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ある航空隊の1日(パイロット編)


 4月7日。
 航空自衛軍南西方面隊九州分遣隊−通称「熊本航空隊」は、今日も暇だった。
 嘘ではない。
 統合幕僚本部の航空機温存策により、現在全ての航空隊は出撃を差し止められている状況なのだ。激戦区である九州中部戦線――熊本においてもその状況は変わらない。熊本航空隊においても、陸自や生徒会連合からこれでもかと届けられる陳情を片っ端から無視せざるをえないのは、ひとえにこの命令による。
 陸自にしても生徒会連合にしても、航空戦力がこちらが持っている最後の切り札であるというのは重々承知していたが、現に今目の前で次々と戦死していく兵士たちのことを考えればそんなことは言っていられなかった。正直なところ、陸自&生徒会連合と空自との反目は、一言で言えば内戦寸前といったところだった。

「ちっ、それにしてもうちの司令もケツの穴の小さい事言ってやんなあ……。助けてくれって言ってるもんに手も差し伸べられねえとはな」
瀬崎零次(せざき れいじ)少佐はぼやいてみせるが、彼も軍人である以上それ以上口にするわけにはいかない。
「まあまあ少佐……。必ず状況が変わるときは来ますってば。そう信じましょう」
 なだめてみせているのは高村雪之丞(たかむら ゆきのじょう)大尉。空に上がればそうでもないのだが、地上での彼はその整った顔立ちといまひとつ押しの弱い言動、それに名前の「雪之丞」とがあいまって、「熊本航空隊一の優男」の異名を奉られている。
「あのな高村。あいつらが欲しがっているのはたった今の支援なんだぞ?そんな悠長なことはいそうですか、って聞いてくれると思うか?」
「そりゃまあ、そうなんですがね……」
 またこのパターンだなあ。高村はそっとため息をつく。
 このところの話は結局ここに行き着くしかないので、堂々巡りになってしまう。
 もっともそのあたりは瀬崎も高村も承知の上でやっているのだから、まあ体のいい暇つぶしといったところか。
「おい、そこの二人! そんなところでごろ巻いてないでささっとこっちにこねぇか!」
 ハンガーの方から怒鳴り声が聞こえる。
「いっけねぇ、田中のおやっさんだ。おい、行くぞ!」
「あ、待って下さいよ、少佐!」
 二人そろって急いでハンガーのほうへと駆け出した。

「すんません、遅くなりました!」
 二人が息せき切ってハンガーに駆け込むと、整備班長の田中靖男(たなか やすお)技術中佐が(やれやれ……)といった表情で待ち構えていた。
「整備はもう終わってるぜ。さっさと行って来ちまいな」
「へいへい……って、あれ? おやっさん。今日ってただの定期哨戒じゃないんすか?」
 何気なくパイロンを覗き込んだ瀬崎は、そこにぎっしりと500ポンド高抵抗爆弾が懸架されているのに気づいて驚きの声を上げた。
「おう、司令のお達しでな。ついでに爆撃訓練もやってこいとさ。ま、気晴らしだと思っていってこいや。ちょうど弾薬も交換の時期だしな」
 そういう田中の眼はサングラスでよくわからないが、何となく楽しげに輝いているように思えた。
「在庫一斉バーゲンセールじゃないっての、まったく……」
「あ、あれ? 僕の方には……。これ、クラスター爆弾じゃないですか!?」
クラスター(房)爆弾。平たく言えば親子爆弾のことである。機体から投下後空中で多数の子爆弾に分裂し、広範囲を一挙に制圧する。
「こんなの使ってやる訓練って、一体……?」
「さあさあ雪之丞さん、細かいことはごちゃごちゃ言ってないでさっさと行った行った! なに、大丈夫ですって!」
 突然反対側から顔を出したのは、整備主任のカスパール・ハウザー中尉だった。この男生粋のドイツ人なのだが、日本暮らしが長いため結構流暢に日本語をしゃべる。整備の腕もバツグンで、田中の懐剣とも呼ばれている。
「う、うわっ! ……ハウザー、なんだよいきなり。何が大丈夫なのさ?」
 ハウザーもただニヤニヤするばかりで答えようとしない。
「なーんか胡散臭えのな……。ま、いいか。んじゃ行くぜ!!」
 そういうと瀬崎はひらりと愛機に飛び乗った。高村も続いて自分の愛機に潜り込む。
牽引車で所定の位置まで引き出された後、コンプレッサーが接続される。
「コンタクト!」
2基のターボ・ファン・エンジンに生命が吹き込まれる。
「飛行前点検、チェック完了。オール・グリーン! コントロール。こちらナイトクロウ。離陸許可求む」
「ナイトクロウ、こちらコントロール。離陸を許可する。B滑走路に進入せよ。ブレイブはナイトクロウのタキシング完了後同じくB滑走路へ進入せよ」
 ナイトクロウは瀬崎の、ブレイブは高村のTACネーム(コールサイン)だ。
「了解」「了解!」
2機の三菱F−14「麗風」は、ゆっくりとタクシー・ウェイに進入した。
軽くブレーキを踏む。異常なし。
「こちらナイトクロウ。B滑走路に進入する」
瀬崎に続いて、高村も僅かに軸線をずらしながら滑走路に進入してくる。
一旦停止した後、スロットルをMAXにする。もちろんアフターバーナーも全開だ。
 座席に押し付けられる感覚とともにたちまち機速が上がる……はずだったが、さすがに爆装状態ではそうはいかない。
「くおーっ! 重い! 爆弾いくつか捨てたろか!?」
瀬崎がなんとも物騒なことを叫ぶ。
「V1!」
「VR!」
 滑走路はぐんぐんと流れ去っていくが、なかなか離陸速度に達しない。
 しかし、
「V2!」
 滑走路の端ギリギリまで使用して、2機の麗風はようやく飛び上がった。
「うひょー、危ねえ危ねえ……。この機体と心中なんてのはぞっとしねえからな……」
 さすがに肝が冷えたのか、瀬崎が汗をぬぐいながら呟く。といってもヘルメットが邪魔で大して拭けなかったが。
「ナイトクロウ、こちらコントロール。アンバー6を高度9000ft、マッハ0.8でホールド。以下の命令を待て、オーヴァー」
「ラジャー、アウト」
 コントロールの声が司令だったことに瀬崎は少なからぬ驚きを覚えた。やがて高村から間の抜けた通信が入る。
「少佐、今のって司令ですよね? 珍しいこともあるもんだ……」
「暇なんだろ、多分」
 だが頭の中では必死に状況を把握しようと努めていた。何かおかしい。それにアンバー6だと? アンバー6の延長線上に演習場などないぞ?
「……こちらコントロール、ナイトクロウ応答せよ」
「ナイトクロウ、オーヴァー」
「只今より訓練空域を通達する。封緘命令を開封せよ」
 封緘命令? ああ、この封筒か。ったく、手間のかかることしやがる。
 瀬崎は操縦桿を足で挟むと命令書の封を切った。中には1枚の厚手のプラスチックシートが入っていた。
 内容に目を通す。瀬崎の眼が大きく見開かれる。
 途端に瀬崎の麗風がぐらりとバランスを崩す。どうやら操縦桿を挟み損ねたらしい。
 驚いて声をかけてくる高村を無視して、瀬崎は勤めて冷静な声で訊ねた。
「コントロール。こちらナイトクロウ」
「コントロール、オーヴァー」
「命令書を開封した。確認のため復唱したい」
「どうぞ」
「『訓練計画タンゴ・パパ・セブン。対地攻撃訓練。訓練区域、球磨戦区。命令。貴隊は速やかに訓練区域まで進出、その後「幻獣に模した」標的を攻撃、これを撃破せよ。ただし訓練は実戦仕様のため、標的からの反撃もあり得る。充分留意せよ。なお、当該区域には「友軍に模した」ユニットも配置されているため、攻撃の際には被害を与えぬよう心がけよ 以上』」
「こちらコントロール。命令は正当なものであると確認した」
「……本気なんだな?」
「ナイトクロウ、質問の意味が理解できない」
「これはあからさまに統幕本部の命令に違反していると愚考いたしますが?」
「勘違いするな。そこは空自の正式な訓練区域に指定された。よってその区域で我々が行うのはあくまで『訓練』だ。それ以外ではありえない。納得したか?オーヴァー」
「……了解した。完璧にな」
 畜生、畜生。やってくれるじゃねえか、このタヌキ親締め。
「万が一『訓練』でくたばったらどうすんだ?」
 階級をまったく無視した口調で瀬崎がたずねてみる。
「皆で酒飲んでお祝いしてやるよ」
 ……部下が部下なら司令も司令だ。
「そいつはいいや。……了解、只今よりナイトクロウ及びブレイブは訓練区域にて対地攻撃訓練を実施する。オーヴァー」
「コントロール了解。……生きて帰れ、オーヴァー」
「ラジャー、アウト」
 通信を切るや瀬崎は機体を鋭く右旋回に入れる。高村が慌てて追随しながら呼びかけてきた。
「少佐、少佐ったら! 小隊無線を切ったまま何司令とくっちゃべってたんですか? 何の命令だったんですか、少佐!」
「ああ、分かった分かった、つまりだな……、実戦だよ! ブレイブ、実戦なんだ!!」
いきなりコールサインで呼ばれて面食らった高村だが、次の瞬間には、
「ナイトクロウ、間違いないんですね?」と思考を切り替えてきた。
「そうだ、目標は球磨戦区。ただしあくまで『訓練』としてな。行くぞ!!」
「ラジャー!」

   ***

 球磨戦区。
 ここでは陸上自衛軍第8師団第42機械化歩兵連隊の1個大隊と、増援として赴いていた生徒会連合所属第5121小隊が、その数200に及ぼうという幻獣を相手に奮戦を続けていた。
「第2中隊第1小隊、全滅!」
「第3中隊本部、連絡が取れません!」
「幻獣、右翼より侵入を開始! 第2防衛線にて塹壕戦に突入しました!」
 次々と入ってくる凶報に、大隊指揮官である倉本中佐は必死で対応しなければならなかった。
「第3中隊本部との連絡はついたか?」
「まだです。あ、いや……今連絡が入りました。第3中隊第2小隊からです。中隊本部全滅を確認したそうです。現在中隊指揮は第2小隊長が代行中!」
 通信参謀からの報告に、倉本中佐は思わず歯をかみ鳴らした。畜生、また戦友が減っちまったか……。
「学兵たちは?」
「第5121小隊は、現在戦線右翼から中央に向けて進出。一部敵を押し戻しておりますが、士魂号の稼働時間が残り20分を切ったそうです」
「5121小隊は後方へ下がるよう連絡しろ。補給を受け、可能ならば再度出撃してもらう。急げ!」
「はっ!」
 最初は「たかが学兵」と小馬鹿にしていた幕僚連中も、もはやそんなことを言い出す奴はいなかった。なんといっても彼らがいなければおそらくこの大隊はもっとあっさりと壊滅していたであろうということが理解できたからである。
 だが、もう出撃は無理だろうな。声に出さずに呟く。
 既に2回補給を受けて再出撃を行っている。最初の出撃から数えて4連戦やっているようなものだ。
 おそらくあと1回は大丈夫だろうが、その次に出撃させたならば、全機生きては還るまい。撃破されるのではなく、安定剤のショック症状で。向こうの小隊司令がそう報告してきた。嘘か本当かは分からないが、いずれにしてもパイロットが限界なのは間違いない。
 だが、もしこのまま押し切られるようなことがあれば……。そのときは自分が一番やりたくない事、彼らを「盾」として後退することも検討しなければならない……。
 何とかしなければ、何とか……。
 だが今の彼には既に手持ちの駒はなかった。

 それから更に30分が過ぎた。
 ついに中央――第1中隊が塹壕戦に突入したという報告が入った。そこを破られれば、この大隊は30分ともたない。
 最後の予備隊を投入すべきか?
 しかし、それを投入してしまったら、いよいよ手元には兵力がなくなってしまう。敵に更なる増援があれば、もう持ちこたえることはできない。
 そのとき、5121小隊から再出撃の準備が完了した旨の報告が入った。
 彼らを投入すべきか?
 だめだ。彼らはあと1回しか使えない。いよいよのときでなければ……、いよいよのときとは何だ? 彼らを見捨てて逃げる時か? 馬鹿な!
 その間にも中央部の戦況は悪化していく。倉本が覚悟を決めて5121小隊に出撃命令を下そうとしたとき、通信参謀が声を上げた。
「大隊長! たった今航空自衛軍より入電がありました! こちらの指揮官を呼んでいます!」
 空自が? 一体何の用だ?
「……大隊長の倉本中佐だ」
「こちら航空自衛軍九州分遣隊第1航空隊第1小隊。指揮官の瀬崎少佐であります」
「空自が何の用だ?」倉本中佐も空自の温存策に反感を持つ一人だった。
「只今より、わが小隊は(といっても2機しかいませんが)、当球磨戦区におきまして対地攻撃訓練を開始いたします。なお、この訓練で使用する弾薬は全て実弾であります。この地区に『友軍に模したユニット』がいるという設定ですので規定に基づき連絡いたしました」
 倉本は唖然とした。空自の支援だと?
「どうしてだ? 何故、いきなり?」
「まあ、空自も、少なくとも熊本航空隊は腹ぁくくったって事ですよ。名目上は『訓練』ですがね。さあ、訓練目標はどこですか?」
 倉本は思わず笑い出した。こりゃあいい。なんて無茶苦茶な連中だ。だが、ありがたい。
「友軍ユニットと混交して標的が10数体侵入している。それらは無視して戦線後方数百mに展開している標的を攻撃してくれ」
「残りはどうします?」
「……何とかするさ」
「了解しました。んじゃ、よろしく」
 倉本中佐はもう一笑いすると、近くにいた参謀たちに命令を下し始めた。
「中央部に最後の予備隊を投入しろ! それと5121小隊に出動要請! 戦線付近の幻獣を殲滅せよ! ……ああ、あと、空自が『訓練』を行う旨各隊に連絡してやれ」
 連絡を受けた各隊から歓声が上がる。
 最悪の瞬間は過ぎた、そういうことらしい。

   ***

「ブレイブ、ターゲットは確認したか?」
「こちらブレイブ、ターゲットは全てチェック。いつでもいいですよ!」
「んじゃ、いこうか」
 近所に買い物にでも行くような調子で、瀬崎は攻撃命令を下す。
「ブレイブ、まず俺が幻獣どもを『分ける』から、お前はそこをまとめて叩け。全弾一斉投下だ。間違っても友軍の上に落とすなよ!」
「ナイトクロウ、そっちこそ調子に乗って落っこちないで下さいよ!」
「……いいやがるぜ。ナイトクロウ、突入する!」
 言うが早いか瀬崎は左ロールをうちながら降下姿勢に入る。
「射爆管制、オール・グリーン。爆撃モード、セット」
 機体を水平に戻しつつなおも降下、やがて高度を約100mで維持する。
「射爆点表示。投弾まであと5秒……」
 照準器の中の射爆点に向かってシンボルがゆっくりと移動していく。
 地上の幻獣どもは何が起きたのか把握していないらしい。
「3……2……」
 徐々に大きくなるジェット音。
 幻獣に死を告げる死神の羽音。
「1……!」
 シンボルが射爆点に重なった。
「Weapons gone!(投下)」
 パイロンから順々に500ポンド高抵抗爆弾が離れていく。爆弾は離れるやいなや尾部の4枚のフィンを開いて機体から急速に離れていく。
 着弾。
 瀬崎機を追いかけるように開いていく火炎の華。その中で数十体の幻獣が燃え尽きていく。陣地から歓声が上がった。
「爆撃成功! 幻獣どもが陣地から離れた! ブレイブ、やれっ!!」
「ラジャー!!」
 今度は高村機が降下に入った。ただし今度はなるべく広範囲に散布するためにあまり高度は下げない。せいぜい3〜400mというところだ。
 今度はさすがに気がついた幻獣が迎撃を始めた。レーザーや生体ミサイルが打ち上げられるが、不慣れなのか皆あさっての方向へと飛んでいく。そいつらに対しては瀬崎が容赦なく機銃掃射を行っていく。
 それでも何発かは付近で炸裂する。
「うひゃああぁぁっ!!」
 揺れる気体を必死で安定させながら、高村は最終爆撃行程に入る。
「あ、安全装置解除……。散布パターンBに設定……。2……1……Weapons gone!」
 高村機から12発のクラスター爆弾が少しずつ広がるように落下していく。一定高度に達したとき、弾頭部が割れて中から数十の子爆弾が飛び出した。
 次の瞬間、戦区全体がまるで沸き返るかのような爆煙に包まれ、幻獣の姿が一瞬見えなくなる。そして煙が晴れたときには、横たわりつつ霧散していく幻獣の群れだった。陣地に突入していた生き残りも急ぎ非実体化していく。
 誰もが言葉を失っていた。航空支援の威力の凄さに。
 そして素直に助かったという感謝と、もっと早く来てくれればという恨み言と、航空機温存主義をとる統幕本部への反感と……、様々な感情が交じり合って、誰もが複雑な表情をしていた。
 だが、生への感謝が全てに勝ったらしい。あちらこちらで歓声が上がり始める。
 隣のものと肩を組んで喜ぶ者、その場に涙ぐんでうずくまる者、麗風に向かって手を振る者……。その間2機の麗風は、まるで曲芸飛行のように周囲を飛び回っていたが、一度大きなループを描くと北の空へと消えていった。
 倉本中佐のところに入った最後の通信は、
「まあ、今までの埋め合わせには足りないが、こんなとこで勘弁して下さい。それではまた、支援『訓練』のご用命は、熊本航空隊までどうぞ、オーヴァー」だったという。

   ***

 太陽が西に傾き始めた頃、2機の麗風は熊本空港へと帰りついた。
 ハンガーへと機体を収めて改めてみてみると、あちこちに傷ができている。ミサイルの弾幕をくぐりぬけたときに受けたものらしい。高村機などフラップに大穴があいていた。
「結構やられてんなあ、高村よ……、あれ? 高村?」
 高村は床に大の字になってのびていた。どうやら今になって恐ろしさがぶり返したらしい。
「しょうがねえなあ。おーいハウザー! 悪ぃけどちょっと手伝ってくれ!」
 たちまちハウザーがもう一人の整備員とともに担架を持ってきて高村を乗せる。
 ずいぶんと手馴れたものだ。
「おう、どうだったい訓練は? 楽しかったかい?」
 高村を見送りながら田中が声をかけてくる。機体チェックがとりあえず終わったらしい。
「あ、おやっさん。……すんません、機体を傷つけちまって」
「まあしょうがねえ。『訓練』たあいえ『実戦仕様』だからな。ま、明日までにはピッカピカにしといてやるよ。だからさっさと司令んトコ行って報告してきな。ユキのやつは詰所にでも寝かしとくからよ」
「え、ああ、じゃ、ちょっと行ってきますわ」
 そういうと瀬崎は小走りに司令部のほうへと駆け去っていった。
 しばらくするとハウザーが戻ってくる。
「雪之丞さんは詰所に寝かしました。じきに目が覚めると思います」
 にこにこしながら報告すると、次の瞬間にはこれ以上ないくらい生真面目な顔になる。
「どうにか、無事でしたね……」
「まあな。向こうも航空戦は不慣れだったんだ。だが次からはこうはいかねえぞ」
「ええ……」そういいながらハウザーは傷ついた2機の麗風を見上げる。
「おやっさん、瀬崎少佐のうわさ、聞いた事あります?」
「”墓石(トゥームストーン)・瀬崎”ってやつか? あいつの所属した部隊が過去全て全滅してる、ってえやつだろ? ああ、知ってるよ」
 何てことないかのように田中が答える。
「……ホントなんですかね?」
「まあ、あの八代平原の攻防戦の数少ない生還者だ。あんときゃ全滅した部隊の方が多いんだからな。……あんまり、ンな事言うんじゃねえぞ」
「あ、はい」
 田中に睨み付けられて、ハウザーが軽く首をすくめる。
「ンなこと言ったら、ユキの奴だって大したもんだ。知ってるか? あいつの出撃回数、瀬崎と大して変わらねえんだぞ?」
「……ホントですか?」
「ああ、例え2回に1回は帰ってくるなり眼ぇ回していても、な」田中が微苦笑する。
「……さあ、お喋りは終わりだ! とっととこいつを仕上げっちまうぞ!!」
「ヤーヴォール、ヘル・コマンダ! 整備班全員集合!!」
 ドイツ語=日本語のチャンポンで答えると、ハウザーはたちまち集まってきた整備員達と機体にとりつき始めた。
 彼らの戦いは、ここから始まるのだ。
(おわり)


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