躊躇いと恥じらいと、あとひとつは、






「どうしてそんなに離れるんだ?もっとこっちにくればいい」

(そんな事を言われても絶対に無理ですから!)

心の中だけでそう叫んだケンジは、ラブマシーンに背を向けて風呂場の壁と仲良くなっていた。
いつものお風呂の時間に、いつものバスボムを持って、そして、いつものアヒル隊長を準備してからラブマシーンを呼びに行くのがケンジの役目。

それはいつもと変わらない日常。それが当たり前、…のはずだったのだが、それはあくまで彼が子供の姿であった時の話であり、今の彼には少しも当て嵌まらない。理由は明白だ。今の彼は、大人のそれであるからだ。

(もうどうしてくれるんですかあああ…)

今はいない人物にこの現状を訴えたい。だがそれは無理な話だ。ケンジもそれが分かって、それでも何かに八つ当たりでもしないと気持ちの置き場が無かった。
彼が望んで今の姿になったのだから、それなら自分は受け入れるしかないのだろうけれども、

(物には準備と言うものがあります…!)

つい昨日までは自分の膝丈しかなかった子供が、一日経ってすっかり大きくなって戻ってくるなんて、誰が想像したであろうか。心と身体はイコールではないのだ。
それは彼の行動から垣間見えられる。

(スキンシップが激しいのは知っていましたが、)

今の彼は自分の今のサイズを考えずにケンジをいつものように抱き締めようとしてくる。こちらの心臓に多大な負担がかかるとも知らずに。

(覚悟を決めるしかないんでしょうか、でも、)

背を丸めて膝を抱えて壁に向かって苦悶していたケンジは、すぐ後ろでラブマシーンが着実にある準備を進めていることに気がつかなかった。



「さて、もういいか?」
「え?」

考え事をしていた為反応が遅れた。何を、と確認する前にケンジの細い身体はラブマシーンに脇から手を入れられてあっさりと持ち上げられてしまった。

「え?ええ?えええええ?!」

焦るケンジに気付かず、鼻歌でも歌いそうな雰囲気のラブマシーンは実に手際よくケンジの身体を風呂イスに座らせた。

「あ、あの、ラブマシーンさん?」

何をするのか、とケンジが名前を呼ぶと、ラブマシーンは何でもない事のように言った。

「アナタの身体を洗おう」





「…………………は?」

たっぷり十秒程固まった後にケンジはそれだけを口に出した。

今、彼は、自分に何と言った?

「…ラブマシーンさん?」

心なしか青褪めた表情でケンジは呼ぶ。だがラブマシーンはケンジのそんな表情にまったく気付かず、実に嬉しそうにケンジを見て言った。

「いつもはアナタがワタシを洗ってくれるだろう?だから、今日からはワタシがアナタの身体を洗おう」



それはケンジにとって死刑宣告にも近い内容だった。



「いいいいいいいいいいです!結構です!気にしないで下さい!自分で洗えますからっっ!!!」

必死で頭を振ってラブマシーンから逃げようとするが、相手はあのキングカズマを苦しめた存在だ。
ケンジが逃げられる訳が無かった。

「……っ!?」

がっしりと肩を掴まれてケンジは自分の逃げ場がまったくない事を悟る。だが、と最後の足掻きにケンジはラブマシーンの気をなんとか逸らそうと口を動かした。

「あ、あの、ラブマシーンさん、その、ボクが!最初に!アナタを洗って…」

だが、今日は相手の方が一枚上手だった。

「大丈夫だ」

何が大丈夫なのか、とケンジは聞こうとした。だが聞く前に彼の手を見て身体が固まった。

「侘助から、人の身体を洗う時はこれが一番だと聞いた」

そう言って彼は自分の泡だらけの手を見せて嬉しそうに笑った。

「ま、さか、それで、」

もうケンジは声にもならなかった。




「ワタシの手で、アナタを洗おう」




その日OZ管理棟のある一室で、可哀そうな獲物が狩人に捕まった時の様な悲鳴が聞こえたのは、ここだけの話。











……………
以前に拍手のコメントで、この『バスタブ〜』の続きが見たい、とおっしゃって頂きまして。調子にのって書いてみましたが、すみませんでしたあああ。









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