貴方に首ったけ 気がついたら当たり前になってしまったこの距離に、 落ち着かなくて、 (原因はそれだけじゃないのだけれど) そこから慌てて逃げようとした。 (それはもう必死になって) それなのに、 (だけど) 彼は最近予測のつかない行動を取ることがよくある。先日は日中外に立って家の周りの景色をただぼんやりと眺めていた。この前は家の天井裏でとても大きな音を立てて何かを作っているようだったけれど結局何をしているのかまでは分からなかった(けれどひとつ大きな穴が天井に空いているのを見つけてしまったから後で直しておこうと思う)。そして昨日は何処から手に入れてきたのか考えたくないけれどおそらく新種の植物らしきデータサンプルを相手に実験をしていた(しかもそれを庭の花壇に植えようとしていたので慌てて止めた)。 しかしまあこれらはまだ可愛い方の部類に入る。 最近最もおかしいと思われる行動がある。それは、……口にするのは簡単なのだけど、つまりは、その、ええと、だから、………決してボクの傍から離れようとしない、という事なのだ。 何か明確な理由がある訳ではないらしい。何気なく尋ねた事があったのだけどその時の解答は彼にとっては無意識の行動なのでその行動に至るまでの過程は自分には分からない、という事だった。 ボクが仕事をしている時以外の場合に限り、彼はだた何をするでもなく、ただ自分の隣にいる。 ボクの手元を興味深そうに覗き込んでいたり、そのまま気が付けば彼の膝の上に乗せられていたりして、邪魔をしている訳ではないと分かるのだけれど、 …そう、邪魔ではないのだが、 その、何と言うか、 …近い、のだ。 何がって、距離が。 嫌な訳じゃない。それは断言出来る。けれど、ボクにはまだそういう事に関する免疫がないから、いきなり目の前に彼が現れたりするととても心臓に悪い。ボクに心臓は無いけれど、多分こういう気持ちがそう言い表すのだと思う。 落ち着こうとしても勝手に手が震えるし、視界がぶれる。まるで病気みたいな症状にほとほと困っていて、だからせめて一声かけてからボクの傍にいて下さいって言っても何故かそれが守られた例がない。一通り満足したら彼は勝手に去っていくのだ。ボクの心の中がどれだけ掻き乱されているかなんて事も知らず、お構いなしに。 難しい事かもしれないけれど、ボクの心の平穏を保つ為にはまず彼に納得させるだけの理由を教えてやらなければならない。 けれど何て伝えよう? アナタが傍にいるとドキドキが止まらなくて手足が震えるので傍に来るときには声を掛けて下さいって? …無理。とてもではないけれどそれは無理だ。 恥ずかしすぎる。そんなこと言うくらいなら我慢する。 ああ、でもそうなると彼が飽きるまでこんな状況が続くのかと思うと眩暈がする。 現状の打開策がまったく浮かばないまま、今日も彼のいない昼の時間は過ぎていくのだからやり切れない。今この時間を使えばどれだけ有意義に仕事が進むかって考えると何をしているんだろうと思う。けれど仕方ないじゃないか、ボクの中で彼の占める割合を見れば一目瞭然なのだから。 「…ホント、ボクがもう少し慣れればいいんだろうけれど」 でも、きっと慣れるなんて事無理だろうな、と溜息と一緒に呟く。 本当に、馬鹿みたいだと思うのだけど、 「だって、しょうがないじゃないか」 彼の事が、本当に、 本当に、好きなのだから 「こういうの、惚れた弱みっていうんだっけ…」 逃げても逃げても結局捕まってしまうのは、ボクがアナタに捕まえて欲しいと本当は思っているから。 「勝てるわけ、ないよ…」 そう言ってぽろりと零した吐息がじんわりと甘くて、ケンジは赤くなった頬を誰にも見られないように両手で押さえた。 …………… 100624 …でもきっとバレているんだろうけれど、ね。 |