栗鼠にならえ!






「どうしたら、いいのでしょう…」
心底困った顔でボクを見るケンジさんの耳が心なしか垂れて下がっているように見えました。

でも、それって、答えはもう決まっていると思うんですよ?





今日はとても美味しい人参をカズマさんからたくさん頂いたので、お裾分けをしにケンジさんの所へお邪魔しました(なんでもOMCの優勝賞品に人参一年分を頂いたそうですよ。カズマさんが兎さんだからでしょうか)。
人参をたくさん抱えたボクを玄関先で迎えてくれたケンジさんは、一瞬驚いたように目を見開いた後(何しろボクの身体は小さい上、カズマさんの人参は本当にたくさんだったので、ケンジさんからはボクの頭は人参に隠れてしまって見えなかったはずです。きっと人参が喋ったように見えたかもしれません)、直ぐにボクに気付いて挨拶をして下さいました。
「こんにちは、ケンジ君」
辛うじて見えるボクの尻尾が、ケンジさんにボクだと教えたようです。
「こんにちは、ケンジさん」
尻尾の意外な使い道をこの時知る事が出来ました。



いつものように部屋に招かれて、座り心地のとてもよいソファーに座って待っていると、ケンジさんがお茶を乗せたトレーを持ってきて、ボクの前にそっと置いてくれました。
「熱いから、気をつけて下さいね」
「はい、いただきます」
そっと息を吹きかけて冷まします。紅茶のいいにおいがボクを包んでくれて気持ちが解れていくような気分になりました。
ホッと一息ついたボクに気付いたケンジさんが、ボクの背中をそっと撫でて、お疲れ様でした、大変でしたでしょう?と気遣ってくれました。
「いいえ、こんなのへっちゃらです」
「でも、あんなにたくさんの人参、転移で送ってくれても良かったんですよ?」
「ボクが、ケンジさんに持って行きたかったんです」
自分の大切な友人であるケンジさんには直接運んでいって、そして喜んで貰いたかったから、
「だから、平気です」
ボクの言葉にケンジさんはとても柔らかく笑ってくれました。
「身に余る光栄です」
「そ、そんな!大げさです!」
「本当に嬉しいですよ、ケンジ君。有難うございます」
あの人参を使って、今度キャロットケーキでも作ってみましょうか、そんな風にボクに話すケンジさんはいつものケンジさんなのですが、ボクはちょっとだけ違和感を感じました。何がだろう?と考えたボクの頭の中で、ふと彼の影が過りました。
(あ、そうか)
その事に思い至ってボクの口から言葉ぽとりと零れました。
「ラブマシーンさんは今日もお仕事ですか?」
いつも彼の傍にいるあの方を、今日は一度も見かけていなかったのです。違和感の原因である彼の存在の不在をそのまま口に出したのですが、
「いつも大変ですね、最近はまた随分と忙しそうに……………あの、ケンジさん?」
相槌が無く、あれ?と思って隣を見ると、真っ赤になった顔をしたケンジさんが固まっていました。
「ケ、ケンジさん?どうかなさいました?」
ボクは何か不味い事でも言っただろうか?と慌てて尋ねると、ケンジさんの口が開いて、か細い声が聴こえてきました。
「あ、あの、ケンジ君…」
「なんでしょうか?」
「そ、その…」
「はい」
「あ、あの…」
「……ケンジさん?大丈夫ですか?」
「い、いえ、大丈夫、なような、そうでもないような、あの、ボク何を言っているんでしょう…」
顔を覆って動かなくなってしまったケンジさんに、ボクは慌てました。
「ケンジさん?何処か具合でも…」
「いえ、そういう訳じゃないんです」
「では、どうしたんですか?」
「そ、れが……………その、ケンジ君は、…カズマさんと、あの、どのような…」
「カズマさんと?」
「…やっぱり何でもないです…」
それきり黙りこんでしまったケンジさんの様子を暫く隣りで窺っていたボクは、一つの可能性に思い当たりました。
何となく、ですけれど、ボクの考えが間違っていないのならば、きっとケンジさんが聞きたかったのは、
「…ケンジさん、ラブマシーンさんと何かあったのですか?」
その言葉にケンジさんの肩が大きく震えたのをボクは見逃しませんでした。
「…それは、」
「それは?」
「あ、あの…」
「ケンジさん?」
ボクの言葉にケンジさんは観念したのか、その顔を覆う手が外されて、潤んだ瞳がボクを見ました。
「ボク、もう駄目かもしれません…」
最後は聞き取れないくらい小さな声で、ケンジさんの返事が返ってきました。





つい先日のお話なのですが。実は、ケンジさんとラブマシーンさんは、晴れて想いを伝えあう事が出来たばっかりなのです。ケンジさんとラブマシーンさんが二人でずっと一緒にいる事を決めたと教えてくれたあの日、ボクは本当に嬉しかった事を覚えています。すれ違ってばかりで、お互いの事を思うが故に気持ちを抑え込んでしまっていた二人でしたから。
だからきっと、ケンジさんが今悩んでいるのはそういう事だとボクは思ったのです。そう、思ったのですが、
「…会話が出来ない…?」
どういう事でしょう?と首を傾げるボクに、ケンジさんが慌てて付け足してくれました。
「…情けない話なのですが、ボク、今まであの人とどんな会話をしていたのか、思い出せないんです」
彼を前にした時、どうしても以前と違う雰囲気が二人の周りを包んでしまう。それがどうにもくすぐったくて、恥ずかしくて、
「ボク、どうしてしまったのでしょう…以前の様に名前を呼ぶのもすごく緊張して……こんな、事、ごめんなさい、ケンジ君、忘れて下さい」
そう言って肩を落としたケンジさんが、ボクにはとても微笑ましく思えました。そう言えばこの前ラブマシーンさんと見かけた時、心なしか元気が無いように見えたのはきっとこれの事だったのだろうと分かりました。
(本当に、くすぐったいものですね)
これはきっと、二人がもっと近付くための試練の一つだと思えばいいんです。
「ケンジさん、いつも通りでいいんですよ」
「…ケンジ君…?」
「その日一日あった事、見て感じた事、そういった事全部をお話すればいいんです」
「…全部、ですか?」
「そう、全部、ですよ」
なんでもいいんですよ、どんなに些細な事だって、
「相手をより知る事が出来る為の情報収集です」
「情報…」
「相手より多くの事を知っていればそれだけ有利に立てますからね」
「ケンジ、君?」
「善は急げ、です」
と、言う訳で、
『メールが送信されました』
軽快なプッシュ音の後にふきだしが現れて、ボクにそれを教えてくれました。
「…ケンジ君?あの、メールって、今の、」
「ラブマシーンさんに、今のケンジさんとの会話全容をそのまま録音して送りました」
「ケケケケケ、ケンジ君っ!!!!?」
ケンジさんが素っ頓狂な声を上げて、ボクの肩を必死な顔で掴みました。
「やはりここは手っ取り早くですね、ラブマシーンさんにもご協力を願わなくては話が進みませんし、」
「で、でもっ、さっきも言いましたが、ボク、緊張して、その上手く喋れなくて…っ」
ケンジさんはさっきよりももっと真っ赤な顔になってしまいました。
でも、きっとこれが一番の解決策です。
「ケンジさん、こういう言葉があるんですよ」
「…なんですか?」
その続きを言おうとしたボクとケンジさんの耳に、ドアが乱暴に開く音が聞こえてきました。
「ケンジ…っ」
ケンジさんの名前を叫びながらラブマシーンさんが帰ってきました。役者が揃いましたね。
「ラ、ララララブマシーンさん…」
歌を歌っているみたいですね、ケンジさん。さて、要件も果たしましたし、ボクはお二人のお邪魔でしょうから、
「では、お暇いたしますね」
「ケンジ君っ!!!」
置いていかないで、とボクのTシャツの裾を必死で掴むケンジさんにボクは言い忘れていた事を思い出してケンジさんの耳元でそっと囁きました。
「さっきの話の続きですよ、ケンジさん」
「え?」


「習うより、慣れろ、です」


開いた口が塞がらないケンジさんと、久しぶりに嬉しそうな顔をしたラブマシーンさんに手を振ってボクは外へ出ました。
「さて、カズマさんの所行きましょうか」
良い事をした後はとても気持ちがいいです。カズマさんに事の次第をお話しに行こうと、ボクは上機嫌で歩き出しました。


今日もOZは平和です。










 
……………
多分、きっと、彼が最強







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