「泣くなよ」 (+SS)

 「泣くなよ」 (+SS)

「ロックオン、ロックオン。ロックオン、ロックオン」


トレミーに戻ってきてからもずっと、ハロはロックオンの名を呼び続けたままだ。
「デュナメス、キカン。ロックオン、ロックオン」
トレミーに戻ってきたデュナメスのハッチは開いていた。
機体の損傷は激しかったが、ハッチが表からこじ開けられた形跡はなかった。
だとすれば、 おそらくロックオンはハロにデュナメスをトレミーの戻すよう指示して、自ら出て行ったことになる。
「なぜだ? ロックオン」
分からない。何故そこまでしなければならなかったのか、その理由など今の自分には知る由もない。
そして問いかけに答える声も、もうどこにもない。


「ロックオン、ロックオン。ロックオン、ロックオン」


彼を呼ぶハロの声が耳につく。 まるで壊れてしまったAVプレイヤーのように、
同じ名ばかりを ずっとくり返し呼んでいる。 いや、もうすでに壊れてしまったのか。
「もうやめてくれ」
繰り返される彼を呼ぶ声を耳にする度、息が詰まるようだった。うまく呼吸が出来ず、苦しくて仕方がない。
耳をふさいでも聞こえてくる声に、いたたまれずに制止しようと伸ばした腕は、運悪く勢い良くハロに当たってしまった。
「あ……」
ごん、と鈍い音がしてハロは壁にぶつかり、反動で天壌や壁に何度かぶつかって跳ねた。
ティリアは慌ててハロに手を伸ばす。
今、ハロまで失うわけにはいかない。それに、多少乱暴にしても壊れることはないはずだが、彼が大事にしていたものだと思うと、どうしても乱暴に扱いたくないと思ってしまうのだ。
引き寄せたハロはせわしなく目の部分を点滅させていた。
ロックオンを呼ぶ声は消えたが、目の点滅が止まらない。微かに何かの電子音もする。
どうしよう、本当に壊れてしまったか。


「技師に見てもらうか…」
ハロを抱えてイアンの元へ向かおうとした時、ジッと一際大きな電子音がして、その声が響いた。


【…ロ、デュナメスをトレミーに戻せ】
【ロックオン、ロックオン】


「え?」
ロックオンの声が自分の腕の中から聴こえ、ティエリアはハロへと視線を落とした。
なぜ?と思う頭の片隅で、そういえばハロにはフライトレコーダーの機能もあったのだということを、おぼろげながらも思い出した。 今の衝撃で再生スイッチが入ってしまったのだろうか。
それなら、この会話はきっと彼がこのAIと最後にした会話だ。


【命令だ】
【ロックオン、ロックオン】


まるで駄々っ子に言い聞かせるみたいな言い方だ。このAIを相棒と呼び、人と接するのと同じように扱っていた、彼らしい口調。
答えるハロの声がまるで引き止めるかのようにほんの少し大きくなる。


【心配するな。生きて帰るさ】


相棒を安心させるような、いつもの飄々としたあの人の声。
初めはあの口調にも態度にも苛立って反発した。
けれど、いつの間にかその声は耳に馴染んだ。
自分の名を呼ぶ明るい声を心地よく感じるようになった。
耳元に落とされる、柔らかく優しい声をどうしようもなく好きになってしまった。


『心配するな。生きて帰るさ』
まるで何気ない挨拶のような言い方に、 本当にそのうちひょっこりと彼が 帰って来るのではないかという錯覚に陥る。

じわりと視界が滲んだ。


「…だったら…だったら早く帰ってきてくださいよ…」

自分はまだ何も彼に返せていない。伝えたいことも言いたいことも山のようにある。
ティエリアはハロを抱え、きつく抱きしめた。
あとにはまた、ロックオンの名を呼ぶハロの声だけが響いていた。



END

***
もしもハロに フライトレコーダーの機能があったら……という妄想。


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