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その1


「きゃああああぁっ!!」
 ミノタウロスの巨大な腕が振り下ろされる。辛うじて防御体勢を取ることはできたものの、士魂号の腕が嫌な音をたてる。
<右腕装甲強度18%低下。左腕神経反応速度7%低下>
<左腕マニピュレータ損傷。動作不能>
「田辺っ!」
 舞が鋭い叫びを上げる。
「厚志、予定を変更する。2番機の左後方100mに移動。援護に入る」
 そう言うと舞はロックしかけていた照準を全てリセットし、改めて田辺の周囲にいる幻獣に照準を合わせ始めた。
「了解。コマンド強制解除。再入力完了、ジャンプ移動開始……。田辺さん、大丈夫かな?」
「さあな、そう簡単にやられることはあるまいが……」
「あれが実力、って事もないと思うんだけどね……」
 速水がそっと1人ごちた。
「何か言ったか?」
「いや、なんにも。行くよ、舞!」
 そう言うと速水は3番機を軽やかにジャンプさせながら、戦場の混沌の中へと再び飛びこんでいった。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!」
「まあ、そう謝られてもね……」
 戦闘が終わって、ここは整備ハンガーの中。
 先ほどから顔を上げずにひたすら謝っている田辺を前に、原が苦笑とも呆れともつかない表情を浮かべて立っている。
「とにかく、損害としては大したことないから、明日には修理も完了するわ。あなたも元整備士だったんだからその位は見当がついているんでしょう?」
「はっ、はいっ!」
「だったら後は私たちに任せて、早く着替えてきなさい。パイロットにもやるべきことはあるはずよ?」
 わずかにきつい声で原が言うと、田辺はびくっと身をすくませ、慌ててその場を立ち去った。
 そんな彼女の後姿を見送りながら、原はやれやれといった風に肩をすくめる。
「素子さ、いえ、主任。彼女、特に悪いわけでもないと思うのですが……?」
 そういって声をかけてきたのは、パイロットとなった田辺の代わりに2番機整備士となった若宮だった。手には普通の人間ならとても持てない装甲板を抱えている。他の整備士の間ではひそかに「クレーンいらず」という別名が奉られていた。
 それはさておき、基本的に若宮のいうことは正しかった。
 過去の出撃回数6回。確かに撃墜数だけ見れば本日は辛うじて2機、トータルでも9機しか撃墜していない。
 とはいうものの、出撃してもとりあえずは生きて帰ってきており、しかも必ず何がしかの戦果を上げている。無傷で帰還という訳にはさすがにいかないが、装甲板が歪み、マニピュレータが損傷したといっても腕の骨格にはなんの異常もない。士魂号にしてみれば(整備士にとっても)「上っ面をはたかれた」くらいの損害でしかない。
 むしろ毎回突撃してはどこかしらこっぴどく破損してくる壬生屋の方がよっぽど整備士たちにとっては頭痛の種である。
「まあ、そうなんだけどね……、毎回毎回あんな調子なものだから、こっちもついイラついちゃうのよね……」
 ひょっとしたら、原としてはやはり我が手で育てた元整備士、田辺が気になるのかもしれない。
「ともかく、2番機は人工筋肉と装甲板の換装を急いで。予備筋肉は冷凍庫から出てる? 念のためにラジオ・アイソトープで骨格も検査しておいてね。……後はまあ、いつもの手順で強化しておけば大丈夫でしょう。それよりも、手の空いた人から1番機の整備を手伝って」
 あちこちから了解の声が返ってくる。その声を聞きながら原は2番機の方をちらりと振り返った。
「本当に『壊し所』を知ってるわ、あの子ったら……」
 そんなことを呟きながら、原は半壊した1番機を元に戻すべく作業を開始した。

   ***

 そもそも、田辺が2番機に乗ることになったのはささいなことがきっかけだった。
 本来、2番機パイロットになることが決まっていた滝川が、閉所恐怖症のため士魂号に搭乗できず断念。小隊発足から少しの間は2番機は出撃不可能な状態だった。
 やむを得ず、戦車技能をとったものから順に搭乗することが決まり、岩田が搭乗することになった。彼は普段の怪しすぎるまでの言動とは裏腹に、結構まともな戦い方でかなりの戦果を上げていたのだが、5日前の戦闘でスキュラのレーザーを受けて士魂号は大破。岩田も病院送りとなってしまった。で、次の候補として白羽の矢が立ったのが田辺というわけである。
 決定当初は田辺の能力が未知数であることもあり、この人事に疑問を投げかける声もあったが、技能取得者の絶対的な不足と言う現実が反対意見を封殺した。
 ただし、田辺の配属後に戦車技能を訓練するものが増えたのは事実である。

   ***

「茜、ちょっといいかな?」
 自分を呼び止める声に振り向くと、そこには既に着替え終えた速水が立っていた。相変わらずぽややんとした笑顔で茜を見ている。
「何だ速水、3番機の整備はどうした?」
 額の汗を拭きながら茜が答える。
「もう大体仕上がったよ」
「相変わらずだな……。まあ、損害らしい損害もないんだから当然か。それで何の用だ?」
 速水がちょっと表情をあらためて茜を見た。そうするといつもの笑顔の中から「芝村の顔」が現れる。茜としては芝村そのものにはいまだ反感が強いが、少なくとも速水個人(それと、最近では舞も)その原則を適用する気にはなれなかった。 いささか速水のぽややんが伝染したのかもしれない。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」
「……? 2番機の最終チェックがもうすぐ終わるところだ。その後でいいか?」
「うん、じゃあ整備員詰所で待ってるから。あとでね」
 そういうと速水はハンガーを出ていった。
(一体、何だ?)
「おい、茜! こっちを見てくれ、ここの接続はこれでいいのか?」
 一瞬浮かびかけた疑問を若宮の声が吹き飛ばした。
「待ってろ、今行く!」
 とりあえずは今の仕事を片付けてからだ。
 茜はそう思い直すと、若宮の仕事の結果を検分することにした。

   ***

「何だ? 用というのは?」
 全てのチェックが完了し、原に断りを入れた上で整備員詰所にやってきた茜に、速水は1枚のディスクを見せた。
「これは?」
「今回の2番機の機動を記録したディスクだよ。2番機のセンサーと3番機が記録してた分を合わせたものだけど、この機動の解析を手伝って欲しいんだ」
「2番機の、機動……? 速水、一体何を考えている?」
 訝しげに茜が訊ねると、速水はちょっと表情を改める。
「正直言って、彼女の戦闘はかなり危なっかしいと思うんだ。このままだといつか大変なことになるんじゃないかって気がする。でも、そのわりには個々の機動がちょっと気になって……」
「で、疑問に思ったら即検証ってわけか……」
 ――全く、戦闘中に人の機動にまで目が届くようになってるとはね。人は見掛けによらないっていう生ける実物みたいな奴だな。
 とりあえずその感想は脇に避けておいて、茜はまったく別のことを口にする。
「そういった解析は芝村の方が向いてるんじゃないのか?」
「あ、舞は今別のこと頼んでるから。あと頼めそうなのって茜しかいないんだよ」
 すまなそうな表情になって速水が言うと、茜はちょっと苦笑して、
「……フン、まあいいだろう。で、精度は?」と言った。
「とりあえずはざっと流れを掴みたいから、戦場でのモーションを再現できる程度でいいよ。細かいところはそれからってことで」
 さらっと言ってはいるが、元データが2機の士魂号のガンカメラの画像だけなのだから並大抵の難易度ではない。
 だが、茜はそれをまるで路傍の石か何かのように軽く蹴飛ばしてしまうとあっさりと答えた。
「いいだろう。言っておくが、高いぞ?」
「僕の膝まくら権でどう?」
 にっこりとしながら速水が言うと、
「……耳そうじ権もつけろ」
 とは茜の返事。
 ほんの冗談のつもりだったのに、かなり本気で考え込みだした茜に、思わず絶句してしまった速水だった。

   ***

「田辺」
 翌日、2番機コックピット回りの調整に向かおうとしていた田辺が教室を出ようとしたとき、彼女を呼び止める声が聞こえた。何事かと振り向くと、そこには舞と壬生屋が立っていた。
「壬生屋さん、芝村さん……? 一体なんですか?」
 田辺が訊ねると、舞が表情を変えないまま、
「ちと用がある。一緒に来い」と言った。
「あ、はい……。あ、あの、昨日はすみませんでした……」
 どことなく田辺の表情が青ざめている。無理もない。壬生屋は鬼しばきを小脇に差し落としていたし、舞は何やら妖しげな機械を手に持っていた。田辺としてはかつての記憶が蘇ってきたとしても無理はなかろう。
 だが、田辺の予想に反して2人ともきょとんとした表情をしている。
「……一体、何のことですか?」
 壬生屋の質問に、今度は田辺がきょとんとした。
「え、でも、その……。私、てっきり昨日のことで叱られるのかと……」
「うむ。まあ、それについてはいろいろと改善すべき余地があるのは確かだが……、いまはそれが目的ではない。いいから来るがよい」
 舞もかすかに苦笑しながら答えた。
「は、はい……?」
 何がなんだかよくわからないままに2人の後についていく田辺だが、まさか2人して叱責されるよりとんでもないことになろうとは夢にも思っていなかった。

   ***

 同時刻、整備員詰め所では昨日のデータを元にしたモーションデータの検討が開始されていた。
「それじゃあ、始めるぞ」
 紅茶を片手に茜が宣言する。多少目が赤いのは結局ほとんど徹夜になってしまったためらしい。
「うん、よろしく」
「モーション速度は?」
「まずは10倍だ。全体像を大雑把に出したものから見てもらう」
 そういうと茜は1枚のディスクをコンピュータにセットした。一瞬画面が暗くなった後、先日の戦場であった菊地川戦区の3D略図が表示され、その中に単純化されたユニットが味方は青、敵は赤、田辺は白で表示されていた。
「へえ、よくここまで出来たね」
 速水が感心して言うと、茜が薄ら笑いを浮かべながら、
「こいつは昨日の奴じゃない。指揮車の記録をちょっと拝借してきたんだ」
「ああ、なるほどね……」
「じゃあいくぞ。シミュレーション、開始」
 それと同時に画面内のユニットがリアルタイムで移動を開始する。先日は比較的単純な横1列の横隊陣形だったので、中央に3番機、右に1番機、そして左に2番機の配備となっていた。(スカウト2名はさらに左翼に展開していた)
 この場合は、1番機が切り込みを行い、2番機が火器でその支援を務め、スカウトが小型幻獣の動きを足止めしているうちに3番機が割って入ってミサイルを斉射、というのがパターンになっている。この戦いもそのパターンから大きく外れるものではなかった。
「ふん、相変わらず壬生屋は突貫か……、あいつ、切り込みの意味が分かっているのか?」
 壬生屋はこの戦いで右腕欠損、その他破損7箇所と散々な被害をこうむっている。整備員である茜の口調が厳しくなるのも無理はない。
「まあ、それは置いといて……、2番機の動きは、1番機に追随している。……ふうん、綺麗な移動だね」
「ああ、確かにな」
 田辺の移動はおそるおそるという感じはあったものの、1番機から付かず離れず、一定の間隔をうまく保ちながら移動を行っていた。
 それからは1番機が攻撃している間はほぼ停止状態で射撃を継続、3番機の突入寸前までそのままだった。
「ここまではまあいいとして、問題はこの後だな、1番機が大破して、後退する場面だ」
 それまで停止していた2番機が突然猛烈な前進を開始した。後退する1番機の前面に飛び出るような格好になった。
「で、ここで幻獣を2機撃墜――ゴブリンリーダーはともかくミノタウロスってのはなんだよ?――で、その後に腕に一撃食った、と。あとはお前の3番機が飛び込んできておしまい、だ」
 画面は最後の瞬間を表示したまま止まっている。
「で、次がお前の持って来たデータを組みこんだものだ。だいぶ細かい所まで再現できたはずだから、気になったところがあったら言えよ。一応全周視界で再現可能にしておいた」
「助かるよ。じゃあ、始めようか」
「わかった。再現スピードを落とすぞ。モーション速度3倍にセット、シミュレーション開始」
 再び戦場がリセットされ、再現が開始された。

   ***

「動体視力、チェック……両目とも1.5以上。十分ですね」
 壬生屋が感嘆の声を上げる。通常いかに目がいいといっても動体視力は著しく低下するのが普通なのだから。
「うむ、次だ。反射神経測定開始」
「はい。テスト、開始します。田辺さん、いいですか?」
『は、はいっ。どうぞ!』
 ここは尚敬高校のシミュレータ室。
 2人は田辺をシミュレータに放りこんだ後、士魂号の基本動作を中心として身体能力テストを行なわせていた。シミュレータ内では田辺が士魂号を次々にせまり来る障害物から避けさせている。その動きは悪くないどころか、平均を大きく上回っていた。
「神経接続率95.85%。神経反射率134%……」
 接続率はシミュレータの平均だが、反射率は驚くべき事に他のパイロットたちと比べても何ら遜色がなかった。134%ということは、つまり「先読みをしている」ことになる。
「テスト完了……驚きました。いつもからは信じられませんわ」
 壬生屋は本気で驚いている。いつものどことなく頼りなげな動きからすれば当然かもしれないが。
『あ、あの、もう出てもいいんでしょうか?』
「うむ、とりあえず出てくるがよい」
 舞はそう言った後、壬生屋の方を振りかえり、
「では壬生屋よ、準備をせよ。やるぞ」といった。
「芝村さん、本当にやるんですか? 武道を嗜むものとしてはあまり気が進まないのですが……」
 そう言いながら壬生屋は腰の鬼しばきに視線を落とす。
「構わん。厚志に考えがあるそうだ。私としても是非確認しておきたいしな」
「そう、なんですか……?」
 壬生屋が不信げに首をかしげたちょうどその頃、シミュレータから田辺が顔を見せた。
(つづく)


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