Yellow





この話は、小説版の健二×夏希です。
駄目だ、と思われる方はまわれ右でお願いします。




















Look at the stars
look how they shine for you
and everything you do
yeah they were all yellow







繋いだ手から伝わる熱に、





「………夏希先輩が遠い…」

がくりと肩を落として呟く健二の言葉を、隣りにいた佳主馬が拾った。
「何言ってんの、健二さん。同じ屋根の下にいるってのに」
「あ、いや、そう言う意味じゃないんだ」
「じゃあ何が違うっていうの」
とそこまで言って、佳主馬はそれまでリズミカルに打っていたタイピングの手を止めて恐る恐る健二に顔を向けた。
「…まさかとは、思うけどさ、健二さん」
「……なんだい?」
「あれから、…家に帰ってきてから、夏希姉と話し出来てないの?」
佳主馬の言葉に健二の身体にグサリと何かが刺さった音が聞こえたような気がして佳主馬は思い切り溜息を吐いた。
「何やってんの」
心底呆れた風を隠そうともしない佳主馬のその言葉に健二の肩が更に落ちた。
「本当、だよね、オレ、なにしてんだろ…」
奇しくも初めてこの家に来た夜に呟いた言葉と同じ言葉を溜息と一緒に吐き出した健二は眉を寄せて顔に手を当てた。
「…なんか、さ、タイミングが合わないっていうか…」
「タイミング?」
「僕が話しかけようと思って夏希先輩の傍に行こうとすると…」

必ずと言っていいほど妨害に会う。いや、妨害とは言い過ぎかもしれないが、今回ばかりはそれも言いすぎではないと思うのだ。
警察の事情聴取から帰ってきた日は、疲れているだろうから、と皆でご飯を頂いた後早々に、寝る為に部屋へ連行され、その次の日からは『あらわし』の影響で壊れた家の一部の修復作業に追われ、ようやっと一息つけるようになった先日から、これでやっと夏希に面と向かって話す事が出来ると意気込んだ健二だったが、いざ夏希と話しをしようと思って彼女を探そうとすると、

「健二―!遊べ!」

「こら、健二お兄さんでしょう?ごめんなさいね、健二くんちょっとの間だけ、お願い出来る?」

「健二君、これちょっと見てくれないかな?」

「悪いわね、ちょっとお使い頼まれてくれる?健二君」

「健二君、畑からトマトと胡瓜取って来てー」

「健二!お前そんなひょろっちかったら女子供一人守れないぞ!儂が鍛えてやるから庭に来い!」

「健二さん、ちょっと手伝ってくれない?」

Etc.と切りが無いのだ。因みに最後の科白は佳主馬で、その彼に呼ばれ自分は彼の城である納戸にいるわけなのだが。

「なんでだろう、ここ最近夏希先輩の顔を食事時しか見れないんだ…」
今も隣りに座って食事をとらせてもらっているが、大勢の前で切り出す話ではないし(そもそも夏希自身もそんな展開は望んでいないだろうし)、ならば、と隙を狙って夏希に声をかけようとすればどうにも邪魔が入って上手くいかない。肩を落としたまま影を背負い始めた健二に、佳主馬は分かってはいたが、二人のじれったさに呆れを通り越して感心すらした。
「帰ってきたら、なんてあの時に健二さん言っていたから、もうとっくに話しはして、返事も貰っているんだろうと思っていたんだけど、」
まさか、まだ、以前に話しすら満足に出来ていないとは、と佳主馬は溜息をもう一度吐いた。それにつられたように健二の口からも重い溜息が吐き出される。
「今度こそは、って何度も挑もうとするんだけど、どうもから回っているのかな、僕…」
でも、と健二は俯いたまま自分の指に力を込めて握りしめた。
「今日、今日こそは必ず、伝えるんだ」
あの日。最後まで諦めなかったあの時と同じに、その眼差しに力を込めて健二が宣言すると同時に、開けたままの納戸の入り口の向こうから、健二と佳主馬を呼ぶ声が聞こえてきた。

「健二君―、佳主馬―、ちょっと二人ともお願いがあるんだけどー!」

「…健二さん、あのさ、」
「…言わないで、今は何も言わないでお願い」
のろのろと身体の向きを声の方に動かそうとする健二の後姿に佳主馬は燐憫の眼差しを向けた。





I swam across
I jumped across for you
oh what a thing to do
'cos you were all yellow
I drew a line
I drew a line for you
oh what a thing to do
and it was all yellow






緩く繋がる指の形に、





「………健二君が遠いよお…」
項垂れて畳みと仲良くなっている夏希の姿に直美は呆れながら声をかけた。
「何言ってんのよ、同じ屋根の下にいるってのに」
「違うもん、そう意味じゃないんだもん」
「じゃ、何が違うっていうの?」
これとまったく同じやり取りが別の部屋で行われているとも知らず、直美は俯いたままの夏希を見てまさか、と尋ねた。
「…夏希、あんたさ、」
「…なに…」
「あの日から健二君と、話し、出来てないんじゃないでしょうね」
その言葉に夏希の背後に図星、という文字が浮かんだような気がして直美は思い切り溜息を吐いた。
「…何してんの、あんた」
どうしようもない子どもを見るような目で言われたその科白に夏希の頭がのろのろと上がった。
「だって、しょうがないんだもん…」
「何がしょうがないって言うのよ」
直美のその言葉に夏希はもう一度だって、と呟いて愚痴を零した。

「…家族の皆がさ、健二君を持っていっちゃうんだもん…」

あの日、健二が警察に事情聴取に向かう前、自分は健二に待っていると伝えたのだ。事実その通り自分は健二が帰ってくるのを待っていた。健二が戻ってきたら、一番に話しを聞く、そのつもりだった。
…のだが、事は夏希の考えの様にそう簡単には運ばなかった。

「健二君、頼まれたら嫌って言えない性格なのは十分知っていたはずなんだけど、」
家に戻ってきてからの健二は正に引手数多という言葉の通りで、あちらこちらからお呼びがかかる。その一声一声に律儀に対応している健二は決して嫌な顔は見せない。寧ろ、
「…名前、呼ばれて健二君、嬉しそうだったし…」
そんな顔を見てしまったら、
「私、呼ぶことなんて出来ないよ」
そういって重い溜息を吐く夏希に直美は何とも言えない顔で頭をかいた。
「…こんなこと言うのもねえ、どうかと思うんだけど、」
「なに?」
「あんたも、もっとちゃんと気持ち出さないと、」

健二君、とられちゃうわよ?

「…っそ、そんなこと、」
「ない、とも言い切れないと思うけど?」

思いだしたのは、彼の一途で真剣な眼差し。
この夏、自分たち家族を守るために彼がどれだけの勇気を振り絞って戦ってくれたのか、それは私たちが一番知っている事だ。私たちだけが、知っていればいい事だ。あの時の彼の姿は、本当に、
「思わず惚れちゃいそうなくらいかっこよかったもんねえ」
「……〜〜っ、直美さんの意地悪!」
夏希の言葉にけらけらと笑った直美は口に銜えたままだった煙草に火をつけて軽く吸い、煙を吐いた。
「ぐずぐずしていると、何処の馬の骨とも知れない輩に奪われちゃうかもよ〜?」
直美の言葉に手に力を込めて勢いよく立ちあがった夏希の耳に、遠くで健二を呼ぶ理香の声が聞こえた。
「ああ、噂をすれば、」
「私、いってくる!」
駆け出した夏希の後姿に直美は最後に声をかける。
「夏希―、ほっぺに畳みの痕、ついてるわよー」
嘘、と言う悲鳴のような叫び声が聞こえて、そうして直美は耐えきれないと言うように笑った。





and your skin
oh yeah your skin and bones
turn into something beautiful
and you know
for you I bleed myself dry





見詰める君の瞳の色に、





「悪いけどお願い、今夜はお客さんがまた来るって言うから、これだけ買ってきておいて欲しいのよ」
そう言った理香が健二と佳主馬にメモを渡した。
「…随分、あるけど、これ全部?」
「ああ、違う違う、全部なんて言わないわよ。重いものは後で取りに行くから、注文だけしておいて欲しいの」
「こっちは、買ってきてしまった方がいいんですか」
「そう、こっちはね、急ぎ必要なものだから」
「分かりました」
じゃあ、行ってくる、と二人が玄関に足を下ろしたその時、廊下の向こうから二人を引きとめる声が響いてきた。

「ちょっと、待って!」

振り返った健二はその瞬間、自分の顔に熱が集まるのを感じた。

「夏希姉、」
佳主馬が呟いた。さっきの声の主は夏希だったのだ。よほど慌てていたのか息がまだ整わない間に叫んだらしく、その場で膝に両手をついて肩で息をしている。
夏希先輩、と声をかけようとした健二だったが、喉がひりついて声が出ない。暑さのせいではない汗が頬を伝った。拭おうと手を上げたのと、夏希が顔を上げたのは同時だった。

「「……っ」」

お互いの顔をしっかりと見た瞬間同時に二人の呼吸が止まった。



「…理香おばさん、これ、どう思う?」
「どうもこうもないと思うんだけど?」
見たまんまじゃないの?
それはそうなんだけどさ、

そんな二人の会話は健二と夏希には一切聞こえてこない。二人の意識にあるのは、目の前のお互いの姿だけだったからだ。

この時を逃したら、チャンスはもうないのではないか?

健二は息を飲んで夏希の名を呼ぼうとした。が、不意に響いた手を叩く音に急速に意識がそちらに向いた。

「いいかしら?ご両人」
手を叩いた張本人の理香が健二と夏希の二人を見下ろしながら声を出した。
「買い物なんだけど、二人で行ってきて。寧ろ行ってきなさい。直ぐに行け」
「え?」
「はい、健二さん、これ」
「は?」
「メモ、忘れないでよ」
「へ?」
「夏希!あんたもこれ、頼んだわよ!」
「え、う、うん」
「じゃ、そう言う事だから」
「よろしくね」

言うだけ言って理香と佳主馬の二人は手を振りながら去っていった。
後に残されたのは茫然とした自分と、メモを手に呆気にとられている夏希の二人だ。

「…あの、夏希先輩、」
今、口から出てきたその人の名が自分でも驚くほどあっさり出てきた事に健二は気付いた。そのまま夏希の顔を見ようと顔を横に向けると、そこには同じく自分を見る夏希の顔があった。瞬間お互いに視線を外して反対を向く。握ったメモが手の汗でぐちゃぐちゃになってしまいそうだ、と健二は慌てて手を開いた。
「…健二君、」
呼ばれた自分の名前に健二の肩が跳ねる。
「はい、」
即座に返事をして後に続く言葉を待っていると、夏希がゆっくりと声に出した。
「…行こうか」
何に、とは聞かない。直ぐにはい、ともう一度返事を返して健二は自分の靴を探した。





it's true
look how they shine for you





二人は並んで道を歩く。その間二人の間に会話というものは無かった。ただひたすらに前を見て歩く。健二は一度来たことのある道だったのでそこに不安はない。だが、直ぐ隣の存在に心臓を持っていかれそうで、高鳴る心音を押さえようと右手を胸の上に置いた。深呼吸をしようにも、息が上手く吸えない。
(…陸に上がった魚って、こんな気分なのかな)
今の自分はまるでその魚だ、と健二が考えたその時、隣の夏希の様子が少しおかしいことに気付いた。さっきまで隣に歩いていたのに、今は少し遅れている。
(…歩く速度、速かった?)
内心で慌てて健二が夏希に声をかけようとした。が、夏希がその前にその場でしゃがみ込んでしまった。
「な、夏希先輩!?」
どこか具合でも悪くなったのか、と慌てた健二が夏希の肩に手を置こうとした。触れるか触れないか、という後僅かの距離で、地を這うような夏希の声が耳に届いた。
「………もう、私、駄目かも、」
「夏希先輩!大丈夫で」
「違うの」
頭を膝につけて横に首を振る夏希の背中を健二がそっと擦ろうとしたがその前に夏希が自分の名前を呼ぶ方が先だった。
「健二君、」
夏希の口から出る自分の名前が何か違う人の名前の様に聞こえる。健二がその先をじっと待っていると、夏希が瞳に涙を溜めてそっと呟いた。
「笑わないで、聞いてくれる…?」
目尻を赤く染めた夏希の顔に健二の頬の熱が上がる。首を縦に振って是を伝えると、夏希が口を開けた。
「…途中でね、何か変だなって思ったの」
「…はい」
「でもね、それがなんだか分からなかったの」
「はい」
「ずっと考えていて、今それが分かったの」
「はい」
「健二君」
「夏希先輩、」
そこまで言って夏希は自分の足元を指差した。その指の先を視線で追った健二はそこであるものを見て固まった。

「…サンダル、左右逆に履いていたの…」

見事に出来た靴擦れに赤くなった夏希の白い足を見て健二が慌てた。
「何で、もっと早くに言ってくれなかったんですか?」
慌てて自分の足の確認をし始めた健二に夏希は消えそうな声で呟いた。
「だって、」
「取り敢えず戻りましょう、ここじゃ何も出来ませんから、戻った方が」
だが、今はそれよりも夏希の手当てが先だ、と健二は夏希の声を遮って戻ろうと来た道に視線を向けようとした。だがそれは隣の夏希に阻まれた。
「…っ!…………夏希、先輩…?」
夏希に思い切り抱きつかれた健二はその場で固まった。夏希の身体から香る女の子らしい甘い香りに健二の意識が飛びそうになる。どれくらいそうしていたか、健二には分からなかった。だが暫くして、抱き締めてくる夏希の腕が僅かに震えている事に気付いた健二は、夏希の肩に手を置いて安心させるように名前を呼んだ。
「夏希先輩、」
自分の声にそっと顔を上げた夏希と至近距離で目を合わせることになった健二は、さっきまで収まっていた熱がまた上がるような気がした。だがそれは気のせいではなく、続く夏希の言葉に現実に上がることになった。

「…自分でも気付かなかった事に、健二君に笑われるんじゃないかって、思って。自分でもどうかしてるって。…すごく緊張しちゃって、なんだかよく分からなくなって、でも、だって、…もっと、傍に、健二君と一緒にいたかったんだもの」

その夏希の言葉に健二は空を仰ぎ、反則だ、と叫びたくなった。この夏、この貴重な経験の中で、自分は彼女の普段見ることの出来ないたくさんの表情を目にする機会を得た。そのどれもが魅力に溢れていて、自分の心臓を落ち着かなくさせたが、最後にもっと破壊力のある地雷が仕掛けられていた。

(本当に、なんて、)

「夏希先輩、かわいいです」

素直に自分の口から出た言葉を脳で理解したのは、目の前の夏希の顔が赤く染まったのを見てからだった。
(ぼ、僕、今無意識に、なんて事を…!?)
さらに体温が上がった気がする。健二が慌てて弁解しようとするよりも先に、夏希が笑った。

「健二君、私ね、ずっと待っていたんだ」
「先輩…」
「すっとね、待っていたんだよ」
そう言っていっそう頬を染めた夏希に健二が言うべき事はひとつだった。そう、自分の心の準備は、もうあの日にしていたのだから。


「夏希先輩、」



その名を呼ぶ事が今までとは違う意味を持つようになったのは、この日が始まり。





look at the stars
look how they shine for you
and all the things that you do















……………
本文中の英語歌詞は、Coldplay / Yellowから。
出遅れた感が否めませんが、どうしても書きたかった健夏でした。
ここまで読んで下さって有難うございました。









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