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電信(終話)


 一方の舞は、あいも変わらず全力で駆け続け、充分な距離を取ったとおぼしきところでようやくその足を緩めた。
「む、むむーっ!」
 手の中で何かが暴れるのに気がつき、そこで初めて今だののみの口を塞いだままだったのに気がついた。
 これでは本当の幼女誘拐である。慌てて手を離した。
「ぷはあっ! む〜、まいちゃん、くるしかったのよ」
「す、すまぬののみ。なにせあやつにだけは聞かれたくなかったのでな……」
 舞がすまなそうに小さくなっていると、ののみはにっこりと笑って見せた。
「うん、わかったのよ。でもまいちゃん。おへやのそうじがそんなにだいじなひみつなの?」
 舞の額に、玉の汗がいくつか吹き出てくる。
「そ、そうだ。部屋などはいつも身だしなみとして充分に整理整頓をしておかねばな……」
「そのわりにはまいちゃんのおへやって、どうしていつもきたないの?」
「うぐ……、そ、それはだな……」
「ねえ、どうして?」
 舞は言葉を詰まらせたまま、ののみの悪意なき攻撃になすすべがなかった。
 舞姫完敗の巻である。

 ……それにしても、子供って本当に容赦なし。

   ***

 明けて、翌一一日(日)。
 二人の姿は舞の部屋に見出すことが出来た。
 既に周囲はとっぷりと日が暮れて、夜の帳が当たりに忍び寄ろうとしている。茜色から藍色に移り変わり、地上の何もかもが闇に塗り込められようとしていく、そんな時刻だった。
 周囲に抵抗するかのように灯火が漏れる窓から中を見れば、二人はこれから夕食を摂ろうとするところのようだ。
「ののみ、そこの皿を取ってくれるか?」
「はい、どーぞ。……ふええ、それにしてもいっぱいやることあったねえ。まいちゃん、おそうじはためたりしちゃめーなのよ? こーゆーのはまいにちのつみかさねがじゅーよーなのよ」
 結局一日がかりとなってしまった掃除をそう評されて、舞としては一言もなかった。。
「う、うむ。そうだな、以後気をつけることにしよう」
 お子様に部屋の掃除について諭される末姫。
 ……絵になる……かなぁ?
 シチューをそそいだ皿をののみの前においてやりながら、舞もエプロンを外して席に着く。
「では、食するとしようか」
「わーい! いただきまーす!」
 どうやら本当に腹ペコのようだったののみは、嬉しそうに挨拶をすると、シチューを口へと運んだ。
「おいしーい! まいちゃん、これ、おいしいのよ」
「そうか、それは良かった。まだたくさん作ってあるからな」
「うんっ!」
 ――速水に習ったのが役に立ったか。
 そんなことを考えながら、舞もシチューを口に運んだ。
「でもまいちゃん、どうしていきなりそうじをしようなんておもったの?」
「ウグッ!! ゲホッ、ゲホッ!!」
 思わぬことを聞かれむせ続ける舞を、ののみは心配そうな目で見つめていた。
「ふええ、ま、まいちゃん、だいじょーぶ?」
「だ、大丈夫だ……。ううううむ、それはだな……」
 まさか、速水にきつく言い渡されているのをサボったためとはとてもいえなかったので、勢いその言い訳は実にアヤしげなモノとなっていく。
「ま、まあそれだけ部屋については反省したと言うことなのだ、うむ」
「ふえぇ……?」
 ののみの頭の上では、?マークが大乱舞していた。
「ま、まあ良いではないか。さ、さめないうちに食べるとしよう」
 半ば強引にその場を収拾してしまうと、舞はかきこむようにしてシチューを食べ始めた。

 紅茶を用意してソファに座り込んだ二人は、出撃がかからなかったこともあってか久しぶりにゆったりとした時間を過ごしていた。なんというかこう見えても結構仲のいい二人を見ていると、まるで姉妹のようでもある。
 テレビでは、あいも変わらず愚にもつかない戦意高揚映画やニュースなどをやっているが、まあ、見るほうもまともに見ていないのだから大した問題ではない。
 と、そのシーンの一つで、なにやら長短の一連の音の組み合わせが聞こえてきた。
「ふえぇ、まいちゃん、このおとなぁに?」
「モールス信号だな」
「もーるす?」
「うむ、文字をツー・トンという長短の音で表すのだ」
 音声信号が具体的に実用化する以前、どうにかして情報をお互いにやり取りするために、情報伝達手段として発明された、無線通信用の信号をさす。
 第二次防衛戦時などでは、旧幕府軍などでも航空機用、艦船用の通信として用いられていたが、今では通常の音声通信+スクランブラー技術が発達したために軍用としてはかえって使用されていない。
「我らのカリキュラムに入っていないのも、まあ、無理もないかも知れんな」
「ふええ、そうなの? でも、おもしろそう! ねえねえののみにおしえて!」
「何だと? だが、使うようなことなど多分」
「おしえて、おしえて、おしえて〜!」
 こうなってしまったら舞に勝ち目などあるはずもない。彼女は大きなため息を一つついた。
「まったく……。まあよい。それならこれを……」
 そう言って舞は、自分の蔵書の中からモールス信号について載っている本を引っ張り出してきた。
 どうせすぐ飽きるだろうと舞は読んでいたらしいが、どっこい子供の集中力はそこまで甘いものではなかった。
 ののみがすっかり面白がってしまって、結局彼女は夜遅くまで付き合うことになったのだ。
 
   ***

 次の日から、一組教室では奇妙な光景が見られるようになった。
 休み時間や授業中など、とても小さいがリズミカルな音がののみの席のあたりから聞こえてくるようになったのだ。
 もともと学校で行なっている授業は、彼女にとっては難しすぎると言う部分も多々あったので、少々手いたずらなどをしていても大目に見られていた。
 それもあってか、彼女がこういうことをしていても特に誰も気にしなかったのだが、不思議なのはそれに時々答えるような音が聞こえてきたことである。
 もちろん、非常に小さい音なので、注意深く聞いていなければ分かりはしなかったが。
 それら音と音のつながりは、途切れながらまた復活するという感じで続き、そしてののみは音が聞こえるたびに大きな笑みを浮かべるのであった。
 ただ、それを怪しむ者が全くいないわけでもなくて。
 特にその筆頭が……。

「舞、ののみちゃん、ちょっといいかな?」
「ふええ、どうしたの?」
 とある休み時間、速水はこう唐突に切り出した。
「いや、ちょっと……こっちへ」
そういって二人を教室の隅へ引っ張っていくと、おもむろに小声で話し始めた。
「あのさ、とっても楽しそうなんで言いにくいんだけど、モールス信号で今夜のおかずの予測を伝え合うのってやめたほうがいいと思うんだけど」
「なっ、なぬをっ!? そ、そなた、分かったのか?」
 舞は驚きを隠せなかった。ののみも目をまん丸にしている。速水はすまなそうに続けた。
「ごめん、悪いとは思ったんだけど、全部分かっちゃった」
「あーっ、あっちゃん、ひみつのつうしんなのにきいちゃめーっ!」
 ののみは頬を膨らませて抗議をするが、こればかりはどうしようもない。暗号化されていないモールスの欠点でもあるのだから。
「といっても仕方ないよ。コードさえ分かれば誰にでも使えるし、僕それ知ってるし」
「ほう、そなた良く知ってるな? 今はあまり使用されないはずだがな」
「ん、いや、ちょっとね」
 ……まさか、彼も似たようなことを考えていましたとはさすがに言えず、あいまいにごまかすしかなかった。
「でさ、ものは相談なんだけど……僕も参加しちゃダメかな、これ?」
『……はあ?』

 かくして、今度は三ヵ所から謎の音が出ることになったのだが……。
 一つ違うのは、時々舞の机のあたりから鉛筆をへし折る音が聞こえたり、ののみが「ふええ〜」とか言いながら真っ赤になったりするようになったりしたことだろうか?
 ……一体、何を通信してるのやら。

 そういえば、このときの教官は坂上だったが、なぜか彼はうっすらと笑いを浮かべていたという。
 ちなみに、自衛軍ではモールスは一応必修技能だそうな。

   ***

「滝川、左に回って! 壬生屋さんが押されてる!」
『わあった! 幻獣どもめ、これでもくらえっ!!』
 気合声に九二ミリライフルの重厚な発射音が響きあう。狙撃を得意とする滝川の放った砲弾は、みごとにナーガの胴体部を吹き飛ばした。
『へっ、ざまあみやがれ!』
「油断するな! 二時方向、キメラ三!」
 次々に襲い来るレーザーを紙一重の位置でかわすと、速水はジャイアントアサルトのトリガーを引いた。
二〇ミリ硬化テクタイト弾が擬似頭部をばらばらに引き裂いた。
「こちら舞、友軍の撤退はまだ完了せんのか?」
『現在、友軍の八割は市街地からの撤退を完了。もう少しでモンスターからの支援を受けられます。それまでもう少ししのいでください』
「……了解だ」
 舞はいささか不満げな表情のまま、通信を打ち切った。
 ――主導権を握れない戦いが、こうもやりにくいものだとはな。
 現在、五一二一小隊は再び八代戦区にあり、要請により撤退戦の援護を行なっていた。
 なぜそんなことになっているかといえば、ここの戦力配備状況に原因を求めることが出来るかもしれない。
 この地区の敵味方戦力比は実に七対一まで広がっており、戦力自乗の法則に従うならば、兵を配置しておくだけ無駄、という状況だった。
 だとしても民心の安定のためにはある程度の部隊を配置せざるを得ず、だからこそ苦戦も強いられる。
 そこで、とある部隊の副官が一計を案じ、撤退戦を演じながら動きの取れない市街地に幻獣を誘い込み、「やまと」の主砲で一挙に叩き潰してしまおうとした。
 発想自体は特に問題のないものだったが、一つ誤算があったとすれば、敵を引き付ける役の部隊があっさりと壊滅してしまって、本当に撤退を必要とする部隊に危機が迫りつつあるということだったろうか。
 おかげで、単なる援軍としてきたはずの五一二一小隊が、敵を引き付ける餌としての役割を果たさざるをえなくなってしまったのだ。
 それが最初に告げられたとき、作戦を最初に考えた副官に対して非難の声が集中したが、件の副官はその声を聞くことが出来なかった。
 今、彼は八代市街のどこかで、破壊された指揮車の周辺にばらばらに散らばっていたから。

   ***

 それでも全軍の最後尾につき、バランスをとりながら後退を続けてきた五一二一小隊だったが、ついにその均衡が破れるときがきた。
『うわぁっ!』
「滝川!」
『滝川機、被弾! 速度低下!』
「まずいな、このままでは二番機が追いつかれてしまう。厚志、かく乱するぞ。コース取りは任せた」
「了解、右翼から接近する」
 そう言うと、三番機はジャンプを繰り返しつつ、あえて目立つ機動で接近を続けた。これに気づいた幻獣たちの射線が次々に合い始め、同時に二番機はフリーになっていく。
「滝川! しばらくの間射線は引き受けるから、今のうちに逃げてっ!」
『速水か! わりい、サンキュー!』
 明らかに動作がおかしくなっている左足を無理やり動かしながら、二番機は再び後退を開始した。
「よし、ミサイル発射シークエンス動発、カウントダウンは一〇秒」
「え? もう?」
「今は目前の敵を混乱させるのが先だ。突っ込め!」
「了解、ちょっときついから気をつけて!」
 とたんに、先ほどまでとは桁違いのGが二人に襲いかかる。速水が全力でのロングジャンプを敢行したのだ。
 全身が軋みをあげる中、舞は歯を食いしばっていたが、その目はモニターから離れず、その指先は次々に目標にロックをかけていく。
「動発三秒前……二……一……」
 最後のロングジャンプを敢行した三番機は、アスファルトに火花を散らせながら急制動をかけ、敵のど真ん中に停止した。
「発射!」
 腰部ランチャーのハッチが一斉に開き、プラスチックのカバーを突き破りながら二四発の「ジャベリン改」ミサイルが幻獣に襲いかかり、次々に炎の中へと沈めていく。
 成功した。
 あるいはそこに油断があったのか。
 再びジャンプしようとしたその一瞬の隙を狙うかのように、絶命寸前のキメラが最後のレーザーを発射。
 それは三番機の足元へと伸び、右足首から下をただのスクラップへと変えた。

   ***

「三番機被弾! 左足首折損、速度低下、神経接続に一部故障発生!」
 善行はその報告に接して、歯をかみ鳴らすのを抑えるのが精一杯だった。
「三番機、応答せよ! おい、速水、芝村!」
 必死の呼びかけに、やがて雑音交じりではあるが通信が飛び込んできた。
『……怒鳴ら……聞こえている。どうやら足だけでなく通信系までダメージ……受けたよう……』
「瀬戸口君、二番機は突入できますか?」
「無理です、あれも速度が低下しています。おそらく的になる以上のことは出来ないでしょう」
「……」
「さんばんき、かんぜんにほういされました!」
 期せずして、全員の目がモニターに注がれた。
 三番機を示す青いシンボルは、いまや赤いシンボルに十重二十重と囲まれつつあった。

「どうやら、完全に包囲されたみたい」
 格闘戦の準備を整えつつ、冷静な声のまま速水は言った。
 だが、彼とてこのままでは包囲を突破できないのは承知していた。なにより機動力が絶対的に不足している。
「幻獣の数は?」
「およそ六〇」
 ――圧倒的とか、そういうレベルではないな。
 舞もいまだ冷静さは失っていなかったが、状況が絶望的であることだけは認めざるをえなかった。
 援護の要請も――無駄だ。士魂号が増えても各個撃破されるのがオチだ。
 支援砲撃もこう近くては――
 そこまで考えた舞は、ふと手を止め、次に猛烈な勢いで検索を開始し――目指すものを発見した。
「舞?」
「厚志、右手前方を見ろ」
 同時に拡大された視界内にシンボルディスプレイが浮かび上がる。半ば崩れかけたビル、その下に――
「で、これだ」
 今度は付近の戦力一覧が表示された。一箇所赤く光っている。
「……なるほどね」
 速水の表情に理解の色が加わった。
「開始から約二五秒だ。出来るか?」
 舞は冷静に問うた。声に力がある。
「何とか……やってみるよ」

   ***

「司令、三番機から入電!」
『こちら舞、指揮……応答……よ!』
 かなり聞き取りにくい声に耳を済ませながら、善行はマイクを取った。
「こちら善行、状況は?」
『大変……悪い。完全に包囲さ……。幻獣はなおも増加中。単独での脱出は……不可能だ』
 ここで、急に通信が明瞭になる。
『増援も意味はあるまい』
 一瞬、車内がしんとなった。それを破るように舞が言った。
『善行、支援砲撃を要請する。「やまと」と――モンスターと連絡は取れるか?』
 善行は瀬戸口に確認を取らせる。瀬戸口は小さく指で丸を作った。
「ええ、大丈夫ですが……一体どこに?」
『ここだ』
 ディスプレイに砲撃支援ポイントが浮かび上がる。その中心には――三番機。
「!! 馬鹿なことを言うな! 自分ごと吹き飛ばさせるつもりか!」
 善行が口を開くより速く、瀬戸口が怒りの声をあげた。滝川たちからも抗議の声があがる。だが舞は全く動じる様子を見せない。
『勝算あってのことだ』
「何が勝算だ! 自己犠牲にでも酔うつもりか……」
「勝算の根拠は?」
 一片の感情すら感じさせない声で善行が言った。
『映像を送る』
 そこには、先ほど二人が見たものと同じものが映し出されていた。同時に概略図らしいものも表示されている。
 軽く頷いた善行は、呟くように言った。
「弾種の指定はありますか?」
『どうせなら盛大にやれ。FAEを指定する』
「しかし、それでは……!」
『完全密閉すればNBCはそのくらい持つ。……忙しくなってきた! 後は任せた、合図を頼むぞ!』
 突然雑音とともに通信が切れる。瀬戸口が呼びかけるが、向こうは返事をしている余裕もないらしい。
「モンスター、こちらシャノアール。支援砲撃を要請する」
「司令!」
 瀬戸口が、もしも視線に殺傷能力があるのなら、一撃で打ち倒しかねない勢いで善行を見つめていた。だが、善行は――少なくとも表面上は――全く動じずに言い放つ。
「彼らが勝算があると言っているんです。私もそれを支持するし、今はそれを信じるしかありません。……それに、やらなければ彼らは助かるんですか?」
「それは……」
 彼とて別に妙案があるわけではなかった。ただ、これに安易に頷くことだけは絶対に出来ない、そう思えたのだ。
「万が一だめだったとしても、敵になぶり殺しにされるよりは、味方に火葬にされるほうがまだマシでしょう」
 そのときの善行の表情はどうだったであろうか。
 だが、司令たる責務はまさにこういう時のためにあるのだ。善行は決断を下さねばならなかった。
 彼はマイクを取り上げると、願います、とだけ呟いた。

   ***

 第一砲塔の砲塔長は、普段から肌身離さずもっているキーを引き出すと、コンソール右わきのスロットに差し込んだ。かすかに異音がして、普段は使用されない特別弾薬庫からFAE弾が慎重に引き出される。
 そのまま揚弾機に乗せられた弾頭は、ラマー――巨大な突き棒で薬室内に押し込まれた。ラマーはもう二度動いて、装薬を押し込んでいく。
 兵士が駆けよって、尾栓に異常がないのを確認の上で閉鎖される。
 命令が下ってから、発射準備が完了するまでに要した時間は四二秒であった。
「……テーッ!!」
 裂帛の気合とともに、運命の砲弾が放たれた。砲術長にとって、ひょっとしたら今までで、一番重い命令だったかも知れなかった。

『発射完了!』
「厚志!」
 その声と同時に、速水は被弾するのも構わずに後先考えない全力疾走を開始した。たちまち数発のレーザーが火花を散らす。
「後三〇メートル!」
 一歩一歩がまるで泥濘の中にいるかのように遅く感じられる。今度はミサイルが命中。左手の先が吹き飛んだ。
「一〇メートル!」
 三番機は半ば転げ込むように地下駐車場への入り口へと飛び込んだ。同時に天空からはあの背筋が寒くなるような音が飛来する。
「対ショック防御! NBCプロテクション作動!」
 酸素マスクをつけながら丸まるような姿勢をとった。
ちょうどその真上では規定高度に達したFAE――気化燃料爆弾が揮発性炭化水素系燃料の散布を開始。白い霧が広がったと思う間もなく弾底部の発火装置に点火。
 世界が白く染まり、付近一帯を白熱の地獄に変えた。高熱と衝撃波で士魂号の右足があっさりと消し飛び、左腕は落下して来たビルの破片に叩き潰された。
 幻獣もまた次々と衝撃波の中に飲み込まれ、霧散していく。
 やがて、何もかもが破壊されつくした後には、毒々しい色の雲が立ち上っていった。

   ***

 病院というのは本来どうしても気のめいる場所であるが、この日ばかりは例外であった。とある個室に集まった面々の顔はどれも笑顔であった。
「芝村さん、コクピットにはさまれた足の傷は大したことはないそうです。明後日には退院できるそうですよ」
 皆を代表するような形で善行が言うと、わあっと喜びが広がった。隣で速水もにこにこしていたが、その頬はなぜか大きく腫れていた。
「ま、あまりけが人を刺激しても何ですから、私たちはこの辺で……。そうそう、ののみさんはもう少しいてもいいですよ」
「はーい」
 やがて皆がどやどやと退出していくと、後には舞と速水、そしてののみの三人が残された。
 舞は、ベッドの上に起き上がると速水を見――大きな笑みを浮かべた。
「今回は、そなたの機転が物を言ったな。感謝する」
「ののみちゃんがモールスを知ってなかったら危なかったけどね」
「えへへー」
 そう、彼らが助かったのはまさにそのおかげだった。

 速水たちが暗闇の中で意識を取り戻したとき、士魂号は気化燃料爆弾の酸欠効果で、人工筋肉を完全に破壊されていた。
 二人はNBCプロテクション・トータル――核・生物・化学兵器完全密閉型防護システムのおかげでどうにか助かったが、士魂号は人工心臓まで停止して「絶命」、コックピット周りはどうにか無事だったが空調系がアウト、ハッチは瓦礫の下であけることが出来ず、電力も予備バッテリーのみという状況だった。
 通信をしようにも、更に故障が発生したのか、音声通信では充分な出力が得られないことが分かった。
 そこで速水は連続波レーダーを利用して、モールスの発信を試みたのだ。全くの暗闇の中、速水はスイッチを操作し続けた。せめて位置だけでも確認できれば、と。
 指揮車内に絶望の雰囲気が広がり始めたとき、それに気づいたのはののみだった。不思議なレーダー波を拾ったのだ。長・短・長・長・短……
「こちらはやみ、だれかおうとうを……。あっちゃんだぁ!」
 その言葉に全員が奮起、モールスが受信されたあたりを中心に捜索を繰り返しすことで、ついにハッチが開かれたのだった。
 二人は、後二〇分遅かったら危なかったとも言われている。

   ***
 
「それにしても、そなたもひどく殴られたな」
 感心したように言う舞に、速水も苦笑するしかなかった。
「皆に心配かけちゃったからね」
 正気づいた後に速水がされたのは、善行や、ご丁寧にも「やまと」から飛来した艦長からの熱い鉄拳だった。
「馬鹿野郎! 俺たちに子供を殺させるつもりか! 無茶も大概にしろ!」
「やまと」艦長の言葉には、本当に彼らが助かったことに対する安堵があった。
「そうか……。我らは更に精進する必要がありそうだな」
 舞の呟きに、速水は深く頷いた。
 少ししてから、話題を転換しようとしたのか、
「そういえば、そなた整備があろう。なにをここでぐずぐずしているのだ?」といったが、これが地雷原だったとは彼女とても気がつかなかったようだ。
「ああ、その辺はもう済ませたから。今日はここに泊まるからね」
「にゃっ、にゃにを!? ななななぜそなたが」
 突然なことを言われてパニックに陥った舞を見て、速水はにっこりと微笑んだ――ちょっと怖いが。
「だって、いったんは意識失ってたんだし、今日明日ぐらいは念のため入院しなさいって言われたしね」
「そ、そなただって倒れたではないか!」
「僕はもう平気だって。さーて、なにからしようかな?」
「あ、あつし〜〜〜っ!」
「それに……。この間の日曜日って部屋の掃除だったんだって?」
 舞が完全に硬直する。
「そ、そなた、なぜそれをっ!」
「さっき、ののみちゃんが教えてくれたよ」
「ののみが!?」
「えへへー、まいちゃんごめんなさぁい」
 良く見れば、彼女の手にはお菓子の数々があった。
「これはどういうことか、キッチリ教えてもらわないとねぇ」
 速水の顔はにこやかだが、目は全然笑っていなかった。
 援軍のないことに、舞はちょっとだけ泣きそうになった。
 彼女にとっては、戦闘よりもはるかに恐ろしい時間が始まったのである。
(おわり)


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