演じ分けろ、その隙に 物にはタイミングがある。 何時如何なる時でもそれを逃しては、又は見落としてはならない。 そう、今が正にその時なのだ。 「…そこで何をしているのだ?」 「…こういう時は気付かない優しさってものを学ぶべきだ、お前は」 落ち込んでんだよ、馬鹿野郎 「それで、どうしてまた、こんなところまで?ここはお前の管轄区域だったか?」 「…いや、システムの点検をしていた帰りだった。丁度下を見たら、お前がいたものだから…」 「それは御苦労様なことで」 何処か棘があるような物言いになるのは目を瞑って欲しい。 何しろ昨日の自分は一世一代の告白をして、その相手に逃げられてしまった身なのだから。 「どうして、逃げたんだ、ケンジさん・・・」 思わず口から零れた溜息と共に呟いた彼の名が、カズマの胸で静かに響いた。どうやらそれは自分だけでは無かったようで、 「ケンジ?」 隣のラブマシーンが直ぐ反応することにカズマの顔に苦笑が広がった。 「違う、お前のところの『ケンジ』さんじゃない」 同じ名前の人を自分達は好きになった。どうもそれがお互いに妙な連帯感を生んだらしい。夏のあの一見以来、自分達は折を見てはこうしてたまに顔を合わせ、簡単な近況報告などを交わしている。 どうしても諦める事なんて出来ない相手を好いてしまったのだから、難儀なものだと思う。 「お前たちが羨ましい」 「何言って・・・」 思わず笑って返そうとしたが、続く彼の言葉の重さに息を飲む。 「もう時間が残っていない」 その意味は、二人にとっての致命的な別れを意味する。 「何故、まだ猶予は残っているはずだろう?」 「早まった、らしい」 「そんな馬鹿な話があって・・・!」 「ケンジが、それを容認した」 直接聞いたわけではないが、 「・・・アンタ達は、本当にお互いが不器用過ぎるんだ・・・」 そんなにもお互いを思い遣っているのに、その手は僅かの距離で繋がることは無い。 「どうして、だろう。ワタシはケンジに笑っていてほしいだけなんだ」 それは自分も同じだ、とその言葉は口から出てくることは無かった。 「ケンジが選んだことなら、ワタシはそれを受け入れなければならない」 だが、 「ワタシは、ケンジの傍を離れたくない」 取り戻した記憶の中、最期に見たのは泣きそうに微笑む君の顔。 「何故だろう」 この手は何も掴むことが出来ないのか 「ただ、ケンジを、」 酷く、優しい君を、 「抱きしめて、」 「そして何処にもいくなと、」 「何故、それが出来ないのだろう」 馬鹿だ、馬鹿野郎だ、二人とも 「なあ、お前のその手は何の為にある」 その大きな手で、 「取り零すものは、確かにある」 けれど、それだけではないものがある事を、そろそろ自覚してもいいんだ。 「けれどそれを逃がさないように出来ることもある筈なんだ」 それすら出来ないのなら、自分達の存在意義なんて何処にもない。 「お前の感情の起点はあの人なんだろう?」 この世界で、探して見つけたたった一人の、 「なら、その人を、」 自分の大切な人と同じ名前のあの人を、 「死んでも離しちゃいけない」 「こういう時はなんというべきなのだろう」 「今度教えてやるから、さっさといけ」 待っているんだろう? 「ケンジ」 自分が一番最初に覚えた言葉は、君の名前だった 「 」 だから、泣かないでほしい 「僕もいかないといけない…か」 腹は括った。後はもう相手の出方次第だが、自分は微塵も諦める気持ちは無い。 「ケンジさん…」 覚悟していて …………… 『感傷的な〜』の後に入れようと思っていた話でした。 |