どうか、と彼は祈るように言い





伸ばした手は、誰にも掴まれることなく、自分の横で下がったまま、

ただその時を、待っている










彼は何処か、ここでは無い何処かを見ている目をしている時がある。ただぼんやりと遠くを眺めているのだ。
そんな時の彼はひどく触れがたい空気を纏っている。
何故かは知らない。
知りたいと思わない。
きっとそれは自分の知らない誰かの為にしている顔なのだ、と思う。推量でしかないそれは、恐らく間違いではないと思うのだ。
あんなに、零れ落ちそうな瞳で、遠くを見つめる君の横顔を、見ているしかない自分がただ、悔しい。

「…ケンジ、そろそろ寝よう」

なるべく静かに声をかけることを心掛ける。ゆっくりと振り返るケンジの顔は、まだあの瞳をしているから。
瞬きの音が聞こえそうな距離で、彼の瞳が夢から覚めていく様にその色を取り戻していくところを確認する。
それはいつもの彼に戻るために繰り返してきた儀式の様なものだ。

「…らぶましーん、さん、」

そうして、自分の名を彼が呼ぶ音を拾ってその時になって初めて彼に触れることが叶う。あどけなく呼ばれるこの名が、自分の中の焦燥を掻き立てる。彼の頬に触れて、彼がここにいる事を確かめて、細く彼の口から息が吐き出されるのを堪らない心地で聞いている。
…次に彼が口を開くのを祈るように静かに待っている。

「おねがい、ですから、」

ケンジの細い指が躊躇いがちに自分に伸ばされて、

「どうか、」


ぼくをおいていかないで


そうして後僅かの距離、触れる直前で止められるその指先をいつだって泣きたくなる思いで見つめるしかない自分が、
彼を思い切り抱きしめられない自分が、

「何処にもいかない。ケンジの傍にいる」

泣きそうに笑う君に、その手を握る事しか出来ない自分が、この世で一番嫌いだ。

そう、彼の瞳の中の存在の次に。
















……………
(ここからは自分設定のご説明)
ラブマシーンは一度自分の記憶をすっぱり無くしています。この時の彼には、ケンジとの夏の記憶が無い。ケンジはそれが無性に悲しくなる時がある。隣にいるのは、彼なのに、でもあの時の彼はいない、みたいな。スパークの原稿の途中で派生しました…。さあ、原稿に戻ろう。









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