暗くなるまで待って 「済まなかったな、ケンジさんも悪気があった訳じゃないんだ」 そんなことは知っている。彼のほのぼのした笑顔が頭に浮かぶ。きっと純粋に楽しみにして来たのだろうに、こんなことになって申し訳ないと思う気持ちも無いわけではないのだが、いかんせん間が悪すぎた。 「…落ち込むなよ」 落ち込んで何が悪い 「…まさか」 「冗談でこんな事言う訳がないだろう」 「いや、しかし、だって、お前…」 「何だ」 「…何年清い交際続けてたんだ…」 茫然とカズマの口から零れた言葉にラブマシーンは憮然とした。 「仕方が無いだろう、ケンジはワタシがまだ子供と同然の年齢だと思っているのだから」 いや、それは確かに間違いではないのだろうが、見た目と中身が釣り合うくらいには彼は成長しているのだ。相手の事を思って今まで耐えていた目の前の人物の胸中を思うと思わず目頭が熱くなった。 「…よく耐えたな」 「自分でもそれは驚いている」 自他共に認めるぐらいに、自分は彼に惚れこんでいる。彼を思えば自分が耐えるくらい訳の無い事だったのだが、最近はそれも辛くなってきていた。そこに来て今回のこのチャンスに自分が飛びつかない訳が無い。 そう、今日自分は彼に嘘をついていた。 侘助との会話は半分が嘘だ。本当は自分は侘助に相談に行ったのだから。 『どうしたら、ケンジはワタシの事を同じ目線で見てくれるようになるだろう』 『そりゃあ、お前、自分からアタックしなけりゃ伝わらないだろうが』 『以前試した事があったのだが、その時はじゃれていると思われたらしく、そのまま寝かせつけられた』 『……お前、不憫だな』 『どうしたらいいだろう』 『正攻法が駄目ってんなら、考えが無いわけでもないが?』 『教えてほしい』 『可愛い息子の為だかんな、いいか、耳を貸せ』 「…そういう訳でやっと掴んだ機会だった」 「そ、れは本気で悪かった…」 「気にするな、これで貸し借り無しだ」 そう言ってカズマを見たラブマシーンの目が笑っている。 ふ、とカズマも笑ってお互いの拳を突き合わせた。 「ほっ…本当に、待って、っケンジ君…!」 「いいんですボクなんてボクなんてええっ!」 「ちょ、本当に止まって下さい…!」 あの後依然として追いかけっこを二人は続けていた。あの短い脚でどうしてここまで早く走れるのか疑問に思う余裕もなく、ケンジは必死に目の前をひた走る黄色の栗鼠を追いかける。 後少しで尻尾に手が届く、というところで目の前のケンジが躓くのが見えた、と思った瞬間巻き添えを食らう形で二人は縺れる様にその場に転がった。 「うわあっ」 「ケンジ君っ!」 慌てて手を伸ばして受け止めようとしたが、走っていた勢いを殺すことが出来なかった。暫く転がってやっと止まったところで二人は顔を見合わせた。 目を丸くしたお互いの顔が目に映る。どうにも耐えきれなくなって、二人は同時に笑いだした。 「っ…あはははっ…ケンジ君、すごい顔…っ」 「ふふっ…ひどい、ですよっ…ケンジさんだって、すごい顔してるんですから…っ」 そのまま笑い続けていた二人は顔を見合わせてもう一度笑った。 「もう、逃げたりしないでくださいね」 「…そんな体力もう残って無いです…」 顔を赤くしてケンジが言った。 「本当にごめんなさい、ケンジさん」 「え?」 「…その、お二人のお邪魔を…」 「そっ、その事はもういいんです!忘れて下さい!」 「ケンジさん?」 不思議そうな顔で自分を見るケンジに、顔を向けることが出来ない。恐らく、いや間違いなく、自分の顔は今ひどい事になっている。 「あれは、本当に君が思うようなことじゃないから、だから、その本当に忘れて下さい…」 最期は蚊の鳴くような声になってしまったケンジに、驚いた顔をしたケンジが恐る恐る声をかけた。 「あ、の、ケンジさん…?」 「…なんですか?」 「お二人は付き合っていらっしゃるのでは…?」 「…っ違います!付き合ってなんていません!そんな、そんなボクなんかでは、あの人に釣り合う訳無いじゃないですか!」 そう叫んでケンジは顔を伏せた。 「今回の、あれは、その、あの人が知りたかった事を教えていただけなんです。決して、そんな雰囲気でああなった訳じゃないんです。彼はまだ、子供ですし、僕は彼の保護者の様なものですし、そんな事あるわけがないし、あってはいけないものですし、だから、」 だから、 「じゃあ、どうして、ケンジさんは今泣いているんですか」 「…え」 「…気付いていなかったんですね」 そう言って小さい手がケンジの頬に流れていた涙をそっと拭った。柔らかいその感触にケンジの心の何かが折れた。 「…っごめんなさい…」 「謝る事じゃないですよ」 「…ボク、は、あの人が、」 「知っています」 「ふっ…う、…っ」 「いっぱい、泣いちゃえばいいんですよ、すっきりします。教えてくれたのは、アナタでしたね」 もう止まらない涙をそのまま流してケンジは声に出さず泣いた。 「…みっともないところを見せました…」 目元を赤く腫らしてケンジは笑った。 「ねえ、ケンジさん、どうしてケンジさんは、ラブマシーンさんに、その、」 「あの人は、ボクのエゴなんです」 どうしようもない自分の心の弱さが、彼をもう一度この世界に留まらせてしまった。 「謝ったって、しょうがない事なんです。でも、もう、彼にはボクの所為で苦しませたくないんです」 「そんなことないです!」 普段から声を荒げるなんてこと滅多にしない栗鼠の小さな身体がその時吠えた。 「ケンジさん、いいですか、恋愛はそんな綺麗なものじゃないんです!相手が好きならどんなに見苦しくたって足掻いて、足掻いて手に入れるものなんです!」 「っケ、ケンジ君…?」 「そうですよ、作戦立てましょう!」 「さくせん…?」 って何の、と疑問を発する前に、ケンジが叫んだ。 「題して!『ラブマシーンさんのハートをガッチリ掴んで告白だ!大作戦』です!」 「は、」 「いいですか、ケンジさん、これはもう戦です!」 「え、」 「相手の隙を見つけてそこを叩き込むんです!」 「ちょ、」 「やっぱり雰囲気を出すには夜がいいと思います。ちょっといつもと違ったシチュエーションを作るのも重要ですから、普段は着ないような服とか!」 「あの、」 「カズマさんがそういうことには詳しいですから、相談しましょう、大丈夫!きっと上手くいきます!」 そうと決まったら、 「戻ってお茶にして、その後作戦会議ですね!」 行きとは逆に意気揚々と元来た道を戻るケンジの手に引かれたまま、ケンジの思考回路は停止したままだった。 …………… 『うんとキスして〜』の続きのつもりで書きました。 で、更にこの続きを拍手のほうに入れてます… |