ザ・トゥモロー・ニュース





『大丈夫、アンタなら出来るよ』



そう言って、僕は貴方に背中を押してもらいました。



ふと気がついて目を開けると、健二は一人で立っていた。
周りを見渡せば、どうやら陣内家の庭の真ん中のようだ。どうしてこんなところに、と何処か霞がかかったような景色の中で健二は首を傾げた。
(夏希先輩…、佳主馬君も、皆何処に行ったんだろう・・・)
ここで見ている限り周りに人の気配は無いようだ。健二は皆を探そうと足を踏み出そうとして、自分の足が地面に縫い止められたように動かない事に気付いた。
「え、な、なんでっ?」
渾身の力を込めて地面から足を引き離そうとするがびくともしない。何度か試してみたがどうすることも出来ず、肩で息をして健二は途方にくれた。
「ど、どうしよう…」
このまま自分はここでずっと一人立ったままなのか、と青くなった健二の耳に微かに笑い声が聞こえてきた。
その声を聞いて、健二は自分の胸が押しつぶされそうになった。もうあの夜以降、聞くことは叶わないはずの、

『そんなに心配しなくても、大丈夫だよ』

それは、栄の声だったのだ。
「どうして…」
茫然と視線を上げた健二は、そこに初めて会ったときと変わらない悪戯っ子のような笑顔を見せている栄を見つけた。

『どうしても、こうしても、アンタに伝えたいと思った事があったからさ。ちゃんと顔を見て話したかったんでこうして来たんだ』

からからと笑う栄の顔を見て、健二は一つの、ある確認したくない現状に開いた口が閉まらなかった。
「ぼ…僕、まさか死んじゃったんでしょうか…」
(まさか、あらわしの軌道を逸らす事が間に合わなかった?夏希先輩、家族の皆さんは…?)
最悪の事態が健二の頭の中を駆け巡ったが、栄の声がそれをあっさりと止めてしまった。

『落ち着きなさいな、大丈夫、夏希も、もちろん陣内家の人間も全員無事だよ』

詰めていた息を一気に吐き出して健二はその場に蹲りたくなった。
「よ、良かった…」
自分の所為で皆に何かがあったらと考えるだけで目の前が暗くなる。健二は重い頭を持ち上げて栄に向きあった。
「…おばあちゃんは、どうしてここに?」
健二のその問いに柔らかく笑って栄は言った。

『さっきも言ったけどね、どうしても健二さんに言っておきたいことがあったのさ』

「なんですか?」
向かい合って栄の顔を正面から見る。真っ直ぐな健二のその視線に栄は目元を綻ばせた。

『アンタで、良かった。夏希が選んだ人がアンタで本当に良かった』

「…え、」

栄に言われた言葉が耳に入ってはいるが、頭で理解するのが遅れて健二はぽかんと口を開けた。

『健二さんのこれからの長い人生、今日以上に大変な事がひょっとして起こるかもしれない。まあ起こらないことに越したことはないんだけどね、そればっかりは分からないもんだ、人生なんてね』

「…はい」

しゃんと背を伸ばして健二を見る栄の視線はどこまでも優しい。

『アタシはね、健二さんのその手で、これからも夏希を守ってやってほしいと思っているんだよ』

栄のその言葉に健二の肩が跳ねた。

『夏希が好きかい?』

柔らかい声に健二の口が微かに震えて言葉を出した。

「…好きです」

初めて栄に会った時に告白した時よりも、今はもっと真剣に、心の底から健二は答えた。

「僕は、夏希先輩が好きです」

『…ありがとう、その言葉で十分だよ』

本当に嬉しそうに栄が笑って、その顔を見た健二は鼻の奥がツンとした。

「僕では、まだ頼りない事もあるかと思います。だけど、」

きっと今が最初で最後のチャンスなのだ。健二はありったけの想いを込めて栄に言った。

「お約束します。夏希先輩は、…夏希さんは、必ず僕が、」



揺らいだ視界の先に栄の笑う顔が見える。栄の口が自分に何か伝えようと開いたがもうその声は聞こえない。けれど、自分の想いはちゃんと届いたのだと、健二はゆっくり目を閉じた。


















あらわしが落ちた後の家の状況は決して芳しいものとは言えなかった。何しろ、座標をずらすことに成功したとはいえ、家のすぐ近くに人口衛星が落下したのだから、その惨状たるやまるで戦の後のようだった。
「大丈夫か!?皆、無事か!」
「こっちはなんとか…」
「もう、なによ、すごい埃…」
「表の状況、確認してくる」
「そっちは任せたぞ。親父、大丈夫か」
「…あいたたた、私は大丈夫だ」
「軌道は、それた…?」
「うっわ、なにあれ、外、温泉出てるよ!」
「半壊位で何とかなったみたいだな…」
誰も欠けることはなく、皆が無事でいたことに夏希は胸を撫で下ろした。皆が思い思いの事を口にしながら、立ち上がり現状の把握に向かおうとしたその時、夏希は一番に彼を、健二を探そうとした。
「よかった、皆元気みたいで…健二君?」
「おい、おい!しっかりしろ!」
「翔太?」
「こいつ、目を開けねえんだよ!」
「そっ…そんな!健二君!」
「お前たち、あまり動かすんじゃない、儂が見る」
「どうしたんです?」
「健二君、健二君っ…!」
「夏希、大丈夫、大丈夫だから」
「健二さん…」
「…軽い脳震盪を起こしている。それにさっきあんなに頭を使ったんだ、脳がオーバーヒートしたんだろう。しばらく安静にしていれば起きるさ」
「…よ、よかった…」
「とりあえずここじゃあれだから、運ぼう」
「ああ、では僕が」
「理一おじさん、そっとね!」
「健二にいちゃん、どしたの?」
「いま、疲れて眠っているのよ、そっとしておいてあげましょうね」
「……うん」



「とりあえず儂が傍にいよう。お前たちは後片付けを頼むぞ」
「おう!」
慌ただしく皆が皆、自分に今出来る事をやろうと駆け出していく。だが夏希は健二が心配でその傍から離れることは出来なかった。
「夏希、健二君は大丈夫だ」
「うん、うん…分かってる、分かってるよ」
万作の声を聞いて、それが嘘ではない事も分かっていて、それでも落ち着かない。健二の目が閉じられたままなのがどうしようもなく恐ろしくて夏希は健二の左手を握ったままその場から立ち上がることが出来なかった。目元に力を込める。そうでもしないと勝手に水が零れて止まらなくなりそうだった。


どれくらいそうしていただろう、掴んだままだった健二の手が僅かに動いた事に気付いて夏希は慌てて健二の顔を覗きこんだ。
祈るように見詰めていると、健二の瞼がぴくりと動いてゆっくりと開かれた。


「…あ、れ…?」
掠れた健二の声を聞いて夏希の肩の力が一気に抜けた。その場でへたりと座りこんでぼろぼろと涙を零した。
「よ、よかった、け、健二君…っ」
「な、夏希、せんぱ、い?」
「おお、目が覚めたかな?」
「…万作、さん…?あれ、ここ…は、僕、」
起き上がろうとした健二を片手で止めて万作は言った。
「もう暫く大人しく寝ていなさい、健二君」
「え…?あの、でも皆さんは…」
「家族皆ぴんぴんしているよ、君はあの後脳震盪を起こして倒れたんだ」
「…ぼ、僕…、」
ぼんやりと霞む頭の中で、最後に見た映像が戻ってきた。健二は小さく息を吐いて万作を見た。
「健二君、」
「は、はい…?」
「ありがとう」
「万作さん…?」
「君のおかげであらわしが落下してくる座標をずらすことができた。君の勇気で、儂ら家族皆が助かったんだ」
「そんなの!」
自分でも驚く様な声が出て、健二は起き上がって万作に言った。
「健二君?」
「…そんなの、違います。僕だけの力じゃどうすることも出来なかった。皆さんがいてくれたから、僕は…」
「そんな事ないよ!」
唐突に自分の隣から聞こえた声に健二は驚いて視界を向けると、そこには目に涙を溜めた夏希がいた。
「夏希先輩、」
夏希の顔を見て、途端に安心が押し寄せた。が、健二は夏希の顔に零れる涙を見てぎょっとした。
「夏希先輩!え、どうして泣いて、何かあったんですか?!」
夏希が掴んでいた健二の手は、今度は逆に健二の手の中にある。多分健二は無意識だろうその行動に気付いた夏希の頬が染まる。と、健二は途端に顔を青くした。
「だ、大丈夫ですか、夏希先輩、熱でも…!」
夏希の頬に触れようと伸ばされた健二の手が寸前で戸惑うように止まるのを視界の片隅で見た夏希は自分の手を伸ばして健二のその手を掴んだ。
「夏希先輩、」
その行動の意味を健二が問う前に、健二の手は夏希によってその頬に運ばれた。
やわい感触が、両手に広がる。今自分の手は夏希の頬に触れているのだ。その事を自覚した途端、健二の頬は一気に染まり、心の中で悲鳴を上げた。信じられないくらい近くに見える夏希の顔。伏せられた睫毛が陰を作って、その陰影に思わず溜息が出そうになる。
(…本当に、)
「…きれい、だ」
「…え?健二君?」
「え、…はっ!!?」
胸の中で呟いた筈の言葉は思いがけず現実に零れていた様で、目の前の夏希のきょとんとした表情に健二は居た堪れなくなってその場で頭を抱えたくなった。
だが自分の発言は夏希にはちゃんと聞こえていなかったらしい。隣にいる万作の目がたいそう面白そうに細められているがそれについてコメントしている場合ではない。両の手が汗をかいてきた事に気付いて夏希から離そうとするが、夏希がそれを許してくれない。健二の両手に触れている夏希の力がぎゅっと込められて、夏希が口をゆっくりと開いた。
「…健二君、無事でよかった」
短い簡潔な言葉。だがそこに夏希がどれだけ自分を心配してくれていたのかを知って、健二は不甲斐無さとそれと同等の嬉しさでどうにかなりそうだった。
「夏希先輩も、無事で本当に良かったです」
何とかそれだけ口にする。すると夏希の目が歪められて、あ、と思った時にはまた夏希の頬に涙が零れてしまった。
「な、夏希先輩、泣かないで下さい…」
情けないがそれしか言えない。寧ろいま彼女を泣かせている理由が自分にあるかすら定かではないのだが、健二は夏希の頬を伝う涙をただ眺めるしかない自分が悔しかった。触れる頬があたたかい。何かかける言葉を探していた健二だったが、夏希の自分を呼ぶ声に意識を戻された。
「…健二君は、どうして、」
「夏希先輩?」
「どうして、あの時、逃げなかったの?」
ぽつりぽつりと零れる夏希の言葉に健二は耳を傾けた。
「…ごめん、責めてるとか、そういうことじゃないの。だた、知りたいの。どうして健二君があの時に逃げなかったのか。皆、無事だったからよかったけど、もしかしたら、健二君、し、死んじゃうかもしれなかったのに」
「すみません」
「謝ってほしい訳じゃないのよ」
「…理由を言ったら、怒りますか?」
「…内容による…」
じっと自分を見る夏希の視線に健二はどう言おうか一瞬だけ迷う。上手く言葉に出来るだろうか。けれど自分があの時思った事が少しでも夏希に伝わればいいと健二は口を開いた。

「この家を、守りたかったんです。…栄おばあちゃんが、陣内家の皆さんが、ずっとずっと守ってきたこの家を、…僕も守りたかったんです。この家は僕にとって初めてをたくさんくれた家だから。家族の繋がりの大切さや、皆でご飯を食べるとすごく美味しいってこと、一人じゃない事の心強さ、そういったこと全部この家で僕は知りました」
健二の言葉を一言も聞き洩らさない様に、夏希は耳をすまして口を閉ざしていた。
「その場所を守りたかったんです。これは僕の我儘で先輩を、皆さんを巻き込むつもりはなかった。…でも、翔太兄が励ましてくれて、万作さんが僕しか出来ないって言ってくれて、夏希先輩が背中を押してくれたんです。結局、僕の我儘に皆さんを巻き込む形になって、本当に申し訳なかっ」
「馬鹿!」
急に張り上げられた今までの言葉を遮る様な夏希の声に健二は驚いて夏希を見た。
「馬鹿よ!健二君の馬鹿!そんなの、我儘でもなんでもないじゃない!みんなみんな私たちの為じゃない!私、私が、健二君を巻き込んだの、に、それなのに、健二君、は、」
止まったと思った涙がまた零れて、ああ、泣かせてしまった、と健二は後悔した。
だが、それでも自分は、

「夏希先輩、僕は栄おばあちゃんから勇気を貰いました。その恩の返し方が僕にはあれくらいしか出来なかったから。…先輩が親戚の皆さんを大切に思うように、僕も、無くしたくないって思ったから。巻き込まれたなんて思っていません。僕はあの時、僕の意志で残ったんです」

自分は、あの場に残ったのが一人だったとしても、

「う、うえええ〜ん」
「先輩!?」
大きな声を上げて泣き出した夏希に健二は慌てた。と、その時夏希の声が聞こえたのだろう翔太が怒鳴りこんできた。
「馬鹿野郎!心配かけさすんじゃねえよ!」
「翔太兄!?」
「健二さん、もう大丈夫なの?」
「佳主馬くん」
「健二君、大丈夫か?」
「あんまり無茶しちゃだめよ」
そして気付くといつの間にかいなくなっていた万作が呼びに行ったのだろう、陣内家の皆がわらわらと戻ってきて、健二と泣いている夏希の姿に目を丸くした。
「おやおや、夏希、どうしたんだ。そんなに泣いて」
「お前!夏希泣かせるんじゃねえよ!!」
「え!?は、はい!すみません!」
「え、健二君が泣かせたの?」
「やるじゃない」
自分達の周りを囲んで皆が口々に声をかけてくれる。その顔に浮かぶのは笑顔だ。所々汚れた格好ではあるが、皆心からの笑顔だった。


「…夏希先輩」
「…なに?」
「こんなこと言ったら、また怒られるかも知れないですけど、僕、ここにこれて本当によかったです」
「…ばか」


貴方を好きになってよかったです、とは後で二人だけの時に伝えようと健二は思った。









………………
100704

『Yellow』の前に入る予定の話でした。
健夏好きです。









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