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承前


 麦穂落ちて新たな麦となるように、芝村舞は落ちて新たなものとなる。その身と魂は、われらの知らぬところで、新たな生となるだろう。





 波間を漂うような定かならぬ浮揚感が全身を包んでいる。周囲は闇に閉ざされ、何も見ることは出来ない。
 どことも知れぬ世界の中を、舞はゆっくりと漂っていた。
 時も、場所も、ここでは全て意味を失っていた。
 漂い続けるうちに、波打ち際にある砂の城のように、世界と自分が溶け合い、己の輪郭――あるいはそうだと思っているもの――が徐々にぼやけていくのが分かった。
 ――これが、「死」というものなのか。意外にあっけないものだったのだな。
 舞は、己の心が割と冷静であることに驚いたが、それなりのことはやったという思いがあるし、さして心残りは――
 その時、舞は目の前にいつもながらのぽややんな、だが、どこか寂しそうな笑顔が自分を見つめているのに気がついた。
 ――厚志。
 わずかな疼きを覚える。
 ――勝手なものだな私は。あやつには心配するなといっておきながら、自分はこのざまか。なんという……。
 だが、敢えて否定する気にもなれなかった。それに、体が溶け崩れていくような感覚は一層激しくなっていく。程なくして周囲と一体化してしまうのかもしれなかった。
 ――それもよかろう。いつまでも思い悩むのは芝村らしくもない所業だ。だが、厚志、すまぬ……。
『汝が運命、いまだ終わらず。我らはこのような結末に断固反逆する』
 突如声が聞こえたのはそんなときだった。拡散しかけた意識が再び集まり始めた。思考がはっきりしてくる。
 ――誰だ?
 舞が意識を向けると、重々しい、だが決して不快ではない声が「聞こえ」た。
『我らはこの運命に反抗する。我らは争いが終結することを切望する。我らは、我らが意志の実現を熱望する』
 ――そなたらの意志、だと? それは一体何だ?
『平和。そして世界の安息』
 単純なのか壮大なのか判別しかねる返答に、舞はなんと答えたらよいのか分からず、しばし黙り込んだ。だが同時に、稚気すら感じる答えに、猛烈なおかしみも感じていた。体があれば大声で笑い出したいような気分だった。
 ――これは良い。そなたらは私に再び剣を取りて戦えと言うのか。己の身体を失ったこの私に?
 自嘲気味の舞に返って来たのは予想外の――あるいは予期していたかもしれない――答えだった。
『方法はある』
 ――なんだと!?
 舞の声ならぬ声が、周囲の空間を震わせた。相手は全く動じる気配もなく淡々と語る。
『方法はある。必要なのは汝、そして、意志。汝、新たなる運命を受け入れる覚悟はあるや?』
 舞の中でいくつもの思考が激しく渦巻き、ぶつかりあった。
答えはすぐに出た。
本来、他人の思惑に乗せられて運命を素直に受け入れるなど、己の望むところではない。運命を受け入れる時は、散々抗い、打ち砕き、切り開き、精一杯の努力と抵抗をした結果としてやむを得ず従うものと信じていたからだ。
そう、ちょうどつい先ほどまでのように。
それも、手段があるのなら話は別だ。
 ――よかろう。そなたらが何者かは知らぬが、その運命とやらを見せてもらおう。だが、それは唯々諾々と従うにあらず。運命とは本来切り開くもの。そなたらにはその足がかりとなってもらうのだと知るがよい。
『その心意気やよし』
「誰か」はどことなく面白がっているようだった。
 舞にはそれが少し不快ではあったが、すでに心は悍馬のごとく奮い立っていた。
『我らが意志、そなたに託す。新たなる時代の動輪は今再びめぐり始めた。願わくば、汝が汝と我らの意志もて新たなる流れを掴み取らんことを。そして告げん、我が名は――』
 最後の言葉が形になる前に、舞は「身体」がばらばらにされ、再構成されるような感覚に襲われ――。
理解に到達する前に、世界が暗転した。


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