマシーンに言った。 「さっきまで、ボクがホットケーキを作っていたから、その匂いがボクに移ったんでしょう」 そう言ってラブマシーンの頭を撫でると、ラブマシーンは少しだけ考えた後、違うと言うようにケンジのお腹にもう一度頭を擦りつけるようにしながら首を振ってまたふきだしを呼んだ。 (あったかい、やさしいにおい) (しあわせになれる、におい) (おなじだとおもったけど、ちょっとだけ、アナタのはちがう) (ぼくがうれしくなる) (もっともっと、ほしくなる) (ぼくがいちばんスキなにおいだ) 浮き出たふきだしの言葉にケンジの動きが止まる。一人納得したラブマシーンはケンジのシャツを離すと、テーブルの上の皿を二枚重ねてから、それを流しに持っていった。 カチャカチャと皿と水が当たる音が聞こえる。その音に現実に戻ってきたケンジは一気に顔を赤く染めた。 (「は、反則、ですよ、そんなの…」) そんなケンジの心情など、ラブマシーンは気付くことは出来ないだろう。 ただラブマシーンの音にならない声の代わりになるように、皿を洗う音がケンジに語りかける様でケンジは目を瞑った。 先程のラブマシーンの言葉が耳の奥で再生される。 それは何度も。 何度も。 (「ああ、もう、本当に、」) ゆっくりと息を吸い込んでケンジは顔を上げる。まだ少し頬が赤いかもしれないけれど、ラブマシーンには気付かれない程度だろう。楽しそうに皿を洗うラブマシーンの背中を見詰めて、その背中に聞こえない様に静かにケンジは言った。 「…ボクも、ですよ」 アナタのにおいが、 (なにかいった?) 振り返ったラブマシーンの手についた泡が零れないように、とケンジは手を出して言った。 「いいえ、何も」 それはまだ、カタチにならないくらいに幼い感情の発露。 ……………… 20100715 …某御方のイラストを拝見してぱーんとなった結果です。 子ラブマとケンジ君が好きだー。 |