* | 次のページ
[目次へ戻る]

その1


 5月6日、木曜日。
 人類は既に幻獣の脅威から解き放たれていた。
 4月末に誕生した5人目・6人目の絢爛舞踏により、幻獣の決戦存在である「竜」が倒され――というよりは赦され――その日を境に全世界から幻獣の姿が(少なくとも現在の人類が確認できる範囲では)消滅した。
 まあ、これについては今回の話とはあまり関係がない。
 5月1日、日本政府は第3次防衛戦の休戦を宣言。
 強制徴募されていた学兵は、本来ならこの時点で動員解除という事になるはずだったが、九州が受けた損害はおもいのほか大きく、自衛軍の戦力回復もまだ進んでいなかった(この時点では政府は一時的な休戦に過ぎないと判断していた。そのため貴重な予備戦力でもある学兵をすぐに手放す気にはならなかったのである。このほかに生徒会連合側の政治的思惑もあった)。
 このため、学兵の生存者約7万名は、引き続き「特別復興隊」として継続召集される事が議会で了承され、出撃がほぼなくなったことを除けば今まで通りの生活がしばらく続く事となった。ひとつ変わったことと言えば、治安維持がメインの任務のとしてクローズアップされたことだろうか。
 この事についても本筋とはあまり関係はない。
 ここ、尚敬高校・5121小隊においてもその現状に代わりはなく、奇跡的にただ1人の戦死者も脱落者も出さなかったことを除けば他の部隊とあまり変わらない日々を過ごす事となっていた。
 いや、他の部隊と大きく違う点がもうひとつ。
 人類の規格外たる「絢爛舞踏」と芝村の存在である。
 そしてその両者が同一の存在であったという事が、問題であったといえるのかもしれない。
 つまり、
 総撃墜数326機、5人目の絢爛舞踏にしてWCOP勲章授与者の速水(芝村)厚志と。
 総撃墜数318機、6人目の絢爛舞踏にして芝村の末姫たる芝村舞である。
 両者の活躍なくしてはこの奇跡はなし得なかった。
 しかし、これは芝村を良く思わないものにとっては脅威以外の何者でもなかった。彼らはこの事によって芝村の権勢が更に強化される事に極度に恐怖を抱いていたのである。ある意味この後に起こった事件はその恐怖感が暴発した事によって引き起こされたといえる。
 それが彼ら自身の滅亡につながるとも知らずに……。

   ***

5月6日(木)19:05 尚敬高校通学路

 5月とはいえそろそろ夕闇があたりを包みはじめる頃、速水は舞とともにそれぞれの家路へと向かっていた。
 最近は出撃もないので、士魂号も自分たちも基本的な整備と訓練以外はほとんどやることがないため、皆の帰りは大抵このくらいの時間になっている。
「それにしてもここ数日うるさかったマスコミの人もようやくいなくなったし、やっと一息つけるかなあ?」
「そうだな、あの取材にはさすがの私といえど少し、疲れた……。よくもまああれだけどうでもいい事を聞きたがるものだな」
 道すがら出てくる話題は取材とかの話ばかりである。
 久しぶりに登場した絢爛舞踏である事に加えて、ひそかに彼らが休戦(実質的に終戦)の立役者である事を知ったマスコミがここぞとばかりに2人を英雄として持ち上げたのである。それこそ最初の数日は全く身動きもままならないほどだった。さすがに最近は一通り取材も終わったと見えて、表向きは全く姿は見せなくなっている。
 しかし、彼らの事を追い掛け回す、いわゆる「芝村番」はどこかにいるはずなので、うっかりした事は出来なかった。
 速水は自分が芝村とみなされている事などあまり気にかけてはいなかったが、軽率に行動する事で舞に迷惑をかけるわけにもいかず、彼としては非常に慎重に行動せざるをえなかった。
(なんの話かって? もちろん舞の家に泊まり込む事である。逆もまた真なり、だが)
「ところでさ、舞。今度の日曜日、予定空いてる?」
「なんだ、やぶから棒に……? も、もちろん空いているが……」
 少し頬を染めながら舞が答える。最近はさすがにこのくらいは予測はつくようになってきたらしい。反応が初々しいのは相変わらずだが。
「うん、ここんところ忙しかったし、息抜きに博物館でもいこうかなと思って。一緒に行かない?」
「う、うむ。そういうことならよかろう、一緒に行ってやろう」
 作戦成功、と思いながら速水が続ける。
「よかった。じゃあ、またサンドイッチでも作って持ってくるね」
「……好きにするがよい」
 口調は呆れ気味だったが、舞の表情は柔らかな微笑をたたえていた。
 元々彼女は速水の前だけではかなり色々な表情を見せていたものだが、最近では他の人の前でも(普段の凛とした態度は変わらないものの)ふとしたときに今みたいな柔らかい表情を見せる事が多くなってきた。速水としては、彼女の笑顔を他の人に見られるのは少し、いやかなり残念だったのだが。
「うん、それじゃあ……」
 そこまで言った速水が急に口をつぐみ、ふい、と前を向く。
 不信に思った舞が同じ方を向くと、速水に口をつぐませた原因が立っていた。
 黒のライダースーツを着た男が6人ほど立っていた。先頭にいるのは面長の、神経質そうな表情をした男だった。その後ろにはこれまた黒の夜戦服と思しき服を着た男が4人ほど立っている。ふと足音がしたのでそっと後ろをうかがうと、同じような男どもが数人走り出してきた所だった。退路を断たれた格好だ。
「どちらさまですか?」
 一歩踏み出した速水の声は相変わらず柔らかだったが、表情は一変していた。舞や周囲が「芝村の顔」と呼ぶ、あの不敵な笑顔になっていたのだ。
 同時に速水は非常発信機のボタンを押しこんでいた。これによりエマージェンシー・コールが自動的に発信され、数分で警官か巡回中の兵士が駆けつけてくるはずだ。
「貴様にゃ用はねえ。後ろの女をおとなしく渡しな。そうしたらてめえだけは見逃してやらあ」
 先頭の男ははっきり嘘とわかるような台詞を吐いた。声も妙に細く甲高い。精神の余裕のなさがそのまま表れているようだ。
「嫌だと言ったら?」
「勝手に連れてかせてもらうさ。てめえをぶっ倒してな」
 そういいながら男は下卑た笑い声を上げる。周囲もそれにつられたように笑い出した。こんなガキ1人に何が出来る。そう思っているのは明らかだ。全員が得物を取り出した。
 見た所、ライダースーツは第6世代、野戦服は第4世代と言うところだろうか。だが、いくら第6世代とはいえ、戦闘訓練を受けていないのならたいした脅威ではない。第4世代などまともには戦えまい。そこまで考えたとき、小さな声が聞こえてきた。
「……厚志、後ろの奴らは引きうける。そなたは前の奴を倒せ。突破口を開く。」
 舞がそっとささやいてきた。体はいつでも飛び出せるように半身になっている。今は舞もいつもの不敵な表情に戻っていた。
「舞? ……わかった。なんとかする。気をつけて」
「たわけ。私をなんだと思っている? そなたこそしくじるな」
 そこまで言うと2人は小さく頷きあった。
「てめえら、なにゴチャゴチャと……。かまわねえ、やっちまえ!」
 だがそれより一瞬速く舞が飛び出した。まさか襲いかかってくるとは思ってもみなかったのか、一瞬狼狽する。舞はその隙を見逃さなかった。一番手近な男に飛びかかると素早く手刀を食らわせる。軍の格闘戦訓練は伊達ではない。たちまち昏倒してしまった。
「!?」「このうっ!!」
 他の男どもが一斉に襲いかかるが舞は素早いステップで全ての攻撃を避けつづける。それどころか1人から棒を奪い取ると、それを使って威嚇しつづける。
「なにやってやがる! さっさと……」
 その台詞を面長男が言い終えることは出来なかった。次の瞬間飛びこんで来た速水のアッパーを食らったからである。面長男は声も出せずに吹っ飛ばされた。他の男どもは一瞬硬直していたが、てんでに襲いかかってくる。速水はこれも素早いステップでかわしながら、手近な奴にパンチを叩きこむ。
「おい、あの男は……」後ろに控えていた夜戦服の男どもに動揺が走る。
「ああ、間違いない。芝村厚志だ」
「計画ではターゲットが1人の時に拉致する予定だったろう?」
「このバカどもが先走っちまったんだよ。消耗品とはいえやはり即席じゃ駄目だな。しかたない、強硬突破だ」
「了解」
 素早く男たちが散開する。速い。

   ***

 戦闘開始から3分。2人は優位に戦いを進めていた。既に数人は地面に倒されてしまっている。
 これなら逃げられる。そう感じていた速水の目の前にいきなり黒い影が出現した。
「!?」
 慌てて身を引くと、今まで速水の首があった空間に銀色に光る筋が走っていった。コンバットナイフだ。第4世代の動きとも思えない。
「くっ!!」
 なおも避け続ける速水。さすがは絢爛舞踏と言うべきだが、絶妙のナイフ攻撃に少しずつ舞をカバーする位置から外されていった。速水が気がついたときには、カバーの外れた隙にライダースーツの男たちが舞に向かって駆けて行く。
「舞っ!!」思わず速水が叫んだとき、頬に痛みが走った。
 ナイフで切られたのだ。
 崩れた体勢をなおも立て直そうとしたときに、乾いた銃声が聞こえ、速水は地面に撃ち倒された。

   ***

 面長男が体勢を立てなおしたのは、夜戦服の男が速水に襲いかかった頃だった。
 許せなかった。自分をコケにしたガキがどうしても許せなかった。
 すっかり理性など失った面長男は、予め渡されていた拳銃を引っこ抜くと速水に狙いをつけた。
 ――くたばれ、ガキが。
 男は引き金を引いた。
 舞が見たのは、銃声と共に速水が倒れていく姿だった。
「あ、厚志っ!?」
 一瞬全ての注意が逸れる。それが致命傷だった。
 次の瞬間、手に持っていた棒が叩き落とされ、組みついてきた男たちに両腕の自由を奪われる。
「しまっ……!!」
 そして次の瞬間には近づいてきた夜戦服の男に布のようなものを顔に押し当てられると、たちまち舞の体がくたりと崩れ落ちる。
「よし、ターゲットは確保した。引き上げる。そっちを持て」
 ライダースーツの男たちに舞をかつがせながら、夜戦服の男は待機していた車に舞を運び込む。
「キング、アタッカー。ターゲットを確保、これより帰還する。なお、都合により芝村厚志と遭遇、これを負傷させた、どうぞ」
『キング了解。アタッカー、芝村厚志だと? 何をやっていたんだ』
「キング、申し訳ありません。奴らが暴走致しました」
『……やむをえん。ターゲットの確保を最優先にしろ。芝村厚志は可能なら始末しろ。以上だ』
「アタッカー了解……。急げ、撤収する! そいつには止めをさしておけ!」
「へへっ、分かってるって。……でもな、このままじゃ俺の腹の虫がおさまらねえんだよ!!」
 面長男は速水を容赦なく蹴りつける。5回、6回……。既に速水はボロボロだ。
 やがて男は再び拳銃を引っこ抜くと速水の頭に押し当てた。
「俺をコケにするとどうなるか、思い知れ!」
 まさに引き金が引かれようとしたとき、
「兄貴、まずい、自衛軍の巡回だ!! 逃げようぜ!」
 確かに向こうの方から数名の兵士がこちらに向かってかけてくる。面長男は舌打ちをすると、もう1回速水を蹴りつけて元来た方へと走り去った。
 駆けつけてきたのは自衛軍第8師団隷下の第42機械化歩兵連隊第2大隊の兵士たちだった。彼らは逃走する連中に威嚇射撃を行ったが、連中はこれに応戦。
 すぐ走り去ったため本格的な銃撃戦にはならなかったが、数名が負傷した。
 なおも追跡に移ろうとしたが、そのうちの1人が倒れている速水を見つけた。彼らは以前5121小隊に命を救われた事があり、速水の顔も見知っていたため、急ぎ尚敬高校へと連絡をとると共に救急車の手配をした。
 速水は呼吸こそしているものの、意識を失っていた……。

   ***

5月6日(木)22:15 小隊会議室

「……以上が、現在の所判明している状況です。わざわざ確認をしたところから見て、この犯行は最初から芝村さんを誘拐するために行われたものと見て間違いありません」
 小隊会議室には緊急召集された面々が顔を揃えていた。善行の説明に、どの顔も一様に緊張に包まれている。
「……犯人からの要求は?」
 若宮が訊ねる。
「さきほど、軍用回線に割り込む形でありました(これは準竜師経由で芝村にも伝えられています)。それによると彼らは自分達の事を『政治結社 日本救国同盟』と名乗っており、今回の事は、芝村の専横から日本を救うための義挙である、と言っています」
 善行の言葉に、皆の顔には複雑な表情が浮かぶ。確かに芝村は「世界を征服する」と公言してはばからないし、政財界の主要ポストに芝村、あるいは芝村派が多いのも事実だ。しかし、それは自らに危害を加える者には容赦をしないということであり、また権力など、それが目的を達成するに最も便利な道具であるというだけで、少なくとも救国同盟とやらの言う「専横」を目的をしているとは考えにくかった。これは、まあ、最近の舞の変化を見た小隊の素直な感想でもあったが。
「彼らの要求は2つ。ひとつは芝村さんの身代金として現金10億円……」
「じゅ、10億円!?」
 滝川が素っ頓狂な声を上げる。善行は黙って頷いた。
「もうひとつは日本政財界からの芝村派の排除。これを2日後、正確には5月8日午前8時までに実行できなければ芝村さんの命は保証しない、と」
 一同は顔を見合わせた。芝村一族に対する好悪はともかく、いまや政財界に隠然たる力を持つ芝村を排除すれば、日本の政治・経済はガタガタになってしまう。実質的に不可能なのだ。
「……今回の誘拐は少し妙な気がします」
 善行が誰に言うとでもなく呟く。
「妙? 一体何がですか?」
 壬生屋が問いただすが、善行は静かに首を振る。
「……まだお話できるような状況ではありません。ともかく、治安維持も我々の任務である以上、この件については自衛軍と共同して事に当たれ、との命令を受けています。なにせ相手は武装しているらしいですから警察では荷が重い、ということでしょう。皆さんは別命あるまで通常通りの行動をするようにして下さい」
 皆、黙って頷いた。
「あ、あと当然ですがこの件については口外しないよう願います。……それと、速水君」
「……はい」
 そこにいるのに初めて気がついたかというように皆の目が速水に注がれた。速水は左肩に包帯を巻いていた。その表情は魂が抜けたかのように無表情だ。
 面長男が撃った弾は速水の左肩に当たり、骨で止まっていた。すぐに摘出手術を受け、再生治療で明日にはとりあえず動かせるとの事だった。その他にも頬の切り傷にはテープが貼られ、あちこちに打撲の跡が残っていた。
「君はとりあえず治療に専念してください。くれぐれも軽はずみな行動はしないように」
「……はい」
 速水は表情を変えぬまま立ち上がると会議室を出ていった、善行は何事もなかったかのように
「それでは以上です。各自、解散」
 と命じた。

   ***

5月7日(金)08:15 ???

「目が覚めたか?」
 野戦服を着た、背の高い男が問いかけてくる。頬に傷のある、いかにも幾つもの戦場を駆けてきたと思わせる精悍な顔立ちだった。背後には銃を構えた男がいつでも発泡できるように身構えている。
「私を捕えて、どうしようと言うのだ?」
 舞は静かに問うた。彼女が気がついたのはつい先ほどの事だった。手を後手に縛られている。
 気がついた瞬間から脱走の手段を考えつづけていたのだが、窓には鉄格子、それにちらりとドアが開いたときに歩哨が立っているのが見えた。どうやら実包を装填した銃を装備しているらしい。熟練兵だとしたらいくらなんでも手に余る。
「俺はどうこうするつもりはない。ただしばらくはここにいてもらう。くれぐれも脱走とかバカな真似は考えないようにしてもらおうか」
 まるで舞の考えを見透かしたかのように男が言った。
 舞は一瞬顔をしかめたが、すぐに元に戻した。もうひとつ、彼女にとっては大事なことを訊ねる。
「あのとき一緒にいた者はどうした?」
 声が感情がこもらないように努力しつつ、舞は言った。
「ああ、芝村厚志のことか? どうやら止めはさしそこなったようだな。後のことは分からん」
 舞の心は不安と安堵のない混ざったもので満たされた。とりあえず生きてはいるようだ。
「よかったな、あの者の命があって。芝村たる者を殺してでもいれば、貴様らを芝村の地獄に叩き落す所だ」
 威嚇するかのように舞が言った。だが、男はとりあわず、
「ああ、恋人の事がそんなに心配か? まあ無理もないがな」
「なっ!」
 揶揄の調子は全くないが、全て見透かされているようでやりにくい事おびただしい。
「とりあえず縄はほどいてやる。食事もこの後持ってくるよう言ってある。まあ、大したものはないがな」
 そういうと男は無造作に舞に近づいてきて縄をほどいた。舞は隙あらば男に襲いかかろうとしていたのだが、男の動作には全く無駄がなかった。仕方なく次の機会を待つ事にする。
「じゃあな」
 そういうと男は部屋を出ていった。
 彼らが出て行った途端、舞はドアに飛びついたが、当然鍵がかかっていた。ドア自体も頑丈で、びくともしそうにない。
 やがて、ドアの下からトレイが差し込まれる。トレイの上にはいくらかの食物が乗っていた。
「仕方あるまい。今は体力の温存に務めるか……」
 気持ちを素早く切り替えると、舞は食事へととりかかった。ただ、どうしても気になるのか、
「厚志……」
 と言う呟きが洩れていた。
(つづく)


名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



* | 次のページ
[目次へ戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -