どこかの国の人々が小さな死と呼ぶその後に





初めてあの人と会った時、ボクは本当はちっとも怖いなんて思わなかったんです
理由は、口にするのはちょっと難しいんですが、多分、ボクはあんなに純粋な眼をした人を初めて見たから

こんな事を言ったら笑われてしまうかも知れないけれど、ボクはその眼が好きだった
ずっと傍で見ていたいって願ってしまったんです










マスターのメールを届けに行った時、初めてあの人に会いました。
広い広いOZの世界の中で、ただ一人佇んでいたその人は、ボクが近づいてマスターからのメールを渡そうとしても、手を伸ばす事もしないでただじっとボクの事を見ていました。
まるで生まれて初めて世界を見るみたいな、恐ろしく綺麗な瞳で。
声をかけようとしたけれど、ボクは何を言ったらいいか分からなくて、ですから本来の目的を、手に持ったメールを渡そうと手を伸ばしました。
そうしたら、あの人はメールではなくてボクの手を取ったんです。

『え・・・、あの、』

ボクの顔を見たまま微動だにしないその人は、手を掴んだまま離してくれませんでした。体格が全然違いますから、ボクがいくら離そうとしてもびくともしません。
かと言ってこのままじゃいけない、とにかくボクはボクの目的を果たさなくてはいけないと思って、目の前の彼に話しかけることを選びました。

『あの、これはボクのマスターから、アナタのマスターへの手紙です。ボクはこれをマスターから預かってここまで運んできました。アナタのマスターに渡してもらえませんか?』

ボクの声が聞こえているのでしょうけれど、目の前のその人は首を傾げるばかりで良く理解出来ないようでした。ボクの手は彼の手の中に掴まれたままです。しばらくこのままで一緒にいた方がいいのかどうか悩みました。けれどそれからしばらくしないうちに、ボクの周りにボク以外のアバターの皆さんがやってきました。皆さん手にメールを持っていたから、どうやらボクと同じで彼にメールを渡そうとしているようでした。
それまで決してボクの顔から眼をそらさなかった彼でしたが、その瞬間不意に周りに視線を向けて、

笑った、ように見えました。
気付くと周りにはボクと彼しかいませんでした。ふよふよと周りを漂うメールだけを残して、アバターの皆さんは何処かへ消えてしまったのです。ボクは驚いて、そうして彼を見ました。彼は変わらずにボクを見ていました。初めて彼を見た時に感じたあの純粋さそのままの瞳がその時不意に違う色に揺らいだのが見えました。ボクはそのまま引き込まれるように、彼の瞳の中に映る自分の姿を見ました。その瞬間、そこでボクの意識はぷつりと途切れてしまいました。





次に眼を覚ましたら、知らない場所にいました。何もない真っ白な世界にボクは立っていたのです。見渡す限り、ここには何もないように見えました。途方に暮れて、足下の自分の影を見ていたら、不意に目の前に彼が現れたのです。
その時ボクは何故か驚きませんでした。今思えば、なんとなく自分がここにいるのは彼の所為のような気がしていたからかもしれません。

『・・・こんにちは』
『・・・・・・』
『あの、ボク、ケンジ、といいます。アナタは、えっと、どんなお名前ですか?』
『・・・ナ・・・マエ?』

初めて彼が喋った声を聞きました。
なんだか嬉しくなったボクは、そのまま話しかけたんです。

『そう、名前です。あなたの事をボクはなんて呼べばいいですか?』
『・・・ナマエ、ソレハ、ナンダ?』
『名前は、アナタがアナタであるという証拠です。アナタとマスターを繋ぐ標です。・・・アナタはまだマスターから名前を頂いていないのですか?』
『マスター、いない、ヒトリ、ワタシは、ラブマシーン』
『ラブ、マシーン?』
『ソウ、ラブマシーン。ワタシハラブマシーンだ』

変わった名前だなと、その時はそれぐらいしか思いませんでした。その後、彼はボクに言ったのです。

『ケンジ、オマエはワタシのソバにいる』
『え?』
『ソバニイル』

そのまま彼はボクの手を握りました。
とても不思議なことに、ボクはその時彼の感じるはずのない体温に触れたように思いました。
ボクはただのアバターで生き物ではありません。あり得るはずもないのに、その熱を感じ、また酷く熱い、と思いました。










・・・それからの彼が皆さんにした事は謝れば済む事でない事は分かっています。
けれど、今までのことは全部が全部、彼だけのせいではないんです。あの人はただ知りたかっただけ。世界を、人間を知りたかっただけ。
それを言いたかったんです。
君に、聞いて欲しかったんです。


『だからってそんな!どうしてあなたまでいってしまうんですか!?』
もう(仮)が取れた君は必死にボクに向かって声を上げてくれて、
『・・・ごめんなさいってマスターに伝えて下さい』
ボクは君の声が聞けて嬉しかった。
『マスターは、マスターはあなたの事をとても心配しています!』
目の奥に浮かぶのは優しく微笑むマスターの顔。だけど、
『本当にごめんなさい。こんなことしかボクは言えない。許してくださいなんて言いません。これはボクの我儘です』
でも決めてしまったから、
『行かないでください、帰ってきてください!』
ああ、君を泣かせたくなんてなかった。
『でも、それでも、ボクは、』

(思い出すのはあの人の、確かに触れた熱ばかりで、
だからボクはきっと、)

『あの人を独りになんて出来ないんです』

(最初から全部、)

『約束したんです。だから、』
『・・・また・・・っ!』
『・・・?』
『また、お会いしましょう!待ってます!ボクはマスターと待っていますから!どうか、今度は4人で会いましょう!』
そう言って君は精一杯笑おうとしてくれました。零れる涙を拭おうともしないで必死にボクの姿を目に焼き付けようとしてくれました。

『・・・はい、4人で』
マスターに、君とボク、そしてあの人と、
叶うのならば、




『さようなら』


ボクは君に嘘をつきました








(最期には自分が何を選ぶかなんて気付いていたんでしょう)














『ずるいですよ、最後までボクを離さなかったのはアナタなのに、最期はボクを置いて行くんですか?』
ようやっと見付けたアナタはボクに気付いているはずなのにこちらを振り向きもせず、ただ佇んでいました。
『ケンジ、どうして戻ってきた』
重く圧し掛かるようなそんな声でした。
『アナタがここにいるから』
『もうわたしの傍にいてはいけない』
『それを決めるのはボクです。アナタではありません』
自分でも不思議なくらい、するりと言葉が口から出てきました。
『いけ』
『いきません』
『もうお前を縛るものはない』
そんなこと、とボクは笑いそうになりました。でもきっと失敗して今のボクの顔は苦笑していることでしょう。
『ボクは最初から、誰にも、何にも縛られてなんていません』
そんなことをアナタに言うために戻ってきた訳ではないのに
『嘘だ』
アナタはまだボクを見てくれない
『ラブマシーンさん、』

きっと、彼も分かっているはずなんです
だから、今度はきっとボクの番なのでしょう

『…例えば、ここが世界の果てだとしても、ボクはアナタの傍にいます』

だから、どうか、

『ボクを、おいてきぼりにしないでください』

一瞬、彼の纏う空気が止まったように思いました。それだけでなく身体の一切の動きを止めてしまった彼に、ボクは自分の手を彼に向けて伸ばしました。ぎりぎり届かない、あと一歩の距離で。

彼は震えていたようにも思えました。きっと怖かったんだと思います。ボクだってそう、こうして彼を待っている今も怖くて仕方がなかった。それでも、彼に選んで欲しかったんです。

(ボクは多分ずっと待っていたから)

『・・・お前だけは離せなかった』
ゆっくりと彼が振り返ってくれました。
『知ってます』
『お前に笑っていて欲しかった』
アナタのそんな顔、初めて見ました。
『知ってます』
『もう戻れないぞ』
伸ばした手はこの時、彼と繋がりました。
『知ってます』
『・・・ケンジ』
この先、この名をこんな風に呼んでくれる人がこの人以外に出来るなんてボクには思えませんでした。
『はい』
触れた場所から感じる熱にボクは心から、



『傍に、いてくれ』
『はい』 


泣きたくなるくらい安堵したんですよ






繋いだ手はそのままに、そうしてボクらは沈んでいくことを選びました。
最期に何も残らなくても、ボク達はそれで構わなかったから。


きっと、初めてあったあの時から、ボク達の手は繋がっていたのです。
今もこれからも、何が起きたとしても、二人の手は離れないのだろうと、そう信じています。





(そうして心に降り積もった全てを集めて愛と呼ぶのだと、いつか彼に教えてあげることが出来たらいいと、思います )

















……………
世間様が素敵なカズケンで溢れている時に、どうしてこっちに転んだのか、自分でもよく分かりません。
ラブケンが好きです。








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