フォークひとつ





笑顔の裏に隠されている真実を君は見つけることが出来ますか?




「それで、相談というのは?」
今日も今日とて、ケンジとケンジの二人は、のんびりとした午後三時の時間を共有している。そこにおいしいお茶とお菓子があればもう言うことは何もない。ケンジは幸せそうな顔で、目の前のケーキにふつりとフォークをさし、小さく切り分けたそれを口の中に招き入れた。
アバターは生き物ではない。かと言ってこう言った嗜好を持たない訳でもない。マスターがアウトしている世界の彼らは自由だからだ。もちろんそこにはちゃんとした規律がある。それが、
『マスター(人間)の領域を侵すべからず』
これが彼らアバターの絶対不可侵のルールである。



口のまわりについたクリームを舌で舐めとりながら栗鼠のケンジが言った。
「実は今度カズマさんに内緒でプレゼントを贈ろうと思っているんです」
「何かのお祝いですか?」
「違うんです」
紅茶をゆっくりと飲みほして、ケンジは照れながら話した。
「実は、ボク結構頻繁にカズマさんから色々とプレゼントを頂いていまして。彼は、そのOMCのチャンピオンですから、スポンサーもたくさん付いていますし、それのお零れみたいなものですが、中には色々すごいものもありまして…」
カズマにとっては無用の長物でも、ケンジからすればお宝以外の何物でもない。
「カズマさんは、あまり物欲というものが無くて、それでいらなければどんどん捨ててしまうのが勿体なくってボクが代わりに処分、いえ、貰っちゃってるんですが、」
それがなんだか申し訳なくて、とケンジは続けた。
「本人はそういうの一切気にしてないんですが、ボクは気になる訳で。それで、じゃあ何かいつも頂いている代わりにプレゼントをしてみようかな、と思ったんです」
話し終わった後、ほんわり笑ったケンジに、ケンジもつられて笑った。
「それは素敵な考えですね」
「有難うございます」
それで相談なのですが、
「ケンジさんに、カズマさんのプレゼントの候補を一緒に選んでもらいたいんです…」
駄目ですか?と自分を見つめるケンジに対してケンジは微笑んだ。
「ボクなんかでよければ、喜んで」
「わあ、有難うございます…!」
手放しで喜んでもらえると、こちらの意気も上がろうというもので、ケンジは早速プレゼントの候補について尋ねた。
「それで、具体的に何にしようか、とかもうお考えですか?」
「はい、大体決めてはいるのですが、後一歩で決定打に欠けてしまって…」
そう言ってケンジが取りだしたデータファイルには色々試行錯誤を続けたケンジの成果が見て取れるような内容が並んでいた。
「これなんか、いいと思ったのですが、」
ケンジが指を差したのは、世界的に有名なブランドの眼鏡専門店の広告だった。
「カズマさん、眼鏡かけられるんですか?」
あまりイメージの湧かない光景にケンジが尋ねるとケンジは言った。
「ボクも、最初は知らなかったんですが、カズマさん、目が物凄く良くって。戦闘の時は寧ろそれは必要な技術の一つなんですが、普段の生活の中では見えすぎて大変らしくて、それで家にいるときは眼鏡をかけているんです」
「へえ、目が良すぎるのも大変なんですね」
「眼鏡だったら、何本あっても困るものでもないですし、このフレームなんか似会うんじゃないかなあって思って…」
そう言って広げられた商品一覧の中から、ケンジが指定したフレームを呼びだす。
「わあ、格好いいですね。でもここまで決まっているのなら、ボクの助けなんていらないのでは?」
「いえ、実はケンジさんに見て頂きたいのはこちらなんです」
そう言ってケンジがパネルを押すと膨大な色見本が現れた。
「…これは?」
「このお店、自分で選んで眼鏡をカスタマイズ出来るんです。フレームは決めたんですが、色が中々決まらなくって…」
それはそうだろうとケンジは振り仰いだ。何しろ色の種類が半端ではない。
「自由に出来る分、選択の幅を広げたのはいいですが、これは選ぶの大変ですね」
「それで、ケンジさんに一緒に考えて貰いたくって…」
「分かりました。一緒にカズマさんに似合う色を選びましょう」
「はい!」
ケンジの元気な返事に笑顔で返して二人は色見本を前に相談を始めようとした。
と、その時、扉が開く音が辺りに軽く響いた。
「ケンジ?」
「あ、ラブマシーンさん、おかえりなさい」
「お邪魔してます」
二人が振り返る先にラブマシーンが帰ってきていた。視線はケンジを見た後直ぐ、ケンジの後ろに広がる色見本に移っている。
「ただいま。…これは何だ?」
「色見本ですよ、今ケンジ君と一緒に、カズマさんへプレゼントする眼鏡のフレームの色を決めているところだったんです」
「メガネ?カズマは眼はいいはずだが」
「お家にいるときに必要なんですって」
そうなのか、と呟いてケンジの隣に腰を下ろしたラブマシーンはそのままケンジの腰を掴んで自分の膝の上に乗せた。
「ちょっ…ラブマシーンさん?!」
「何だ?」
「今はケンジ君もいますから、これはちょっと…」
「ケンジは気になるか?」
「気にし」
「ボクは気にしませんから、大丈夫ですよー」
「ケンジ君っ!?」
「なら大丈夫だ」
「…ケンジ君…」
「仲良き事は美しきかな、ですよ、ケンジさん?」
少し前まで自分達のあれこれに巻き込んでしまったため、こういう時ケンジは強く出られない。どうも自分達のこういうところを見るのがケンジは好きなようで、嫌がるどころか寧ろ喜んでいる節がある。
(ボクずっとこのままからかわれるのかなあ…)
頬を染めて俯いてしまったケンジに気付かないふりで、栗鼠の身体がくるんと回った。
「あ、それじゃあ折角ですから、ラブマシーンさんの意見も聞きたいです」
「意見?」
「カズマさんにはどの色が似合うと思います?」
「そういえば何のプレゼントなんだ?」
その質問には、ラブマシーンの膝の上のケンジが答えた。
「成程…そういうことか」
そう納得したラブマシーンが色見本を見上げ眺めている時、そういえば、と口を開けた。
「この間、カズマといた時、欲しいものがあるといっていた」
「ええ!?」
「カズマさんの欲しいもの?ですか」
「厳密にいうと、それがモノなのかどうか、ワタシには分からなかったのだが、」
「何ですか?カズマさんはなんて?」
ケンジが嬉しそうに尋ねるとラブマシーンが言った。
「確か…」



『ったく、よくもまあ律儀に送ってくれるもんだ』
『カズマ?何だそれは』
『スポンサーからの貢物』
『随分多いな…』
『いらないものばっかりだ…』
ケンジさんが片付けるのが大変なんだよなとぼやきながらそれらを一瞥しているカズマにラブマシーンは聞いた。
『お前は欲しいものは無いのか?』
『無い事は無い…が、』
『何だ?』
その問いにカズマの口から零れた言葉が、
『生クリームまみれの女体盛りならぬ栗鼠盛りのケンジさん』



「…と言っていたが」
それまでの無気力さと打って変わって目の色を変えて呟いた言葉だったから、妙に覚えていた。ワタシにはそれがどういったものなのか良く分からなかった、とラブマシーンが続けた言葉は二人の耳には入っていなかった。
「…あ、あの、ケンジ君…」
先程まであんなに明るい雰囲気を振りまいていたケンジの身体の周りから、何か黒いものが流れているように見えるのは眼の錯覚ではないと思う。
「…そ、そのカズマさんも悪気があった訳ではないのかもしれないような」
「ケンジさん」
フォローと言えなくもないケンジの言葉を途中で遮ったケンジの顔は溢れんばかりの笑顔だった。が、今は逆にそれが心底恐ろしい。
「ボクちょっと用事を思い出しましたので、今日はこれでお暇しますね」
「…はい」
「もう帰るのか?」
ケンジの纏う空気がいまいち分からないラブマシーンが引き止めるような事を言うものだから、内心ケンジは悲鳴を上げた。
(ラブマシーンさん!ここは引きとめたらいけないところなんです!!)
「はい、すみません。ケンジさん、また明日、相談にきますね」
最後まで笑顔のままケンジは頭を下げた。
「それではお邪魔しました」
「…くれぐれも気をつけてくださいね、ケンジ君…」
「有難うございます」
顔を上げたケンジの瞳の色を見てケンジは顔を覆いたくなった。
(…獲物を狙う眼だ…)
「カズマによろしく」
そしてきっとラブマシーンのこの一言が最後の引き金になった事は間違いないと思う。






風のように去って行ったケンジの黄色い残像を思い出してケンジは溜息をついた。
「ラブマシーンさん…」
「何だ?」
「今度カズマさんと二人で話したお話は、ケンジ君の耳に入れる前にボクに教えて下さいね」
「?分かった」
後はどうなるか、もうケンジには分からないが、これだけは確かな事がある。
(きっと明日から暫く、ケンジ君は家に泊まる事になるんだろうなあ…)
二人の喧嘩は一度始まると根が深いのは今までの経験から知っている。そういう時ケンジが転がり込むのは自分達のところだ。
「カズマさん、大丈夫かな…」
でも今回ばかりはカズマに勝ち目はないと思われるため、ケンジの溜息は深くなるばかりだ。彼にも悪気は…多分、恐らく、無かったのだろうけれど。
「お夕飯の買い物に行きましょうか…」
取りあえずの今の優先課題を持ちだして、ケンジはこの現実から目を背けようとしたが、それは叶わなかった。
「ケンジ」
「何ですか?」
「カズマの言っていた、女体盛りとは何だ?」

前言撤回。

(ぼこぼこにしてきてくださいね、ケンジ君…!!)
遥か彼方で戦いのゴングが鳴った時、こちらでも同じくゴングが鳴り響く音をケンジは聞いた。













……………
きっとキングは疲れていたんだと思います。
疲れた時は甘いものですよね。
…キング、ごめんなさい








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