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戦傷


「止血帯、準備完了」
「輸血用人工血液、所定量確保しました」
「部分クローニング、システムセットアップ」
『患者は生徒会連合5121小隊所属、芝村舞、15歳、女性。被弾によるコックピット破損により負傷、腹部裂傷が認められます。なお、破片は出血を抑えるためウォードレス上より直接固定。現在までの推定出血量は600cc。集中治療室の準備願います』
「了解、集中治療室確保。破片摘出の術式準備急げ」
「術式準備完了」
「救急車が到着します!」
 看護婦の緊張した声。
 やかましいサイレンの音とともに飛びこんでくる救急車。
 直ちに後部ドアが開けられ、ストレッチャーが降ろされる。
 舞はその上にいた。顔色は蒼ざめ、呼吸は浅い。ウォードレスの腹部には下手な刃物より鋭い破片が刺さったままになっており、応急修理用の固着剤で無理やり留められている。
 急いで搬送されるストレッチャー。救急車の看護士が点滴パックを看護婦に手渡す。
「舞! 舞!」
 後から降りてきたのは速水だ。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら舞の名を呼びつづけ、彼女の横から離れようとしない。だがやがて看護士に押しとどめられ、その場に立ち尽くす。
 その肩を、これも救急車に乗ってきた石津が押して速水を促すが、速水はその場から動こうとしない。
 仕方なく2人でその場に立ち尽くすしかなかった。
 やがて、集中治療室の『手術中』のランプがついた……。

   ***

「はい、舞。お水」
 速水が白湯の入った吸飲みをを差し出す。
 ここは熊本総合病院。その3階の個室。
 舞が運び込まれてから2日目になる。
「あっ、厚志。そんな事はしなくてもいい。水ぐらい自分で飲める」
 顔を真っ赤にしながら舞が吸飲みを取り上げようとする。しかし、ちょっと体を捻った途端に、
「あ、痛…………」
「ほら、まだ傷口がふさがってないんだから、無理しちゃだめだよ」
 舞をベッドに押し戻す。その後痛くないようにしながら、慎重に少しだけ上体を起こしてやる。
「ね? だから、はい」再び差し出される吸飲み。
「う…………」
 仕方なく吸飲みを咥えて水を飲む舞。ちょっとかわいい。
「お医者さんにはこまめに水分を取るように言われてるんだから、気をつけないとね」
「……この再生処置のせいか?」
 そう言いながら自分の左脇腹につけられてる装置を見た。パジャマの影になって速水からは見えないが、板状の装置が脇腹にまといつくように装着されている。
 細胞活性化装置である。

   ***

 部分クローニング。
 本来は病気や怪我などで失われた臓器や体の一部を、患者本人の細胞から再生する技術の事をさすが、今回の治療にはこれを応用する事で、生体細胞そのものを活性化させ、傷口を塞いでしまう手法がとられている。
 舞の場合は腹部を10cm以上にわたって切り裂かれていたが、幸い内臓は傷つけられていなかったので、破片摘出と消毒の後、生体糸(蛋白質製の糸。一定時間後吸収される)で傷口を押さえ、人工皮膚でカバーしてある。
 そこに先ほどの活性化装置を装着して、細胞を完全に融合させる。
 通常の縫合と違い傷が残らないので最近多用されている方法である。

   ***

「回診の時間です」
 そう言いながら看護婦と女医さんが入ってきた。今回は奥様戦隊の介入はないようだ。
「芝村さん、調子はいかがですか?」
 カルテを見ながら女医――日向晟(ひなた あきら)が尋ねてくる。
「芝村に調子はないが……、まあいい。特に変わりはないぞ」
 その返事に苦笑しながら、日向は
「まあ、快方には向かっているみたいね……。さて、ちょっと診てみましょうか」
 そう言いながら舞の脇に座るが、ついと速水の方に向き直る。
「あ、君。速水君、でしたっけ? ちょっと悪いけど外に出ててもらえますか?」
「は?」
 きょとんとする速水。
「彼女の裸を見たいというなら別だけど?」
 いたずらっぽく微笑みながら日向が言うと、速水の顔が鮮やかに真っ赤に染まる。
 彼はたちまちきびすを返すと、早足で病室を出ていった。
 くすりと笑うと、日向は舞のほうに向き直り――絶句した。
 舞は口を真一文字に引き結んだままかちんこちんに固まっていた。顔どころか胸元まで真っ赤に染まっている。
「……先生。血圧が異常値を示しています」
「落ち着くまで、少し待ちましょうか……」
 日向は、そんな2人を可愛いと思いながら苦笑した。

   ***

「速水君」
「あ、はい」
 病室を出て、待合コーナーにいた速水は、診察を終えて出てきた日向に呼ばれた。
「芝村さんの容態なんですけど、今のところは順調ですね。明日にはとりあえず傷口はふさがるだろうから活性化装置も外せると思います。まあ、もう少し投薬は必要だから、全快までには後10日といったところですかね」
「10日ですか……」
「そう。彼女の回復力はかなりのものだから、もう少し早くなるかもしれないですけど……それでも1週間はかかるでしょうね。本当はその後もしばらくは激しい運動は控えた方がいいんですけど……」そこまで言って、日向は目を伏せる。
 そんな事は言っていられない。
 彼ら、彼女らは学兵であり、ここは戦場なのだ。彼らの復帰が遅れるということは、それだけ他の学兵に負担がかかることを意味する。
 それに、軍がそんな事を許すわけがない。もともと学兵は「使い捨て」なのだから。
 大人達が立ち直るために使い捨てにされる子供達。
「……とにかく、万全の処置は施しますので、安心してください。今でもあんなに元気なんですから」
 様々な思いを胸に収め、日向は務めて明るく告げた。
「分かりました。くれぐれもよろしくお願いします」
 日向が言おうとした事を何となく察した速水だったが、何も言わず、本物の安堵を込めてにっこりと笑い返す。
「あ、もう入ってもいいですよ。でも面会時間は守ってくださいね」
「はい、分かりました。じゃ……」
 そう言うと速水はいそいそと病室に戻っていった。
「……本当に彼女が好きなのね、彼」
 微笑すると、日向は次の病室へと向かっていった。

   ***

「それにしても、芝村たる者がこんな所でじっとしていなければならんとは……情けない事だ」
 自嘲気味に舞が呟く。
「体を回復させるのも大切な任務だよ。しっかり直しておかなくちゃ……」
「たわけ。そんな悠長な事が言ってられると思うのか?この大事な時期に……痛っ」
「ほら、そんな調子じゃ戦場に出てもいつも通りになんて戦えないよ。あせっちゃめー、だよ」
 またなんだかんだと理屈をつけて起き出そうとする舞を、速水は優しく、しかし有無を言わせずベッドに押し戻す。今の状態では逆らっても無駄と悟ったのか、不機嫌そうな顔をしながらもおとなしく従う舞。
「……だからといってそなたがここにずっといて良いわけではあるまい。今は仕事時間だぞ?3番機の整備はどうするのだ」
 あくまでもこだわりを見せる舞に苦笑しながら、速水は答えた。
「3番機自体はもう充分に仕上がってるし、コックピット周りはこれから戻って整備するよ。誰か替わりにガンナーとして乗ることになりそうだし」
「ふむ、確かにあの機体を遊ばせておくのは無駄というものだからな。とはいうものの、私向けに調整されているあのシステムをどこまで使いこなせるか……」
「大丈夫だよ、こっちは何とかする。だからね、舞はおとなしくして、早く体を直して。……僕のためにも」
 最後の一言はほとんど呟くように言ったため、舞には聞こえなかった。
「? 何か言ったか?」
「いや、別に。じゃあ今日はこれで帰るね」
「うむ、仕事のほうは任せたぞ」
「わかったってば。じゃあまた来るから」
 そう言うと速水は名残惜しそうに病室を出た。
 廊下を遠ざかる足音を聞きながら、舞はしばらくの間憮然とした表情で天井を見つめていたが、やがて観念したように目を閉じた。

   ***

 舞にはああ言ったものの、現在の戦況は楽なものではなかった。今のところようやく五分五分といったところであり、ここ数日の戦況ではどう転ぶかは分からなかった。
 当然3番機を遊ばせておく余裕などあるはずもなく、替わりのガンナーとして岩田が搭乗しての出撃となった。
 普段の怪しい言動とは裏腹に、かなり的確な腕前を見せる岩田ではあったが(それでも時折聞こえる「フフフフ」とか「スバラシイィィィッッッ!!」とかいうセリフは、小隊の士気をえらく下げたらしいが)、火器管制システムは、一旦個人に合わせて特化すると再調整には非常に時間がかかるため、そのままの出撃となった。
 そのため、やはり舞に合わせて特化したシステムだけに扱いに苦労しているようだ。
 そんなわけでここ2日ほどの戦績は一進一退といった感じになっている。

   ***

「201v1、201v1。各員は現在の作業を中止し…………」
 また今夜も出撃命令が下る。皆がウォードレスに身を包み次々と教室に集合する。
「今回は球磨地区の防衛戦です。いつものことですが、全力をもって戦闘に臨んでください」
 善行のいつもの訓示の後、「出撃!」の声がかかる。
 それとともに一斉に皆が飛び出そうとしたとき、教室のドアがガラリと開いた。
 「あっ!!」
 皆の足が一斉に止まる。
 そこには一分の隙もなくウォードレスに身を固めた舞が立っていたのである。
「…………舞!!」ようやく速水がそれだけ叫ぶ。
「芝村さん……、も、もう大丈夫なんですか?」
 壬生屋がおそるおそるといった感じで尋ねる。
「ああ、日向医師が許可をくれた。もう問題ないそうだ」
「でも……。確か全快するのにまだ後数日はかかるって……」
「私は回復力が人並み外れているみたいでな……。もう、この通りだ」
 不安そうな速水に向かって、自分の脇腹を軽く叩いてみせる。
「じゃ、じゃあ……出撃、するの?」
「当然だ。というわけで岩田、すまんが替わってもらうぞ」
 岩田の方は突然舞が出てきたことに特に驚くでもなく、
「フフフフ、どうやら電波も賛成のようです。特別に替わってあげましょう、フフフ」と腰をクネクネさせながら答えた。
 それを聞いて数名が小さく安堵のため息をつく。
「何をしている、皆の者! さっさと出撃するぞ!」
 そう言うや舞は身を翻してハンガーへと向かう。
 その言葉で我に返ったメンバーが後に続く。
「…………本当に大丈夫なのかしら?」
 後に残された格好の原が、そっと善行に尋ねる。
「まあ、見た限りでは問題はないようですがね……、ふむ……」
 善行は少し考え込む顔つきになったが、やがて
「整備班長」
「はい?」
「念のため、熊本総合病院に連絡をとってもらえますか」
「…………了解しました」

   ***

 トレーラーに移送され、戦場への到着を待つ士魂号複座型。
 速水達はその中で半ば仰向けの状態で待機している。
「……それにしても、舞、本当に大丈夫なの?」
 日向先生の話によれば、最低でも後数日はかかるはずだったのに……。そんな思いを込めて舞に尋ねてみる。
「くどいぞ、厚志。自分の体のことだ、自分が一番良く分かる。それともそなたは私のことが信用できないとでも言うのか??」
 少し怒りが混じった口調で逆に問い返される。
「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」
「ならもう余計な事は聞くな。それよりも早くチェックを済ましてしまえ」
 そう言うと、舞は再びチェックに戻る。
 何か変だ。
 どうしてもそういった感じがぬぐえなかったが、積極的に反論できる理由もない。やむを得ず操縦系統の最終チェックをおこなうが、心は半ば上の空だった。

   ***

「全士魂号並びにスカウト、配置につきました。戦闘準備完了」
 いつもの通り瀬戸口からの報告を受け取ると、
「横隊を維持しつつ全機前進。幻獣を殲滅せよ。人類に勝利を!」
 いつもの通りに命令を下す。
「今日は、3番機が活躍しそうだし、大勝利といきますかね?」
 通話モードを閉鎖系に切り替えながら瀬戸口が話しかけてきた。
「戦闘中ですよ、今は……。まあ、普段の通りならそうだと思うんですがね」
「? 普段通りではない、と? 芝村の末姫の事ですか?」
「ええ、どうも気になってね。いま整備班長に確認を取ってもらっているんですが……」
「しこんごう、げんじゅうとせっしょく!せんとうじょうたいにはいったのよ!」
 ののみからの報告に、2人とも意識を戦場に戻す。
 とりあえずは連絡を待つしかない。

   ***

「厚志、2時方向キメラ、レーザー発射体勢に入りつつある!」
「了解。回避する!」
 素早く跳躍体勢に入る3番機。ジャンプした瞬間そこにキメラのレーザーが着弾する。
 振り向きざまジャイアントアサルトの1連射。全弾命中。
 キメラはバラバラに打ち砕かれつつ霧散していく。
 再びジャンプ。幻獣の射界を外しつつ、ミサイル発射の最適ポイントへと移動する。
 ジャンプ移動は通常移動と違い、途中の障害物に邪魔される事は少ないが、跳躍・着地の際の衝撃は格段に大きくなる。三半規管は安定剤で守られていても肉体の方はそうはいかない。パイロットに強靭な体力が要求される所以である。
 ジャンプを繰り返す3番機。
その中で舞の呼吸が少しずつ荒くなっているのにまだ速水は気付いていなかった。

   ***

 けたたましいコール音が指揮車内に響き渡る。緊急回線だ。
『こちら整備班長、原! 司令、応答願います!』
 スピーカーから原の切迫した声が聞こえる。
「こちら善行。班長、どうしたんですか?」
『大変よ! 病院は芝村さんの退院許可なんて出していないわ! 今病院では大騒ぎよ!』
「何ですって!?」
 思わず大声を上げる善行。
「しかし、確か傷口はもう塞がったはずでは……」
『ちょっと待って、今病院の先生と直結するから!』
 一瞬ノイズが入った後、スピーカーから女性の声が流れてきた。
『熊本総合病院の日向です。彼女の傷は今とりあえず塞がっているだけなんです。ですから強い衝撃を受けたりしたら再び開く可能性があります!』
 善行はとっさに言葉が出てこなかった。強い衝撃といったら、今……!
「しかし、確か糸でも縫合してあるんじゃないですか?」
『生体糸は日常動作に支障ない程度の強度しか想定されていませんし、もうそろそろ吸収が開始される時期なんです』
「つまり……、最悪の場合は……」
『内臓が噴き出してしまう可能性があるんです!』
 あまりの事に善行はしばし絶句した。そこに更に日向からの通信が入る。
『ウォードレスである程度は保護されますが、それも長くはもちません。緊急衛生官として芝村さんの即時撤退・再処置を進言いたします!』
「……分かりました。進言ありがとうございます。申し訳ありませんが、再処置の準備をお願いいたします」
『承知しました。いつでも連れてきてください!』
 そう言うと日向からの通信は切れた。
「3番機、速水千翼長に緊急連絡! 戦闘を中止し、直ちに撤退せよ!」
「了解!」急いで回線を繋ごうとする瀬戸口。しかしその手が急に止まる。
「どうした!?」
「司令、一足遅かったみたいですよ……」そういいながら瀬戸口がモニターを指差す。
 そこに表示されている生体モニターは、舞の容態が急激に悪化している事を示していた。

   ***

 ジャンプを繰り返し、ミサイル発射の最適ポイントへと到着した3号機。
 ミサイル発射シークエンスに入ろうとした速水だったが、いつもならそろそろ済んでいるはずの目標セットが完了していない。
「舞! ミサイル発射ポイントに到達したよ。目標セットは?」
「う、うむ、すまぬ……。今直接ロックをかけているから……、完了次第、発射しろ……」
「舞!?」
「く……、あのヤブ医者め……。どうやら、傷口が、開いたらしい……」
「な、なんだって!? じゃあやっぱり完治していないんじゃないか!! なんて事を!!」
「……ロックオンを完了するくらいは大丈夫だ……。これが命中すれば、幻獣を撤退に追いこめる……」
 苦しげに息をつきながら舞が言った。
「冗談じゃない、戦闘中止だよ! 後方に向けて撤退する! 指揮車、応答願います! こちら速水……」
「よせ、厚志! そんな事をしてみろ、ここから飛び出してやるぞ!」
 速水の動きが止まる。
神経接続で確認すると、確かに緊急脱出回路に神経回路が接続されている。やろうと思えばすぐにでも飛び出すだろう。そうなれば……。
「やめて、舞!」速水が絶叫する。
「ならば黙ってミサイル発射シークエンスの準備をしろ!」
『こちら指揮車、速水、応答しろ!』
 瀬戸口からの通信がひっきりなしに届くが、うかつに答えられない。
 やむを得ず速水はミサイル発射シークエンスを続行する。

   ***

「こちら指揮車、速水、応答しろ!おい、速水!」
 瀬戸口が呼びかけるが応答がない。
「だめです、3番機、応答ありません!」
「速水君は一体何をやっているんですか……」
 思わず善行が舌打ちをする。
「3番機、ミサイルはっしゃしーくえんすはつどうなの!」
 ののみが半泣きになりながら報告する。

   ***

 ミサイル発射体勢を取る3番機。
「目標、選定、完了……。ロックオン、よし……。発射準備完了……」
 舞が、途切れ途切れの声で報告する。
「トリガーを、そちらに、回す。厚志、後は、頼んだ……ぞ……」
 そういうと舞はがくりと首を落とした。
「舞!? 舞ーーーーーっ!!」
 速水の叫びにも応答はない。
「くっそう! ミサイル、発射ぁっ!!」
 トリガーを引いた。
 一斉にハッチが開き、「ジャベリン改」ミサイルが宙を舞う。さすがに舞がセットしただけあって、次々に急所に命中、幻獣たちが霧散していく。
「こちら速水、指揮車応答願います!」
『こちら指揮車。おい、速水。お前さん何をやってたんだ!?』
「それは後で! 舞が、芝村千翼長が重態です! 撤退許可願います!」
『こちら善行』突如善行が通信に割り込んできた。
『速水千翼長。直ちに補給車まで引き返しなさい。車が待機しています。病院では今ごろ再処置の準備が完了しているはずです。急ぎなさい!』
「司令……。了解しました! 3号機、戦線を離脱します! 壬生屋、滝川、悪いけど後を頼んだよ!!」
『分かりました。こちらは引きうけます!』
『了解、こっちはまかせとけ!』
 それぞれ壬生屋・滝川から通信が入る。
「ありがとう!!」
 そういうや速水は全力疾走に入った。まだこちらの方が振動が少ない。
 ――死なないで、舞……!!
「行くぞ……!!」
 普段の速水なら滅多に口にしないような台詞を吐くと、人工筋肉の筋力レベルをオーバーブースト状態にもっていく。
 風切り音さえ変えながら疾走する3番機。
 と、前方に先ほどの攻撃から生き残った幻獣が数匹飛び出してくる。ほとんどがゴブリンクラスだが、キメラやミノタウロスも混じっている。
 速水の中で、何かが切れるような音がした。
 物も言わずにジャイアントアサルトを投げ捨てると、超硬度大太刀を構える。
「どけぇぇっ!!」
 一声叫ぶやそのまま突撃する。
 ゴブリンリーダーがトマホークを投げる。が、3番機に届くか届かないかというところで姿がふっと消える。
 戸惑うゴブリンリーダー。
 と、いきなり身を屈めるようにして近づいてきた3番機に下からすくいあげるようにして真っ二つに切断された。3番機は速度を落としさえしない。
 それでも他の幻獣達は変わらずに接近してくる。
「急いでるんだ、目の前をうろちょろするなぁぁっ!!」
 とても普段の速水からは想像もつかない、鬼気迫る表情で再び突貫する。
 キメラのレーザーをわずかの移動で外すや横向きにした太刀で一刀両断し、格闘戦を挑もうとしていたミノタウロスは跳躍から大上段に構えた太刀で頭頂から股間まで真っ二つに切り裂く。しかも先ほどのジャンプと違い機内にほとんど振動はなく、まるで羽が舞い落ちるようにふわりと着地する。とどめに進路上にいたヒトウバンを踏み潰すと、そのままの勢いで駆け去っていった。ちなみに太刀も切りあいが終わった時点で投げ捨てている。
 このときの戦いぶりは、「まるで一つ一つの動作が流れるかのごとく、優雅ですらあった」と、皆口を揃えて証言している。

   ***

「3番機、見えました!」補給車の側で待機していた森が双眼鏡で報告する。
「す、すごい……。前線からたった3分で帰ってくるなんて……」
「急いで車の用意を! 後部座席、毛布入ってる? エンジンかけといて!」原が指示を出す。
 あちこちから沸騰した人工血液を噴き出しながら、3号機は補給者の脇に滑り込む。
 ひざまづくような格好になると、ハッチがゆっくりと開き始めた。
 到着するや速水は神経接続を強制切断し、ヘッドセットをむしり取った。
「舞!!」
 あわてて後部座席を覗き込むと、舞はシートにもたれかかったままぴくりとも動かない。
「舞ぃっ!!」
 スロットから両手を抜き、ヘッドセットを外させる。現れた舞の顔は紙のように白い。
 ウォードレスの隙間から、少しずつ血が流れ出して赤い筋を作っている。
 速水は舞の口元に耳を近づける。微かな呼吸音。
 ――生きてる……!!
 急いでハッチの緊急開放ボタンを押すと、舞の体を慎重にシートから引き出す。
 ハッチが嫌になるくらいゆっくりと開く。
 速水は舞を抱えると、ハッチから身を乗り出した。
「早く、早く車を!!」
 急いでタラップをかけようとしている森達に向かって叫ぶ。
「舞が死んじゃうよ!! 急いでくれぇっ!!」
 速水の顔は既に涙で濡れている。
「舞ぃ……」
 皆が駆け寄ってくる……。

   ***

「はい、舞。あ〜ん」
 速水がつまようじに刺したリンゴを差し出す。
 ここは前回舞が入院していた部屋。
「ばっ、馬鹿者! そなた、なななぬをしておるか!」
 舞が真っ赤になって反論している。
「あれ? 舞、リンゴ嫌いだったっけ?」
「そういう事を言ってるのではない! あ、痛…………」
 思わず顔をしかめる舞。
「ほら、腕が使えないんだから気をつけなきゃ。ね?」
 ……腕が?
 ふたたびリンゴを差し出す速水。
「はい、あ〜ん」
「う…………」
 仕方なくという感じでリンゴを食べる舞。満足そうににっこりと笑う速水。
「と、ところでだな、厚志」
「ん? 何?」
「こ、これはいつ脱がせてくれるのだ?」
 そういって舞は顎で自分の体を指し示す。
 舞が着ているのは、やたら大きいだぶだぶの服で、両腕は袖のところで縫い付けられて、脚の先も縛られている。
 いわゆる囚人の拘束服という奴である。
 ご丁寧にベルトでベッドに縛り付けてある。
「んー? まあ、あんな事があった後だからね、舞には治療に専念してもらわないとと思ってね。ねえ、先生?」
 ぽややんとした笑顔で速水が言う。表情はぽややんなのだが、眼は全っ然笑っていない。
 そして「先生」とよばれた日向も同じような顔をしていた。
「そうですね。ちょっと傷口も大きくなってしまってますから、『今度こそ』治療に専念して頂かないと、ね」
 背筋に冷たいものを感じながらなおも問いかける舞。
「し、しかしだな……。これでは一体どうしたらいいのだ? 風呂とか、その……手洗いとか…………」
 速水が黙って何かを差し出す。差し出されたのは…………シビン。
「○△×□※▽〜〜〜〜〜ッッッ!!」
 理解不能の言語でわめく舞に、
「まあ、これは冗談冗談。ちゃんと外してあげるけど、そういうときには先生や看護婦さんに『しっかりと』見ててもらうからね、いいね?」
 よく見ると速水や日向だけでなく、看護婦の腰にもホルスターがさげてあって、その中には強力な麻酔銃が光っていた。
「いいね、舞?」
 速水が念を押す。
「……………………わ、わかった。任せるがよい」

 芝村舞、15歳。
 生まれて初めて本物の恐怖を感じた瞬間であったと言う……。



(おわり)


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