感傷的な窮地にあるこのばかばかしいふたり 「・・・ボクはどうしたらいいんでしょう・・・」 その問いは、寧ろボクがしたいです いつものようにOZの保守点検も兼ねて見回りをしているラブマシーンを待っているケンジの元に、ぽてぽてと足音が近づいてきた。OZの管理棟の上で眼下を見下ろしていたケンジは俯いていた顔をあげて足音のする方へ振り返った。すると黄色のリスがもこもことしたしっぽを揺らしてこちらに歩いてきていた。ケンジを見て嬉しそうに短い手を精一杯振っている。こちらも振り返してやるともっと嬉しそうに顔を紅潮させながら走ってきた。 危なっかしい足元にはらはらしながら待っていると、軽く息を切らせながらリスーケンジは口を開いた。 「こんにちは、ケンジさん」 「こんにちは、ケンジ君」 二人は挨拶を交わし、顔を見合わせてニコリと笑った。 「やっぱり、なんだか変な感じがしますね」 「だから、ボクの名前はもうケンジでもなんでもないって言ってるじゃないですか」 「ケンジさんはケンジさんです。絶対です」 ケンジがラブマシーンと共にOZのセキュリティ管理の一端を担うようになってから、長いとも言えないが、それなりに時間が経っている。あんな別れをしたから、顔を合わせ辛かったケンジだったが、(仮)が取れたケンジは変わらず自分に懐いてくれている。それがケンジには少しだけくすぐったくて、素直に嬉しかった。 彼が自分をケンジと呼ぶことを最初は遠慮していたが(何しろこちらはもう、マスターとの繋がりを自分から切ってしまっている身なのだから)、好きに呼んでくれて構わないと言うと、ケンジは嬉しそうに、 「じゃあ、ケンジさんって呼びますね」 と言うのだから、驚いた。もうその名は使えないと何度も言ったが、ケンジはこう見えて頑固だった。終いには泣いて脅された。 曰く、 「ケンジさんがケンジさんでないなら、ボクもケンジじゃないんです!」 よく分からないが必死さは伝わったので、それ以来その名で呼ばれることを受け入れることにしている。彼の口からその名が出る時に、チクリと胸を刺す痛みがまだ消えていないのは誰にも内緒だ。 「今日はどうしたんです?いつもだったらこの時間はキング・カズマさんと一緒に散歩しているはずじゃあ・・・」 その名をケンジが口にした途端、隣に座っていたリスが赤くなった。着ているどんぐり柄のTシャツをぎゅうっと握りしめて俯いている。ああ、皺になってしまう、と何処か見当違いのことを考えながら、ケンジは俯いてしまった顔を覗き込んだ。 赤い。本当に真っ赤だ。 具合でも悪いのかと焦ったケンジは慌てて声をかけた。 「だ、大丈夫ですか?調子が良くないなら、早く戻ってメンテナンスの再調整をかけてもらった方が・・・」 「ち、違うんです!」 直ぐにでもケンジを連れて行こうを立ち上がったケンジに、瞳を潤ませながらケンジは言った。 「あ、あの、なんていうか、その、きょ、今日は相談してもらいたい事があって、それで来たんです・・・!」 「相談?」 「・・・はい、聞いてもらえますか?」 「ボクにアドバイス出来ることがあるなら」 戸惑いながらそう返すと、ケンジは勢いよく俯いていた顔をあげてきらきらと目を輝かせた。 「ありがとうございます!」 しかしその相談の内容を先に聞いていたなら、自分はアドバイスなんて言葉絶対に言わなかったと、後にケンジは盛大に後悔することになる。 「それで、何を悩んでいたんですか?」 二人はOZの中でケンジとラブマシーンが所有する個人スペースに移動した。あまり開けた場所で話す内容ではないだろうと考えてそうしたのだが、いざその場になってもケンジは赤くなって俯くばかりで話が先に進まない。本当にどうしたのだろうかと心配になってきた時に、心を決めたのかTシャツを掴む小さい手に力が込められたのをケンジは見た。 「・・・ボク、こんなこと初めてで、どうしたらいいのか分からなくて、それでケンジさんならきっと色々ご存知じゃないかと思って、それで来たんです・・・」 「色々って、何をですか?」 赤い頬を更に鮮やかなピンクに染めて、ケンジは恐る恐る口を開いた。 「・・・れ、恋愛関係の事、です・・・」 「・・・は?」 言われた事は分かる。分かったが、ケンジの頭は真っ白になった。 「あ、あの、話が見えないんですが・・・」 ケンジは今の自分の頭の回路がうまく機能していない事にフリーズしてしまったのではないかと心配になった。何が、どうして、自分はケンジから、恋愛相談を持ちかけられることになってしまったのか。くらくらする頭で何とか意識を保とうと努力しているケンジに気付かないまま、赤い顔のケンジの話はそのまま無情にも進むことになる。 事の発端はいつものようにカズマと待ち合わせをしていたところから始まったらしい。 「その日もカズマさんとお話をしましょうって約束をしてて、それでボクは待ち合わせ場所の、いつも使っているカズマさん専用のチャットルームに行ったんです・・・。普段通りなら、ボクの方が先に来てて、カズマさんは時間ピッタリに来るんですけど、あの日はカズマさんが僕を待っていてくれたんです」 軽く扉が開く音が響いて、足を踏み入れた部屋の中でカズマが待っていた。慌てて近寄って遅くなったことを謝ろうとしたが、カズマの纏う雰囲気が普段と違う事にケンジは気付いた。何か言おうとケンジが口を開くより先に、カズマは一歩前に足を踏み出し、ケンジの前に膝をついた。 間近で見るカズマの赤い綺麗な瞳にその場に縫い止められたかのように動けなくなったケンジに、カズマは後手で隠していた花束をそっと差し出した。 そして、 『ケンジさん、僕は君が好きです』 「・・・告白されたんですか?」 「わあああああケンジさん、声が大きいですうう!」 「あ、ごめんなさい・・・」 素直に謝った後で、この部屋の防音装備の厳重さを思い出し、外に声が漏れる心配はないから大丈夫だと教えようと思ったが、寧ろそれどころではない状態に隣のケンジは陥っていた。 「どうしましょう、ボクこんなこと初めてで、しかもあのカズマさんから、こ、告白なんて、やっぱりボクの勘違いですよね、カズマさんにしたら、友達としての好きって意味だったかもしれないのに、ボク一人で焦って、本当に、何で、ボクなんか、」 ケンジの赤かった顔がどんどんと影を背負うように逆に暗く変化していく。ここまで来てケンジは盛大に溜息を吐きたくなった。 まさか、本人同士に自覚が無かったなんて知らなかった。傍から見ていれば嫌でも気付いてしまうくらいに、カズマとケンジの二人はお互いがお互いを一番好いている事が一目瞭然だったのだから。とっくに想いを伝えあっているものだとばかり思っていたのに、まさか告白もまだだったとは。まったく杞憂に過ぎないのに、どうして気付かないものだろう。ケンジはそこまで考えてふと疑問に思ったことを口にした。 「・・ケンジ君、カズマさんに告白されて、その後どうしたんですか・・・?」 その問いに、隣のケンジの肩が跳ねた。まさか、と思った。まさかと思うが、 「・・・逃げちゃったんですか・・・?」 「・・・っど、どうしましょう、ケンジさん〜!」 聞くところによると、ケンジはカズマの告白を聞いたその直ぐ後、そのまま勢いで逃げ出してしまったらしい。頭が混乱してしまいあの時自分が何を口走ったかも覚えていないという。 「ほ、本当に、ボクどうかしてて、もう分からなくなっちゃって、それで・・・」 気がついたらカズマに背を向けて逃げてしまった、とそこまで言って、ケンジは頭が床に着くくらい落ち込んでしまった。 今度こそ躊躇いもせず、ケンジは盛大な溜息を吐いた。 (ああもう、もどかしいなあ) 恋は盲目とは良く言ったもので、まったく自覚のない二人のやり取りは微笑ましいというか、初々しいというか、 (本当に、可愛いな) 素直に自分の感情を相手に伝えることが出来るなんて、なんて素晴らしい事だろうか、とケンジは思った。今落ち込んでいるケンジに足りないものは、きっとほんの一握りの勇気なのだろう。ここまできたら、後は自分がこの小さな背を押してあげるしかないか、と腹を括って、ケンジは俯いたままのケンジに向かい合った。 「ケンジ君は、カズマさんの事が嫌いですか?」 「え・・・!?き、嫌いなんてとんでもない!」 顔を直ぐに上げて思いっきり否定するケンジに安心してケンジは続けた。 「じゃあ、好きですか?」 「っ・・・・・・わ、分からないです・・・」 上げた顔を直ぐに俯かせてしまうケンジにどこか自分を重ねてしまったケンジは僅かに頭を振ってそのまま続けた。 「本当に?本当に分かりませんか?嫌いなのか、好きなのか分からない人の事を考えるときに、そんなに胸が苦しくなりますか?」 「ケンジさん・・・・・・?」 「少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いて考えれば分かることなんですよ、素直に自分の心に向かい合ってみれば直ぐに答えは出てきます。ケンジ君ならきっと、簡単に出来ますよ」 自分と違って、とこれは胸の中だけで呟いて、ケンジは微笑んだ。 「ケンジさん・・・、ボク、ボクは・・・」 その口が言葉を発しようとするのをケンジはそっと止めた。 「その先はカズマさんが一番先に聞く権利があります。いってあげて下さい。きっとケンジ君の事を待っていると思うから」 「・・・呆れて、ボクなんかにはもう呆れてしまっているかもしれません・・・。そうしたら、ボクは・・・」 「ボクが保障します。大丈夫、絶対大丈夫だから、だから今度は、ケンジ君の番ですよ」 Tシャツの裾から、もう手は離れている。自分の手を握りしめてケンジは頷いた。 「ありがとうございます、ケンジさん。ボク、いってきます!」 「はい、いってらっしゃい」 立ち上がってぺこりと頭を下げたケンジはそのままの部屋を飛び出していった。もう見えない後ろ姿を思い返しながら、ケンジはきっとこの後カズマが見れるであろうケンジの笑顔を思い浮かべてクスリと笑んだ。 「どうやら上手くいったみたいですね」 「ケンジ?」 「なんでもないです」 ケンジの手元で淡い光を放つディスプレイモニターでは、カズマとケンジが幸せそうに笑いあう姿が映っている。 「ね、大丈夫って言ったでしょう?」 聞こえないとは知っていて、それでもケンジは画面越しのケンジに語りかけた。 (ボクも君みたいに素直になれたら良かった) 静かに画面を切り替えてケンジは隣のラブマシーンの姿をそっと見た。途端に胸が苦しくなるのを手で押さえてどうにかそれをやり過ごした。 (傍にいられるだけで、幸せなんだから) それ以上は望むまいと心に決めている。この距離を自分は守らなければならないのだから。 (だから、早く、) 「ケンジ」 ラブマシーンが自分を呼ぶ声が聞こえてケンジは慌てて振り返った。 「なんですか?」 その時振り返ったケンジの目に映ったものは、両手いっぱいに花を抱えたラブマシーンの姿で、その後に続く彼の言葉にケンジが思い切り顔を赤く染めるのは5分後の未来の話。 …………… キング×ケンジ君に、ラブケンを絡ませてみた私一人楽しい話です、すみません。 お互い旦那の事でもじもじしている二人は可愛いと思ったんですが、 途中から方向性が変わって・・・ 勿論、これの逆バージョンも考えてます。すみません。馬鹿です。 |