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熊本撤退戦 エピソード10


「よし、撮れ」
 フラッシュの光が辺りを支配する。一瞬、辺りの情景が鮮明に浮かび上がった。カメラのファインダーが向けられた先には誰か人間が倒れていた。まだ年若い女性のようだ。
 舞だ。床の上に仰向けになって、崩れ落ちたように転がっている。
 そして彼女の胸には、金属製の物体が貫いたことを示す赤い窪みが刻まれており、その周囲を液体で濡らしていた。更にその後方、舞の背中側にあたる部分にはかつて舞の一部であったものが驚くほど広範囲に、放射状に飛び散っている。
 その瞳はうつろなまま見開かれ、口元からは胸を濡らしているものと同質の液体がこぼれていた。
 つまり、どこから見ても即死以外ではありえない情景がそこに展開されていたのだ。
 写真は二度、三度と繰り返し撮影され、その度に舞の無残な姿がモノクロの戯画のように浮き彫りにされた。
 すると、写真をとるように命令した男――準竜師が奇妙な行動をとり始めた。ただの物体と化したはずの舞に向かって話し始めたのだ。
「いつまで寝ているのだ、我が従妹殿よ。いいかげんに起きぬか」
 その言葉に反応したかのように、今の今まで死体としか見えなかった舞がむくりと起き上がった。

「気分はどうかな? 我が従妹殿よ」
「……最悪だ。しかし必要性は理解しよう」
 そこには口元と胸を血糊で濡らした舞が立っていた。先ほどから盛んに何かを吐き出している。どうやら血糊が口に残って気持ち悪いらしい。袖で口元をぬぐいながら、胸元につけていた擬装用パットを外す。
「まったく、こんなものを一体どこで用意したのだか……」
「まあ、そういうな。ほれ、なかなか興味深い写真だと思わんか?」
 そういって準竜師が差し出した写真(ポラロイドだった)を、舞は眉をひそめながらも覗き込んだ。
 確かに興味深いかもしれない。自分の死体を見る機会などそうあるものではない。
 薄暗い部屋の床に転がった人間をフラッシュをたいて撮影しているため、全体的に青白く写っている。そのためぱっと見にはこれが単なる偽装だとはなかなか見分けが付かないものとなっていた。
 写真から顔を上げると、準竜師が先ほどよりはやや真面目な顔で舞を見ていた。
「舞、分かっているな? 我らはこれを公式発表として流す。その瞬間から芝村の末姫としての『芝村舞』は存在しなくなるのだ。一族は貴様を除名することになる」
「元より承知している」
「そうかな? まあいい。すぐに分かることだ。貴様は表向き自衛軍の反芝村派によって射殺されたことになる」
「そして、それを口実に軍の粛清を断行する、か。いささか陳腐だな」
「良く使われるからこそ陳腐にもなる。我ら自身への評価はともかく世論に対する大義名分としては申し分ない。大衆はいつも正義に弱いものだ。ましてやか弱い女が犠牲になったとあればな」
 まるで出来のよい冗談を口にしたかのように、準竜師は笑いをもらした。いや、案外本気でそう考えていたのかもしれない。
 それに気がついた舞の眉が急角度に跳ね上がった。だが、行動に移ることはなく、ただ口に出してこう言っただけだった。
「我が一族も世塵にまみれたか?」
「変化することを恐れていては進歩はない」
 準竜師も顔色ひとつ変えることなくさらりと答える。この程度は芝村にとって軽い挨拶にもならなかった。
「違いない」
 やや沈黙があった後、舞が再び口を開く。
「ところで、こちらの条件を忘れてはいまいな?」
「分かっておる。こちらの作戦が完了次第実施することにしよう。これでよいか?」
「十分だ」
 そういって、会見は終わったとばかりに部屋を出て行こうとする舞に、準竜師が言った。
「どこへ行く?」
「戦場へ――我が故郷へ」
「待て」
 普段のからかうような口調ではない何物かを感じ、舞は再び立ち止まると怪訝そうな表情をしながら振り返った。
「くれてやる、これを持って行け」
 そういうと何かを放り投げてよこす。舞が受け取ってみるとそれは電子キーだった。
「これは?」
「九州軍総司令部中央司令室と緊急物資集積所(ED)のマスターキーだ。好きに使え」
「何故だ? 軍規違反ではないか?」
「総司令官閣下自らさっさと撤退したような(実際には一部の参謀連中が自己保身ついでに担いでいったらしいがな)空き部屋だ。何に使おうと文句はいわれん。EDはいまさら言うまでもあるまい」
「まさかそなたに言うことになるとは思わなかったが、……感謝を」
「よせよせ、芝村同士の感謝など滑稽以外の何者でもないわ! なるほど貴様は芝村のイレギュラーだな。いろいろと興味深いことをやらかしてくれおる」
 準竜師は大笑いしながら続けた。
「ここで貴様にあっさり死なれるのははなはだ興を削ぐのでな。せいぜい生き延びて俺を楽しませてくれ」
「……悪趣味なやつだ。ではな」
 そういうと舞は、もう後も振り返らずに早足で部屋を出て行った。
「これでよし。行くぞ」
(つづく はず)


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