いくら気づかないふりをしたって





おかしいよね、と笑うあなたにボクはなんて声をかけたらよかったんでしょうか






『そんな風に諦めさせる為に、お前をアイツの傍にやった訳じゃないんだよ』
暗い部屋に侘助の声が殷々と響く。
「…………」
『沈黙は肯定か?』
「そんなつもりだった訳では…」
歯切れ悪くケンジが言葉を紡げば、追い打ちをかけるように侘助の言葉が続いた。
『だが、考えなかった訳でもないんだろう?』
俯いたきり口を噤んだままのケンジに、侘助は聞こえるようにわざと大きな溜息を吐いた。
『…ケンジ、』
「分かっています」
侘助の言葉の先を読んだかの様に、ケンジはその先を続けさせないよう口を開いた。
『なら、どうしてだ。何を拒む?』
そう問いかければ目の前のアバターはまた直ぐに口を閉ざすという事を、侘助はこれまでに嫌と言うほど身に沁みて分かっている。それでももうこれ以上、先延ばしにはしたくないし、出来ないことがあるのだと言うことを気付かせてやらなければならない。
自分のところまでわざわざやってきて、泣きながら訴えてきたあの小さな栗鼠のアバターの為にも。

『なあ、アイツ自身の何が気に食わない訳でもないんだろう?そうしていつまでお前は逃げるんだ』
そもそもそんなに嫌なのならば、あの日、繋いだその手をさっさと離してしまえばよかったのだ。
『お前のエゴだ、とか何だとか、そんなくだらない事は今更言うなよ』

いつだって直ぐ隣で、

『アイツの気持ちにはとっくに気付いているんだろう?』

ずっとそれこそ切ない程に、

『お前じゃないと、駄目なんだとよ』

アイツはお前を待っていてくれたのだから、

『そろそろ諦めて認めてやれ、ケンジ』

侘助のその言葉に堰を切ったようにケンジの瞳から涙が零れ落ちた。
膝の上で握り締めた手に力が込められるのを視界の端で確認して、侘助は席を立った。

『ケンジ、お前がいくら理屈をこねて突っぱねたとしても、』

『それくらいで諦めるような軟な男にアイツを育てた覚えは俺はないぞ』

それは傍で見ていたお前が一番知っているはずだろう?

「…ケンジ君が来たんですね」
零れる涙を指で拭いながら、ケンジはぽつりと呟いた。
「侘助さんにまで相談させるくらい、ケンジ君、悩んでくれたんですか」
『お前が辛いところはもう見たくないだとさ』
「ケンジ君、優しいから」
お前もだろう、とは侘助は今は言えなかった。
『さあ、どうする?』
その場の空気を払拭させるように、態と砕けた言葉で侘助は言った。

「そうですね、」

俯いていた顔をゆっくりと上げたケンジは、まだ瞳に残る涙をそのままにそっと笑って言った。

「あの人の手を、握ってみようと思います」

その言葉に何時かの自分の科白が頭を過った侘助は、立ち上がった体勢から隣の椅子に寄りかかり顎に手を当て笑った。

『まったく、いい根性してるよ、お前は』

そう言って笑った侘助にケンジは小さく頭を下げた。













『いいか、ケンジ、恋愛が与えうる最大の幸福は、愛するヤツの手をはじめて握ることにあるんだ』
「…また、誰の言葉です?」
『そんなことはいいんだよ』
「よくないです」
『…お前なあ…』
「考えては、おきます」
『そうじゃなくて、』
「いいんですよ、このままで」
お前がそれで良くても、アイツは納得しないんだと、
いつかその事に気付けと願った時が今、




『今夜はいい酒が飲めそうだ』
「飲みすぎないで下さいよ、二日酔いのあなたは大変だから」
『…本当にいい根性してるよ、お前は』








 
……………
二人の会話が好きです








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