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交渉(その3)


 同日 一一〇〇時
   新市街

 瀬戸口は、途方にくれていた。
結局、待てど暮らせどののみは戻ってこなかったのだ。
一体何が原因だったのか、瀬戸口は首をひねりつつもひどくつまらなそうな表情を浮かべ、新市街をとぼとぼと歩いている。周囲からは好奇と慕情の視線が向けられているが、彼はそれを太陽の光程度にしか意識していなかった。
だから、その中に例の三人組の視線が紛れていたことにも当然気がついていない。
 ――一体、どうしちまったんだ?
 いくら考えても、自分に何かひどく手違いがあったとも思えない。いくらやっても答えは出ないので、気分転換でも、と周囲を見回し――身体が凍りついた。反射的に身を隠してしまったのはどうしてだか自分でもよく分からない。
 彼の視線の先、奇跡的に開いていたファーストフードの店内に、ののみと、そして速水が向かい合って座っていた。
「なっ!」
アスファルトをぶち抜きそうな勢いであごを落としながら、その様子を見てしまった瀬戸口であったが、自分の見ているものが信じられなかった。
 ――な、何なんだ何なんだ一体速水お前は落ち込んでいたんじゃないのかいつの間にののみに声をかけていたんだののみもなんでそれにOKしてるんだおまけに顔まで赤くしちゃっていい雰囲気で俺との約束はすっぽかしかよ一体どうして何がどうなってるの?
 彼の心境を端的に述べるなら、こんなところであろうか。
 思考のスパゲッティをほどく事が出来ないまま、瀬戸口は呆然と立ち尽くしていた。
 ……周囲の人間が生温かい視線を向けつつ、さり気に瀬戸口から進路をはずしていたということは彼の名誉のために言わないでおこう。
 言ったけど。

店自体はあちこちが破損していたが、意外なほどの活気があった。
「……というわけだ」
 ジュースに軽く口をつけながら、ののみ――いや、舞はようやくのことで説明を終えた。
さすがに先ほどまでの格好はあまりなので、速水が埃を払い、髪を整え、埃を拭ってやったので(もちろん本人は強硬に反対したが)見栄えはだいぶましになっている。ただし、姿に似合わぬ話し振りのせいか、周囲からの視線が遠慮なく突き刺さるのは少しうっとうしかった。
「そうだったんだ、恵さんが……」
「うむ」
 ――プレゼントとは、こういうことだったのだな。
 話し振りからすれば、本来は恵本人がこうなる予定だったのだろう。舞は(以降は、このように表記する)、ジュースをじっと見つめながらそんなことを考えていた。

「……これは、面白いことになってきましたねえ」
 思わず奥様言葉まで忘れ、善行は深く頷いた。
「ホントね。でも意外よね、あの速水君がねえ……」
原の目はいまや獲物を見つけた肉食獣のごとくである。若宮は偵察のためにここにはいなかったが、似たような感想を持っているであろうことは言を待たない。
「そこが、ちょっと気にはなるんですけどね……マイクの準備はどうです?」
「ちょっと待って、もう少し……」
 原は、超高指向性マイクを向けながら慎重にダイヤルを操作した。店内とはいえあちこち隙間だらけだから音を拾うのにさして苦労はしないだろう。
 突然、小さいながらも明瞭に、二人の会話とおぼしき音声が流れ込んできた。
「よし、捕まえたわ……!?」
 が、最初の数語を聞いたとたん、原の表情は引きつった。前行は黙ったまま原が差し出したレシーバーを怪訝そうに受け取るが、数秒で似たような表情になる。
「司令、ただ今戻りました……? どうなさいました、司令? 素子さん?」
「……何でもありません、作戦を継続しましょう」
 妙に硬い表情を浮かべながら、善行はそれだけを言った。

 グラスの氷が、からん、と音を立てた。
「そういえば……どう? 歩き方とか大丈夫?」
「う、うむ。だいぶ慣れたようだ」
「そう? でも気をつけないと駄目だよ?」
 苦笑する速水に、舞もあいまいな笑みを返した。
「さて、と、じゃあどうしようかな……」
「あ、あのだな、厚志」
「どうしたの? ……うわっ!?」
 いきなり手をとられた速水は目を白黒させながら舞を見た。彼女の瞳には明らかに決意の色が浮かんでいる。
「し、新市街を歩くぞ! ついてくるがよい!」
「わ、ちょ、ちょっと待って……!」
 予想外の力で引っ張られた速水は、なすすべもなく外に連れ出され、他の客は呆然と見送るだけであった。
「むっ!!」
 物陰から様子をうかがっていた瀬戸口は、二人が歩き出すやいなや、一定の距離をおいて後をつけ始めた。そして、さらにその後を奥様戦隊が(むろん、めだたぬように)追いかけるという、怪しさ満載の追跡行が始まった。

 結論から言えば、新市街の散策は楽しみに満ちていた。
本人が大丈夫と主張していても、ののみの身体に完全に適合していないせいかその足取りはやはりどこかおぼつかなかった。速水は舞の前に立ち後ろから支えることで、少しでも歩きやすいように努めていたが、そんな中で街路をゆっくりと散策し、面白そうな店があればそれを覗き、ささやかな買い物をし……なんということもない、どこにでもありそうな、そして限りなく貴重な時間が二人の間を流れていった。
「でも舞、急に、どうして?」
 新市街を離れた頃、速水はポツリと呟いた。今の舞に長時間の行動はかなりきついに違いないのに。
「……厚志、そなたは忘れたのか? や、約束したではないか……。そなたの言ったことだぞ?」
 舞はそっと顔を上げると、小さな声でそっと訊ねた。
「……あっ」
 ほんの少し試案顔をしていた速水は、思わず目を見開いた。
 ――今度の日曜日、大丈夫だよね?
 そう、それはかつて交わされた大切な、しかし二度と果たされないだろうと思われた約束。
「思い出したか?」
「う、うん。そうか、だから……」
「これで、あの時の約束は守れたな」
 嬉しかった。舞が約束を覚えていてくれたことが。
 そして、その約束を果たそうとしてくれたことが。
 速水は視界がにじみそうになるのをこらえながら、礼を言うべく舞を振り返り――そして見た。
微笑む舞――ののみの身体――の後ろに、かすかに青くきらめくかつての舞の姿を。
 同調か、幻視か……。過去に習い覚えたいずれかの能力がそれを見せたものか。速水はただ、それに素直に感謝し、そして舞の頭をそっとなでた。
「ありがとう、舞」
「れ、礼なら恵に言え。そ、それとだな、その……あまり、子ども扱いを……するな」
「今は、ピッタリな気がするんだけど?」
 一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべた舞だったが、やがてクスリと小さく笑った。
「違いないな」
 その笑顔、かつて見たものとは違う、だが確かに舞そのものの表情に、速水の胸はかすかに高鳴りと――痛みを覚えた。
「ひゃっ!?」
 突然、舞がバランスを崩した。危うく転びそうになるところを、救い上げるようにして速水が支える。。
「大丈夫? やっぱり慣れてないんだから気をつけないと」
「う、うむ……」
 ――い、いや違う、今のは……。
 だが、その懸念ははっきりした言葉になることはなかった。速水がとんでもない行動に出たのだ。
「ようし、じゃあ……」
「ひゃうんっ!?」
 とつぜん、脚の間に違和感があったかと思うと、次の瞬間には舞は空中にいた。
いわゆる、肩車というやつである。
「こ、こら厚志っ、ななな何をするっ!?」
「だって、この方が楽でしょ?」
「そ、それはっ、そうだがっ……!」
 背負ってもらう気恥ずかしさと物理的なくすぐったさに、舞は完熟トマト並に頬を染めて俯いてしまった。
「気にしない気にしない。さっ、どこかでちょっと休もう?」
「お前が気にしなくても、私が気にするのだっ!」
「まあ、いいからいいから」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」

「くあああぁ、は、速水ぃ、お前何やってるんだ……」
 瀬戸口、滂沱と流れる涙で男前が台無しである。
「……彼、どうにかしたほうがいいんじゃない?」
「……放っておきましょう」
「……同感ですな」
 奥様戦隊の任務に、保護更生という言葉はないのである。

 同日 一七〇〇時
今町公園

 日はだいぶ西に傾き、公園内の全てのものは紅く染められていた。天を見れば、そろそろ夜の気配も忍び寄っている。
 二人は、公園のベンチに並んで座りながら、たゆたうような時間を過ごしていた。
「舞、疲れた?」
「……肩車が、一番疲れた」
 これには速水も苦笑するしかない。
「お前の、そういうところが、嫌いだ。でも……その、少しは、楽しかった……ぞ」
 そっと肩に手が置かれ、舞は瞬間はっとしたが、そのまま速水に身体をゆったりと預けた。
「ありがとう……舞。今日のことは忘れないよ」
 舞ははっと顔を上げた。速水の語尾はかすかに震えていた。
「厚志……」
 速水の目元に、かすかに光るものがあった。
「舞……」
 胸の中に何かがこみ上げてくるのが苦しかった。舞は一瞬、己の状況を忘れた。
 すなわち、そっと目を閉じたのである。
 心臓の高鳴りがうるさい。意識が飛んでしまいそうだ。
 速水はそんな舞の姿を見て、胸がひどくざわめくのを抑えられなかった。
頬に手を添えると、優しく引き寄せ――
「こここ、こらぁっ!! ちょっとそこ待ていっ!!」
 突然、明らかに怒りのこもった声が静寂を引き裂いた。
 速水がはっと目を見開けば、目の前にあるのはののみの顔。
 自らが何をしようとしているのかにようやく気がつくと、慌てて手を離した。
「坊や、お前今一体ののみに何をしようとした!」
 瀬戸口パパ、ご乱心。まあ、誰だって娘に目の前であんなことされちゃあ冷静ではいられまいが。
「え、いや、だって、その、あの……」
 さて、なんと言って言い訳したものかと途方に暮れる速水の耳に、意外な声が聞こえてきた。
「ふぇ? ここどこ
? あっちゃんに、たかちゃん?」
「ののみっ!? 大丈夫か? 何もされてないか?」
「ちょっと待って! それじゃあ何かしたみたいじゃ……」
 してた。今十分してた。
「え、もしかして……」
 舞は――いや、今は元に戻ったののみはきょとんと二人を見上げている。全く何がなんだか状況がつかめない様子だが、速水のほうをじっと見ると、ちょっと顔を赤らめて、
「ふえぇ、あっちゃん、ののみにちゅーしようとしたの?」

と言うではないか。
「の、ののみちゃん……」
「……速水」
 背後から刃にも似た殺気が襲い掛かってきた。振り返りたくはないけど、恐る恐る見たものは――。
 まさに、鬼。
「あ、その、瀬戸口君? ちょっと、待っ……」
「問答無用!」
雄たけびと共に、まるで黒い疾風のように瀬戸口が襲いかかった。速水は身体をひねることでかろうじて交わすが、風圧だけでも皮膚が切れそうだった。
父は強し。
 後ろを見る間もあらばこそ、速水は後先考えぬ逃走を開始した。土煙を上げながら瀬戸口も後を追いかける。
 どうなるかは神のみぞ知る、であった。
「……まいちゃん?」
 一人残されたののみは、ポツリと呟いた。

「どうするの? 今日の成果は」
 修羅場を横目に見つつ、原はどこか気の抜けたような表情で訊ねた。口調までどことなく投げやりだ。
「……我々にも、いくつかルールというものはありますからね。今回はどう思います?」
 婉曲な表現で善行は問い返したが、否や、はなかった。若宮も今は神妙な表情を浮かべている。先ほどの会話、かつての戦闘での一件、今の彼の態度、そして……士翼号。
パーツは既に存在していたのだ。
 ある種の理解に到達した今となっては、どうすべきかは自明の理であった。
「決まりですね。さあ、引き揚げましょう」
 三人は、風を食らったようにその場を後にした。
「まあ、記録まで消すこともないとは思いますがね」
 ……最後まで、ただでは済ませない連中であった。

 同日 一八三〇時
   小隊整備ハンガー内

気がついたのは、士翼号の中であった。どうやら舞は再び戻されたらしい。
『あ……』
舞は、とてつもない脱力感と――少しだけ残念に思いかけ、慌ててその考えを打ち消した。いまや肉体の感覚は再び失われたが、それでも先程まで速水とつないでいた手の温もりははっきりと覚えていた。
その温もりが、舞にはいとおしかった。
「恵よ、感謝を……」
と、そこに再び出撃命令が響き渡る。
駆け込んでくる小隊メンバーに混じって、速水もコックピットに飛び込んで来た。見ると、あちこち傷だらけだ。聞かずとも経過を正確に推察できた舞は苦笑の気配を浮かべた。速水も照れ臭そうにほほ笑み返す。
今、絆は確かに存在していた。
『瀬戸口はどうしたのだ?』
「うーん、納得したというか、なんというか……」
 速水はあいまいな答えを返したが、同じ頃指揮車内では、同じく傷だらけの瀬戸口が大きなくしゃみをしていた。
「へくしょっ! ……痛っ、あの野郎、思いっきり殴りやがった……」
 それに耐えられた瀬戸口も、大したものではある。
「たかちゃん、だいじょーぶ?」
「あ、ああ。このくらい何でもないさ。……速水、今のところは信じておいてやるよ。そういうこともあるだろうからな」
 これもまた、けして彼にとって夢想でも何でもなかった。

『全機、出撃準備と為せ、繰り返す、全機、出撃準備と為せ!』
 瀬戸口の張りのある声がスピーカーから響く。
「了解! 行くよ、舞!」
『うむ! まかせるがよい!』
 士翼号はゆっくりと動き出すと、トレーラーに向けて歩き出した。

 この日の戦闘で、速水の撃墜数は二八四に達した。
撃墜数三〇〇まで、あと、一六。
幕間――密会

 一九九九年五月三日(月) 〇二〇〇時
   プレハブ校舎屋上

 ようやく整備の終わった校舎は再び静けさを取り戻した。
 プレハブ校舎も全て電気が消され、闇の中、月明かりの中にその姿を青黒く浮かび上がらせていた。
 と、階段がきしむ音が、小さく響く。音は二階から屋上へと移動していった。
「……来てくれましたか、速水君」
 岩田は、普段の奇矯な言動など想像も出来ないような理性と知性にあふれた声で呼びかけた。傍らには萌が立っていた。
 屋上のはずれでは、ブータが興味なさげに座り込んでいる。
「これはちょっとどうかと思うけどね」
 速水は手にした紙を苦笑しながら放り投げた。
紙には「屋上にて待つ 岩田」と書かれていた。
「急なことで申し訳ありません。……単刀直入に言います。士翼号、あの人型戦車には舞さんがいますね?」
 速水の上体が、動揺を示すようにぐらりと揺れる。
「すみません、カマをかけさせてもらいました。でも、どうやら本当のようですね」
「……何で、気がついたの?」
 声が一変していた。氷の刃を仕込んだような、感情のこもらぬ声。岩田でさえ、背筋を寒いものが走り抜けていった。
「最初は、八代での戦いの時です。あなたの士翼号へのこだわりは尋常ではなかった。例えあれが舞――芝村さんの陳情品だったとしてもね。むしろそれより大切なものが、あの士翼号にはあるのではないか? そう思ったんです。それに」
「私……聞いた……の、声……。芝村さん……の……叫びを」
 萌が、補足するように呟いた。速水は小さく頷いた。覚えのあることだった。
「で、あれやこれやと考え、結論にたどり着いたわけです」
「……で、どうしようと言うの?」
 萌の声が、闇をわたる音色のように流れた。
「まあ、落ち着いてください。……少し、話をしても良いですかね?」
 岩田は悠然とした態度を崩さぬまま、手で速水を制した。
 速水の中ではいくつもの想定が素早く、かつ冷徹に走っていたが、どうやら一番穏健な案が採用されたらしい。
 黙って頷き、先を促したのだ。
「ありがとうございます。……実は、私はあなたたちがこの世界の歴史を変えてくれる存在だと思っているんですよ。ああ、信じてもらわなくても結構。私の振る舞いはご存知でしょうからね」
 複数形を強調した岩田は、おどけた口調とは正反対に、彼の瞳と声には真摯さがあふれていた。速水は何も言わない。
「……ところが、先の熊本城攻防戦であのようなことがあった。その時点では速水君、あなたはとてつもない危険人物になるはずでした。だがそうはならなかった、なぜか? 芝村さんが今もいるからでしょう。ならば、何も問題がないはずでした」
「……それで、何か問題が?」
「あなたは、士翼号がいつまでも存在すると思いますか?」
 初めて、速水の瞳に動揺が走った。それは速水も幾度となく考えた問題だった。
 士翼号はいわばオーバーテクノロジーの塊である。それは他に懸絶する機動力を見るまでもない。
今はいいだろう、戦争中にわざわざ戦力を弱めたがる莫迦はそうはいない。だがもし戦争が終わったら? 舞の言う「竜」を「赦し」た後、士翼号の存在意義は?
「おそらく士翼号は即刻回収されるでしょう。それほどの戦力を軍中枢が放っておくわけがない。そのとき、芝村さんがどうなるかは言うまでもないでしょう」
 速水は頷いた。顔に脂汗が浮いている。
「……それじゃ困るんですよ。ようやく道が開けた後に、豹変したあなたにまた道を潰されてはね。その時にはあなたを殺すべきかも、とも思いましたが……」
 速水の手が、ぴくりとうごく。岩田はかすかに苦笑した。
「でもね、困ったことに私はあなたたちが好きなんですよ。だから考えた。あなたを死なせられないのなら、芝村さんを再生させればいいと」
 風が、三人の間を流れた。しばらくして速水が、のろのろと口を開く。胸の中では様々な激情が荒れ狂っていた。
「再生、だって? 舞の?」
「ええ」
「……人形を作るのなら、お断りだよ」
 それこそ、舞に対する最大の冒涜に他ならない。
「私もそう思います。それが、この計画を踏み出せなかった原因でもある。だが、士翼号に『彼女』がいるのなら、彼女自身であるところの『芝村舞』を取り戻せるかも知れない」
「本当、に? ……本当に出来るの、そんなことが?」
 すがるような速水の声に、岩田はあくまで冷静だった。その中には彼自身の激情を示すものは何もない。
「可能性はあります。それがきわめて低いのは確かですが、このままで終わらせるつもりもない。賭けますか、私に?」
 痛いほどの沈黙の後、速水は黙って頷いた。
「……ひとつ、いいかい?」
「何なりと」
「君は、なんでそこまで関わろうとするの?」
「私なりに、運命に反逆したい。それだけです。……ああそう、これに目を通しておいてください」
岩田が渡したファイルの表紙には、「アルラウネ製法」とだけ書かれていた。

 全ての人間が去った後、少し離れたところに座り込んでいたブータが、ふっと顔を上げた。
 そして、速水の去ったほうをしばらくじっと見つめていたが、やがて小さくため息をひとつつくと、驚くほど歳経てきたことをしのばせる、重い、だが落ち着いた声で呟きだした。
「それにしても……。お前は、人でありながら、人以上になろうとするか」
 ブータは、速水が消えた方向をじっと見つめている。
「……気をつけよ。今、お前は人と伝説の境界線におる。それ以上殺しつづければ、人として生をまっとうすること、かなわぬぞ。強すぎる者は、いつの世も、人として生きることを許されず、伝説となる。……人外の、伝説に、な」
 いったん途切れた声が、また、風に乗るように流れ始めた。それは幾重にも重なる波のように、繰り返し、さざめきながら闇に溶け込んでいく。
「人よ。友として忠告する。こちらには来るな」
「限りある生を、まっとうせよ。永遠に生きるということは永遠に戦うこと、それは悲しみと苦しみ以外の何物でもない。 我らは生を離れれど、心は不死ではないのだ」
「だから友よ、心より忠告する。あしきゆめを殺す手を休め、人として生きよ……。そなたの想い人とともにある方法は、ひとつではないのだ……」
(第三章おわり 第四章に続く)


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