眠らぬヴォードヴィリアン






そんなこと、素直に言える筈もない

「ケンジさん」

だから、そんな目でボクを見ないで







つまり、自分の想いを相手に伝える為には、本人の努力が必要不可欠と言う訳でありまして、
「それは、分かっているんですが・・・」
「じゃあ、何が分からないんですか?」
いや、その、とケンジは言い淀んだ。
(なんでこんなことになっているんだろう…)
そもそも、自分はケンジの話を先に聞いていたはずなのだ。
それがどうして自分とあの人の話になったのか。どうも旨いこと誘導されたような気がしてならない。
これは不味いと、何か別の話題を振って話の矛先を変えようとしたが、今回に限っては相手の方が一枚上手だった。

「ケンジさんは、ラブマシーンさんの事をどう思っているんですか?」

(・・・逃げたい)

恋を知った友達はとてもとても強くなっていました。







今の自分はケンジとカズマの恋の成就の立役者とでもいう立場にいるらしい。
とは言っても自分はケンジの背中をほんの少し押してあげただけなので、大したことはしていない。元より二人は(本人達が気付いていないだけで)、両想い同士の間柄だったのだからほおっておいても何れはなるようになったのだろうが、あまりのじれったさに少しだけ口を出してしまっだけだ。
なのだが、ケンジに言わせるとそうではないらしい。
本人曰く、恩人。
あれ以来いつも以上に仲睦まじい二人だが、ケンジは三日と空けずに自分の元にもやってくる。
(カズマさんに何か言われたかな)
キングの冠を被っているだけあって、彼は色々と聡い。
(もう、いいのにな)
こんな展開になった切っ掛けは恐らく自分のあの一言のせいなのだが。


『そういえば、あの時どうしてボクに相談しようなんて思ったんですか?』
『それは、だって、ケンジさんはラブマシーンさんといつも一緒にいるから』
『・・・え?』
『ええ?だ、だって、だってお二人は想い合っているのでしょう?』
『それは、』
今思い返しても、あの返答は不味かった。

『それは、絶対にありえませんが』

嘘は言っていない。だって本当の事なのだから。



あの一言が何をどう間違えたのか、ケンジの中の何かに火をつけてしまったらしい。どうしても自分とあの人をくっつけようと躍起になっている感じがする。
その為こうして恋愛談議に話が発展してしまった訳なのだから、あの時の自分の失言を出来る事ならば消去してしまいたいとケンジは頭を抱えたくなった。
「聞いてます?ケンジさん!」
「・・・聞いてます・・・」
「ですから、ここはやっぱりケンジさんが直接ご本人の前で!」

それは、無理な事なんです!

と言っても今のケンジには伝わらないだろう。彼には自分とあの人が傍にいなければならない理由を教えていないから。

(こんなこと、君には聞かせたくない)

自分が消えゆく存在であるなんて、彼には話せなかった。
どうしても欲しかったものは、あの時自分から手にする権利を捨ててしまっているのだから。それを代償に、今自分はここにいる。

「ごめんなさい、ボクもう行かないといけない時間なんです」
済まなそうな顔をする。これくらいの演技ならもうずっと繰り返してきた。諦めてくれるとは思っていないが、一先ず逃げたい。
「ケンジさん」
「なんでしょう」
「諦めることは簡単です。でもボクは、アナタに諦めてほしくないです。こんなボクを励ましてくれた優しいあなただから」
真っ直ぐに自分を見つめる瞳が眩しい。
「カズマさんの気持ちが少し分かりました」
「え?」
「・・・君が、羨ましい」
「ケンジさん?」
この時無意識に口から出た言葉に驚いたのはきっと自分自身だ。
「…っごめんなさい」
彼が口を開く前に、助走をつけて飛び出した。そのまま逃げるように飛んで行った自分を彼がどんな目で見ていたのかケンジは考えたくなかった。








膝を抱えて俯く。あのままの勢いで逃げ出してしまった自分は、いつもの定位置のOZ管理塔の上に戻ってきてしまっていた。いつの間にかまわりには夜の世界が広がっている。
ライトの届かない影の中、一人でいるこの空間が、今のケンジには何より安心させた。
「・・・もう、いいのに」
もう、こんな感情には蓋をしたと思っていた。その筈なのに、どうして蓋が開いてしまうのか。
「こんな気持ち、いらないのに、」





忘れないと、いけないのに














「ケンジ」





ここにいるはずの無い彼の声が空間に響いた。今日は侘助との再調整日だ。こんなに早く戻ってくる事は珍しい。その声が聞こえた途端、胸が締め付けられた。何処にいたって、自分を呼ぶこの声だけは聞き逃すことなんてありえない。


お帰りなさい、今日は早かったんですね。
何かあったんですか?
侘助さんはお元気でしたか?



いつものようにそう彼に話しかければいいのに、今の自分にはそれが出来ない。
目の前が暗くなる。きっと今の自分はひどい顔をしているはずだ。

(どうしようどうしようどうしよう)
ほおっておいて
(おいていかないで)
さきにかえって
(ひとりにしないで)

心の声はこんなにも素直なのに、自分と同じ名を持つ彼はあんなにも素直なのに、どうしてボクにはそれが出来ないの?

ケンジは動けなかった。
ラブマシーンを見つめたまま、身体が動かなくなってしまった。

(だれか、たすけて)

自分を解放して













「帰ろう」







その一言とともにケンジの前にラブマシーンの手が差し出された。
ケンジはそれを見る。いつも見ていた彼の手を。


アナタの手
大きな手
あたたかい手


一見すると武骨なそれが、自分に触れる時信じられないくらい優しくなる事を知っている。

それだけでよかった筈なのに、このままでは自分は約束を守れなくなってしまう。
だから、笑え。
いつも通りに、
笑え!



彼の手が動いてそっと自分の目元に触れた。
その時ケンジは自分が泣いている事を知った。



「ケンジ、」

ボクを呼ぶアナタの声

「ケンジ、泣かないでほしい」

それだけでよかったはずなのに


どうしてこの手は、あなたに向かってのびてしまうの




この声も、この腕も、この瞳も、この人を形作る全てを、
ボクは、











……………
悩んで迷ってひとまわりして、最初に戻ってまた悩む





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