きみが忘れてくれるといい





*ちょっとだけ暗い、です。
ラブケンには違いないのですがケンジ君出てきません。
ラブマシーンと侘助だけ。
それでも良い方はスクロールして下さい。






















それに気付いたのは、ついこの前の事だった。
いつもの様に使った食器を片付けていた時の事だ。ふとラブマシーンの目に留まったものがあった。それは揃いの二つのカップだった。橙色と緑色の二つが揃って棚の奥に仕舞われていたのをラブマシーンは初めて見付けたのだ。使った覚えのないそのカップが気にはなったが、別段変ったことないそれに特に何も考えずそのままにしてまた戸棚の奥に仕舞っておいた。そうしてその事はラブマシーンの記憶から忘れ去られたのだ。





「侘助、準備は進んでいるのか?」
『誰に聞いているんだ?もう終わってるよ。何時でもいけるから後はあっちから連絡が来るまでお前の好きにしろ』
「分かった」

今日は新しくプログラムを組み直したOZの試験テストの日だった。これの準備の為に何年と費やしてきたのだ。今までのOZでは手狭になってきた為にあらゆる機能の見直しをかけ、セキュリティの向上からアバターのバージョンアップなど仕事は言葉の通りに山積みだったが、やっと今日の試運転までこぎ着けた。長かった様で、しかし短くも感じる。ラブマシーンが今までを思い返しながら静かに待機していた時に、不意に今まで忘れていた事を思い出して侘助に尋ねてみようと口を開いた。

「侘助。ひとつ聞いてもいいだろうか」
『何だ?』
「ワタシの家の食器棚に、見慣れないカップが二つ置いてあったのだが、侘助は知っているか?橙色と、緑色のものなんだが」

ラブマシーンのその問いに侘助が一瞬だけ見せた表情は、今までに見た事のない類のものだった。どこかとても痛ましそうな瞳で、ラブマシーンを落ち着かなくさせた。

『………そうか、アレだけは残っていたんだな』
「…侘助?」
『お前、その事を俺以外の誰かに聞いたか?』
「いいや、侘助が初めてだ。ワタシも今まで忘れていた。最初はケンジとカズマの二人の物だろうと思ったのだが…」

別に特に何も変わったところの無いカップだった。それがどうして今になって思い出したのか、ラブマシーンには分からなかった。続きを侘助に聞こうとしたラブマシーンの耳に準備完了を告げるアラームが聞こえた。

『時間だ、ラブマシーン』
「分かった」

ディスプレイに向かったラブマシーンは画面に手を翳した状態で侘助を振り返った。

「侘助、さっきの、」

その後に続こうとした言葉はラブマシーンの口から出てくることは無かった。

『どうした?』
「…いや、何でもない」

何かがプツリと切れた音が聞こえた気がした。ラブマシーンはまた画面に向き合う。

「では、行ってくる」
『ああ、行って来い』

侘助の声を背に受けてラブマシーンは新しい世界に飛び込んだ。



















『…お前でも、あれだけは消せなかったんだな』

一人残った侘助の口から言葉が落ちた。

『心配か?………大丈夫だ。プログラムは完璧。アレを壊すのは誰にも不可能だ』

『…なあ、お前は、』







『……それで、幸せだったか?       ケンジ』











……………
タイトルを見た時に何となく浮かんだ小話でした。
書こうと思えばどこまでも書けてしまうけれど、あえてここまで。そのうち本にします。
雰囲気で読んで下さい…。








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