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その2


「201v1、201v1。兵員は直ちに作業を中断、教室に集合せよ。繰り返す……」
 4月5日(月)、19:00。
 警報が響き渡る。ついに彼らの出撃のときがやってきた。
 まるで初陣のときのように、皆の間に緊張が走る。
「……行くぞ」
 いつもの凛とした態度で、静かに舞が告げると、皆が頷いた。
 次の瞬間に一斉に駆け出し、ハンガーへ――正確にはハンガー内に停められないのでハンガー脇の校庭へ――向かった。
 整備班もいつにもまして緊張と喧騒に包まれていた。初めての出撃なのはこちらも同じである。
 速水たちは整備員の手を借りて車内に潜り込んだ。
「APU(補助電源装置)接続完了。エンジン始動!」
「了解、エンジン、始動!」
 バッテリーの消耗を抑えるために接続されたAPUを使って、L型に命が吹き込まれた。2000馬力ガスタービンエンジンの甲高い咆哮があたりに響き渡る。たかだか38tの車体には強力すぎるほどのパワー・ユニットだ。
 外部ハッチから弾薬庫に砲弾が詰め込まれていく。
「120mm砲弾および25mm機関砲弾、規定弾数搭載完了!」
「スモークディスチャージャー(煙幕投射器)、煙幕弾装填完了!」
「駆動系最終チェック……完了」
「火器管制系チェック……完了」
 プログラムチェックが完了した車体からジャックが引き抜かれ、点検用ハッチが閉じられる。
「外部チェック、すべて完了。内部チェック開始してください」
「了解、内部チェック開始する」
 車内における出撃前チェックが始まった。
「操縦系チェック……異常なし、外部カメラ、全て正常に連動。油圧正常。操縦桿、異常なし。操縦系、オールグリーン! いいよ、舞!」
 速水がガンナー席を振り返った。
「120mm砲砲身内センサー異常認めず、25mm機関砲、リモコン正常動作」
 砲塔上に取り付けられた25mm機関砲が左右に旋回する。
「照準器異常なし、スモークディスチャージャー電源確認。自動装填装置、異常なし。砲塔旋回機構、異常なし……。オールグリーン!」
 舞がガンナー席からのぞき返した。お互いに頷きあう。
「こちら3号車、舞だ。全項目チェック、出撃準備完了!神経接続開始する」
 2人はスロットに左手を差し込んだ。神経が士魂号の回路とリンクされていく。視界が急に広がったような錯覚に陥る。
「1号車、準備完了!」
「2号車、準備完了!」
 次々に報告が入る。
「こちら整備班。補給車出撃準備よし!」
 予備燃料や砲弾等を積み込んだトラックから原が報告する。今回は士魂号が自走していくのでトラック2台に整備班全員が分乗していく。
「各士魂号及び補給車より連絡あり。5121小隊出撃準備よし!」
 瀬戸口が振り返って報告する。善行は眼鏡を押し上げると静かに告げた。
「5121小隊、出撃」
 一際高い咆哮とともに隊列が動き出す。
 かくして異形のサムライ達は、戦場へと赴いていった。

   ***

 菊池川戦区。
 既に数度の激戦が行なわれているここでは全住民の避難が完了しているため、少なくともその点だけは気にしなくてもすむ。通り沿いに並ぶ建物は戦火によって荒れ果て、完全に破壊されたものも少なくない。ただ、その中から樹木がものすごい勢いで繁茂しているのが皮肉といえば皮肉だろうか。
 その緑と廃墟が適当に入り混じる中、3両のL型はそれぞれ指揮車からかなり前進した場所に適当な遮蔽物を見つけ、その影に潜り込むように隠れていた。
 同時に展開したスカウトたちも、いまは遮蔽物の陰に隠れているはずだ。
『幻獣、実体化開始まであと5分……』
 オペレーターである瀬戸口の声が車内に響く。と、割って入るように善行からの命令が届いた。
『各士魂号は横隊を維持。当初は現位置よりの射撃戦とします。遮蔽物を最大に活用しなさい。その後は状況により機動戦に移行するものとします。速水千翼長』
「はい?」
 速水が答える。
『君の、というかクルー諸君から提案のあった戦法ですが……やってみなさい』』
 善行が静かに言うと、戦法の提案に許可を与えた。
「了解しました、ありがとうございます」
 速水が礼を言う。そして無線を切り替えて同じ無線を聞いていた筈の全員に確認する。
「こちら速水。皆聞いてのとおり当初は例の戦法で対処する。目標の配分と射撃指示は舞にやってもらうから、そういうことでよろしくね」
『いいぜ』『承知いたしました』『オッケオッケ!』『わーった!』
「スカウトも事前の打ち合わせ通りに頼みます」
『了解しました』『……分かった』
 各自からの応答を確認すると、速水は通信を車内系に切り替えた。
「そういうことだから、舞、目標の指示よろしくね」
「ふっ、任せるがよい」
 いつもの自信に溢れた返答を聞き、速水はちょっと安心する。なにしろこの機体を使っての初めての戦闘なのだ。緊張するのもやむをえない。
「厚志、平常心を保て。即席とはいえ我らに為しうる限りのことはやったのだ。自信をもつがよい」
 舞が冷静な口調で話し掛けてきたが、もしかしたら自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
「うん、わかってる。ありがとう、舞」
 舞は軽く笑うと、いくつもの指示を矢継ぎ早に飛ばず。
「各車戦闘準備。初弾装填。弾種徹甲弾。大物からやる。実体化予想ポイントデータを転送する。各車照準を合わせよ」
 舞がいくつかのキーを叩くと、各車の照準ディスプレイに幻獣の出現予想ポイントがマーキングされた。
「第1目標、ポイントF。恐らくスキュラ。距離2200、小隊一斉射撃だ」
 120mm砲塔が旋回し、砲身を持ち上げる。出現予想ポイントに照準を定めた。
「幻獣実体化まであと30秒……空間歪曲を確認!」

 ゆらり。

 空間がまるで陽炎のように揺らめく。
 その空間の中に何かが蠢いていた。本来ありうべからざる存在たち。
「小隊射撃用意。次弾装填をプログラム。徹甲、斉射3連」
 徐々に実体がはっきりとしてくる。醜悪なスタイル、人類全てに向けられる憎しみの赤い眼……。
 幻獣。
「実体化完了まであと5秒……3、2、小隊、撃てっ!!」
 舞はそう叫ぶと同時にトリガーを引いた。
 閃光、轟音、衝撃波。
 一瞬世界を白く染め上げた光は、士魂号を闇の中から浮かび上がらせる。120mm砲の咆哮があたりに響き渡った。
 3両のL型から放たれた120mm徹甲弾は狙いあやまたず、実体化したばかりのスキュラの腹部に突き刺さり、進路上にあるありとあらゆるものを破壊しながら反対側へと突き抜けた。大きく身悶えするスキュラ。
 だが、まだ生きている。
 自動装填装置により次弾が装填された。その間5秒。
「第2射、撃てっ!!」
 再び発砲。今度は1発が頭部に命中、これを完全に粉砕した。スキュラはゆっくりと高度を落としながら霧散していく。
「次、目標ポイントL、同じくスキュラ! 距離1800、小隊一斉射撃。弾種徹甲、同じく斉射3連……撃てっ!!」
 再び轟音と閃光。
 この小隊一斉射撃こそが、士魂号クルーの辿り着いた結論だった。
 結局は機動戦に移行せざるを得ないとはいえ、なるべく損害を減らし、かつ戦果を上げるために、最初は車体を瓦礫の中に埋めて、遠距離狙撃による各個撃破をもくろんだのだ。
120mm砲は射角はそれほど広くはないが、射程は他のどの兵器よりもずば抜けて長い。連中の有効射程に入るまでにアウトレンジで特に強力な幻獣(スキュラやミノタウロスなど)を撃破し、こちらの錬度不足を少しでも補おうとしたのだ。1台なら無理でも3台ならどれか当たる可能性は高い。
「スキュラ、撃破!」
 これまでのところ、その戦法は成功しているようだった。既にスキュラ2体とミノタウロス2体、キメラ1体を撃破しており、こちらにはまだ1発も飛んできていない。
『これなら、いけるぜ!!』
 滝川のはしゃいだ声が聞こえてくる。
「馬鹿者、浮かれるでない! まだ敵を撤退に追い込んだわけではないのだ。油断するな!」
 その言葉を裏付けるかのように、ナーガやゴルゴーンをはじめとする連中はまだほとんど損害を受けていない。
『ちぇっ……』
『そうだそうだ、アンタだけだよ2発も外してんのは! もっとちゃんと狙いなよね!』
 新井木が割り込んできた。
『うっせえなあ、分かってるよ!』
『分かってるなら結果で示す!』
 滝川、敗北。
 と、幻獣の動きが変わってきた。徐々に散開するようになってきたのだ。これでは小隊一斉射撃が使えない。射界に収められない幻獣が多すぎるのだ。
『こちら壬生屋。ほとんどの幻獣が射界から外れました』
『こちら滝川、こっちも同じだ!』
 この報告を受けて、舞は戦術を変更することを決断した。
「こちら舞、戦術を変更、機動戦に移行する。1号車は前進開始、2号車ならびにスカウトはサポートにつけ」
『1号車了解』
『2号車了解。でも、そっちはどうすんだ?』
「こうだ」
 言うが早いか、舞は120mm砲を発射。ナーガの頭を一撃で吹き飛ばす。
「まだこちらは過半数が射界に入っている。そちらの右側面を突く位置についているものも多い。我らはそれらを片付ける。よいな?」
『……了解しました。よろしくお願いします』
 今舞が言ったことを要約するなら、半数以上の敵を自分の方に引き付けるから、その間に残り半分を片付けろというわけだ。
 ――言うだけの事はやる、ということですか。彼女らしい。
 壬生屋はそう思ったが口にだしはしなかった。その思いに悪意は全くない。いまだ”芝村”には好意をもてないが、舞に関しては過去口にしたことは全て実践し、しかもそれを成し遂げてきたことを知っているからだ。
 ――それに。
 戦場で「戦友」の指示を聞かない者は愚か者である。壬生屋は素直に従うことにした。特に文句が出ないところを見ると、他の3人も同様のようだ。速水については……今更、聞くまでもあるまい。
『1号車、前進を開始します。田代さん、煙幕弾を!』
『あいよ。煙幕弾、散布開始!』
 ポンポンと気の抜けるような音を立てて煙幕弾が発射される。まだキメラなどの狙撃型が残っているのでその用心のためだ。
「1号車、前進開始! 2号車、サポート頼むぜ!」
『了解。まかしといて! 滝川、あたし達も支援できる位置まで進むよ!』
『おう、コースは任せた!いつでもいいぜ!』
 周囲を警戒しつつ滝川が答える。
『オッケー! 2号車、前進! 煙幕弾、散布!』
 1号車・2号車がゆっくりと動き始める。
「来須、俺たちも移動するぞ」
「ああ」
 スカウトたちがウォードレスの筋力レベルを上げながら低跳躍態勢に入った。
「厚志、支援に回るぞ。最適支援ポイントを転送する」
 そこまで言った後、舞はちょっと言葉を切り、そして続けた。
「もとをただせば我らの発案、我らが最も厳しいところを受け持つのは当然のこと……、とはいえ、そなたも巻き込んでしまったな、許せよ」
 速水は少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「僕は、自分の意志で君と一緒に行くって決めたんだ。そのことを君が気に病む必要なんてないよ。熊本城でも言ったけど、僕は、自分の勝手で君を守ると決めたんだから……」
 速水はきっぱりと言い切った。。
「ふ、まったくそなたも芝村だな」
 口に出したのはそれだけだが、舞は微笑を浮かべていた。
「行くぞ、厚志」
「了解。……3号車、移動開始。煙幕弾、散布!」
 呼応するようにして、3号車も瓦礫の中からその姿をあらわし、ゆっくりと移動を開始する。煙幕の暗闇にも鮮やかな白煙がたなびく中、巨象にも似た3両の戦車が移動する姿は、あたかも夢幻の世界の出来事のようでもあった。

   ***

 小隊の移動は、古典的な交互移動だった。これを現在の状況に置きかえるならば、1号車が適当な遮蔽物を探している間、2号車が射撃位置につけてこれを支援するというものである。そして、1号車が位置を確保したら、今度は2号車が支援を受けつつ移動する。その2両の間を縫うようにスカウトたちが前進していく。
 そして3号車は彼らの側面を援護すべく別行動に入っていた。
「壬生屋ぁ、すぐそこに具合のよさそうな窪みがあるから、そこに突っ込むぜ」
「分かりました。よろしくお願いします」
 田代は少しだけエンジンの出力を上げると、瓦礫の隙間に割り込むようにして停車した。攻勢正面に前面装甲をちゃんと向けた格好になっている。
「田代さん、ちょっと頭を下げてください。俯角がきついです」
「あいよ。こんなもんか?」
 田代がスイッチを操作すると油圧装置が作動し、士魂号が少し車高を下げる。
「充分です。……! 前方にゴルゴーン確認、距離1300! 2号車、遮蔽物へ急いで!」
『こちら2号車、新井木。今……隠れた! いいよ! 滝川、射撃できる?』
『ばっちりだ! いつでもいいぜ!』
 こういうときは前進している方が射撃の主導権を取ることに決めてあったので、壬生屋が指揮をとることになる。砲撃戦が苦手なわりにはなかなか落ち着いた指揮ぶりだ。
「距離1100で射撃開始。弾種徹甲。斉射2発。……ゴルゴーン、生体ミサイル発射! 防御!」
 一瞬、シミュレーターの悪夢がよぎる。といってもこの場合は防御姿勢をとることぐらいしか出来ない。
 やがて周囲に盛大に着弾するが、幸いに直撃はなかった。
『壬生屋、田代、大丈夫か!』
 スピーカーから滝川の声が響く。
「大丈夫です。異常ありません。……距離1100、発射!」
 1号車に呼応するようにわずかに遅れて2号車も120mm砲を発射する。ゴルゴーンは一撃で粉砕された。
 と、その時、田代の切迫した声が聞こえた。
「壬生屋、機関砲のコントロールよこせ! 雑魚どもが接近してきてる!」
「分かりました!」壬生屋は機関砲のコントロールを「Driver」に切り替えると、射撃が可能な旨を伝えた。
「サイト、オン。……食らえ!!」
 砲塔上部に装備されたリモコン式の25mm機関砲が唸りを上げ、数百mまで接近していたゴブリン達に襲いかかる。こちらは対空機銃と同じ近接信管を使用しているので、地面付近で無数の小爆発が発生する。ゴブリンは破片で体を切り裂かれ、次々に霧散していった。
「ざまあみやがれ、ダチの仇だ!」
 田代が吼えるように叫ぶ。彼女の友人は幻獣に全滅させられ、彼女1人が生き残った経緯がある。田代にしてみれば、今回の出撃はまさに友人の復讐戦に他ならなかった。
「……! ……!!」
 あまりに興奮しているためか、壬生屋が何か叫んでいるが聞こえない。
「……さん! 田代さん!! バック!!」
 突然明瞭に聞こえた指示に、反射的に田代の手はギアをバックに入れ、アクセルをベタ踏みしていた。
 猛烈なタイヤの空転音がしたかと思うと、弾かれたように瓦礫の中から飛び出す1号車。その目の前を光の矢が2本横切っていった。たった今まで1号車がいた場所だ。
「!?」
「煙幕が切れかけてるんです、追加を!」
「あっ、ああ、発射!」
 追加の煙幕弾をばら撒きながら、田代はいかに自分が我を忘れていたかに気がついた。
「壬生屋、その……すまねえ」
 消え入ってしまいそうな田代の声。
 だが、壬生屋はため息と苦笑を同時に行なうという器用なことをしながら言った。
「いえ、お気持ちは分かるつもりですから……。でも、ここであなたまで死んでしまってはどうにもならないでしょう?」
「あ、ああ……、そうだな……」
 田代が常態に復してきたのを見て取った壬生屋は、先ほどの窪みにもう1回突っ込ませると、こちらを狙い撃ってきたキメラを沈黙させた。
 ここで、ふと壬生屋は気がついた。そういえば2号車は?
 慌てて周辺をサーチすると、2号車は壬生屋たちよりはるかに前進して新たな射点を確保していた。もちろん追加の煙幕弾もばら撒いている。ちょうど左翼を牽制する位置にいるため、壬生屋たちは挟撃を受けずにすんでいたのだ。スカウトは2号車のさらに左翼に陣取って、近距離に接近した小型幻獣の掃討を行っていた。
「滝川さん!!」
『よお、大丈夫か?』
 滝川の声に割り込むようにして新井木の声が入ってくる。
『まったく、あんた達何やってんの!? ボクたちが出張ってなきゃ大変なとこだったんだから感謝してよね!』
 言ってることはきついが、笑いが混じってるところを見るとそれほど本気で怒っているわけでもなさそうだ。それが証拠に、
「ごめんなさい……」「すまねえ……」と2人がハモって謝るとむしろ慌てたように
『ま、まあいいから、前の敵を何とかしちゃってよ! ボクたちだけじゃ手が回んないよ!』
 といった。
『そうですな、手近な敵は我々が何とかしますから、大物は頼みます』
 笑いを含んだ声で若宮も割り込んでくる。
『了解!』
 1号車は新たな射点を求めて急ぎ前進する。
 左翼の敵が全滅したのは、それから15分後だった。
 彼らはそれぞれ車体に異常がないことを確認すると、スカウトたちに戦車にしがみつくように言って、3号車が戦っているはずの右翼へと転進することにした。彼らが楽だった分1号車には負担がかかっているはすである。
 急がねば。
(つづき)


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