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熊本撤退戦 エピソード18


1999年5月18日 13:35
熊本湾 熊本港沖合五キロ

「『いそかぜ』被弾!」
 戦況が急迫してきたために臨時に配備された見張員が絶叫のような報告をよこした。そのときこの艦橋――海上自衛軍第一護衛艦隊旗艦、装甲護衛艦「やまと」の――にいた全員が声のした方向に視線を向ける。
 ひどいありさまだった。なんといってもタイミングが悪かった。
 港内では、幻獣の手からかろうじて逃れてここにたどり着くことのできた幸運な市民たちが、今まさに船に乗り込もうとしていた。当然自衛軍の護衛艦も周辺警戒のために展開せざるを得ない。
 狭い湾内では充分な回避運動が行なえないから、今が一番危険な瞬間であった。
 そして、そこを狙われた。
 上空に展開していた早期警戒機や哨戒機の目をかいくぐるようにして出現した航空機型幻獣「ファントム」が一〇数機、一斉に襲い掛かってきたのだ。
 もちろん港内の護衛艦は全力で迎撃を開始したが、先に述べたように運動の自由を確保できないためその効率は極端に低下していた。
 それでも数機にそこそこのダメージを与え、何とかなるかと思った時――
 「いそかぜ」の五七ミリガトリング砲がファントムの一機を捉え、これを打ち砕いた、と見る間もなくそれは針路を変更。
 回避する間を与えずに、幻獣は「いそかぜ」の艦橋に激突。CIC(中央司令室)まで貫通した。
 このとき、「いそかぜ」は全速で航行中だった。

「『いそかぜ』なおも転舵!」
「舵が固定されてるんだ……」誰かがうめくように言った。
「発光信号! 『タダチニ停船セヨ』」
 しばしの間、カシャカシャと乾いた音が聞こえていたが、
「応答、ありません!」との報告が入った。
「このままでは……」副長がそこまで言って絶句する。
 その予想進路上約三キロには、いままさに熊本港から出航せんとしていた脱出船団があった。 そして「いそかぜ」の速力は三〇ノット(約五六km/h)。
 とても避けられるものではなかった。
 
「主砲、発射準備」
 そのとき、断固とした重々しい声が艦橋に流れた。
「艦長!」
「このままむざむざと激突させるわけにはいかん」
「無理です! 角度が悪すぎます! わずかでも逸れれば主砲弾が船団に飛び込んでしまいます!」
「それはわかっている。面舵一杯、機関全速。船団から軸線をずらす。砲術、照準あわせ」
「はっ!」
 砲術幕僚が弾かれたように走り去る。
「主砲発射準備。全艦左砲戦!」
「第一、第二砲塔、レーダーと連動」
「主砲弾、装填開始」
 次々と報告が入り、「やまと」は急速に主砲発射準備を整えていった。スクリューが海水をひどくかき回し、海面を茶色ににごらせる。
 「やまと」の巨体が針路を変えようとしたとき、通信長が叫んだ。
「『ながと』より入電! 『我ニ任サレタシ』」
「やまと」から見て右前方を、旧式艦とは思えぬ速力で抜いていく艦があった。
 第一特務艦隊所属の特務装甲護衛艦「ながと」だった。「ながと」は「いそかぜ」の右後方から船団との間に割り込むような針路を取った。艦首に搭載されている第一、第二砲塔――四〇センチ連装砲塔と三連装砲塔がゆっくりと旋回している。
 と、「ながと」の艦橋の辺りで何かがまたたく。発光信号だ。
 それは二度、三度と繰り返し発信され――
 最後にかなり長めの発信をしてから約十秒後、主砲が一斉に火を吐いた。
 いくら護衛艦としては大型の一万トンオーバーの艦といえど、戦艦の主砲弾に耐えられるわけなどない。数百メートルという、装甲護衛艦――かつての戦艦にとっての超至近距離で放たれた砲弾は狙い過たず「いそかぜ」に全弾命中し、これをバラバラに引きちぎった。
 直後、大爆発が発生し、艦影が煙に隠され――
 再び見えたときには「いそかぜ」は真っ二つに折れて横転、沈没していくところだった。
 
 海面に脱出者の姿はなかった。
 
「ながと」は行き足を緩めると、霧笛の長一声をあげた。戦闘は急速に終結へと向かっており、幻獣どもも引き上げていく。
 あとには、「いそかぜ」が存在していたことをかすかに示す黒煙が立ち上るばかりだった。

「あの野郎、危ないことをしやがって……」
 自分がそうするつもりだったことは棚に上げて艦長は呟いた。彼の目には「ながと」の発した信号が未だに焼きついている。
 あのとき、「ながと」はこう発信したのだ。
「スマヌ、許セ。ココデハナイイズコカニテ再ビアイマミエルコトアラバ、ソノ時コソ詫ビン」と。


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