trick or treat!






「ご存知ですか?ラブマシーンさん」
(何をだ?)
「実は、明日はどんな悪戯をしても許してもらえて、お菓子も頂けてしまうという素敵な日なんですよ」
(そうなのか)
「そうなんです、だから計画を練りませんか?」
(何の計画だ?)
「ケンジさんとカズマさんに悪戯をしちゃいません?」




純粋な好奇心に勝るものはない。
幸運な事に、今この時に二人を止める要素は皆無だった。








「…ケンジさん、」
「あれ?カズマさん、どうしたんですか?」
ノックの音にケンジが声を掛けながら扉を開けると、そこにカズマが一人で立っていた。
「お一人ですか?」
珍しいですね、と言いながら家の中へ招こうとしたが、カズマは扉の外で立ち止まったまま顔色を無くした。
「…ケンジさんの所にも来ていないんですか…」
「カズマさん?ど、どうしたんです、お顔が真っ青ですよ」
「昨日からケンジさんが帰ってこないんです…」
「ええ?ケンジ君が?」
「…はい」
思い切り肩を落として影を背負ったカズマはそのままそこに根が生えてしまいそうな空気を漂わせ始めた。
ケンジは慌ててカズマに近寄った。
「あ、あの、多分大丈夫だと思いますよ、多分、ですが」
「え?」
「あの、今、二人一緒だと思いますから」
「二人?」
「ケンジ君とラブマシーンさんが、です」
「…なんでアイツとケンジさんが一緒に…」
眼つきが険しくなったカズマに気付かず、ケンジは穏やかに言った。
「昨日ケンジ君が家に遊びに来てくれた時に、ラブマシーンさんと二人だけで何やら相談していたみたいなんですよね。ボクは混ざっちゃ駄目だって言われてしまったものですから、そのままそっとしておいたんですが、今朝になってラブマシーンさんがケンジ君と会ってくるって家を出て行きましたので、きっと二人は一緒だと思います。…何処に居るかまでは分かりませんが…。
…ごめんなさい、あんまりにも二人が楽しそうだったので、止めるのも忍びなくって。でもカズマさんが知らないって、ケンジ君、何をラブマシーンさんと話していたんでしょうね、あれ?カズマさん?」
ケンジの話はカズマの耳から半分以上抜けていってしまっていた。
「…ケンジさん…どうして…」
「…あの、カズマさん…(駄目だ、目が遠くに行ってしまった…)」
そのまま動かなくなってしまったカズマをこのままにしておくわけにもいかず、どうやって中へ入れようかケンジは暫くその場で考え込む事になった。






『ケンジ、いるか?』
なんとかカズマを家の中に入れたケンジが一息ついているところに、侘助から急に通信が入った。
「あれ、侘助さん、どうなさったんです?珍しいですね」
『ああ、ちょっと困った事になってな…お?キングじゃないか。お前もいるんなら丁度いい』
「…あ、あの、侘助さん、今カズマさんはちょっと…」
戸惑うケンジに侘助の目が開く。
『あん?何だ?』
「いえ、実は…」


『……やっぱりか…』
言葉を落としてあらぬ方向を向く侘助にケンジは驚いて尋ねた。
「え?侘助さん二人が今何処にいるかご存知なんですか?」
『いや、ご存知かと聞かれたら、ご存知と答えなきゃならんのだろうがそれも語弊があるかもしれないしないかもしれないような』
「ややこしい事を言わないで、早くケンジさんの居場所を教えて下さい」
二人の会話に割り込む形でカズマがその場に立ち上がった。
「カズマさん…(復活した)」
『…多分、その内戻ってはくるぞ。…ただでは戻ってこないと思うが』
妙に歯切れの悪い侘助の言動にケンジは眉を顰めた。
「…先程から、どうしたんですか?……何かあったんですね?」
『お前には隠し事出来ないな』
参ったと言うように頭をかく侘助に一つ溜息を落として、ケンジは尋ねた。
「…それで?」
『今日が何の日か知ってるか?』
「今日?」
「…Halloweenか」
『ご名答。そう、今日はHalloweenだ。実は先日そんな話をケンジとラブマシーンから持ちかけられてな』
「…大体分かりました」
「え?!ケンジさん今のでわかったんですか!?」
「おおかた侘助さんが二人に都合のいい様な、嘘と冗談ギリギリの作り話しを吹き込んだんでしょう?」
『…別に嘘は言ってないぞ』
「真実でも、ないでしょう?」
『まあ、それでだ』
(話を逸らしましたね(たな))
『二人があんまりにもやる気を見せたもんだから、俺もちょっと悪ノリしちまって…』
「………ものすごく聞きたくないのですが、ここは敢えて聞かせていただくしかないんですね」
「悪ノリしたって…(嫌な予感しかしない…)?」
『…ただ驚かすだけじゃお前らそんなに驚かないだろうから、ちょっと趣向を変えてみたんだ』
「趣向って…」
『驚かすことは前提でな、俺があいつらにやらせたのはー…』
と、侘助がその先を言う前に突然通信が遮断された。
「侘助さん?!」
「肝心なところで…!っケンジさん!あれ!後ろ!」
「え?」
カズマの声に振り返ったケンジが見た物は、空中に浮かぶテーブルとイスだった。
「…カズマさん、ボク、視界に障害でも起きているんでしょうか」
「大丈夫です。それなら僕にも障害が起きていることになります」
「…浮いてますね」
「浮いていますね」
((これか…!!!!))
ケンジとカズマの二人の心が完全に一致した瞬間だった。
(どうしましょう、ケンジさん、ここは素直に驚いていた方がいいのでしょうか?!)
(ボク達今すごく驚いていると思いますよ…)
ケンジの目が遠くを見つめている。その横顔に影がかかっている事にカズマは気付いたが、現状打開の為に見なかった事にした。
(…でも、これだけ、ですか…?)
(あの侘助さんが一枚噛んでいてこんなもので済むと思います?)
カズマを見るケンジの顔は笑顔だ。だがその目がちっとも笑っていない。
(…オモイマセン)
(こうなったらもう演技力が勝負ですよ、カズマさん…!)
(演技力!?)
(二人はボク達を驚かせようとしてこんな事をしている訳なのですから、様は二人を満足させればいいんです。手っ取り早く喜ばせる為には、ボク達の行動が重要になります)
(それは、そうですが…)
(カズマさんはケンジ君を喜ばせたいでしょう?)
(はい)
(即答ですね、いい返事です。じゃ、頑張りましょう)



「…ど、どうして机が浮いているんでしょう…!」
「た、た、大変ですよ、ケンジさん!逃げたほうがいいかもしれません!」
「そうですね、逃げましょう」
二人が精一杯驚いたふりをしながらゆっくり扉の方に移動しようとすると、目の前で浮いているテーブルの方が急に向きを変えてカズマ目掛けて飛びかかってきた。
「(えええええ僕の方!?)危ない!」
咄嗟に傍らのケンジを抱え込んでしゃがむと、顔横3センチの距離でテーブルが壁にめり込んだ。演技ではなく本気で顔を青くした二人は顔を見合わせて目線で会話をした。
(逃げましょう)
(異論はありません)
カズマの腕に抱えられたままケンジはまだ浮いているイスに向かって叫んだ。
「この家は危険です!カズマさん、ここから早く逃げましょう!」
そうケンジが言い終わるや否や、今度はそのイスが二人目掛けて飛びかかってきた。
((容赦ない!))
二人の心の叫びが重なった。
急いで逃げないと本気で危険だと言う事を察知した二人は直ぐ様体勢を整えて扉から外に飛び出した。


「ケンジさん、あれ本気で僕を狙っていませんでした!?」
「…カズマさん、ここ最近、何かケンジ君にしました…?」
「………………」
「その沈黙は肯定ですね」
「悪気は無かったんです…」
「それは今度ケンジ君にちゃんと面と向かって言ってあげて下さいね」
「分かりました」
深い溜息が聞こえる。抱えられた体勢のままケンジがふとカズマの背後を確認した瞬間、大声で叫んだ。
「カズマさん…!!!!」
「何ですか…っ??!」
ケンジが見たものはOZの守り神であるジョンが二人に向かって真っ逆様に向かってきている姿だった。
「一体ケンジ君に何をしたんです!!!!?」
「これ僕の所為ですか!?」
「それ以外に思い当たる節あります…?」
「……………」
二度目の沈黙に今度はケンジが溜息を吐く番だった。
「とりあえず、このままじゃどうする事も出来ませんし、二人を探した方がいいかもしれません」
「その事なんですが。ケンジさん」
「なんですか?」
「僕もそれはずっと考えていたのですが、…気付きましたか?」
「何を、ですか?」
「…この騒ぎの中で、僕はあの二人の姿を視認出来ていないのです」
カズマの言葉にケンジはハッとした。
「そう言えばボクもです。…え、じゃあ二人は何処に…っ」
その時突然ケンジの身体は、カズマの腕から無理矢理引き離された。
「!ケンジさん…!?」
気付いたカズマが慌ててケンジに手を伸ばそうとしたが届かない。向きを変えて戻ろうとしたが、後ろから迫るジョンが真っ直ぐに自分を目指している事が分かり、ここは一端離れたほうが得策と考えてカズマは離れていくケンジに向かって叫んだ。
「ケンジさん、ジョンは僕が引きつけますから、ケンジさんは二人を探して下さい…!」
「カズマさん…!」
依然強い力で自分をカズマから引き離そうとする何かに抗いながら、ケンジはカズマの名前を呼んだ。カズマの姿はジョンの身体に隠れて見えなかったが、続く声に大声で返事を返す。
「ケンジさんを、頼みます!」
「…っはい!」
そのままカズマと、それを追いかけるジョンの姿はOZの下層部の方へ消えていった。
「…カズマさん…」
心配気にカズマの名前をケンジが呟くと、ケンジの腰の辺りを掴む力が強くなった。
「……ラブマシーンさん、ですね?」
一つ息を吐いてから確認を込めてケンジがその名を呟くと、ケンジの身体に回された力が少しだけ緩められた。暫くして何もない空間にふきだしが現れた。
(どうして、分かった?)
「…分かりますよ、」
あなたの事なら、とは心の中で付け足してケンジは振り返った。





「それで、どうしてこんな事になったのですか?」
自分の腰の辺りに抱きついたままなのだろうのラブマシーンの頭の辺りをそっと撫でると、今まで見えなかったラブマシーンの姿が覆われた布が取れるようにその姿を現した。
(侘助に借りたんだ)
そう言って彼が見せたのは光学迷彩だった。
「…あの人はこんなものまで…」
頭が痛くなって額を押さえたケンジにラブマシーンが慌てた。
(…頭、イタイ?)
「大丈夫、ですよ」
とりあえずこれはラブマシーンの目の届かないところに隠さないと、とケンジはそっと光学迷彩を背後に隠した。
「それで、アナタ方二人は今までどうしていたんですか?」
(…実は、)

そういってラブマシーンが語り出した事の詳細はこうだった。
最初ラブマシーンとケンジは二人だけで、ケンジとカズマの二人を如何に驚かすかを考えていたのだが、中々良い案が浮かばなかった。ケンジは頭を悩ませたが、ここは侘助に聞いてみようと言うラブマシーンの言葉を借りて、ラブマシーンと共に侘助の元へ顔を出し今回の事の仔細を侘助に伝えた。すると侘助が自分とケンジにこの光学迷彩と、開発途中の玩具を貸してくれたのだ、と言う。
(これを被ると誰からも姿が見えなくなるって教えてもらった)
それと、もう一つはケンジが持っていたんだけど、とラブマシーンのふきだしがそこで止まる。
「…何があったんですか?」
嫌な予感がしてケンジは恐る恐る尋ねると、ラブマシーンのふきだしが一際大きく浮かんだ。
(…ケンジが持っていたのは、物体を遠隔操作出来るっていう機械で、指定した対象物を自由に動かす事が可能だっていう最先端のコントローラーなんだ)
それを使って、テーブルやイスを動かし二人を驚かせていたのだが、
(…途中で壊れちゃったんだ)
「………ま、さか」
(ケンジがそれに気付いて、今侘助のところに行ってる)
「それじゃあ、今の、カズマさんを追いかけていったジョンは…」
青い顔をしたケンジにラブマシーンが追い打ちを掛けるように言った。
(暴走したコントローラーがリモート操作に換わって、勝手に操作対象物を指定しちゃったんだ)

…カズマさん…どうか、ご無事で…

思わず胸の中で本気で祈ってしまったケンジだった。





『勝手に対象を決めちまうなんて、大方熱暴走でも起こしたんだろう。それで今は?』
「か、カズマさんを凄い勢いで追いかけています…」
『念のため、標的をカズマに絞っておいたのは正解だったか…』
「カズマさんは、だ、大丈夫でしょうか…」
『ああ?大丈夫だろう、アイツは』
心配するなと手をひらひらを振る侘助にケンジが慌てて言い募る。
「で、でも、万が一という事はありませんか…っ!?」
カズマが聞いていたら涙を流して喜んでいただろうケンジのこの必死の言葉は侘助には届かなかった。

『丁度よかった。試験体探す手間が省けた』

カズマが聞いていたら、それこそ暴動を起こしそうな言葉をさらりと落として、侘助はいそいそと調査の準備に取り掛かっていた。
『で?今あいつら何処だって?』
その時振り返った侘助の笑顔は見たことないくらい輝いたものだった、と後にケンジは語る。
「わ、侘助さん…!」
焦るケンジに侘助は呑気に告げた。
『大丈夫さ』
大きく開けたケンジの目に侘助のいつもの笑い顔が映る。



『だって、キングだろう?アイツは』










……………
…乗遅れの09年Halloweenでしたすみません。遅くなってごめんなさい。
書いていませんが、この話の中でのラブマシーンは子どもの姿です。子ラブです。ケンジ君に抱きしめて貰える丁度いいサイズです。










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